一話 監獄
お待たせしすぎてしまいました。ここからしばらくは栞の話となります。舞台(家)も変わるので章を入れて分けました。
少女はテーブルの上のあたしをじっと見つめている。
あたしが目が覚めて悲鳴を上げた後、無言でじっとじっとじーーっと・・・。
対するあたしは立つことすらできず、その目をずっと見つめていた。
この巨人の少女(実際はあたしが小人なだけ)は年下の癖にあたしを捕まえて握り潰そうとするし、鼓膜が割れるくらい大きな声で叫び、一緒にいた亜来(あたしの恋人の女の子)に意地悪をして捨てた後、あたしだけ持ち帰って飼おうとしている残忍な巨人で、もしここであたしが逃げようとしたら両端に構えている大木のような手であたしを捕まえ、きっと酷いことをするだろう。
動いてもいないのに汗が頬を伝って布に当たる。冷や汗だ。
視線のみ恐る恐る下を向ける。そこで初めて自分の衣装が捕まる前と変わっていることに気付いた。
上目遣いの小人のあたしと、両手を構えあたしを見下しながら睨む巨人の少女。
その無言の見つめ合いを壊してくれたドアの音だった。
耳が張り裂けそうな轟音と共に買い物袋をぶら下げた巨人がドシンドシンと足音を立てながら入ってきたのだ。
『ただいまーミキ、あっ、ソレ、やっと起きたのね』
『うん、いまおきましたぁ』
「・・・・・・」
巨人が二体・・・あたし、これから何をされるの・・・?
彼女は霧芽 ミカと名乗った。あたしを攫った巨人、霧芽 ミキの姉で十三歳の中学一年生(ちなみにミキは七歳の小学一年生)。つまりあたしの一つ後輩。中学生だし見た目も大人びているからミキよりも話が通じそう・・・なんて希望はすぐに崩壊した。
『それにしてもよく見つけてきたね。こんな可愛い生き物。な~んかどこかで見たことのある顔だけど・・・まあいいか。せっかく捕まえた珍しいペットなんだから大切に育てないとね。一応言葉は通じるみたいだからちゃ~んとミキの言うことを聞かせなきゃね。お姉ちゃんも協力してあげるから。というわけで買ってきたよ、色々。まだ足りないかもだけど、後は必要に応じて買いましょ』
というわけで妹も妹なら姉も姉。コイツもあたしを人間扱いしていない。
ミカが買ってきたものは可愛い動物がプリントされた可愛いくて薄いマットと銀の小皿。まるで、というかまんまペット(あたし)用だ。
『あっ、このマットカワイイですぅ』
その程度のことでウザったくはしゃぐミキ。見ていて不快。
『でしょ。まずは測らないと・・・』
と言ってミカはマットをある場所に敷く。それは二つある勉強机の間にそびえ立つ高台の上に置いてあるガラス張りの大きな建物。一般的に水槽と呼ばれるもの。きっとその中にあたしを閉じ込めるつもりだ。
マットは水槽よりも少し面積が広かった。ミカはマットを強引に押し込むと、勉強机からカッターナイフを取り出して何故かあたしに向けて刃を出した。
「ひぃ!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。
距離が離れているとはいえ、あたしからしてみれば殺人兵器。あんな片手で持てる小さな刃物でもあたしは簡単にバラバラにされてしまう。怯えるあたしを見てミカはフッと笑い、ミキは思いっきり噴き出していた。
『あんなちーさなカッターで・・・ぷぷっ、なさけないですぅ・・・ぷぷぷ』
「くぅ・・・」
コイツ、ムカつく。
『なんですか、モンクでもありそうなカオですねぇ。チキンのシオリちゃん』
「うるさい。チキンって言うな」
お前みたいなガキには理解できないと思う。自分の身丈並みに大きくて長い刃物を向けらる怖さが。
『じゃあなんですか? 虫ケラってよべばいいんですか?』
「余計に酷くなってるし」
『そうですね。ハネがないよーせいさんなんて虫ケラにもおよばないですもんね』
「だからあたしは妖精じゃないって何度言えば・・・」
『じゃあなんなんですか? 言っときますがニンゲンっていうのはなしですよぉ。こ~んなちーさいニンゲン、いるわけないですから』
選択肢がないに等しかった。
「むむぅ・・・妖精よ、あたしは・・・」
『ぷぷっ、ちゃ~んとよーせいさんとみとめたシオリちゃんにはいい子いい子してあげますぅ』
と言って、ミキは頭・・・ではなくなぜかあたしの胸部をナデナデしてきた。
『マナイタですねぇ。ほんと~にメスなんですかぁ』
「五月蠅い、黙れ。あたしは正真正銘乙女よ。お前もちゃんと確認したでしょ」
『そ~いえばそ~でしたぁ。シオリちゃんのカラダはすみずみまでかくにんずみでした。ぷぷぷっ』
絶対わざとやっている。どんだけあたしの神経を逆なですれば気が済むんだ、こいつは。
『ほい、完成っと』
あたしがミキに遊ばれている間にあたしのマイホーム(監獄)は完成していて、ミカは既に刃物を片付けていた。とりあえずそれで切り刻まれる心配はなくなった。
『ミキ、シオリちゃんをこっちに持ってきて』
『は~い』
「きゃっ!?」
ミキの巨大な両手が突然迫ってきて捕まり、ものすごいスピードでミカの元へ運ばれた。やっぱり慣れない。ミキからミカにあたしが手に渡ると、ミカはすぐにあたしを水槽の中に入れた。
『ここがシオリちゃんのおうちだよ。まだ何もないけど』
確かに何もない。ただマットが敷かれた水槽だ。到底家とは呼べない。ただの監獄。
『わぁ、すごいですぅ。これでシオリちゃんににげられるシンパイはないですね』
ここから一秒でも早く逃げ出したいけど、この水槽の高さはあたしの身丈の倍以上。コイツの言う通り、あたしがジャンプしてもまず届かない。仮に出られたとしてもこの部屋から出ることはまず不可能だけど。
『まぁ、これから必要なものは順次用意しよ。餌用のお皿はこれでいいとして、洋服は立派なモノを着ているし・・・』
洋服は立派なモノ? どこからどう見てもボロ布だ。
「はぁ、この服が? そこらで拾ってきたって感じのボロ布じゃん。もっとマシなのにしてよ」
『・・・ってほざいてるけどどうする、ミキ。ああ・・・そうかやっぱりお姉ちゃんが間違っていたみたいね。シオリちゃんは裸がいいって』
『うん、そのようですねぇ。おねえちゃん』
「はぁ? なんでそんな・・・」
どうしてそこで裸という単語が出てくる?
