不可能脱出倉庫 後編
ぼろぼろの倉庫の中はホコリっぽかった。
あまり使われていないのだろう。所々溜まったホコリで変色しているようにみえるぐらいだ。
「使われていない・・・・・・みたいですね」
「だろうな。最近の中学生は外で遊ぶって事をしないようだ。運動能力の低下が心配されてしまうな。一国民としては将来を憂いてしまう」
日本国籍偽造じゃねえか。金髪碧眼の純日本人がいてたまるか。
そう突っ込みたかったのだけど、自重する。無駄にからかわれるような愚を冒すような僕じゃない。
「じゃあ、コダマ。とりあえず床全体を見たい。浮かせてくれ」
ほらきた。
しかし問題が一つ。
「今の状態だとそんな無理は出来ませんけど」
「私の血を吸え。一時的に全開になるぐらいならば問題はないだろ」
軽く言ってくださるけど、中々に堪えるんだけどな。
「安心しろ。私ならすぐに発見できる」
「・・・・・・わかりましたよ。肩出してください」
「なに? 私に脱げというのか? このえっちなコダマ、略してエダマ」
「とっととはだけてください」
「洒落のわからない若者だ」
茶化しながらも室長はその白い肌を晒す。
あんまり躊躇しててもしょうがないので、僕はその首筋に噛みつく。
流れ出る血液が喉を通り抜けるのと同時に、僕の中に能力が戻ってくるのがわかる。
同時に襲いかかってくる、頭痛。
口を離すと、わずかに血液がこぼれた。
「よし、準備完了だな。やれ」
「はいはい」
集中。
今の僕には、この倉庫内は全部視えている。
転がっているボールの全体も、跳び箱の外も中も、マットの裏も表も、倉庫内に存在している物品をあらゆる視点から捉えていた。
全部、持ち上げるイメージ。
僕の髪と同じように、倉庫内の物品が全て持ち上がる。
しばらく、室長はあらわになった床を観察していたのだけど、何かを見つけたのかある場所に寄っていく。
「私の頭上以外は下ろして良いぞ」
その言葉を合図にして、僕は室長の上に浮いている跳び箱以外の物品を全部下ろす。
これで、多少は楽になった。
そして、残っていた跳び箱も別の場所に適当に放っておく。
・・・・・・頭痛がひどくなってきた。
「・・・・・・室長、やっぱまだダメそうです」
「そうか。なら腕を出せ」
? 意図がわからないけど素直に差しだす・・・・・・って痛ぇ!
何を考えているのか、室長は突然僕の腕の噛みついたのだ!
「な、何するんですか⁉」
「血が吸えればどこでもいいんだ。首筋にこだわる必要は無い」
なにそれ初耳。てっきり吸血鬼は首筋から血を吸わないといけないと思い込んでいた。
腕から引き抜かれるようにして、僕の能力が室長に奪われていく。
やっぱり慣れないな、この感覚。
一分もしないうちに調整は完了して、室長は僕の腕から口を離す。
なぜか最後に一舐めしてくれたので、悪寒が走った。
「で、見つかったんですか? 『怪』のトリックは」
「ああ、よく見てみろ」
ピンと伸びた室長の指先は床を指し示している。
いや、よくよく見てみてたら、その部分だけがハッチのようになっているのがわかる。
「これって・・・・・・」
「脱出口だな。なぜ倉庫なんぞにこんなものがあるのかは不思議だが、これが『怪』の肝だ」
言いながら室長は何でも無いようにハッチを開く。
ジメジメとした暗黒の空間が広がってる。
通るのは人一人が精々なのだけど、それでも通れる。
「よし、行くぞ」
「・・・・・・本気ですか?」
「当然。何処に出るのかまで調査してから塞いでおく」
行きたくないなぁ。結構潔癖気味の僕としては。
「ごちゃごちゃ考えてないでとっとと行け」
後ろから蹴り飛ばされて、僕はカビとホコリが充満した空間に落下した。
