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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
第三怪 妖刀 圧し切り長谷部
9/51

第三怪 その3

 4


 「それじゃ、これが圧し切り長谷部が保管されてる寺につながってる転移陣だから」


 妖刀回収を引き受けてから速攻で僕達は移動のために、転移陣がある部屋に案内されていた。

 ……いや、こんなもんあるなら八久郎さんもいけるんじゃない?

 どうやらその疑問は向こうも想定内だったらしく、八久郎さんは悲しげに腕を組んだ。


 「この転送陣は一方通行なのよ。本当は双方向にしたかったんだけど、当時の陰陽寮は簡単な往来をよしとしなかったのよ」


 悲しげだ。


 しかしながら、僕の感想としては『なにその面倒くせえの』だ。なんでそんなことをしたのかが理解しがたい。解体されて正解だったな陰陽寮。

 そろそろ覚悟を決めないといけないみたいだ。こうやって現状に関係ないことに脳みそ使っても仕方が無い。


 「いくぞ、コダマ」


 躊躇しねえなこの人は。

 とっとと転移陣の中に入りこんだ室長に多少恐ろしいモノを感じつつも、僕は続く。


 「行ってくる」

 「……ええ、無事を祈ってるわ」

 「私を誰だと思ってるんだ?」

 「そうね、要らない心配だったのかも。……コダマちゃん、ヴィクトリアをよろしくね」

 「え、ああ、はい」


 多分、カバーされるのは僕のほうだとは思うのだけど曖昧(あいまい)に頷いておく。


 「起動」


 短い宣言と共に、僕の視界は光に包まれた。


 


 

 視界が戻ると、すでにそこは統魔日本支部の中ではなかった。

 ならば何処なのかというと、僕の知らない場所だからどこだとは断言できない。……まあ、圧し切り長谷部が保管されている寺なのだろうけど。


 それを証明するかのように、僕達の目の前には立派なお堂があった。

 ただし、そこには真っ赤な液体が所々ぶちまけられている上に、深い切り傷がいくつも刻まれていたのだけど。


 もう嫌な予感しかしねー。

 よくよく観察してみると、点々と血が滴ったであろう痕跡がずっと続いている。

 それも、僕達が現在立っている入り口まで続いて、更には門の外まで続いていた。


 「コダマ、キミは血の跡を追え。私は負傷者の手当に向かう。おそらくまだ息があるのもいるだろう。終わり次第私も駆けつけるからキミは時間を稼ぐだけでいい」


 早口でそれだけ言うと室長はお堂のほうに駆けだしていった。

 くそ……なんで、こう、なるんだよ⁉ 血なまぐさいことは避けたいのに!

 心の中でだけ毒づく。


 だけど、まごつくようなことはしない。


 まだ血の跡は新しい。つまり、妖刀はまだ遠くに行っていないと言うことだ。なら、追いつく可能性は高い。

 室長とは逆方向、点々と続く血の跡と鉄の匂いを追って、僕も駆けだした。 

 圧し切り長谷部を追って。





 走る。


 全力で。


 なり損ないとは言っても吸血鬼。その身体能力は人間の限界をスキップで超えてしまってる。

 端から見たらとんでもない速度で走る男子高校生という、新たな『怪』になりそうな現象だったのだろうけど、こんな鬱蒼(うっそう)とした山の中じゃあ観測する人間はいないだろう。


 なんだってこうもへんぴな場所に寺を作ったのかはわからないけど、街中にあるよりもマシか。もしかしたら、こうやって封印が破られてしまった場合を想定してのことだったのかもしれないけど。

 未だに、圧し切り長谷部は発見できない。それでも、僕には確実に追跡できているという確信があった。


 なぜならば、あちこちにぶったぎられた痕跡が残っているのだから。

 木に、岩に、地面に、野生の獣に。まったくの見境なしに振るわれた妖刀は、バターを切り裂く熱したナイフのように滑らかな切り口を残していってくれていた。


 追跡するのにここまでしっかりとした手掛かりを残してくれるのは助かる反面、罠じゃないかと勘ぐってしまう。

 一刀両断にされて、(はらわた)をぶちまけている猪の死体を跳び越えながら、僕はそう考える。


 ぶんぶんと頭を振って、浮かび上がった考えを振り払う。

 あまり考えていても仕方が無い。妖刀の能力は分かってる。そして、その能力がトラップを作るのには向いてはいない上に、怒りの増幅という冷静さとは真逆の能力を持っているのだから、罠を警戒して足が鈍ってしまうほうがまずい。