『ペットに服を着せるのはおかしいってミキは言ってるけど、一応人間の姿形をしているし、女の子だし、容姿が見知った奴にそっくりだということで裸にするのは抵抗があったから、せめて着るものを用意してあげたけど、着るのが嫌ならしょうがないね。ミキ、脱がせてあげて』
『うん』
ミキは脱がせる気満々。まさかミカはあたしをわざと怒らせて脱がせるためにこのボロ布を着せたのか。脱がせる口実を作るために。
「やめて、触らないで」
反射的に走って逃げたけど、ここは水槽の中。当然逃げ場もなく、すぐミキに捕まった。
『こら、あばれちゃだめですぅ、おててがへんなほーこーにまがっちゃってもいいんですかぁ』
「ひぃ、あ、あ~っ、この服、あたし、大好きぃ、とっても気に入っちゃったぁ。だから脱がさないでぇ、お願い!!」
慌てて抵抗をやめ、必死の嘆願、これぐらい言わないと本当に裸にされかねない。
『あっ、きにいってたんですかぁ。さいしょからそーいえばよかったのにぃ。シオリちゃんはツンデレ?なんですからぁ~』
「お前みたいな悪魔に誰がデレるか」
聞こえない程度の小言で毒を吐いた。しかし・・・。
『ミキ。シオリちゃんはね、大好きなミキに裸を見られるのが恥ずかしいから、本当は着たくもない服を仕方なく着てるんだってさ~』
ミカの地獄耳は聞き逃してくれなかった。
「ちょっ、何を言って・・・」
『そうでしたかぁ。はずかしがることなんてないのにぃ。じゃあ、あたしがシオリちゃんを生まれたままのすがたにしてあげるぅ』
「う、うまれたままって・・・・やめて、脱がさないで、裸になりたくない!! あたしは猫でも犬でもハムスターでもない、人間なのよ!! なんで人前で裸になんなきゃいけないの!!」
『よーせーさんのシオリちゃんがま~たモーゲンをはいてますっ。はやくシオリちゃんがニンゲンではなく、よーせーさんであたしのペットだということをおしえてあげなきゃ』
『キヒヒ、じゃあ尚更この妖精さんを裸にしないとね』
『うん』
「悪かったぁ! あたしが悪かったからぁ!? お願いだから裸にだけはしないでぇ」
『・・・だってさ。これ以上遊ぶと拗ねて余計言うことを聞かなくなるからこの辺にしとこ、ミキ』
『うん、そうですねぇ。シオリちゃんでジューブンあそんだしぃ、もーいいかぁ』
完全に遊びだったみたいだ。本気にしてしまった自分が情けない。しかしコイツらの気分次第でいつでも遊びが本気に変わる。
『ミキ、シオリちゃんは叫びすぎて喉が渇いたって。適当に飲み物をお皿に入れて持ってきてあげて』
『うん、わかりましたぁ』
捕まえていたあたしをミカに渡して、元気な足取りで部屋を出て行ったミキを笑顔で見送って、あたしと二人だけになると表情が一転、ミカは害虫を見るような目であたしを見下ろした。
『はい、自己紹介。本名を嘘偽りなくきちんと話すこと。はい、どうぞ~』
「・・・飛師 栞よ』
『キヒヒ、やっぱりぃ。あたしとミキに弄ばれるなんて無様だね。飛師先輩』
やっぱり気付いていたんだ、コイツ。
「・・・五月蠅いわね、仕方ないじゃない。小さいんだから」
『ウチの学校のロリコン共にモテモテで有名な飛師先輩がまさか小さくなってミキに拾われるなんて、棚から牡丹餅とはこのことだね』
棘のある言い方だ。体が小さいせいか、より棘の部分が重みを増して伝わってくる。この体全体に響き渡る巨人の声を亜来は毎回耐えていたんだ。大きな魔女やあたしから浴びせられる悪口にも。
そして————。
『今の先輩を見たらウチの学校の女子共、みんな先輩を欲しがりそう。なんたって先輩って女子にも大人気なんだから。悪い意味で、だけど』
中学一年のコイツでもあたしの女子に対する評判を知っているらしい。
施河 雪のような変人には好かれるだけで基本、学校であたしの女子に対する評判は悪い。最悪と言っても過言ではないほど。さきほどの棘のある言い方からして、この女もそっち側だろう。
「・・・まさか・・・」
コイツは今のあたしを学校で公表するつもりか。
『それは飛師先輩の行動次第。ロリコン男子共を玩具にしまくっていた飛師先輩が今度は女子に玩具にされるなんて素敵だと思わない? もうミキには散々玩具にされたみたいだけど・・・キヒヒ』
想像するだけでおぞましい。五体満足で戻ってこられる保証がない。
『いい気になるのもほどほどにね、飛師先輩。あんまりミキを困らせるようなことをするとあたしが許さないから。さっきのは冗談だったけど、オイタが過ぎると本気になるかもよ。次逆らったら本当に裸にして・・・』
「ひぃ!?」
指が布を引っ張り、一部が開けた。
『それでも逆らうなら二本足で歩けないような体にして・・・』
「きゃぁっ!?」
太い指が足をなぞった。
『それでもまだ逆らうようなら人間サマの言葉を喋らせないようにするから』
「・・・・・・」
指があたしの口に触れた。
『この首をちょっと捻っただけで先輩はもう終わりなんだよね? 先輩がミキに悪い影響を与える前にここで始末しておくのもありなんだよね?』
「や、やめて・・・」
殺される・・・本気でそう思った。
『な~んて、これも冗談、そんな諦観した顔しなさんなって。やり過ぎたって反省はしてるんだよ』
ミカは下品に笑いながらあたしを解放し、水槽の中に戻した。体が自由になったことで安堵の一息。
「その割にはノリノリだった癖に」
ついでに余裕もできたので軽口も叩いておく。
『あんたがミキの悪口を言うからだって。拾ってもらった恩もあるのにその態度は感心しないし』
「拾ったというよりは誘拐だけど」
しかもミキは亜来を捨てた。大事な恋人を強引に引き離されて気分のいい奴なんていない。
