第三怪 その4
5
黒々としたオーラに包まれている妖刀が僕を襲う。
斬撃は鋭く、こめられている殺意は本物。
だけど、振るっているのが老人だということも手伝ってか地切り戸灰悪ほどの鋭さはなく、人狼のように動きが見えないということはない。
見切れるからと言っても、それが躱せるという事実に直結するとは限らないのだけど。
「■■■■!」
超あぶねえ!
全身運動で避けるけど、ポニテをかすった。数本の髪がはらはらと舞う。散髪の手間が省けて助かるな! くそ。
次々に斬撃は襲いかかってくる。
……くそ、ダメだ! あの間合いに飛び込むのは危険過ぎる。
怒りによって増幅されている切れ味というのが問題だ。かつての『リア充殺し』、あの妖刀で負った傷はなり損ない吸血鬼の再生能力が働かなかった。室長曰く、妖刀というモノの性質としてそういった傷の回復を遅らせるのはデフォらしい。
つまり、抜群の切れ味に加えての一発食らったらアウト。
なんて理不尽だよ!
「■■■■■■■!」
横薙ぎの一閃。
垂直にジャンプすることで躱す。
が、手頃な太い枝に着地した僕はすぐに地上に降りることになる。
なぜか? それは僕の後ろに存在していた木を圧し切り長谷部は豆腐でも切るかのようにぶったぎっていたのだから。
ゲームみてえなコトすんな!
傾ぎ始めた枝から飛び降りる。もちろん、間合いからは外れるように。
しかし……参った。
まだ接触してから数十秒しか経ってないはずなのに、どんどん精神的疲労が蓄積されていく。
このまま持久戦に持ち込むのはいいのだけど、その場合は最低でも一撃は受けてしまうことは確定的だ。
逃げ回っていればいいだろうと安易に考え過ぎていた。
着地。同時に剣閃も襲ってくる。
「このっ!」
ごろごろ前転しつつ、途中からヘッドスプリングの要領で跳ぶ。
流石はなり損ない吸血鬼の身体能力、ひとっ飛びで十メートル近くは距離が取れた。
今のうちに体勢を……。
「■■■■■■■■■■!」
ってもう来てるし! はえーよ! しつけーよ! そしてこえーよ!
視界の端にあった人間の頭ぐらいの大きさの石。
とっさに能力を発動してそれを投げつける。
「■■■!」
野生の獣じみたカンによるものか、それとも感覚が鋭くなっているためか、もしかしたら圧し切り長谷部の能力なのか、知ったことじゃないけど迎え撃った一閃によって石は真っ二つになってしまう。
飛んでくる石が真っ二つになるって何だよ⁉ そんな無茶苦茶室長でもしないぞ! たぶん。
だけど、一瞬だけでも気が逸れたのは大成功だ。
「ぶっとべ!」
僕が欲しくて欲しくてしょうがなかった隙。つけ込むには十分だ。吸血鬼キックが住職を襲う。
形もなにもなっちゃいないような力任せの前蹴りもどきだったのけど、それでも乗っている威力は人外の領域。食らったらひとたまりも無い。
もちろん、妖刀を所持しているとはいっても人間。住職も普通にぶっ飛ぶ。
感触から推測するに骨の一、二本はへし折ってやったはずだ。
ぶっ飛んだ先には太い木が生えていた。
どごん、と重々しい音が響く。
磔られるかのように叩きつけられた住職はそのままずるずると地面に倒れる。
……どうだ?
僕は動かない。なにしろまだ圧し切り長谷部を手放していないからだ。枯れ枝のような腕は、まだしっかりとその柄を握りしめている。
静寂。張り詰めたような空気が充満してはいるのだけど、音だけは、ない。
祈る。このまま立ち上がらないまま室長がやってきてどこぞの二十二世紀の猫型ロボットみたいに事態を収束させてくれることを。終わらせてくれることを。
だけど、やっぱり、そんなのは願望に過ぎなかったみたいだ。
ぴくり、と指が動いた。
まだ……終わっちゃいない、か。
頭をぶん回す。
多少の手傷を負ったぐらいで弱体化してくれるようならここまで苦労はしない。
能力で手足をへし折ってやるという手もあるのだけど、その集中した一瞬が命取りになる可能性だってある。
こっちはライフ一で激しい攻撃をかいくぐっていくような無茶をしてるんだから、まともに相手なんぞしてられない。
一つのアイディアが閃くのと、住職が立ち上がるのはほぼ同時だった。
距離は再び二十メートル。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!」
もはや咆哮と表現するよりも、単なる騒音と表現したほうがしっくりくるような叫び。
完全に白目剥いてる状態でもやる気満々なのは尊敬さえしたくなってくる。
まあ、やってるのは妖刀なんだろうけど。
ボタボタとよだれを垂らしながら、ただただ殺気をぶつけてくる。
みしり。その音が柄を握りしめる音だったのか、それとも踏みしめられた地面の悲鳴だったのかはわからない。
