第二十二話 壁に挑む理由
「まだ腕だけで登ってる!もっと腕を伸ばして足で立つことをイメージするんだ。」
アキレアは俺を見上げ怒鳴り声をあげる。
クソまたやってしまった。もう一回自分が壁に登る姿をイメージする。そして、そのイメージに沿うように体を動かす。
「そうだ!次は右!いや、そこじゃない!もうちょい右だ。そう、そこ!」
アキレアからの指示が聞こえる。何度も怒鳴られながら登り終わり、懸垂下降で降りてくる。今日で3日が過ぎた。それなのにずっと俺は怒られっぱなしで本当に登れるのだろうか。
常に登れないのではないかという不安が脳裏にこびりついて離れない。それがとても情けなく感じてしまう。
「さっきのはどうだった?前の一本と比べて。」
俺はアキレアに尋ねる。これで前よりはよくなっていたらいいのだが。
アキレアは眉をひそめて答える。
「いや前よりはよくなってるけどよお、」
アキレアがその先を言おうとした時、ざっざっと砂利を歩いてくる音がした。
「ん…誰か来たな。」
「ほんとだ。だれだろう?」
足音のほうを見るとそこ音のほうを見るとそこにはダリルさんが立っていた。
「どうして…」
こんなところまでわざわざ俺を連れ戻しに来たのだろうか。確かに駅の掲示板には書いたが、わざわざそれを見てまでこんなところに来るとはどういう要件だろうか。まさか、俺をまたオーディンに挑ませないようにするために家に拘束する気かもしれない。
「どうしてこんなところにいるんです。」
俺は警戒してダリルさんに尋ねた。
「申し訳ない。」
そういってダリルさんは深く頭を下げた。どういうことだろう。4日前はあんなに怒っていてしかもどれだけ言ってもこちらのことには耳を貸さなかったのに。そういう風の吹き回しだろうか。
「え、どういうことですか?頭をあげてくださいよ。」
「私は君のことを誤解していた。娘を使用して自分勝手に行動するやつだと思っていたんだ。」
ひどい言われようだな。俺は本当にパンジーには成功してほしいと思っていただけなのに。怒りがふつふつとこみあげてくる。
しかし、相手は自分の被を認め誤っている。ここで俺だけ激昂するわけにもいかない。怒りを抑え冷静に返事をする。
「ええ確かにそういわれました。」
「あの後娘としっかり話した。いや、話したというより娘が私にぶつかってきたというべきだろう。その結果私が間違っているとわかった。」
つまり、パンジーの受験を認めるということなのか!?やっとあの子の努力が報われる時が来たんだ。それを確認するため尋ねた。
「それじゃあパンジーを神聖秘匿事象究明機関に行かせてもらえるということですか!?」
しかし、ダリルさんは険しい顔をしていった。
「いや、それはまだ決心がついていない。」
は?どういうことだよ。あの子の努力を知ってまだ、ダメなのか。認められないというのか。何だ、何がその決心に足を引っ張っているんだ。
どうせしょうもないことなのだろう。お見合いのこととか、村の評判とか、自分のプライドとか、そういうものが足を引っ張っているんじゃないのか!?
それらの仮説が思い浮かんだ瞬間俺の脳内でその仮説が正しいものだと勝手に判断してしまう。
そんなもので彼女の努力が負けていいわけがない。
「どういうことですか!ダリルさん!彼女の本気はまだあなたに伝わっていないのですか?」
「いや、そういうことではない。私の話を聞いてくれ。」
「わかりました聞きましょう。」
「私は昔オーディンに登ろうとしたことがある。その時は私も友人も怖いものなしだった。そんな俺と友人はオーディンに挑んだ。しかし、友人はそこで落石にあたって命を落とした。それが原因で私は危険な場所や挑戦を一切しなくなった。娘にも安全に生きてゆくことが幸福なことだとずっと伝えてきた。しかし、娘は私が見ない間に成長し自分の夢に向かって前進しようとしている。そして今はそれを応援しようと思っている。でも怖いのだ。このまま娘を送って私の友人と同じ結末にならないか、そんなことばかり想像してしまい、私は素直に応援できない。」
ダリルさんはふっと息を吐いた。どうやら、このことを告白するのはとても気力が言ったらしい。そして、また真剣な目でこちらを見て話しを続けた。
「だから大丈夫だと。娘を見送っても大丈夫だという確証が欲しい。友人とおなじ末路にはならないという証拠が欲しい。だから娘に夢を思い出させてくれた、勇気を持たせてくれたきみにお願いしたい。」
そして、深々と頭を下げてダリルさんは言った。
「無事にオーディンに登り降りてきて娘の向かう道は正しいと、間違っているのはむしろ私なのだと証明してほしい。」