『でもそのおかげで衣食住が保証されてるんだよ。あんたはその大きさになってそれらの大事さがよく解っているんじゃないの? ミキに見つかったのだってお弁当のおかずを盗もうとしたからだったみたいだし。お腹空いても食べるものがない、何が食べられるのかもわからない、むしろ自分自身が食べられる可能性もあったのでしょ? そういった不安をミキに拾われたことで消えたんだからありがたいじゃない』
「それは・・・・・・そうだけど・・・代わりに別の不安が出てきたし」
お前たちに弄ばれる、という不安が。
『大丈夫だって。ミキはあんたをハムスター程度にしか思ってないから処女を奪われる心配もないって』
「そういうことじゃない」
何を言ってるんだ、お前は。
『じゃあどういう・・・まあいいか。あたしからしたらあんたの不安なんて知ったことじゃないし。あくまであんたを飼っているのはミキだしね。そういうことはミキにいーなよ。まあ、言ったところでまともに聞いてすらもらえないだろうけど』
「あぁ~なんでこんなことになってるのよ~」
『いや、知らないし、五月蠅いし。あとこれ、最初に渡そうと思ったけど、予想以上にあんたが生意気でムカついたから忘れてた。あんたのサイズに合わせて買ったみたんだけど・・・』
ミカは胸元(なんでそこに入れている? あたしへの当て付けか?)から小さな黒い布を取り出して、あたしの前に置いた。
「なにこれ、メイド服?」
黒がベースの白いエプロンでフリル付きの定番のやつだった。
『ミキにご奉仕しなさいっていうあたしなりの餞別よ。大丈夫、ミキには既に言っているから脱がされる心配もないよ・・・って似合ってるじゃない。よかった・・・これでサイズが合わなかったらミキやあんたにいろいろ言われるところだった』
「あの・・・ありがとう・・・」
本当は嫌だったけど、それを言ったら今度こそ裸にされかねないため、我慢した。
『どういたしまして。でもあんまりミキを困らせると本当に脱がせるからね。逆にミキに忠実なら他にもいろんな服を買ってあげることも考えてあげてもいいかなぁ。生きた人間を着せ替えするのも面白そうだし』
「き、着替えくらい自分でするから」
こいつらの着せ替え人形なんて恐ろしいことこの上ない。
『キヒヒ、じゃあね~。幸い、ミキはあんたのことを気に入ってるみたいだからね。精々楽しい楽しいペット生活をご堪能くださいなぁ』
ミカが部屋を出て安堵の息を吐くも、すぐにミキが銀の小皿を持って現れた。
中身は水ではなく、白い液体・・・というか匂いからして牛乳だった。
「どうでもいいけどなんで牛乳?」
『かるしうむ? ってやつをつけるためですぅ。シオリちゃんはネズミさんよりもおーきいのにカラダはヒンジャクですから』
「いや、普通に水でいいから。あといい加減亜来を鼠扱いするのをやめろ」
『そんなワガママ言うからおっぱいがおーきくならないんですぅ』
それとぎゅーにゅーじゃなくてかわいらしくミルクって言いなさい、と付け足された。誰が言うもんか。こんな冷えた牛乳なんかに。
「・・・気にしてることを・・・小さいガキに言われたくない。あたしだってあと二、三年もすれば大きくなるんだから」
『むぅ、なんかムカつきます。そんなナマイキ言うならこんばんのエサはぬきにしますよ』
何故か機嫌を悪くした。本当のことを言ってるのに。コイツなんかあたしの半分くらいの年しかないクソガキなのに。
「わかった・・・飲めばいいんでしょ・・・・・・」
生憎あたしは大人なのでここで折れておく。コイツと言い争って勝っても最終的には力で押し切られるのは見えているので無駄な争いはしない。だいたい自分より年下の幼いガキと同じ目線で争うのがおかしい(目線どころか体のサイズも思いっきり違うけど。主にあたしの体が小さすぎるせいで)。幼いガキに下手に出るのも大人のあたしは別にどうとも・・・本当にどうとも思わない。丁度喉も乾いていたし、牛乳でも頂こうっと。ミキを警戒しながら睨みながら飲んでみた。あっ、意外においしい。結構値段が高めの牛乳かな? しかし、皿に入った牛乳を両手で汲み上げ飲んでいる姿をどこか不満そうに見ていた。そしてわざとらしく大きくため息を吐いた。
『はぁ~あ、こんなにおせわしているのにどうしてシオリちゃんはなついてくれないんだろう』
少なくともこんなにというほどお前に世話をされた覚えはない。きっとコイツはあたしがずっと睨んでいるのが不満なんだろう。睨まれる理由が思い当たらないのだろうか。
「そもそもどうして亜来を連れてこなかったのよ。亜来も一緒ならあたしもここまでお前を嫌いになったりしないのに」
『ニトおうものはイットもえず・・・アブハチとらず・・・』
「は? それがどうしたのよ」
何故か諺を呪文のようにつぶやきだした。
『おねーちゃんがこのまえおしえてくれたことばですぅ。ヨクバリすぎるとりょーほーうしなうといういみですぅ。あんなこーかつなネズミさんをつれてくるとぜったいきょーりょくしてトーボーをかんがえますぅ。たとえばいまシオリちゃんがいるこのおうち、シオリちゃんいっぴきではでられなくてももういっぴきいればでられてしまいます。にひきいればこのへやのまどのかぎだってあけられますぅ。あのこーかつなネズミさんですからそれくらいかんがえます。おバカなシオリちゃんとちがって』
滑舌が悪いせいでよく聞き取れなかったが、要は二人いると逃げられる可能性があるから亜来を捨てた、ということか。確かに亜来は小折と共謀してあたしの部屋を抜け出したて、隣の部屋に侵入していた。二人で協力してあたしが捕らえた飯島を助けようとしていた。もし亜来がここにいれ二人で逃亡も企てていただろう。あとお馬鹿は余計だ。そこだけは聞き取れた。腹いせに牛乳を多めに口に含んだ。
『そーいえば、シオリちゃんってあたしよりトシシタのくせにずいぶんエラソーですねぇ』
衝撃発言に口に含んでいた牛乳を少し吐き出してしまった。コイツ・・・何を言っている?