落ちた先は地面だったので怪我を負うことこそなかったのだけど、それでも普通の人間だったら打撲ぐらいにはなってしまうぐらいの勢いだった。
「ちょっと室長! もうちょっと優しくしてくださいよ!」
「やかましい。私は傷心中なんだ。触れるモノ皆傷つけてしまうぞ」
八十年代かよ。あといい加減にレヴィアタンは諦めてくれ。
よく見たら隣にはしごがあった。本来はこれを使って降りてくるのだろう。
しゅた、と華麗に室長は僕の隣に着地する。
「・・・・・・ふむ。見たところ特に魔術的な介入はないな」
「そんなのわかるんですか?」
「魔術でこれを掘ったのならば、もうちょっとは気の利いた感じにするだろう」
たしかに。
僕と室長がいる空間はお世辞にも綺麗とは言い難い。
どっちかと言えば、掘削してそのまま放置されている坑道といった風情だ。
壁面は土が剥き出しだし、安全対策なんてものが存在しているようには見えない。
単に掘られている、穴だ。
「・・・・・・どこまで、続いてるんでしょうか?」
「それを知るには、進んでみることだな。なんでも同じだ。やってみればわかる」
そりゃそうだけど。
その結果氷漬けになって封印された人物が言うと、どうにも納得できないというか、腑に落ちないというか、なんとも言えない気分になる。
光源がないので本当は真っ暗なのだろうけど、なり損ない吸血鬼と吸血鬼の二人組には関係ない。ずんずん、進んでいくだけだ。
百メートルも歩かないうちに、行き止まり。
そして、目の前にははしご。
「上れ、コダマ」
「レディ・ファーストでどうぞ」
「男を見せる場面だろうが」
「僕は男女平等主義者です」
「小唄クンにあること無いこと吹き込むぞ」
「・・・・・・上らせていただきます」
くっそ、小唄を出すのは反則じゃないか。
アイツがこれ以上室長みたいになってしまったら、僕は何処で安息を得れば良いのだろうか? 自宅でも百怪対策室でもからかわれ続けるのは勘弁だ。
上っていくうちに、天井があることに気付く。
いや、天井じゃない。蓋だ。
こちらから押し開けることが出来るようになっているのだけど、なにか文字が書いてある。
「『これはきみ達のようないじめられっ子のための脱出ルートだ。決していじめっ子には教えてはいけない。どう聞かれても知らぬ存ぜぬを貫き通せ』? なんだこれ」
「これを掘った人物からのメッセージだろうな。おそらく、あの倉庫は閉じ込めるのに使われていたんだろう。ゆえに、それを不服に思った『誰かさん』が掘った、というところか」
勝手にこんなん掘られてしまった学校側としてはたまったものじゃない。
だけど、製作者の気持ちも、利用していた生徒達の気持ちもわかる。
・・・・・・味方がいないっていうのは、辛いもんな。
「とっとと開けろコダマ」
室長にはわからない感情だろうけど。
言われたとおりに僕は蓋を持ち上げる。
夕焼け空は、すでに紫に変わり始めていた。
たぶん、グラウンドの隣に存在していた雑木林なのだろう。視界が悪い。
ここならば、そうそう出入りする瞬間を発見されるということもないわけだ。
「やれやれ。推理小説なら読者に散々叩かれてしまうような展開だな」
いつの間にか室長は隣にいた。
「・・・・・・これも、塞いでしまうんですか?」
「もちろん。放っておいたら『怪』になる。そうなったら、あの倉庫に入った瞬間どこぞに転送される可能性だってあるからな。それに・・・・・・」
「それに?」
「大人しくいじめられるだけじゃなく、噛みついてみるぐらいの気概は必要だからな」
やっぱり、この人にはいじめられっ子の痛みとかは遠いようだ。
「さて、どうやって塞ごうか。やはり入った瞬間激痛が走るように細工するか」
「・・・・・・普通に埋めてください」
傷ついた少年少女に対して更にトラウマになるような行為をするな。




