第四怪 その2
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結局あの後、僕も笠酒寄も家に帰った。
統魔内での調査と、八久郎さんへの取り次ぎ。それには多少の時間が掛かるという室長の判断からだ。
そして、それは正解だったみたいで、次の日に僕と笠酒寄が百怪対策室にやってきてもまだ、統魔からも八久郎さんからも連絡は無いようだった。
「実は妖刀は本物が保管してあって、今は室長にどういう抗議をしようかと考えている最中、とかどうですか?」
「面白くもない冗談だなコダマ。あの木角利連が秘密裏に動くに当たっての活動資金は何処から出ていたんだと思う? 日本支部の最高責任者とは言っても、目玉が飛び出るほどの資産家というわけじゃあないんだぞ」
軽口に全力で反撃されてしまった。大人げない、と言いたいところなのだけど、どうやら今回の妖刀はそのぐらいにはヤバい代物みたいだ。……僕はヤバくないほうが好みなのだけど。
僕と笠酒寄、そして室長の間に重苦しい空気が流れる。
どうにかしてくれ、この空気。
破ってくれたのは、室長のスマホだった。
この場には似つかわしくない軽快な着信音。素早く室長は電話に出る。
「八久郎か。首尾はどうだ?」
掛けてきたのは八久郎さんだったようだ。
現在は日本支部の再組織で忙しいのだろうけど、室長が一番仲の良い(のだと僕は思ってる)人物だし、そのうちに評議会とらやらの一員になる予定の彼は何かと融通が利くのだろう。
『上々(じょうじょう)かしらね。あたしだけじゃあダメだから監査のほうからも圧力をかけてやったわ』
対象になってしまった人の胃に同情する。室長と八久郎さんだけじゃなくて、監査とかそういう怖い響きの場所からの圧力とか……未だに高校生の僕には想像も出来ない社会の怖さだ。
閑話休題。
早急に対応しないといけないのは妖刀のほうだ。
「で、統魔のお偉方はどういう反応なんだ? まさか青色吐息の回収班を回す気じゃないだろうな?」
どうやら回収班の方々はよほど酷使されているらしい。南無。
『まさか。返り討ちになって水鏡が厄介になるだけよ。……ヴィッキーに一任するわ。ある程度のバックアップはできるけど?』
「いらん。余計な人間なんて邪魔なだけだ。百怪対策室で解決する。私達がどうにか水鏡を無力化するから、その保管方法だけ考えてろ」
大口を叩く。……っていうかまて、しれっと私“達”って言ったよな? 間違いなく言ったよ。おい、僕達もやっぱり限界バトルなのか?
『ありがと。一応なにかあったらすぐに連絡してちょうだい。あたしで力になれることならどうにかするわ』
ああ、八久郎さん。言葉だけ聞いたのならば感動してしまいそうになる。貴方がやたらにガタイのいいオカマじゃなかったらなあ。
「心配はいらない。私を誰だと思ってるんだ? 略奪者と恐れられたヴィクトリア・L・ラングナーだぞ?」
にやりと笑った室長は、本当に楽しそうだった。
それに比例するように、僕の胃はきりきりと音を立てた。
「ふうむ。御路次町……ね。名物は大根おろしかな?」
「いや、そんな安直な由来じゃないでしょうに。どんだけ頭の中空っぽで町名決めたんですか。嫌すぎますよそんな歴史。つうか、その場合は大根が名産になるじゃないですか」
「そうか? 意外に由来なんてそんなもんだ。特に地名なんてな」
「はぁ、さいですか」
初めて訪れた町に対しての第一アクションとしては不正解極まりないと思う。
まるで話題に困って無理矢理にひねり出したみたいなこの会話が発展する可能性は限りなくゼロに近い。ということは、ゼロとみなしてもいい。数学的にはゼロに収束する。してくれ。
そんな事に時間を費やしている場合じゃない。
この町では、今現在、妖刀が隠れ潜んでいるのだ。
ぱっと見た感じでは、違和感には気付かないだろう。だけど、僕にはわかった。夏休み、フランケンシュタインの怪物騒動が起こっていたあの町と一緒だ。
誰も一人では出歩いていない。
みんながみんな、誰かと寄り添うようにしてびくびくしながら歩いている。
そうは見せないように強がっている人間もいるみたいだけど、その本心には怯えが潜んでいるのはわかる。必要以上に声を張り上げて、周囲を威嚇するように歩くその姿は、まるで虐待を受けた小動物のようだ。
……間違いなく、この町では何かが起こっている。それも、普通の神経ではやられてしまうような何かが。
今回も室長のクルマで僕達は移動してきている。
前回とは違って、今度は笠酒寄も一緒だ。
本当は笠酒寄には付いてきて欲しくはなかったのだけど、室長に押し切られてしまった。
やたらに優雅な動作で室長はクルマから降りる。
続いて後部座席の僕と笠酒寄も。
「コダマ、笠酒寄クン。これを持ってろ」
投げ渡されたのは、一メートルぐらいの細長い布包み。やけにずっしりしてる。
「なんですかこれ?」
なんなく僕も笠酒寄もキャッチしたのだけど、普通の人間だったのならば取り落としてしまっていたかも知れない。それぐらいには見た目と重さのギャップがあった。
「開けてみろ。ただしこっそりとな」
(?)