「な、なんであ、あたし、がと、年下にみ、見えるの?」
沸き上がった怒りを必死に抑えながらミキに訊く。
『からだちーさいし、オッパイないし、おバカだし、メスどーしでレンアイなんていけないアソビをしているからですぅ』
「失礼過ぎだ!!!! あたしは中二よ!!」
抑えていた怒りが爆発した。
『フフッ・・・』
足し算、引き算しか出来なさそうなクソガキに思いっきり嘲笑された。
「なんで笑ってんの!! ホントのことよ!」
『へぇー』
「きゃぁ!? なにすんのよ、 放せ!!」
ミキの手が迫り、逃げる間もなく捕まり、せっかく着替えたメイド服を乱暴に剥がされて、ミキの手の平の上に乗せられた。
脱がされる心配はない、と姉のミカから言われてまだ五分も経っていなかった。
反射的に手で大事な部分を隠したけど、それでも恥ずかしい。年下の少女に裸体を観察されるのは物凄い屈辱だった。しかも、コイツは性的目的ではなく(あっても困るけど)、猫や犬の全身を観察するのと同じベクトルであたしを観察している。なんでこいつはあたしの体は確認済みなのに脱がすの?
『なんでかくすんですぅ? どーせナイスバデイじゃないくせにぃ』
「五月蠅い、黙れ!! これでも需要はあるのよ!!」
別に誇ったことはないけど、あたしは学校では美少女と言われていて、あの亜来も知っているくらいの知名度で、男子にモテモテだったんだよ(ミカが言う、ロリコン男子だけに)。こんなスペックのあたしが今や年下の女の妹のペットにされて、ソイツにいいように弄ばれている。これまでのステータスがボロボロに崩されていく。そして・・・。
『こんなヒンソーでかわいーからだのシオリちゃんがちゅーがくにねんせーですかぁ・・・うそをつくのもいーかげんにしなさい』
ムカつくほど長々と観察されて、下された評価は最悪なモノだった。
「ひぃ、きゃっ!?」
嘘をついたお仕置きなのか、冷たい牛乳の入った小皿の中に落とされた。風邪でも引いたらどうしてくれるんだ。
『ほんとーは5さいのくせにサバをよむ?からですぅ。しかもおねーちゃんよりもトシウエになろーとするなんて、ゴーマンにもほどがありますぅ。どうせトシウエになればエラソーにできるという、おバカなことをかんがえてたんでしょーけど。あまいですねぇ、シオリちゃん』
暴言をぶつけるだけぶつけて、ハンカチをあたしの傍に落とすミキ。これで拭け、ということか。
全身牛乳塗れな体を拭きながら内心、ショックを受けていた。
あたしが五歳? ・・・まさかこんなクソガキに年下に見られているなんて・・・。
『あたしはいま7さいですから。2さいおねーちゃんですね』
ふざけんな、と反射的に思ったけど口には出さなかった。逆らったらまた何されるかわからない。
「う、うん、そう・・・だね」
怒りを抑えて、とりあえず同意。
『そ~れ~と、いまからイチニンショーは『あたしは~』ではなく『シオリは~』にしなさい』
「はぁ、なんで? 嫌に決まってるでしょ」
唐突で意味不明な提案に早くも抑えていた怒りが緩んでしまった。
『ウソついて、なおかつあたしにエラソーなタイドをしたバツです。キョヒケンはありません。ワガママいうならふくをぼっしゅーします』
「くぅ・・・」
この暴君め。早速ミキによる調教、一人称強制がはじまった。
『じゃあなんでもいいからためしに言ってみなさい』
「シオリはお前のことなんて大嫌い!!!!」
何でも言えと言われたから感情のままに叫んだ。少しスッキリした。
お仕置きを覚悟して身構える・・・・・・。
『おこったカオもかわいいいですぅ。ネズミさんをすてて、シオリちゃんをつれてきてセーカイでしたぁ』
散々苛めて満足したのか、寛大だった。癪に障るけど。
予想外の反応で全身に力が抜けてしまった。
『もうすぐエサのじかんですからそれまでいっぴきであそんでなさい』
と言ってミキは部屋を出た。
「うぅ・・・なんであたしがこんな目に・・・」
ミキが部屋を出てったのお確認して脱がされたメイド服を再び身に着ける。
「うぅ、やだぁ、牛乳臭いぃ。やっぱりあいつは敵だぁ。絶対に屈服なんてしないんだからぁ」
あまりの扱いに泣きそうだった。心も折れかけていた。でもめげてる場合じゃない。ようやく訪れた一時の平和。今の内に休んでおかないと精神が持たない。助けが来るなんて絶望的で最悪、一生ここで監禁されるかもしれないのに。早くも折れてどうする。今は耐えないと・・・。きっといつか亜来が助けに来てくれる・・・・・・と信じたい。
牛乳を手で汲んで何杯も何杯も飲んだ。味は悪くない。喉もカラカラだし、もっと飲もう。
嫌な現実から少しでも頭から遠ざけるため、ただただ飲み続けた。
そしてこの行動が後に自分の首を絞めることになるなんて、あたしは知る由もなかった。
夕食はいかなごだった。本来、そんなに嫌いな食べ物でもなかったけど、今のあたしにとってベッドくらいの大きなトレイの中に大きくてグロテスクな魚の死体が数百匹転がっているように見えて気持ち悪くて、出来れば食べたくない。しかし、お腹も減っているし、我儘言うとまたお仕置きされるに決まっている。観念して一匹を両手で掴んで目を瞑り、齧った。味は悪くないんだけどね・・・でも、慣れるのに時間が掛かりそう。
『きゃっ! たべてますたべてます。あたし、こーいうかわいーのがみたくてペットがほしかったんですぅ』
そんなあたしの事情なんかお構いなしに一体の巨人、ミキがはしゃいでいる。五月蠅くて不快だ。
『ねぇ、ミキ知ってる? いかなごってね。『こうなご』とも言うんだって漢字で小さい女の子って書くんだよ』
もう一体の巨人、ミカは余計で不要な知識をミキに披露している。これを言うためだけにいかなごを出したのか?