なにせ、地面が爆発したのだから。
6
地面が爆発したと述べたのだけど、それは正確じゃない。
正確には、僕が能力によって地面をえぐり取って、それを空気中にぶちまけたというだけのことだ。
スプーンですくい取るようにイメージして、持ち上げた土の塊を更に砕いて撒く。そういう能力の使い方も出来るようになってきている。
現状、僕と住職の間は茶色の煙によって視界が完全に防がれている状態だ。
もちろん、お互いに目視することはできない。だけど、寸前まで見えていた相手に向かっていくことを妖刀が躊躇するだろうか? いや、ない。
ずばん、と一閃。
その一発(?)で土煙は横に切り裂かれる。
「■■■■■■■■!」
「来いよ、へっぽこ刀」
別に僕の煽りに反応したわけじゃないのだろうけど、とても老体とは思えない速度で住職は踏み込んでくる。
対して僕はというと、特に何もしなかった。
ただただ立ち尽くしていただけだ。
なにせ、細工は終わっているのだから。あとは仕上げをご覧じろ。
一歩、二歩、三歩、四歩目で住職の姿がかき消える。
特に動揺はしない。だってこれこそが僕の作戦だったのだから。
最大限に警戒しながら、僕は住職が消えた場所に近づく。
そこには、深い穴が掘られていた。
いや、ニュアンスが微妙に違ってきてしまうか。この穴は僕が掘った。
能力でこの部分を掘り返して、煙幕代わりにぶちまけたのだ。
出来るかどうかは賭けだったのけど、上手くいったのだから勝利したのは僕だ。
そして、読み切れなかった住職はと言うと……穴の途中に圧し切り長谷部が引っかかってしまったために手を離れてしまったようで、穴の底で白目を剥いてぴくりとも動かない。
穴の途中にぶっ刺さっている妖刀は、さっきまでの禍々しい様子が嘘のように美しい刀身を晒していた。
落とし穴。
古今東西、罠の種類は多種多様だろうけど、これを知らない人間はいないだろう。知らないっていうのならば、きっと相当に発想力が貧困なのか、それとも一帯が掘れないぐらいに固い地面をしているかだ。
単純明快なれど、はまったときの威力は大きい。
殺傷能力という点においては底に槍でも仕込んでいるといいのだろうけど、生憎と僕の目的は殺傷じゃない。この年で殺人犯になってしまうのは勘弁だ。
簡単には脱出できないようなシチュエーションに追い込んでしまうことが目的だった。
飛び出してこようとしたら、周辺を崩して死なない程度に埋めてやるつもりだったし。
ともあれ、妖刀の支配下にある状態からいきなり手放してしまったらどうなるのかはクリスマスと正月の妖刀で体験済みだ。
過ぎた力の反動で、しばらくは気絶する。
今回の圧し切り長谷部みたいな強力な妖刀ならば尚更なんじゃなかろうか。
「……っはぁ……」
思わずため息が漏れる。
疲れた。あと座り込む。
いきなりこんな修羅場に放り込まれてしまったら誰だって疲れるんじゃないか?
はあ、もう。なんでいっつもいっつも僕はこうなっちゃうんだ?
疑問に答えてくれる存在に心当たりはなかった。
やがてやってきた室長は、いつものように抗魔を発動させて圧し切り長谷部を回収した。まあ、コイツに室長が乗っ取られてしまった日には軍隊でも出さないといけないだろうし、妥当だと思う。
「住職は多分全治二ヶ月といったところか。老体で無茶をし過ぎたし、穴に落ちたときに腰を痛めたようだしな」
すでに圧し切り長谷部は後からやってきた統魔の回収班が押収してそのまま持ち帰ってしまっている。
現在、僕と室長は統魔が用意してくれたクルマの中。ちなみに、なぜか誰も運転してくれなかったので室長が運転していたり。
「……ま、まあ、ほ、ほら! 圧し切り長谷部を放っておくワケにはいかなかったんですし、必要な損害っていうことで!」
「そうだな。今回ばかりはぎりぎりで間に合ったという表現がぴったりだ。あのまま住宅地にまで到達されてしまったら隠蔽しきれなくなってしまったからな」
さらっと不穏当な単語が出てきているのだけど、すでに僕は慣れきってしまっているのでノーリアクション。
「……でも、なんというか、立て続けに妖刀絡みの事件が続くなんてついてないですね」
クリスマス、元日、そして三が日が明けたかと思ったらすぐに妖刀。
なんつう年だよ。厄年には早いだろ、僕。
「ついてない、か。そうでもないかもしれないぞ」
「へ? どういうことですか?」
「笠酒寄クンの調査報告を受けたら分かる。……多分」
最後がちょっと不安そうになったのは、きっと笠酒寄の普段の行いが原因だろうな。
だけど、もしこの一連の妖刀の事件に何かの意味があったとしたら?
いや、そんな馬鹿なことはないだろう。
なんで僕がそんな物騒なアイテムに関連しないといけないんだ。
僕はまだ、高校生だ。
まだ普通の、高校生だ。




