第四怪 その4
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住宅街が途切れると、唐突に道が広がり始めた。
もちろん、そんなことで僕が動揺するはずもない。方角は合っているはずだから屋根上から降りただけの話だ。
「やぁっと、降りてきてくれたねぇ」
きっついなぁ、これ。
男に後ろから追いかけられるっていうのがこんなに気持ち悪いモノだとは思っていなかった。いや、例え相手が可愛い女子でも感想はあまり変化ないのだろうけど。
ともあれ、すでに僕は目的地が近いことがわかっている。なぜか? 簡単だ。案内板が出ていた。
振り切るほどではないけど、それでも追いつくことは出来ない程度のスピードで僕は体育館に向かって逃走を続行する。
かつかつかつかつかつかっ。
一瞬だけ、後ろから追ってきている男の足音が変化した。
猛烈な嫌な予感というか、なり損ない吸血鬼としての危機感知本能が叫ぶ。避けろ、と。
「……っでぇい!」
アスファルトが陥没するぐらいの勢いで踏み込む。
その反動で僕の体は急加速。
ちゅいん、とポニテを何かがかすった。
確認するまでもない、妖刀だ。多分一センチぐらいは持って行かれてしまった。
「惜しい」
惜しくねえよ!
っていうか、明らかにおかしいだろうが! なんで十メートル以上の距離を一歩で詰めることが出来るんだよ⁉ 人間の身体能力じゃねえだろ!
出来ることならば、そう抗議したかったのだけどその隙に袈裟懸けにされてしまうのは目に見えているので急加速したスピードを維持する。
もう追いつけるかどうかのスピードとかじゃなくて、完全に全力の逃走だ。
水鏡が写し取っている太刀筋は未解析、そういう風に室長は言っていた。ということは、いまの一撃はその太刀筋だっていうのか? くそ、コピー能力とかは噛ませ犬の能力だって相場が決まってるはずなのに、なんでこんなに厄介なんだよ!
「逃げないでくれよっ」
逃げるわボケ! 真っ正面から戦ってられるか!
もう体育館は見えきた。あと五百メートルもない。
今の僕の速度なら一分かからない!
悲鳴を上げる靴のことは無視して最後の直線をフルスピードで突っ切る。
流石になり損ない吸血鬼の全力ダッシュには追いつけないのか、妖刀の追撃はなかった。
そして、僕は体育館の駐車場に突入する。
勢い余って壁に激突しそうになる直前になんとか制動が効いてくれたので無傷。靴の方は無残なことになってしまったらしく、さっきからアスファルトのざらざらした感触が伝わってくる。……おろしたてだったんだけどなぁ。
十秒ほど遅れて妖刀と所有者もやってくる。ぎらぎらと光る目が怖い。っていうか、もはや最初の爽やかさは微塵もない。髪を振り乱して、荒い息を吐きながら僕を見つめるその姿は修羅というにふさわしい。
「観念したのかな? さあ、きみの刀を抜きなよ。きみの太刀筋を見せてくれ。さあ、さあ。さあさあさあさあさあさあさあさあ!」
覚悟を決める。とは言っても、斬り合いを演じる覚悟じゃないけど。
ここはすでに百怪対策室が用意したトラップだ。
最初に室長から教えられていた合い言葉を口にする。
「茨の拘束、解放」
ばごん、という音は僕の後ろからした。
男の顔色が変わる。
男が妖刀を構えるが早いか、僕の後方からアスファルトを突きやぶって生えてきた無数の茨がその枝を伸ばす。
「三の型、蓮華!」
おそらくは水鏡が写し取った太刀筋なのだろう。伸びてくる茨は次々に切り払われる。
多分、連続攻撃を型として昇華したものなのだろうけど、それは常識の世界の話。
今あんたが対峙しているのは剣士でもなければ常識でもない。非常識中の非常識、魔術師ヴィクトリア・L・ラングナーが設置したトラップだ。
切り払っても切り払っても次々に茨は再生してその棘付きの枝を伸ばしてくる。
そう、どんなに動きが速くっても、どんなに完璧な動きをしても、決して倒れない相手を剣術は想定していないだろう。あくまで対人の、そして人間が用いるための剣術ではこんなのを想定しているほうがおかしい。
案の定、徐々に男は茨に包囲されていく。未だに抵抗を続けてはいるけど、拘束されてしまうのは時間の問題だ。
……ここはダメ押しをしておくか。
ぶわり、と僕の少しだけ短くなってしまったポニテが浮く。
気持ち悪い台詞聞かせやがって! おかげで鳥肌立ったぞこの野郎! その思いをこめて左腕を固定する。