『へぇ・・・すごい。いまのシオリちゃんとおんなじじゃないですか。トモグイです、トモグイ』
絶対に言うと思った。
コイツらは・・・・・・折角あたしがグロテスクなものと向き合って頑張って食べているのに食欲を下げるような真似を・・・・・・。
『おねえちゃん、あしたのシオリちゃんのエサはどうします。おんなじものばっかりたべさせるわけにもいかないですよね』
『そうね。それだと偏るしね。明日はどうしようか・・・』
『バナナとかどうですか、えいよーまんてんだし』
『うん、それいいね。シオリちゃんがバナナの上に乗って、ペロペロ舐めてる姿見たいし』
「・・・・・・」
食事中に下ネタをぶっこむのはやめて欲しい。余計食欲がなくなる。
『あれ、シオリちゃんのかおがまっかになってます。どーしたんだろう?』
『本当、どうしたんだろうね。あたし達、バナナの話しかしてないのにね。きっと別のことを想像してたんだろうね。シオリちゃん、妄想力が凄そうだし。キヒヒ』
コイツ、確信犯だ。絶対わかってて言ってる。
『なんですか、モーソーリョクって?』
『いけないことを考える力のことよ』
「なに、平然と間違ったことを教えてんのよ」
突っ込んだけど、ミキは聞かずにミカの説明に納得していた。
『なるほどそーでしたか。たしかにシオリちゃんのモーソーリョクはすごいです。メスのネズミさんとレンアイごっこするくらいですから』
『えっ、なに、獣姦!? シオリちゃんって可愛い顔して凄い趣味を持ってるんだね。詳しく聞かせて』
「獣姦!? 何言ってんのよ!!」
なんでその単語が出てくるの!?
亜来を獣扱いされて腹が立ち、反射的に持ってるいかなごをミカめがけて思いっきり投げつけた。しかし当然届くはずもなく、数センチ先に転がって結局自分で拾いに行く羽目に・・・。
『いいですよ。そのかわりあとでジューカン?のいみをおしえてくださいね』
『了解』
『ええ~っと・・・』
怒りが爆発しているあたしを差し置いて、ミキは楽しそうに話し始めた。
はっきり言って聞く価値も無い話だった。しかし小人のあたしにとってこの巨人の声はバカでかく、耳を塞いでも無駄で結局ミキのバカ話に強引に聞かされた。
ミキの主観で聞かせれる話では亜来はあたしを誑かす悪い鼠、ミキはあたしを亜来の魔の手から救い、亜来を懲らしめる、というコイツの悪行を直にみていたあたしにとっては意味不明、支離滅裂な話だった。
怒り狂って持っていたいかなごを思いっきり噛み千切った。
お風呂に入れてもらうのは嬉しい。
『ペットのブンザイでおふろにはいれるとおもってるんですか。バカなんですか』
と言われるかと思ったけど、案外すぐに了承してくれた。くれたのはいいけど・・・。
『シオリちゃんはあたしがあらってあげますぅ』
『はいはい、まずミキを洗ってからね』
二体の巨人もおまけで付いてきた。幸い、今は二人とも体を洗っていてあたしは平和だが。ちなみに今、あたしはお湯の入れたお椀の中でお風呂を堪能していた。まるで『一寸法師』にでもなったかのよう。でもお椀はちょっと狭い。さっきこいつらに物差しで身長を測られたところ、おそよ十二センチメートル。あたしは『一寸法師』ならぬ『四寸法師』なのだ。これじゃあ狭いのも納得。足を伸ばせないし、ちょっと立つだけでバランスを崩してひっくり返ってしまいそうだ。まぁ、それくらいは我慢しよう。我儘言えば明日から入れてもらえなくなる可能性もあるし。今はこの時間を有意義に過ごさなきゃ、と思い至ったあたしを置いて巨人どもは何やら物騒な会話をしていた。
『シオリちゃんってどうやってあらえばいいんですかぁ』
『う~ん、石鹸を塗った指で擦ってあげればいいんじゃない。でも、慎重にね』
『は~い』という返事とともに迫りくる手になすすべなく捕まるあたし。
「きゃぁ、なにするの!? 触らないで」
平和な時間は終わりを告げる。
『さわらないとからだがあらえないじゃないですかぁ』
「自分でやるからいいよ!!」
『そう言ってあらわずにおふろをでるつもりですね。その手にはのりません』
「ひぃ!!」
それからしばらくあたしの悲鳴は止まなかった。
ミキのお手洗いという名の拷問から解放され、お風呂の縁に置かれたお椀の中で束の間の平和な時間を過ごしていたあたしをミカは突然お椀ごと持ち上げた。
何をするかと思ったら湯船の丁度中央辺りにお椀を配置。そして二体の巨人があたしを挟むようにお風呂に入ってきたのだ。左右の巨大な双璧が凄く邪魔だ。すんごく五月蠅くて邪魔だ。プカプカ揺れて気分が悪くなる。
少し腹が立ったので・・・ちょっと要望を出してみる。
「あのね、シオリにとってこのお椀、ちょっと狭いと思うの。せめて洗面器にしてくれないかなぁ?」
機嫌を妨げない程度にあざとく可愛い声でミキに言ってみる。
『って言ってますけど、どーしますおねーちゃん』
ミキはミカに振った。あたしもミカを見上げる。服を着ているときはわからなかったけど、コイツは一つ年下の癖に発育がいい。主に胸の部分が。こうしてみると改めて大きさを痛感した反面、自分の発育の悪さを自覚してしまい、ショックを受けた。あたしが小さいから余計にそう見えるだけかもしれないけど、今でも姉の小折ほどはいかないにしても、亜来よりは大きいと思う。あと二、三年もすればあたしだって乗れるくらいの大きさになりそうだった。これじゃああたしがミカより一つ年上だって言って、ミキに信じてもらえないどころかキレられしまうのも納得してしまう(さすがに五歳扱いされるのはどうかと思うけど)。
『ダメダメ、洗面器じゃ遊べないもん』
その当人、ミカは首を横に振った。
遊べない? 何を言ってるんだ。
しかし、そんなあたしの疑問を置いて二人の会話は進む。
『えっ、アソビ? なにしてアソブの?』
『あたしとミキでシオリちゃんの入ったお椀に向かって交互に波を出すの。それでシオリちゃんがお風呂の中に落ちたら負け。落とさないように手加減しながら波を出すのよ』
ちょっ、それ。あたし、滅茶苦茶危なくない!?
