第六話 敗北
「うわああああああああああああああ」
このままたたきつけられて俺は死んでしまうのだろう。目の前がグワングワンする。心臓が何回も血液を押し出し全身をめぐっているのがわかる。今はまだ生きているとわかる。
でも、もう1秒もしないうちに死ぬ!いやだ!いやだ!死にたくない!
ぼふん
柔らかい感覚が身を包んだ。何だ?死後の世界は痛みを軽減してくれるのだろうか。しかし相変わらず心臓はすさまじい速さで血液をはじき出していることがわかる。
死んでないのだろうか?そう思い下を見ると巨大な毛の塊の上に乗っていることに気が付いた。どうやらこのおかげで助かったみたいだ。助かったということでいいのだろうか。俺はモフモフした毛の塊からもがいて抜け出し硬い地面の上に立った。まだ落ちたショックにより頭も体もふわふわしている。
「おい!!!!!大丈夫か!!!!!!!落ちたのが見えたぞ!!!!!!」
大きな怒鳴り声がするのがわかった。そしてその声の主が走ってきて目の前に現れて俺の目の前に立った。昨日俺を引き留めたダリルさんだ。
「おい!!!!!無事か!!!!!!!!けがはないか!!!!!」
そういわれて俺は体を何となく見渡す。擦り傷を何か所はしているが骨折などの大きなけがはしていないようだ。
「はい、大丈夫です。けがはしていません。」
「はぁぁぁぁぁ。そうかぁ、よかった。」
ダリルさんは体全体を使って息を吐きだした。どうやら相当ほっとしたようである。しかし、昨日はあんなに厳しいことを言っていたのにどうしてここまで来てくれたのだろう。
俺はその様子を見てそのような疑問が思い浮かんだ瞬間左の頬に衝撃が走った。
パチーーーン
あまりの衝撃に俺は倒れこむ。ビンタされた。
それがわかったとたん左頬にひりひりとした痛みが走る。見上げるとダリルさんは鬼の形相で俺をにらみつけていた。そして胸倉をつかんで俺を持ち上げ怒鳴った。
「何をバカなことをやっているんだ!!!!死ぬところだったんだぞ!!!!!」
ものすごい剣幕だ。口をはさむ余地などなく、そのままの勢いでまくし立てる。
「俺が昨日言ったことを忘れたのか!命をなくすといっただろうが!それを無視して勢いだけで突っ込みやがって!冷静になって考えることはできんのか!昨日と同じで自分との闘いだとか義務感とかそんなことを気にしていたのか!しまいには何の準備もせずに自分を過大評価してこんなところにこんなところに来るしつだ!プライドとか成長とかそんなものは命あってこそだろう!命を、山をなめんじゃねぇよ!!!」
圧倒された。全くもって正しかった。俺はダリルさんに助けてもらわなかったら死んでいるところだったのだ。甘く見ていた。ちょっといい景色が見れたからって調子に乗ってしまったのだ。何も経験がない俺にこんなことができるはずなど毛頭なかったのだ。
俺は自分の弱さを侮っていた。
ダリアさんは俺の胸倉から手を放し、大きな体でハグして言った。
「生きてて、よかった。本当に、よかった。」
その声は涙でくぐもっていた。俺はなんて最低で情けないのだろう。
その後、ダリルさんは俺の命を救ってくれた生き物についての解説を始めた。
「羊を連れてきてもしもの時のためのクッションにした。羊の毛を刈る前だったからクッションになれた。夏の毛刈りの時期を終えたらダメだっただろう。」
そう言うとダリルさんは口笛を吹いた。お座りをして待っていた犬3匹が一斉に動き出し羊を町のほうへ誘導させてゆく。羊たちは犬に追いつかれないようにそそくさと走っている。しかしその中で二頭が走れずによろよろと歩いている。おそらく、俺のクッションになってしまった羊だ。三匹いた牧羊犬のうち一匹がその羊たちを吠えて群れに戻そうとしている。
「あの二匹はもうだめだ。帰って毛を取ったら殺して家で食べる肉にする。」