日本刀は基本的には両腕で扱う。妖刀水鏡もそれに漏れず両方で持っていた。ならば、片方が固定されてしまったらどうなるか? 検証結果は簡単だった。
突然に停止した左腕に違和感を覚えた間に茨が男の全身を縛り上げる。
ぎりぎりと棘が食い込んでしまって、動くだけでひどいことになってしまうのは容易に想像できた。
「……はぁ」
今回は楽勝だったな。
まあ、精神的ダメージはあったのだけど、それも微々たるものだし。
茨でがんじがらめにされてしまっている男を観察する。
棘が食い込み、身じろぎすることも出来なくなってしまっている。
この状態から脱出するには第三者の手を借りるしかないだろう。そして、そんな都合の良い第三者はこの場には存在しない。つまりは、詰み。
百怪対策室の勝利だ。
すでに能力は解除している。もはや使っていてもいなくても動けないことには変わりないのだからいいだろう。
あとは室長がやってくるまでのんびり待っているだけで良い。僕はそう考えた。
「……は、はは、はははははっ! 面白い術を使うんだねっ。だけど僕は妖術じゃなくて剣術を見せて欲しいんだよ! それだけが僕の望みなんだから!」
ほざいてろ。縛り上げられている状態で何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない。そんなものに耳を貸すほどに僕は心が広くない。
また気持ち悪い台詞を聞かされてもたまらないので多少距離を置こうと一歩下がった瞬間、水鏡の刀身をどす黒いオーラが覆った。
「怒髪閃」
手首だけで水鏡が回転する。幾本かの茨が切り飛ばされて……枯れた。
なんだよ……それ⁉
最初の数本の拘束が緩んだらあとは早い。あっという間に男を縛り上げていた茨は無残にもバラバラにされてしまった。
そして、再生しない。
切り口から枯れていってしまっている。
動揺。
そう、僕はこれに見覚えがある。
どす黒いオーラ、手首だけの一閃。そして、尋常じゃない切れ味。
「……圧し切り長谷部ッ!」
つい昨日対峙して退治する羽目になった妖刀の能力そのものだった。
「なんだ、知ってるのか。……もしかして、きみも戦ったことがあるのかな?」
にやにやと気色の悪い笑みを浮かべて男が言う。自由になった体の調子を確かめるかのように二、三回妖刀を振りながら。
まさか、妖刀の能力を用いた太刀筋までコピーできるのか、コイツは⁉
いや、そうじゃないと説明がつかない。室長の仕掛けた魔術をそうそう簡単に切り裂けるはずもない。
「さあて、無粋な邪魔もはいったけど、そろそろきみと斬り合いたいな。僕に新しい太刀筋を教えてくれ」
かつん、と一歩男が踏み出す。
能力で……だめだ、圧し切り長谷部のあれが向こうにある以上、時間稼ぎにしかならないし、失敗したら多大な隙をさらすことになる。
くそ! 僕は剣術なんて素人なのに!
背中に背負っていた布袋を引き裂くようにして日本刀を取り出す。
なんとか抜き払うことには成功したのだけど、慣れない得物では心許ない。
「んん? なんだか素人みたいな構えだね。でも、きっとそこからすごい動きがあるんだろ? そうじゃないと……面白くない」
ねえよんなもん!
叫びたくなるけど、ぐっと我慢する。
どのぐらいで室長は到着する? わからない。だけど、ここは僕が踏ん張るしかないみたいだ。
「死合おうじゃないかっ!」
鋭い突き。
オーラを纏っていないので圧し切り長谷部のモノじゃないのだろう。だけど、なり損ない吸血鬼の僕の動体視力を以てしてもかなりぎりぎりの線だ。
捌いた刀身から火花が散る。なんつう突きだよ。
「転々流身」
残像を残して男の姿がかき消える。
だけど、それがいきなりしゃがみ込んだことによる錯覚だということはなんとかわかった。
足を払うような一撃。
地面に刀をぶっ刺すことによってなんとかその一撃は回避できた。
まずい。今の受け方は素人の僕でもわかる。
っていうか、すでに刀身がぼろぼろになってしまっている。吸血鬼の力で振るわれたり、アスファルトにぶっ刺される事なんぞ想定してないから当然なのだろうけど。
「こんのぉっ!」
もう無理矢理にアスファルトを削りつつも男に向かって切り上げる。
「柳受け」
まるで手応えがない。
当たったと思った瞬間には、すでに僕の刀は男のいた空間を通り抜けていた。
そして、当然のように素人の僕は盛大に隙をさらす。
「期待外れだ。死んでくれ」
きらめく白刃が、僕を襲った。