『へぇー、おもしろそう』
「全然面白くないよ。あた・・・シオリが溺れるから!?」
『じゃあシオリちゃんがおちたらなるべくはやくひろってあげないと』
「違う!! こんな遊びはやめて。シオリはゆっくりお風呂に入りたいの!!」
『せっかくのペットを死なせるわけにはいかないもんね。落ちたら早く拾わないと』
「・・・」
ダメだ。コイツら、やる気満々だ。あたしの声なんて聞こえてない。
『じゃあまずあたしから・・・そ~れぇ~』
「えっ、いきなり!? あわわ・・・きゃあ!? た、助けて!!」
身の丈以上の大波に思いっきり直撃し、簡単にお椀がひっくり返り、あたしの体は大きな湯舟に投げ出された。今のあたしにとってこのお風呂は海並みに深い。底まで沈んだら終わりだ。突然の命の危機にあたしは必死で足をバタつかせ、巨人に助けを求める。
『あれれ~よーせいのくせにおよげないんですかぁ?』
「妖精関係ないでしょ!! 助けてよ!!」
『じゃあ、とべばいいじゃないですか。よーせいでしょ』
「出来るかっ!! 早く助けて!!」
『はいはい、シオリちゃんは泳げなみたいだから意地悪してないで助けるよ』
幸い、ミカが手の平であたしを掬い上げ、お椀にお湯を入れ、再び中に戻してくれた。とりあえず・・・・・・色々と助かった。
『ダメよ、ミキ。シオリちゃんは小さくて軽いんだからちゃんと手加減してあげないと』
『えへへ、チカラカゲン?ってむずかしーです。さっきのはなしでいいですかぁ』
笑って済まそうとしているけどその力加減のせいであたし、死にかけたんだけど。しかも、まだやる気満々だし。やっぱりコイツ、嫌い。
『いいよ。次は慎重にね』
「いや、もう止めろよ。この遊び」
半ば切れ気味にミカに言った。
『だめだよ、まだあたし遊んでないし』
「コイツ・・・」
この鬼畜な巨人どもめぇ・・・。
それから巨人どもはこの遊びにハマったらしく、何度も何度もやっていた。あたしはなんどもお椀を揺らされ酔いそうになったり、湯船に落とされて溺死しかけたりと散々だ。最終的にあたしがのぼせてしまい、意識を失ったところで終了したらしい。目が覚めたらバスタオルの上だった。こんな危険な遊びを毎日耐えられるはずがない。一刻も早く逃走計画を練らなきゃ。
そして就寝時。寝巻はボロ布一枚。
さすがのミキも一緒に寝ようだなんて言わないだろう。かつて一人で寝ようとしたおよそ七センチメートルの小さな女の子を怖がらせて無理矢理自分のベッドに連れていった危ない奴がいたような気もするけど。ま、あの女の子は不死身だったからいいんだけど。
『ミキ、シオリちゃんを大切に扱いなさい。力加減を間違えると本当にすぐ死んじゃうから。ミキだってこんな珍しくて可愛い玩具とお別れしたくないでしょ』と姉のミカが何度もミキに言い聞かせているのだ(言ってくれるのはありがたいけど、この言い方。ミカがあたしをどういう風に見ているか、よくわかる)。これだけミカが言ってるんだからミキもあたしを連れて寝ようだなんて言わないだろう。ミキの寝返り一つであたしは簡単に潰されてしまうのだから。部屋に入ってすぐに水槽に戻してくれるはずだ・・・それ以降は朝が来るまで安泰でじっくり逃走計画が立てられると・・・そう信じていたのに。
部屋に入ってもまだあたしはコイツに握られたままだった。そもそも水槽のある部屋と寝室は別だった。そして『シオリちゃん、ここにきたばかりでこわくてねむれないでしょ。あたしといっしょにねましょー』と言ってきた。一番怖いのはお前だ、幼女型残虐怪獣。
「やめて、嫌だ! 放して!? なんで寝るときまでお前と一緒なのよ!!」
寝るときまで拷問は勘弁してほしい。
『も~う、またワガママ言って・・・。シオリちゃんがいっぴきでさびしくてねられないとおもって言ってあげてるのに』
「我儘言ってるのはどっちよ! いいから放して! お前に潰されてみっともなく死にたくないの!」
『むぅ・・・ゴシュジンのあたしをシンヨーしないなんて・・・』
「今までの所業から信用されてると思ってたの!? いいから放せ! さもないとこの指噛みついてやる」
『そんなことしたらおしりぺんぺんですからね。それでもいーならどーぞ、シオリちゃん』
「・・・ごめんなさい、もう何も言いません」
凶悪なお仕置きを口に出され、即座にあたしは観念してしまった。コイツなら本気でやりかねない。さすがにこの歳(十三歳)でそれはきつ過ぎる。
『よしよし、いい子だねぇ。シオリちゃん』
こうしてあたしはミキの寝床、二段ベットの上の階に連行された。
眠れるわけがない。
昨日全く寝てないせいか朝、ミキに攫われてから夕方まで眠っていた。だから今は眠気も全然ない。
しかもコイツのイビキが喧しいのと、歯磨き後のせいか、コイツが息をする度に出る歯磨き粉の匂いがきつい。逃げようにもあたしはパソコンのマウスを触る感じでミキの手に軽く抑え込まれていて、何回か抜け出しはしたものの、コイツは恐ろしいことにあたしが抜け出した途端、手が動き出してあたしを探るのだ。さすがのあたしも遠くに逃げる間もなくこの手に捕まり、定位置に引きずり戻されるのだ。この攻防が繰り広げられている間もコイツは何事もなく暢気に眠っているので余計に悔しい。
そんな攻防が数時間続き、日付をまたがりそうな時間帯。最後の手段に出ようとしたあたしに幸運は突然訪れた。ドン、とあたしが一瞬飛び跳ねたくらいの大音と共にあたしを拘束していたコイツの手は消えた。
