無人演奏ピアノ 前編
野瀬思中学校七不思議攻略戦、三日目。
予定通りのペースで『怪』を解決して言っている僕達にトラブルが発生していた。
「ぁぁぁ……私のレヴィアたん……」
がっくりとうなだれている室長。僕はそれを冷めた目で見ていた。
「今からとんぼ返りしてみたらどうですか? 室長ならそのぐらいは出来るでしょう?」
「そんなことをしていたら昨日の分のアニメが消化できないだろうが。くそっ、こんなことならばヘムを百怪対策室に置いておくんだった。そしたらレヴィアたんを逃すこともなかっただろうに……!」
何が起こっているのか?
実は今日、室長がはまっているゲームである『デモンズこれくしょん』(通称デモこれ)での突発イベントが発表されたのだ。
しかもこのゲーム、スマホだとできない。PC専用のゲームだ。
もちろん、室長は今回ノートパソコンも何も持ってきていないので、今日をいれて後五日間ほどはデモこれにログインできない。
それによって、突発イベントでの配布キャラである限定制服レヴィアタンというキャラクターが入手できないことが確定したのだとか何とか。
すっげぇどうでもいい。
つうか、本物の悪魔召喚できるような魔術師がゲームのキャラクターにお熱なのはなんとも形容しがたい気分にさせられる。
「いいじゃないですか、そんなデジタルデータぐらい」
「キミはわかってないな。デモこれの突発は復刻しないことで有名なんだ。一度配布されてしまったキャラの使い回しを頑として許容しない硬派なスタッフ揃いで売っているゲームだからな」
商魂たくましいのかそうでないのかの判別がつかない怪文書的台詞は止めて欲しい。僕の処理能力には限界がある。
「引退したらどうですか?」
「私に死ねというのか?」
やっすいなぁ、室長の命。
これを狙っていた木角利連あたりはどういう感想を抱くのだろうか。
あんまり考えたくはないのだけど。
そういうやりとりがあったのが昼間。
そして、現在。時刻は夜。
そう、僕達はまた夜の野瀬思中学校にやってきていた。
『怪』の調査と解決のために。
流石に仕事となったら室長も気分を多少は切り替えるようで、今はシャキッとしてる。
「……帰ったらガチャ回そう」
訂正、全然ダメそう。
「アホなこと言っていないで今日のターゲットを教えて下さいよ」
「ああ、これだ。とっとと終わらせて帰ろう」
またしてもポケットから現れる紙。
〈誰もいないのに鳴り響くピアノ〉
……ベタ。
何処にでもあるような怪談の一つ、それこそが野瀬思中学校七不思議が一つ、『誰もいないのに鳴り響くピアノ』だ。
手垢が付きまくって、変色して、さらに光沢まで放っているような話なのだけど、だいたい僕が想像した通りだった。
曰く、夕方から夜中にかけてその『怪』は発生する。
施錠されているはずの音楽室から、ピアノ演奏の音がするという。
時に切なく、時に情熱的に、その演奏はとても上手いらしいのだけど、確認しに行ってみると、鍵がかかっている。
生徒が残っているのかと思って、鍵を開けて中に入ろうとした瞬間に演奏がピタリと止むという。
そして、やはりというかなんというか、音楽室のたった一つのグランドピアノには誰も座っていない。座っていたという痕跡さえもない。
なんなら、演奏準備さえ整っていないそうだ。
ピアノを弾くには鍵盤を覆っているカバーみたいな部分を上げる必要があるのだけど、それもきっちりと降りているという。
さらに、音楽室の中を探してみても、誰もいない。
演奏者なしにピアノが勝手に鳴り響いたとしか思えないような現象。
しかし、そんなことがあり得るはずもない。
理解不能の現象は、いつしか野瀬思中学校七不思議の一つとして語り継がれるようになっていたという。
そういう、話だ。
「幽霊が弾いているとかじゃないんですか? そのぐらいはやりそうですけど」
これまでの僕の幽霊経験から言うと。
