第六怪 その2
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一応、掴んだ場所は柄だったから怪我はしてないけど、刃物持ってるのは怖いから早く手放したいんだけど、妖刀と聞いちゃった以上それはしばらくできそうにないや。
ちら、と一瞬だけ祢々切丸を見たヴィクトリアさんはクルマの進行方向を戻した。
あれ? もうちょっと褒めてくれてもいいような……だって、これって間違いなく妖刀だよね? 祢々切丸なんだよね? 捕まえたよね、わたし。
「妖刀祢々切丸。本来の名前とされているのは山金造波文蛭巻大太刀、ということになっているんだが、嘘だ。陰陽寮が隠蔽のために操作した情報だからな。本物は脇差しサイズなんだよ。由来としては『祢々』という虫の妖怪を追い回して調伏したからその名前を取ったワケなんだが、この祢々という虫については未だに詳細がわかっていない。ただ、他にも反応するという事は長年の調査でわかってる」
こっちを見もしないでヴィクトリアさんは解説モード。
でも、なんだかその横顔はまだ警戒態勢に見える。
「反応する対象だが、様々だ。鬼、妖怪、幽霊、とにかく怪異の類いには反応する。強力な能力を有していたり、危険性が高いとすさまじい執念で追いかけ回すからな。封じ込めておくのにも苦労したらしい。ごく平凡な人間にそれと知らせずに保管させておくという手段を取っていたみたいなんだが……水鏡の所有者はどうやって知ったのかこれを殺している」
え?
ああ、そうか。ヴィクトリアさんは吸奪でそれを知ったんだ。
この危ない刀が飛び回っていることを知って、カバー出来るのはわたし一人までだと思ったんだろう。言っちゃあ悪いけど、身体能力ならわたしのほうが勝ってるし。
あれ? でもおかしくない?
「でもでも、空木君のほうに向かったらどうするつもりだったんですか?」
「コイツはより強力な存在に向かうような性質を持っているんだ。半吸血鬼みたいなコダマよりも、人狼&吸血鬼の私達を確実に優先する。あいつがいるとお荷物だからな。今頃はかまいたちの捜索中だろう。適材適所だよ」
雑いなぁ、空木君の扱い。ううん、これもヴィクトリアさんの優しさ……かも。
まあ、どんなに怖い性質の妖刀だったとしても、捕まえてしまったらこっちのもん。がっちり掴んじゃってるからもう心配ない。さっきから動く様子もないし。
「で、この妖刀の最も厄介な点なんだが、かなり執念深くてな。一度ターゲットを定めてしまうとソイツを仕留めるか、自分が完全に行動不能にされてしまうまでは追いかけてくる。記録によると海も渡ってくるらしい。害虫だな、まるで」
害虫……虫の妖怪を退治した刀が虫扱いなのは、なんか世の中の奇妙さを感じる。
なんていうんだっけ、こういうの。ミイラ取りがミイラになる?
わたしは握ってる祢々切丸をじっと見る。
お前もちょっとは反省しなさい。
わたし達に迷惑掛けないでよね。
じとーっとした目線で見てみるけど、反応はない。当然だけど。
「ヴィクトリアさん、祢々切丸はどうしておきますか? 捕まえたのはいいですけど、なにかの拍子にまた襲ってきても困りますし」
「スーツケースに放り込んでおいてくれ。“第二波”が来る前にな」
「はー……い?」
とってもいやーな単語が聞こえた。聞き間違いだよね? そうだって言って欲しい。
だけどわたしの聴覚は人狼化の影響で強化されてる。この状態での聞き間違いってしたことない。
「あの……ヴィクトリアさん……」
「ちっ、もう来たか。笠酒寄クン、今度はさっきよりも多いぞ。覚悟してくれ」
多い、という意味がわからなくて後ろを見たわたしが見たのは、飛んでくる七本の祢々切丸だった。
はぁああああああああああああ⁉
「完全人狼化しろ!」
「うわわわわわっ!」
言われるがままに、っていうか反射的にわたしは完全人狼化。
一気に体格が変化したから狭っ苦しくなる。
だけど、動きにくくなった代わりに身体能力は比べものにならないぐらいに上昇。
もちろん動体視力やら筋力やら諸々はすっごい。どのくらいすごくなってるかって言うと、飛んでくる祢々切丸軍団の動きがはっきりと見えるぐらい。
全部運転しているヴィクトリアさんを狙ってる!