ミキが寝返りを打ったのだ。再び寝返りを打たれる前にあたしは立ち上がり、ミキの手の届かない、ベッドの丁度中央、梯子が掛かっている部分まで避難した。
何はともあれ最後の手段は使わなくて済みそうだ。
あたしが考えた最後の手段は今体に巻いている茶色の布を脱いで、抜け出すというもの。コイツの手はあたしの感触を探って捕まえて来る。それならずっと巻いていてあたしの感触の大部分を占めていたこの茶色の布は変わり身としても十分なはず・・・でも、その後、裸で過ごさなきゃいけないのが欠点。恥ずかしいし、寒い。あたしが身に着けているのは茶色の布だけ。下着なんてモノは身に着けていないのだ。どっかの手の平サイズの小さくて可愛い女の子は自分に似合わない可愛い下着だけ与えられたことに不満を抱いていたけど、それがどれだけ贅沢なことかよくわかった。パンツも穿いてないのでスカートの時以上に下がスースーして寒いし、余計にアレを近くさせる。
それからしばらくして若干、肌寒くなってきた頃。
折角ミキの手から解放されたのはいいものの、特にやることもなく、ただぼーっと二段ベッドの上から下を眺めていた。
「たかが二段ベッドでビル並みの高さになるなんて・・・どんだけ小さいのよ、あたし・・・」
自分の小ささを悲観しながら、二段ベッドの上から見下ろす風景は恐怖以外何も思い浮かばなかった。
床に敷かれている藍色の絨毯は夜の暗さも相まってブラックホールに見える。もしここから落ちたら怪我だけで済むだろうか。
真正面に見える棚の上のテディベアは生気のない黒目でこちらをじーっと見ている。今にも動き出しそうで普通に怖い。しかもあれ、絶対今のあたしよりも大きい。
あたしもかつて亜来を鳥かごに閉じ込めた時にテディベアもその鳥かごの中に入れたことがある。あれは亜来の遊び道具としていれたものだったっけ。亜来も気に入ったようでそれにもたれかかって眠っていた。ほんの二、三日前の出来事なのにもう一年以上前のようにも感じる。それだけ状況が変わり過ぎたということか。あたしは小さくされて、そこで暢気に眠っている巨人に攫われ、亜来はすぐそこで不愉快に、暢気にぐっすり眠っている巨人に痛めつけられ、捨てられて行方不明。
「あ~もう、ムカついてきた!」
考えれば考えるたびにコイツが憎くなる。あたしと亜来の恋愛を邪魔して、引き離したコイツのことが。
せめて一矢報いたいけど、力はコイツの方が何十、何百倍も強い。下手にちょっかい掛ければ再び捕まってしまうか、寝返りで潰されてしまう。コイツはあたしが抜け出した後も何度か寝返りを打って、その度にベッドに振動が起き、あたしの恐怖心を煽る。せっかく手に入れた自由時間も無駄にしたくないし・・・それにアレが迫って来ていた。アレとは単純に・・・・・・・・・尿意です。
亜来と違い、普通の人間のまま小さくなったあたしは飲食が必要で・・・・・・トイレも必要。
夕方、あれだけ牛乳を自棄飲みしたんだから当然その代償も来ていた。
はしごを下りて、下のベッドで眠っているミカを起こしてトイレに連れて行ってもらうしかない。ミキでは色々と危険過ぎる。
それと少し引っ掛かることがあった。夕方あたしが目が覚めてから今まで、この二人はトイレに関して話題にするどこらか、その単語すら言ってないのだ。あんまり話題にはしたくないけれど、生理現象だから仕方がない。それもこの小さな姿だと避けては通れない大きな壁。あたしをペット扱いして、エサも与えて牛乳も与えたミキ。確かに食べ物も飲み物も重要、というか必要不可欠。でもそれと同じくらいトイレも重要で必要不可欠なはず・・・。エサも水もトイレもいらないペットなんて飼う意味がない、と言って亜来を捨てたミキならなおさら解っているはず。それなのに・・・・・・なんか嫌な予感が。ふと頭によぎるあたしが亜来に『きぃ』という名前を与えたきっかけ・・・・・・・・・・まずい、無理矢理にでもミカを起こさないと。
思い切ってはしごの一段を下りた。一段、一段があたしの身の丈の倍以上あって、あたしにとって二階から飛び降りる感覚だ。やっぱり怖い、でもやるしかない。下手をすれば着地した反動で・・・。勿論、律義に下まで降りるつもりはなかった。あと一段下りれば、そこからミカの場所まで一気に飛び降りることは出来る。リスクはあるけど時間は大幅に短縮できるはず。とりあえず一段下りて・・・。
「ふぅ・・・なんとかなった・・・・あとはミカまで一気に飛び降りて起こさないと・・・」
と後ろを向――――。
『あたしを起こしてどうすんの?』
「ひぃ!? で、出たぁあああああ!!!! きゃっ!? あああああああああああ!!!!」
後ろを向いた途端、巨大なミカの顔と目が合って反射的に飛び退き、足を滑らせそのまま下へ・・・。
『おっと・・・危ない危ない。気を付けてよね、キヒヒ』
ミかが素早く両手を出してあたしをキャッチしてくれた。
「あっ、ありがとう・・・助かった」
一応お礼を言っておく。そもそもコイツが原因のような気もするけど。
『いやいや、気にしなさんなって。その分いいものを見せてもらったし』
「へっ? いいものって・・・・・・あっ・・・・・・あああああああああああああああああ!!!!」
今気付く。身に着けている布が濡れていることに、今まさに醜態を晒していることに・・・・。