心が痛む。俺が勝手なことをしてしまったせいで生き物の命がなくなってしまうんだ。しかもダリルさんの家の収入も相当減ってしまう。あまりの身勝手さに自分が嫌になる。
「すみません。おれ興奮してしまってて勝手に突っ走ってめちゃくちゃ迷惑かけてしまいました。」
声を何とか絞り出して謝る。
「そうだな。大きな不利益を被ってしまった。それでも、人の命のほうが大事だ。急いで駆けつけてよかった。お前が部屋からいなくなっている時が付いたときは本当に心を冷やしたよ。このままではオーディンでまた人が死んでしまうと本気で思った。だからある程度の利益は投げ捨てる覚悟で羊をここまで連れてきたんだ。」
ダリルさんは目を細めて静かに言った。
「埋め合わせとして当分俺の家の手伝いをしてほしいんだ。ここでの生活を学んでもらうし、少しながら給料も出す。不利益を取り戻し、君もこの地のことがわかったらその時はどこかで職を紹介するとしよう。それまで辛抱してくれ。」
「わかりました。手伝います。」
心の中ではいやな気持が渦巻いている。一言しゃべるたびにせき止めている感情があふれそうになってくる。
「すみませんちょっと。」
涙をこらえたつもりだった。しかし、声は震えていた。それを聞きこちらとチラリと見たダリルさんは察してくれたようだ。
「一応山のほうにもう一度行かないか君を見張っておく。山に行くのなら犬を君にけしかけるからな。あとで来いよ。」
そういってダリアさんは俺を置いてゆき町のほうに向かっていった。そして、少し進んだ後振り返っていった。
「何はともあれ君が生きていて本当に良かったよ。それだけでいいんだ。」
夜に風景を想像しながら歩いた道は葉が細い地味な草とごろごろした岩だけの殺風景な道が続いているだけだった。心の中で想像した景色はいろんな色の花が咲き乱れてその中でウサギやキツネみたいな小動物が走り回るというような光景だった。期待しすぎてしまった。
期待といえば俺はこの世界に、いや俺に期待していた。
こっちに来て何か変われたって。今までみたいにつらいことから逃げずに自分の信じた道を進んでゆける人間に代わることができたと信じていた。
そしてそれは成功する人はみんなそうやっていると勝手に思ったし、そういう人たちの仲間入りができたと信じていた。
現実世界では見れない景色を見て俺は今までの自分とは変わったって思っていてそう信じていた。芸能人みたいに自分が望むことに挑戦してそれを達成してゆけるってそんな人生に変わったと思っていた。
でも、そんなすぐ変われるわけはない。一日だけちょっと違うことを体験したからって今までの生活の積み重ねで身に付いた能力は何も変わらない。サッカー日本代表の試合を見て感動したからといって次の日、自分がそんな人を魅了するプレイを見せることができるわけじゃない。
それと全く同じだ。今まで岩登りや登山なんかまったくやってこなかった人間がいきなり崖なんて登れるわけがない。運動してこなかった人間が世界中のどこでも行けるようにいきなりなるわけがない。そんな当たり前のことを見逃してしまったのだ。
昨日までの高揚感はあまりに気持ちがよかった。変われたと信じ、自分の選択を疑うことなく夜の中山に向かっていくことはとても気持ちがよかった。
「俺のただの思い上がりだったんだなぁ。」
独り言が勝手に出てきてしまった。同時にせき止めていたものが決壊したようで一気に涙があふれ始めた。泣き叫んだ。俺は弱く、何もできないと現実に突き付けられてそれがあんまりにも悲しかった。
異世界に転生して初めての本格的な冒険は完全敗北に終わった。
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次回は2020年12月25日の18時ごろに投稿します。




