第四怪 その3
3
静かだ。
この町は、今とても静かだ。
いや、別に音が全くないというわけじゃない。生活音は普通にある。
だけどその音自体が、何かに配慮しているというか、遠慮しているというか、目をつけられないようにこそこそしているように感じられる。
そのためにそれぞれの主張が薄まってしまい、結果として『静かだ』という結論に僕は達した。こつん、と踏んだ石畳さえもどこか勢いがない。
「……はぁ」
漏れるのはため息。当然だ。だって、傍から見たら、怪しい布包みを背負って歩きまわっている高校生男子。うぅむ、これは職務質問を受けてしまいかねない。その時には吸血鬼ダッシュで逃げるけど。
歩き回り始めてすでに二時間ほど。
夕暮れはまだ遠いけど、まるで夜も深まっているかのように人通りは少ない。
不気味……いや、余計な人を巻き込む心配がなくてこっちは助かるのだけど。
こつん。
今僕が歩いている場所はなんの変哲もない住宅街のはず、だ。
道は整備されており、建物もきれいだ。緑も多く、とても過ごしやすいんじゃないか? だからこそ、この静けさは不吉だ。
生活の拠点となる場所に、まるで死を待つだけの老人のような静寂は似つかわしくない。
「……やあ」
唐突に、声をかけられた。
すわ警察か、と多少の緊張を持ちながら振り返った僕の目に映ったのは、さわやかな青年だった。
ん?
「こんな場所で何してるんだい? 危ないよ」
細身で涼やかな目元をしたイケメンではあるのだけど、今この場所で遭遇するということは、そしてわざわざ声をかけてくるということは……そういうことだ。ああ、もう全く。
警戒態勢に入る。相手には悟らせないように。気づかせないように。
「こんにちは。いえ、ちょっとばかり野暮用で」
当たり障りのない会話。別名、腹の探り合い。
「そう……ところできみは剣士なのかな? 背中のは刀だろう?」
いきなり核心に触れるどころか全力タックルだよ畜生。完全にあたりだ。コイツで間違いないだろう。これで間違っていたら腹を掻っ捌いてもいい。我慢できないわがままなお子様か、あんたは。
「……そう、だとしたらどうするんですか? 見たところ警察の方じゃないみたいですけど」
青年は割とカジュアルな服装だ。
ただ一つ、背負ったハードタイプのギターケースを除けばの話だけど。
「いやね、僕はちょっと剣士に興味があるんだよ。きみがもし剣士だとしたらちょっとお話したいと思ってね。ほら、最近”剣士狩り“が出没してるだろ? 皆おびえてしまってお話も出来ないしね」
寂しげに笑いながら言ったのならばちょっとば信憑性があったのだろう。だけど、獲物を目の前にした野生動物みたいな目をされていちゃあ、鈍い僕も警戒を解くことはない。
つうか、短い台詞の中で何回剣士っていうワードを使うつもりなんだよ。数えたくなってきたぞ。
「生憎と僕はこの町の人間じゃなくてですね、たまたま訪問しただけなんでご期待に沿えるような面白い話は持ってませんよ」
「いいんだよ、それで。第一、話と言っても――――こういう話だしね」
ギターケースをぶん回すようにして下ろしつつ、金具の固定を解除。あんたはアクション映画の主役か?
中から出てきたのは、当然のように日本刀。しかも鞘にすら収まっていない。抜き身で持ち歩くんじゃねえ!
「妖刀水鏡、古今東西の太刀筋を写し取ったこの一振りに新しい技を覚えさせて欲しいな。――きみの血と悲鳴で」
柔和な笑みから一転、おぞましい笑顔にその顔が変化する。
まあ、なんというか、僕としても多少は慣れてきてしまっているのでこのぐらいだと驚かないけど。
そしてこうなってしまったら僕の取る行動は一つ。
「三十六計逃げるに如かず!」
華麗に背中を見せてダッシュ。
「逃がさないよ――はは……ははははははっ!」
うっわ、めっちゃ笑ってるし。変な感じにテッペン決まってらっしゃるみたいだ。僕としては関わりたくない。無理だろうけど。
かつかつかつかつかつ。無事に追ってきてくれているみたいだ。これで僕の役目は八割終了した。あとは室長特製のトラップに誘い込んでジ・エンド。
そんな風に考えつつも、僕はあることを思い出す。
トラップの場所教えてもらってねえ! 致命的すぎる!
あわてて走りながらスマホを取り出して室長の番号を呼び出す。
三コール目で室長は出た。
『どうしたコダマ?』
「水鏡と遭遇! 現在追われています! 何処行ったら良いですか⁉」
報告は簡潔に。
『ああ、今のキミの位置なら……体育館が一番近いな。北に進め』
「北ってどっちですか⁉」
ああ、まるで僕がアホの子みたいだ。
来るのが初めての町で正確無比に方角を把握することができる特殊能力なんぞ僕には備わっていないので無理もないのだとはわかっていても、涙が出そうになる。こういうのは笠酒寄の役目だろうが。
『北は北だ。キミは東西南北がわからない小学生というわけでもないだろう』
「そういうのはいいですから!」
『今キミが走っている方角が南西だな』
「ありがとうございます!」
『健闘を祈る』
ぶつりと通話は切られる。意地悪なのか、それとも僕にはこの程度の情報で十分だと言うことなのか、真相はわからない。けど、必要な情報は手に入った以上、行動を躊躇する理由はない。
頭の中で地図を展開する。
この町に来るまでに見た地図。そっくりそのままというわけには行かないけど、それなりには記憶力には自信がある。
おおよその僕の現在位置、そして、方角がわかっていれば目的地の体育館へのルートは自然と導き出される。
無理矢理に停止。
走っている状態からの急停止だったので転びそうにはなるけど、そこはなり損ない吸血鬼の身体能力で無理矢理制御する。
そして、跳躍。
どこの誰のモノとも知れない一軒家の屋根に着地する。
衝撃で瓦が砕けるけど、緊急事態と言うことでお目こぼし頂きたい。
「身が軽いねっ! 早くきみを斬らせてくれないかな!」
不穏当な発言は控えて頂きたい。主に統魔の隠蔽班の方々の胃を慮って。
とは言っても、こっちをロックオンしてくれているのはありがたい。
しかし、聞く耳は持たない。っていうか、どこの世に『斬らせてくれ』って言われてはいどうぞ、とばかりに足を停める人間がいるんだ? いたとしたらそいつは深刻な自殺志願者だ。
屋根から屋根へ飛び移るようにして移動する。
「……逃がさないよ」
今だけは聴覚が強化されていることを呪う。
粘着質なその呟きを僕の耳は捉えてしまったのだから。うへえ、気持ち悪い。
そうして、僕は忍者のように屋根から屋根を移動しつつ逃げ、その影のように妖刀(とその所有者)が追ってくるというなんとも奇妙な逃走劇が開始されたのだった。
キルゾーンは体育館。そこでこの妖刀とは決着をつけよう。