「kじぇやjdllじゃううどあえjははwkqmd」
取り乱し、意味不明な言葉を喚くあたし。そして、ミカの口から更に残酷な事実が告げられる。
『まあまあ。気にしなさんなって。これで三回目だし、慣れっこでしょ』
一回目、それはあたしがミキに攫われて眠っているときに・・・らしい。大事なリュック等を濡らされたことでミキはブチキレてあたしを無理矢理起こしてでもお仕置きしようとしたけどミカに止められたらしい。身に着けているものが変わっていたのも、目が覚めた直後、ミキが不機嫌だったのもそれが原因。正直、これは不可抗力だ。
次に二回目、それはお風呂の時間。牛乳を自棄飲みした代償はここで早くもきていた。ミキに大波を喰らわされ湯船に落ちた時に我慢が一瞬緩んで・・・。これは気付かれていないと思ったけどミカの目は誤魔化せなかった。
そもそも一回目の教訓でトイレぐらい用意するのが普通だ。用意するどころか話題にすらしない時点でコイツらは最初からあたしを嵌める気だったのだ。あたしが恥ずかしくて言うのに戸惑ってしまったのも原因だった。結果、あたしが醜態を晒して、ミカに弱みを握られてしまった。すべての処理が終了するとあたしはティッシュを体に巻いただけの格好でミカのベッドに連れていかれ、仰向けで寝転がるミカのお腹の上に乗せられ、さらに大きくて分厚い毛布を被せられた。視界が真っ暗になったけどまあ、温かい。さっきまで寒い場所にいたから余計にそう感じた。
その状態でミカはあたしに語り掛ける。
『流石に三回もしたことはミキに黙っておいてあげる。その代わり・・・解ってるよね? ミキはあんたの飼い主。あんたはミキのペット』
自覚しなさいってことだろう。
まさか飼われて一日も経たずに三回もしてしまったことをミキに知られたらあたしの何かが終ってしまう気がする(一回目をミキに見られてる時点ですでに色々と終っているような気もするけど)。
「・・・わかったよ。迷惑掛けないようにするからミキには言わないで」
ミカのお腹の上から豊満な双璧を超え、毛布から出てきたあたしはミカにそう伝えた。
『・・・本当にかわいい』
ミカは大きな手で軽く慎重にあたしを撫でた。
「・・・それとちゃんとトイレも用意して。本当に・・・」
はいはい、とミカは了承するとまたすぐに眠ってしまった。ミカも憎いけど今は下手に出て、ミカが望むようなキャラを演じるしかない。
◇ ◇ ◇
次の日。
『これ、可愛いと思わない?』
『う~ん、それ、オトナすぎません? シオリちゃん、まだ5さいのこどもなんですから』
巨人女子が二体と、小さなあたしが一匹。それで行われる遊びといえば巨人女子二体による、あたしの着せ替え遊び、という定番だった。昨日、自分で着替えるって言ったのにその意見は通らなかった。弱みもある手前、文句も言えない。
最初はミキ一体で元々家にあったらしい人形の服であたしは着せ替えられていて、サイズはすべて大きくダブダブで着てもすぐにずり落ちた。サイズが大きいので小折にしていたように上着だけを着ることで解決はできるが・・・小折と違い、あたしは今パンツを穿いていないからそれはしたくない。そんなあたしの思いなんて全く気にも留めず、なんども着せては脱がせての繰り返し。・・・そうして遊ばれて、体力も精神も尽きかけたとき、ミカが帰宅。ミカは玩具屋かデパートか何処かに行って大量の人形の服を買ってきていて、ミキ一体でさえ、苦しいのにミカも加わった。
『そうね。シオリちゃんは五歳だったね。だからお漏らしするのも仕方ないと・・・』
「なにを・・・い、痛い」
ミカの言葉に突然スイッチが入ったみたいにミキの握る力が強くなった。見上げるとミキはさっきまであたしを玩具にしてウキウキしていた目がウソみたいな生気のない虚ろな目に変わりあたしを見ていた。そういえば昨夜、ミキがあたしのソレに対してブチキレしていたってミカが言ってたような・・・。
『こら、おねーちゃん。それ、シオリちゃんにはいわないヤクソクだったでしょ。シオリちゃんがないちゃうからって・・・。だいじょーぶですよ、シオリちゃん。あたしはおこっていませんよ。たとえおねーちゃんにかってもらったリュックサックをよごされても、おきにいりのおべんとーばこはよごされ、のこっていたおかずをダメにさせられても、おきにいりのハンカチをぞーきんにされてもあたし、おこっていませんから。あたしはシオリちゃんとちがっておとななのでこーいうささいなことではおこりませんから。5さいのこどもがしたこと、ということでミズにながしますから。もっとも、シオリちゃんはあたしのだいじなものをミズでよごしてしまいましたけど、ぜんぜんおこってませんから』
「悪かった、謝るから許して、緩めて!?」
絶対怒ってる、絶対根に持ってる。ミカがあたしがそれを三回もしたことをミカが黙ってくれている有難味を改めて理解した。一回しただけでこの怒りっぷり。もしあたしが三回もしていることがばれてしまったら・・・。
『あたしのだいじなものをミズでよごすだけじゃアキタラズ、おふろやおねえちゃんまでよごすなんてもうゆるしません! おしりぺんぺんですぅ!!』って展開になりかねない。このことは永久にミカに黙って貰わないと。ここは黙って着せ替え人形になるしかない。亜来の助けが来るまでは。
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