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幕間 その1

 1


 「コダマ先輩。ほら、これどうですか? わたしに似合っていると思いませんか? 隣の女子力低い人とは違って、わたしこういうの似合ってしまうタイプなんで」

 「そんなことないよね空木君? わたしの女子力低くなんてないよね? そもそも女子力とか関係ないと思わない? 容姿に現れない部分が女子力だと思うしっ!」


 僕 空木(うつぎ)コダマは現在二人の女子に両方から話しかけられている。


 片方は佐奈平(さなひら)心優(みゆ)君。妹の小唄(こうた)と同じ学年、つまりは中学二年生の女子。

 そしてもう片方は僕の彼女である笠酒寄(かささき)ミサキ。同じ弐朔(にのり)高校一年生にしてクラスメイト。

 さらに場所はショッピングモールの一画に入ってる女性向け服飾店。


 なぜこんなことになっているのか? それには時計の針をいくらか逆回転させる必要がある。


 僕は恨む。

 この事態の元凶となった妹の小唄を。


 あとで絶対に説教だ。



 2



 「お(にい)、ちょーっと小唄ちゃんのお願いを聞いてみるつもりはない? あ、もちろん返答はイエスだっていうことを小唄ちゃんは知ってるんだけど、一応は意思確認って大事じゃない? この銀河系レベルのラブリー妹小唄ちゃんのお願いなんてのはお兄じゃなくても即答で首をちぎれるぐらい縦に振りまくってそのまま作用反作用の法則によって第一宇宙速度に達しちゃうことはわかってるんだけど、一応ね」

 「言ってることが滅茶苦茶だろうが。なんで首を振って衛星軌道に乗らないといけないんだよ。僕は面白物理学実験の対象じゃないぞ」


 空木家、リビング。


 基本的に僕はリビングにいる。

 自分の部屋もあるけど、だらしなくソファに寝転がってぼーっとテレビを眺めているには一番いいからだ。

 そんな状態の僕に突如として妹が襲来してきた。

 しかものっけから意味不明の自意識過剰長台詞で。僕じゃなかったら反応できまい。


 「お兄大丈夫。そんなに自分を卑下(ひげ)することなんてないんだよ? お兄はイエスって答えて明日のスケジュールを空けておいてくれるだけでいいんだから。それだけで小唄ちゃんに貢献できるなんてすごいことじゃない? この小唄ちゃんの役に立てるんだよ? お兄が。そんなことは一生に一度、ううん、きっともう一回ビッグバンがやってくるまでないよ」


 お前は話を宇宙規模にするのが好きだな。


 無視してもいいけど、その場合には輪をかけて長い台詞がやってくるのでそろそろ聞いてやる。十年以上付き合ってると妹に対する対応というモノも堂に入ってくる。


 「で、なんだよ『頼み』って。また室長に頼まないといけないようなことなら僕から伝えておくから」

 「お兄。お兄、お兄お兄お兄? 小唄ちゃんはお兄に頼みごとをしてるんだよ? ヴィクトリアさんに頼みたいことなら直接頼むよ。そんなこともわからないのかね、お兄」


 得意げな顔だ。むかつく。

 が、言われてみたら確かにそうだ。小唄は室長に直接的にコンタクトを取れるのだから、わざわざ僕に仲介してもらう必要性は低い。


 となれば、今回の『頼み』とやらは直接僕に交渉しないといけないような事態であると推察できる。

 あまり聞きたくはない。『怪』絡みの事件ならば無視すれば室長にぶっ飛ばされる可能性が発生してしまうけど、今回はそうじゃないみたいだし。冬休みの妖刀絡による一連の事件によって僕はとても疲弊しているんだ。三学期中はだらけていたい。


 「小唄」

 「なになにお兄? 小唄ちゃんの余りのかわいさ余ってかわいさ一〇〇倍のプリティフェイスに見とれちゃったのかな? それとも小唄ちゃんの天使にも匹敵するどころか天国の聖歌隊さえも泣いて教えを請うぐらいのキューティーボイスに魅了された? ああもう、しょうがないなぁ~。お兄には特別に小唄ちゃんの半径一〇メートル圏内に存在してもいい権利を進呈しちゃおう。大サービスだねこれは」


 「断る」


 なんでこの妹は呼びかけられただけで、これだけの不必要な語句を(つむ)ぎ出すのか不思議に思うのだけど、僕は単調直入に伝える。めんどいことは嫌だ。


 「ん? お兄、ちょっと小唄ちゃんは突発性難聴に(かか)ってしまったか、お兄があんまりにも馬鹿なことを言ったせいで脳の処理が追いついてないよ。だからもう一度言ってくれない?」