窓を全開に。
がすん! がすん! ばしばしばしばしばしっ!
二本はドアに刺さって、あとの五本は全部捕まえた。手が大きくなったからこういうのも楽勝。
「やるな笠酒寄クン。オラオラもできそうだな、キミなら」
「おらおら?」
「……なんでもない」
なんだろう? オラオラ系? でも、それって男の人のことだよね? んー、わかんないや。
ばしばしっ!
ドアに刺さっていた祢々切丸が抜けて再び窓からヴィクトリアさんを狙ってきたのでそれも捕まえる。
素早くわたしはスーツケース(これも結構謎なアイテムだと思う)を開いて捕まえた七本の祢々切丸を放り込む。
自動で閉まってくれうし、いちいち閉める必要は無いからそのまま膝の上に置いておく。
まだ使いそうだし。
「あの、ヴィクトリアさん? 祢々切丸っていっぱいあるんですか?」
「そんなことはない。祢々切丸は一振りだけだ。こんなのがいくつもあったら管理する側の身が持たない」
「いっぱい飛んできてるんですけど⁉」
「祢々切丸の特性というか、異能というか……そういう妖刀なんだ。増殖の異能、端的に表現するならばそうなるかな」
ええー……。増殖って増えるって事だよね? ならいっぱいあるってことじゃない。一振りじゃないし、っていうか、刀とか増えても全然楽しくないんだからもっと別の物が増えて欲しい。かわいいぬいぐるみとか。
「……あとどのくらい来るんですか?」
うぅー……このままずっと終わりの見えない妖刀キャッチゲームはしたくない。わたしも完全人狼化はちょっと疲れるし。それに、長時間変身してたことはないから、この先どのくらい消耗しちゃうのかがわからない。
「わからん。そもそも祢々切丸の増殖の異能は追っている対象の強力さに比例するんだ。小物妖怪風情ならば一振り程度で済むんだが、これが強力になってくると段々増殖しだす。おそらくは一撃では致命傷にならないからだろうな。いままで計測しての最高値は陰陽寮で飼っていた大百足に対しての三百本らしい」
「それって、どのくらい強力な妖怪なんですか?」
「私は一ラウンドでKOしてやった」
とゆーことは、ヴィクトリアさんを狙っている今回は数千本ぐらい殺到してくるのではないでしょーか? わたしはそんないやーな予感を覚えているわけです。
「予想でいいんで、何本ぐらいきますか?」
「…………一万?」
軽い調子のその一言でわたしは本気で逃げ出したくなった。
一万? 一万って一万? さっきまでので八本の祢々切丸を捕まえたから、あと九千九百本以上残ってるって事⁉ 一秒間に一本捕まえても二時間半ぐらいかかる! その間常に集中しているとか無理! 無理無理絶対無理!
「ヴィクトリアさぁ~ん、無理ですぅ~」
ちょっと涙目。これは嘘泣きとかじゃなくて本気で。
想像しただけでわたしの心は折れた。当然だと思う。多勢に無勢、その上相手は話し合いも通用しないような無機物となったらずたずたになるビジョンしか見えない。
もうこうなったらヴィクトリアさんに頼りまくるしかない。どんなに身体能力が高くても、精神的疲労は普通に溜まるし、なによりわたしはあんまり長時間集中するのは向いていない。
これはもう、百怪対策室室長にして魔術師にして美少女であるヴィクトリア・L・ラングナーの出番でしかない。そう! わたしはそのサポートで!
「まあ、何を考えているのかはわかる。私も一本一本捕まえる気は無いしな」
「え、そうなんですか?」
「そりゃそうだ。ただでさえ事態は急を要するのにこんなのに時間は割いてやれない。とっとと大人しくさせて統魔に連絡しないとな」
「でも、どうやって?」
「そこは私の腕の見せ所だな。脇差しごときに身の程を教えてやる」
にやりと笑ったヴィクトリアさんは、まるで悪役みたいだった。