なんだよ。どうすればいいんだよ。俺の意からはどうすればいいんだ。しょうもないのは俺のほうじゃないか。ダリルさんを勝手に悪い大人だと決めつけて、勝手にそうでっち上げて。
そうだよ。思い出してみてもオーディンに落ちた時、俺の居場所なんてどこかわからなかったにも関わらず、助けに来てくれたじゃないか。それで生きててよかったと本気で心配してくれたじゃないか。
そんなことも忘れてしまって、俺は大馬鹿だ。なんてやつなんだ。
「すみませんでした。」
「何がだ?」
顔を挙げたダリルさんは心配そうにこちらを見る。そして俺は頭を下げ、謝った。
「この前の家出の時の態度と、最低な想像、すみませんでした!」
ダリルさんは困惑して言う。
「いいよいいよ、そんなこと。それより、やってくれるんだよね?」
俺は顔を起こしてダリルさんの目を見る。彼の目はとても真剣な目でその鷹のような眼力の強さはパンジーが土壇場で見せるそれとそっくりだった。
「はい。」
そうだよ。もう絶対に引けない。俺が失敗したらパンジーの努力も、ダリルさんの覚悟も無駄なものになってしまう。
そうだ。俺はやってみせるんだ。そうしないといけない。そう誓い、ダリルさんが町に戻っていくのを見送った。
ダリルさんさんが去って、壁にもたれてやり取りをみてたアキレアが俺に話しかけた。
「あの人はダリルといったか。14年前までは神聖秘匿事象究明機関の一員だった。でも、聞いての通りだ。事故と一緒にやめちまった。」
そして、また眉間にしわを寄せて俺を見てくる。覚悟を問うているのだろうか。
「そんな山だぞ。どうなんだ。」
確かに、今はできないかもしれない。でも、今から頑張って絶対に登れるようにならなくちゃいけない。俺にはこの山を登らなくてはいけない理由が山ほどできていたのだ。
それを目の前に逃げ出すなんてことはあっていいだろうか?
昔みたいにできないからと楽な方に逃げていいだろうか?
「もっと練習ハードにしてくれ。」
アキレアは壁に振り向き答えた。
「わかった。」
その日の夜、本部への定時連絡のため俺は小屋へ戻った。今まで任されていた幻獣の神秘反応の定点調査はもう意味をなさないもののように覚えたが、やはり異世界からやってきた歩がどんな影響を与えるかわからない。血液の成分が判明するまで定点調査は続けることになっている。
「こちら南西部オーディン基地アキレアです。本部の総督につないでください。電話番号は0000001-あです。」
「はい、アキレアご苦労様です。それで調査はどうですか?」
ランカが答える。
「はい、定点調査のほうは異常なし。」
「わかりました。それで、歩さんのほうはどうですか?」
あいつか、今のところ悪くない。腕もいいほうだ。でも…。
「あぁ、それなんですけどね。肉体的にはとても順調です。登れるレベルにもうなるでしょう。」
「なるほど、それで?」
あいつは所々、弱さを出す。自信がないのだろう。言葉の端々でそういうものを感じる。そこだ。そこに弱さを感じてしまうのだ。
「はい、精神的に気になるところが多いです。ミスるとしたらそこです。なのでそこをうまいこと刺激してやろうかと思っています。」
ランカはあきれた声で言い返した。
「あなた、そうやって相手を追い詰めてソロで登る羽目になってるんじゃないですか。大丈夫ですの?」
「今までのやつらが貧弱だっただけですよ。トップで登るには覚悟がないとだめですよ。今回もそうなら俺がずっと先頭で登り、あいつはただ後ろをついてゆくだけです。」
「そうならないことを期待していますわ。」
「俺もめちゃくちゃ楽しみですよ。今まで彼を見てきたけど彼が土壇場でどう変わるのかおれの想像を裏切るところが見たいですねぇ。」
「このろくでなし。」
ランカさんはそう言い残し電話を切った。
ごめんな?歩。でも僕はランカさんやほかの人達みたいにはいかない。俺も命がかかってる。君が信頼できるところまで来ないと自分の命を預けるわけにはいかないからな。
しかし、歩は大変だよなぁ。なんかいろんな人と約束したり期待されたりお願いされたりしてあの山に登らなければならないなんて。やっぱりそういうのプレッシャーになったりするのだろうか。
でも、そんなのはどうでもいいか。ささいなことだ。
歩のおかげで俺もにオーディンに行けるんだし。
岩を見つけ岩と会話し、岩の弱点を探し出す作業。そして一片のミスも許されない状況と、死ぬかもしれないと想像することによって生まれる生きているという確かな実感。
ああ、目をつむるだけで上空何百メートルでみじめに壁に張り付いて歯ぎしりしている自分が想像できる。
なんて、楽しみなんだ。早くオーディンに登りに行きたい。




