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空木コダマの化生/剣豪録  作者: 中邑わくぞ
最終怪 七不思議学校
49/51

七不思議の生まれる場所 後編

 身を(ひるがえ)して一気に駆け出す女性を真っ先に室長が追跡する。

 続いて笠酒寄、最後に僕。


 人間程度の足ならば、一瞬で室長は追いついてしまって拘束しているはずだった。 

 だけど、それは通常ならばの話。

 様々な『怪』が現出してる今の野瀬思中学校ではそうじゃなかった。


 「キォォオオオオッ‼」


 見たこともないような奇っ怪な鳥が襲いかかってくる。


 「ねじれろッ!」


 能力発動。


 僕の視線に捉えられた鳥は、雑巾みたいに絞られる。

 ・・・・・・やばい、頭痛がかなりひどくなってきた。


 カン、という甲高い音。同時に僕は何が投げられたのかを感知した。

 閃光手榴弾。なんでそんなモン持ってるんだよっ⁉


 まばゆい閃光と音によって、僕達の感覚は滅茶苦茶になる。

 笠酒寄やら室長なんかは人間よりも鋭い感覚をしているからダメージも一段とひどい。

 三人共膝を突く。 


 だめだ、平衡感覚までやられた。


 「危ない危ない。ただ者じゃないとは思ってたけど、まさか人間じゃないなんてね。本当は協力関係を築きたいとこなんだけど、今日はこっちが優先だから」


 視界は真っ白になってしまっているけど、能力で視ることは出来ている。

 それでも、なぜか女性の姿は観測できないのだけど。

 くそ! このままみすみすと逃げられてしまうしかないのか⁉


 見えないってことがここまで致命的だとは・・・・・・見えない?

 そう、謎の女性は僕の能力を以てしても視ることができない。他は全部視えている。

 余すことなく。そう、全部。


 発想を、逆転しよう。


 見えないくせに存在しているのならば、相応の弱点があるはずじゃないか。

 僕は、地面を視る。


 一カ所だけ、不自然に凹んでいた。


 そこかぁ‼


 地面よりも三十センチほど上空を掴むイメージ。


 「うっそぉ⁉」


 驚愕の声が上がった。

 当然だ。

 僕の能力は念動力。

 見えない対象に対しては無力だ。


 その上に、僕の大本の能力である領域感知にも対策しているのならば、油断してもそれを責めるのはちょっと残酷かもしれない。

 だけど、逃がすことはできないし、このまま拘束させてもらう。


 「よくやったコダマ」


 先に聴覚が回復したのか、室長は未だに立ち上がっていないままで、そう声をかけてきた。

 僕にはまだ女性の姿は視えない。だけど、手応えはある。

 確かに足を掴んでいるという感覚があった。


 何度ももがくけど、それで外れるような拘束じゃない。なんと言っても超能力。僕自身のスタミナが尽きるか、化け物みたいな膂力でも無い限りは無理だ。

 室長が回復したのか、立ち上がる。


 「・・・・・・くっ!」

 「残念だが、ソイツを渡してもらおうか。お前の目的なんぞ知ったことじゃない。私は仕事をするだけ。それを邪魔するのならば容赦はしない」


 右手に持った童子切り安綱がキラリと光る。

 どうやら観念したのか、それとも自分の命のほうが大事なのか、女性は持っていた温度計と湿度計を室長に放り投げる。


 「渡す渡す。だから命は勘弁してよね。あたしはまだまだやりたいことは沢山あるし」


 命乞いというよりも、まるで誘いを断るみたいな調子だけど、それは確かに降参宣言だった。


 「コダマ、拘束を解いてやれ」

 「・・・・・・いいん、ですか?」

 「コイツ自体は別に大したことないんだ。ちょっと制限をかけたら後は自由にして構わん」

 「ちょちょちょっと、なにす・・・・・・」

 「制限(ギアス)