 (ふもと)に降りられてしまったら終わりだ。

 僕の聴覚が、一つの音を捉えた。

 いや、それは音と表現するよりも、咆哮(ほうこう)と言った方が正確だろう。人間の叫び声だとは到底思えないような、野性的な、そして、原始的なモノだったのだから。


 ……近い。

 速度を上げる。


 必要以上に密集している木の狭間にソレは見えた。

 枝葉の間から漏れる光を反射して、ぬらぬらと光る刀身。野生の獣か、それとも人間のモノか、いやおそらくは両方のものであろう血液を(まと)っている。


 「■■■■■■■!」


 再びの咆哮。


 ここで初めて僕は、持ち主を見た。

 現在の妖刀の持ち主は老人だった。

 見事な禿頭に、立派な袈裟。おそらくはあの寺の住職なんじゃないだろうか。


 だけど、その目は血走り、形相は悪鬼さながらだ。

 深く刻まれた(しわ)がまるで顔面に走るヒビのようで、はっきり言って怖い。

 そのぎょろりとした眼球が不気味な動きで僕の方を向く。


 先手必勝!


 即座に僕は能力を発動する。

 すでに視線はしっかりと通っている以上、先手さえ取れれば僕の勝利は確定しているようなモノだ。

 イメージは、手。

 巨大な手で包み込むように。


 流石に潰してしまったら後味が悪いので、動きを封じる程度に。


 「■■■■!」


 唾をまき散らしながら住職は叫ぶ。だけど無駄だ。発動してしまった僕の能力(サイコキネシス)を防ぐにはなにかしらの遮蔽物(しゃへいぶつ)が必要になってくる。

 現状、動きを封じられている状態でそれは可能か? 答えはノーだ。


 「……こ、今回は楽勝」


 このままだと単なる膠着(こうちゃく)状態なのだけど、こっちは室長という援軍がやってくることは確定している。ならばこの状態を維持しておくだけでいいのだ。

 距離は二〇メートルほど。能力を発動し続けておくには(まばた)きさえもできないのだけど、そこは無理矢理にでも見開いておけばいい。


 距離は詰めない。無理に近づいてなんか食らってもいやだし。っていうか怖いし。

 どうやら圧し切り長谷部、こういった拘束には弱いみたいだ。

 無理もないか。刀なんてのは振るう人間がいて初めてその性能を発揮できるのだから。


 能力を発動し続けているので僕自身も動けないのだけど、あとは維持し続けるだけなのだから、突然に隕石でも振ってこない限りは大丈夫だ。

 そんな風に僕は考えた。そして、そういう考えをなんと表現するか?


 油断、だ。


 「■■■■■■■■■■■■―!!」


 これまでで最大の音量で叫ぶ。

 そして、僕は見た。

 圧し切り長谷部からどす黒いオーラのようなものが立ち上るのを。


 びゅん、と手首だけで妖刀が振るわれる。


 そんなモノでどうにかなる状況でもないし、出来たからと言ってどうするんだと言いたかった。

 僕の能力が“斬られて”しまったのを感じるまでは。


 は?


 「■■■ッ!」


 住職が叫びながら突っ込んでくる。

 なんの(かせ)もないように。なんの拘束もないかのように。


 え?


 「嘘だろッ⁉ くそっ!」


 圧し切り長谷部の能力は、『怒りの増幅と、それに比例した切れ味の増幅』……不可視のモノまで斬れるのかよ! なんだそれ⁉ 反則だろうが!

 すでに彼我(ひが)の距離は一〇メートルまで縮まっている。


 くそっ、覚悟を決めるしかない!


 相手は妖刀で武装していて、僕は素手。

 そして能力は切り裂かれてしまうというおまけ付き。

 正直言って逃げ出したい。だけど、逃げるわけにはいかない。僕がここで逃げてしまったら、誰がこの妖刀に対処できるんだ? 


 室長が追いつくにはまだ時間が掛かるし、たぶん、先発の回収班はやられてしまってる。 

 消去法で、残っているのは僕だけ。


 あと五メートル。


 「■■■■■■!」

 「かかってこいよこの野郎!」


 似合いもしない乱暴な口調で、僕は自分を鼓舞(こぶ)した。



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