わけわからん。何を言ってるんだ室長は、という僕の疑問は開けた瞬間吹き飛んだ。
なぜならば、布包みの中にあったのは最近よく見る品物だったのだから。
間違いなく、日本刀の柄だ。
「ちょ、室長⁉」
「今回の妖刀……水鏡の性質なんだがな、これは対峙した相手の太刀筋を写し取ってしまう性質を持っている。あまりにも形状がかけ離れていると再現は無理なんだが、日本刀ならばほとんどは再現できると思っていい」
僕の話なんぞ何処吹く風とばかりに室長は唐突に今回の妖刀の解説を始める。
「この性質によるものか、それとも水鏡自身の意思によるものかは不明なんだが、この妖刀は剣士と戦おうとする性質を持ってる。そして、今回はその性質を利用させてもらう。即興だが、キミ達は今から剣士だ」
ふざけんな! いきなり刀渡されて万全に使えるわけないだろうが! 大体、僕は竹刀さえも振ったことがないんだぞ! っていうか、刀持ってるだけで剣士認定なのかよ! 基準はどうなってるんだ⁉
そう抗議したかった。いや、喉元までは出てきていた。
しかしながら、それで事態がどうなるわけでもないのだ。一度言い出した室長を止めることは僕には不可能だと言うことは嫌と言うほどにわかっている。
つまり、囮になるのは決定事項。その上で、一体何をやらかすつもりなのかを理解しないといけない。
「……ふぅ。室長、どういう悪巧みをしてるのかを教えてもらって良いですか?」
僕の質問に対して、室長はにやりと笑う。
「今回の妖刀はまともに戦うだけ無駄だ。なんと言ってもコピー能力があるんだからな。やり合った次の瞬間には太刀筋を写し取られてずんばらりん、だ。ならばまともに戦わないまでの話」
どこかに潜んでいるであろう妖刀に対してなのか、やけに芝居がかった動作で室長は虚空を見下す。そこにはなにもないのだけど。
「餌はコダマと笠酒寄クン。二人に食いついたら、トラップまで誘いこむ。剣士? 上等だ。私は魔術師、それらしく卑怯な手を使わせてもらう。あ、そうそうそのときには二人とも戦うんじゃないぞ。相手の能力は判明しているが、水鏡がどういう太刀筋を写し取っているのかは解明されていないんだ。下手に怪我をされても困る」
最後、ちょっとだけ冷静になったのは自分でもアホなことをやっているという自覚があったからなのだろうか? どっちでもいいのだけど。
なるほど。今回は僕も笠酒寄もバトらないで済みそうだ。
逃げるだけならなりそこない吸血鬼と人狼、所詮は妖刀の所有者の人間に追い付かれるということは万に一つもない。
できるって言うんならソイツはすでに人間を辞めている。
うむ、今回の作戦は安全そうだ。しかしながら、当然の疑問がある。
「僕と笠酒寄が餌になって妖刀をおびき寄せている間、室長は何をやってるんですか?」
これでサボっているとかいう回答だったら僕もブチ切れる自信がある。
だけど、そんな剣呑な僕の心境に反するように室長は不敵に笑った。
「私か? 私は町中あちらこちらにトラップを設置するんだ。どこに妖刀がいるのかわからない以上、トラップが一か所だと心許ないからな。それが終わったら今度は維持の作業だ。なんとも損な役回りだ」
絶対にそうは思ってない。賭けてもいい。
だけど、なるべく早く解決するために僕は室長の案に渋々従うことにした。
なるべくトラップの近くで妖刀に遭遇することを祈って。