 「……断る」

 「やっぱり聞こえないなぁ~。小唄ちゃんのお耳に聞こえるようにもう一回」


 ……こいつ。あくまでも不都合な事実からは目を(そむ)けて押し通す気だな。


 耳に手を添えて「早く言ってくれないかな~」みたいな表情で小唄は僕に顔を近づける。

 その耳を引っ張ってやろうかと思いもしたのだけど、ふと気がついた。

 小唄が耳に沿えてない側の手、その手が持っているものに。


 見覚えがある。

 それは僕の本棚、しかも他の本によって絶対に見えない場所に隠されているはずの物体だった。何度も何度も探索された場合をシミュレーションして、熟考に熟考を重ねて決定した隠し場所にしまわれているはずの物体だった。


 エロ本っ……!


 雑誌サイズじゃあないから小唄の小さな手にも収まってしまっているのだけど、多少変形してしまっているのはやむを得まい。いやいや、そういうことじゃない!


 なんで! こいつ! 僕の秘蔵本を持ってやがる⁉


 これは……まずい。

 何がまずいって具体的にはわからないのだけど、よろしくないということぐらいは本能的に察知する。なんというか、男の本能的に。


 「ん? お兄どうしたの? この小唄ちゃんが持っている本に興味があるの? これはね、お兄の部屋で発掘したお宝なんだけど、小唄ちゃんには価値がわからない物体なんだよね。だけど、もしお兄が小唄ちゃんのお願いを袖にするような愚行に出るなら小唄ちゃんはこれを家族会議の場で証拠物件として提出することも()さない構えだよ。罪状は男の子なんだからえっちなのはわかるけどまだ早いよね罪」


 絶対にわかってて言ってやがるこの悪魔みてえな妹!


 まずいまずいまずいまずいっ! 僕の……こう……アレが家族の目にさらされてしまうというのは非常にまずい。羞恥(しゅうち)(しん)で僕は自殺しかねない。っていうか、妹に知られてしまった時点でかなり致命傷に近い気はするのだけど。


 しかし、小唄ならどうにかなる。

 こいつは情報の価値を知っているタイプの人間だ。

 我が妹ながら恐ろしいことだけど、おおよそこの町の中高生の事情については小唄が掴んでいない情報のほうが少ないという噂まで聞いたことがある。


 情報の価値を知っているということは、取引の仕方も知っているということだ。

 あまりにも理不尽な取引を何度も繰り返してしまったらそれは確実に反感を招く。そしてそれは、自分自身への報復として襲ってくるというのもわかっているだろう。


 一つの情報で取引できるのは一回が相場。

 なればこそ、今までの力押しにもほどがある攻め方にも合点がいく。

 始めから僕には選択肢は一つしか無かったのだ。

 小唄の頼みを聞いて、エロ本の事を両親に黙っていてもらうという道しかっ!


 妹にやんわり脅迫される兄というのはどうなのだろうか、とか、こいつは将来絶対ろくな大人にならないだろうなぁ、とか色々と思うことはあったのだけど、僕は実利を取った。見栄を取った。人として大事な何かを捨てた。


 「『お願い』とやらを聞いてやるからその本を僕に返して今後一切それに対して触れるな」

 「うわーい! やったー! うれしー! さっすがお兄。小唄ちゃんの(あに)なだけはあるね。話がわかるぅ。まあ、頼みは簡単だよ。ちょっとお兄のことが気になる女子がいるから明日デートしてあげて。別に振ろうが、笠酒寄さんを振って付き合おうが二股かけようが自由なんだけど、とりあえずはデートしてあげて。明日の午前十時にうちに来るって。そんじゃ」


 「待てこら」


 ブツを押しつけて去って行こうとする小唄の襟首を捕まえる。


 「なぁに? これから小唄ちゃんは全国魔性の妹コンテストに出場するための提出書類を書くために、部屋に籠もっておしゃべりするんだから邪魔しないでよね」

 「べらべらと嘘を並べ立てるんじゃない。……そうじゃなくて、僕が気になる女子?」

 「そう。男子じゃなくてよかったね」

 「……いや、まあ、そうだけど。……そうじゃなくて! ……誰だよ」

 「佐奈平心優ちゃん」

 「……誰だっけ?」


 僕は本気で忘れていた。


 妖刀関連で強烈な刺激を受け続けてしまったせいだと思いたい。そうじゃなければ、彼女の強烈な印象を忘れるはずもない。


 『怪』を生み出してしまった少女の事なんて。



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