 一瞬で接近した室長の手が女性の顔面をわしづかみにして、そのまま何かの魔術をかける。

 外見上はなんの変化も見えない。だけど、失敗ということはないだろう。あの室長に魔術を行使されて無事に済んだのは殆どいなかった。


 「お前には制限をかけた。魔術を使おうものなら死んだほうがマシな痛みが走るぞ」

 「・・・・・・わーお、素敵じゃない」


 全然思っていないのはその表情から明らかなのだけど、言葉だけでも出てくるだけ大したものだ。普通なら取り乱すだろ。

 つうか、この女性が十三階段の魔術も仕掛けたのか。


 ひゅん、と室長が童子切り安綱を振ると、温度計と湿度計が真っ二つになる。

 これで、少なくとも野瀬思中学校の七不思議は解決、か。


 「・・・・・・お前、名前はなんだ? 逃がす前に聞いておいてやる」


 顔面から手を離して室長が女性に尋ねる。


 「あたし? あたしは練西(ねりにし)由良々(ゆらら)。チャーミングでキュートでミステリアスなナイスレディ・・・・・・ってね」


 余裕そうだけど、その額に一筋の汗が流れているのを僕は視逃さなかった。

 目の前で日本刀振られりゃあしょうがないとも言えるだろうけど。

 魔術によって制限を掛けられ、その上に至近距離に武装した室長。この状態ならば、もう僕の能力による拘束は必要ないだろう。


 能力を解く。


 足が自由になった女性、いや練西さんは足首をさすった後に、「じゃ、そういうことで」などとのたまいながら走り去っていった。


 「ふん。どうせまたどこかで会うだろうからな」


 吐き捨てるように呟く室長だったのだけど、そろそろ僕は限界。

 頭がさっきからぐらぐらするし、吐き気もひどい。僕がこの能力を制御下における日が来ルのかどうかが心配になってくる。

 そこまで考えた時点で、僕の意識は彼方へと吹っ飛んでいった。




 

 「・・・・・・ん。・・・・・・ぎ君。空木君ってば」


 声が聞こえる。笠酒寄の声が。

 重い瞼をようやっと開くと、心配そうに僕をのぞき込んでいる笠酒寄の顔があった。


 「・・・・・・あれ? どうなったんだ?」


 気絶してからどうなったのかがわからない。

 笠酒寄の顔の後ろに見えているのがクルマの天井だから、多分ここは室長の車の後部座席なんだろうけど。


 「やっと起きたか。まったく、未だに制御できないとは未熟未熟」


 うっさい。余計なお世話だ。


 身を起こす。

 クルマは動いていない。

 単に僕を運び込んで目を覚ますのを待っていただけみたいだ。

 運転席の室長はスマホをいじくっていた。


 ・・・・・・解決して即効でスマホとは本当に筋金入りだな。


 「とりあえず事件は解決。このまま百怪対策室まで帰ろう。ちなみに、キミの血は吸っておいたからもう安心して良いぞ」


 そういうとこは素早い。

 頭痛がなくなっているからそうだろうなとは思ったのだけど。


 「あの女性は何だったんですか?」


 エンジンを掛けてクルマを発進させようとしている室長に質問。

 なんなんだよ、怪奇製造者って。


 「んー、アーティスト気取りの変人共というか、何というか・・・・・・たまにいるんだ。ああいう迷惑なヤツが」


 さいですか。


 どうやらこの世の中っていうのはまだまだ僕の知らないことだらけらしい。

 静かに、室長はクルマを出す。

 心地よい揺れに晒されて、僕はやっと安堵の感情を覚えた。


 「・・・・・・ねえ空木君、ちょっといい?」


 隣の笠酒寄がなにやら耳打ちしてくる。


 「・・・・・・なんだよ。お前と違って僕は一週間連続で七不思議解決に奔走していたんだから疲れているんだから手短に頼むぞ」

 「・・・・・・明日デートいこ?」


 ちょっと、不意打ち。

 そういやあ、潰れた予定の中には笠酒寄とのデートも含まれていた。

 失われた春休みをちょっとぐらいは取り戻しても良いだろう。 


 「室長、明日ぐらいは休みをくださいますよね?」

 「ああ、ゆっくりいちゃついてこい。私も明日は完全にオフにして休むから」


 そうしよう。僕達はまだまだやりたいことも沢山あるのだし。

 『怪』と対峙するからといって、別に人間性を放棄しなくてもいいはずだ。

 僕達を乗せたクルマは、特にトラブルも無く道を走っていった。


 


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