「幽霊が物理的干渉力を得るにはかなりの執着が必要になってくるんだ。演奏なんて技術的な下地が必要なモノならば尚更だ。で、学校のピアノにそこまで執着しているようなヤツがいると思うか?」
いないんじゃないかぁ。
ピアノを弾けるって言うのならば、家にピアノがあるだろうし、学校のよりも、そっちに執着しそうだ。
仮に、学校のピアノにすさまじい思い入れがある人物がいたと仮定しても、そのうえで、死んでおり、幽霊になるほどに未練を抱えている必要がある。
確率としては、低いと言わざるを得ないだろう。
と、なると。
この『怪』に関してもなんらかの作為が働いていると推測するのが妥当だろう。
そうじゃなかったら、どこからともなくピアノ演奏に対して異常に執念を燃やす浮遊霊あたりが居着いてしまった、ぐらいしか思いつかない。
……どんな確率だ、それ。
「今現在の室長の見解をお聞きしたいですね」
この件の中心になっているのは音楽室なので、必然的にそこに僕と室長は向かっている。
夜の学校なのでちょっとばかりは不気味なのだけど、もう三日目になってくると慣れてくるし、この程度のホラー要素なんぞ夏休みからここまでで散々体験してきたのでそこまで動じない。
僕よりも場数を踏んでいる室長なんぞ、『怪』よりもデモこれのほうが気に掛かっているぐらいのリラックスっぷりだ。こんなんでいいのだろうか。
そういう益体のないことを考えていると、あっという間に目的地に到着する。
〈音楽室〉
味も素っ気も無い書体でプレートにはそう書いてある。
しかしながら、今のところは静寂。
ピアノ演奏なんて聞こえないし、何かしらの気配もない。
「どうします? 待ちますか?」
「そんなわけあるか。すでに『怪』として実体を得ているだろうからこれで十分だ」
すうぅ、と室長は息を吸った。
「さあて! しょぼくれの七不思議がっ! 私が完膚なきまでにたたき伏せてやるから覚悟しろッ!」
うっさ! こんなにデカい声でるのかこの人。
普段はちょっとローテンション気味なので予想していなかった。
が、どうやら『怪』のほうにはえらく気に障る発言だったらしい。
演奏が、始まった。
多分クラシック曲なんだろうけど、音楽に明るくない僕には曲名はわからない。
しかし、演奏はよどみなく、軽快な調子で奏でられる鍵盤の音は素人でも賞賛したくなるほどだった。僕程度に賞賛されても困るだろうけど。
「……室長」
「安い挑発に乗ってくれるとはな。思ってた以上にガキ臭い。多分この『怪』を仕掛けたのは生徒側だろうな」
「そんなことまでわかるんですか?」
「当然。『怪』は製作者の性格やら性質を引き継ぐからな」
初めて聞いたよ。もっと早くに教えておいてくれ。
「ではではぁ、ご開帳と行こうじゃないか。解錠」
かしゃり、と鍵が外れる音。
一毫の迷いもなく、室長は音楽室のスライドドアを開け放った。
ドアが開かれるとの同時に、演奏が止む。
それはもうぴたりと。
再び静寂に満たされた音楽室には、動くモノは一切存在していなかった。
奥に鎮座しているグランドピアノも動揺。どころか、話通りに鍵盤の蓋は降りている。
今の今まで演奏していたのならば、こんな状態にはなっていないはずだ。
「……あー、予想通り過ぎてミスリードを疑いたくなくってくるな、これは」
「ミスリード?」
「自信のある推測なんだが、あんまりにも想定通りだと、な」
なぜか室長は微妙に嫌そうだ。
想定通りならば、そんな顔をする必要は無いと思うのだけど。
「……どこから、調べますか?」
調査しないことには始まらない。『怪』の正体を知るためにはそうしないと。
「んー……多分窓の側だろうが、……邪魔だな」
窓?
窓の側には多種多様の楽器が置かれている。
分厚いカーテンが掛かっているので、日光による劣化への対策はしてあるのだろうけど、確かに邪魔だ。
「どかせ、コダマ」
だろうと思った。




