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家牢   作者: 詞奇
飛師家編
13/14

縞 亜来サイド 六話 逃亡

 長く待たせてすみません。

 この章は亜来の脱出劇と前話の栞編の後を少し書いてます。


 失った我を取り戻すのに少々時間が掛かった。

 小折が栞に連れていかれたと知って、計画が水の泡になり、そのショックでしばらく人形のように固まってしまっていた。

 窓を見ると空は灰色に染まり、小雨が降り始めていた。

 もっとも私にとっては大雨と同等、もしくはそれ以上・・・かな?

 朝はあんなに晴れていたのに・・・こんな小さな体で外に出たら危ないわ。

 目覚まし時計の短い針は九を指していた。

「ボーッとしている場合じゃないわ。なに独りになったくらいで落ち込んでいるのよ私!」

 悲観してても小折が帰ってくるわけではない。

 このままじっとしていても待っているのはペットという屈辱な生活だ。

 なんとしても飯島を助けて元の大きさに戻らないと。

 幸い。栞は私一人では何にもできないと油断している。

 その証拠に鳥かごの扉が開けっ放しになっていて、あの巨大な門番(人形)がいない。

 小折が欠けたくらいで私が諦めるとでも思っているの?

 バカにし過ぎ・・・と吐き捨てて、洋服箪笥を漁・・・えっ。

「ウソ・・・ない」

 箪笥が・・・なんて地味な嫌がらせ。

 ちなみに今の私の恰好は可愛らしいお花がプリントされたタンクトップにデフォルメされたネズミがプリントされたパンツを履いただけの寝間着姿。勿論、靴下も履いていない。赤い靴も見当たらない。

 結論を言うととても恥ずかしくて外に出られるような恰好じゃない。

『プライドの高いきぃちゃんはそんな恥ずかしい格好で外に出られるわけがないよね』

 そう囁かれている気がして苛立った。

 こうなったら意地でもここから脱出してやる。

 私は鳥かごを飛び出した。


 

 飛び出して階段を下りてドアを見上げた直後、足を止めた。

 明らかに出来過ぎている。

 小折がいないので軽く二~三時間は掛かると覚悟していたドアの開閉。

 しかし、その必要はなくなった。

 部屋のドアが不自然に少し(ちょうど私一人くらい入れそうなくらい)開いたのだ。これで放心していた分の時間ロスは補えそうだけど、明らかに罠だ。物音さえ消せるならこういう魔法を魔女が使っていてもおかしくない。なんとなく本人が潜んでいそうな気がするけど・・・このまま大人しく部屋にいるという選択肢は私にはなかった。

 一応警戒として再び漫画階段を上って机に戻り、そのすぐ右隣りにある、私でも開けられる小さな引き出しを覗いてみた。

 前回お世話になったポケットティッシュ、セロハンテープ、タコ糸、と色々散りばめられている中に銀色に光る長物を複数発見した。

「裁縫針・・・ね。これなら私でも持てるし、護身用になるかも・・・」

 裁縫苦手なはずなのになんでこんな一杯いれてるんだろう。

 もしかして私の服をこっそり作る練習でもしていたとか? そういえばピンク色の布も入っていたっけ。いや、違うか、昨日の栞の態度を考えるとをこれらを私に刺して拘束して・・・の可能性の方が高い。

 想像するだけで寒気がする・・・。やっぱり一刻も早くここから抜け出さなきゃ・・・その前にこの格好もどうにかしなきゃ。

 入っていたピンク色の布を大きなハサミを駆使して適当に切って、それを体に包んでタコ糸で縛った。

 置いてあった鏡で姿を確認。

「明らかに不格好だけど、下着だけで行動するよりかはマシだわ」

 切った布をタコ糸に巻いただけ。当然服という体を成していない。それは想像したよりも残念な格好だった。でも、私としてはパンツが見えないだけで十分だった。

 複数ある針の内、一番短いやつを手に取り、階段を下りて、茫々した絨毯の上を歩いているとあるものが目に留まった。

 前にツインテールにされたのが気に入らなくて、ベッドの上から落とした赤色のリボンだった。

「ポニーテールにするのっていつ以来だったかしら」

 二つあるリボンを一つ拾い、ボサボサの髪を強引に一束にして後ろで纏めた。

 これで良し。モチベーションも上がる。

 


 

 普通の人間なら十秒程度しか掛からない狭い廊下でも私にとっては通り切るのに数分掛かる巨大すぎる回廊。しばらく掃除してないらしく障害物(埃)が所々に散らばっていた。そこを抜けた先には背丈の三倍以高さのある焦げ茶色の木製の崖(階段)が何段も続いていた。その崖もかなりの時間を掛けて一段、一段下りていき、無事一階に到着。その時点で汗だく(最近水分摂取してないのに)かつ体力を使い果たしてしまった。

 少し息を整えて、廊下を走り、運よく開いていた部屋に侵入。

 木材でできた長い柱(多分テーブルと椅子の脚)が沢山あり、更に奥には高層マンションと見違えるほど巨大な白い建造物(多分冷蔵庫)や頂上が銀に染まった高台(恐らくシンク)。そして、端の建物の頂上付近には大きなレバー(調理台)が四つほどついている。

 ここがキッチンで間違いない。

 持っていた針をシャツに通して、流れた汗を粘着力にして椅子の脚を死に物狂いで登り(汗だくの小人が必死に上る姿はお世辞にも美しい光景とは言えない)、手すりからテーブルへ飛び移り、無事ゴールに到着。不自然なくらいに何のトラブルもなく。

 テーブルの中央に見えているケージ。多分、あの中に飯島がいる。

 希望を信じて走っていた私。しかし、檻の中を見た瞬間、それが消えた。

 檻の中に誰もいなかったのだ。

 食べかけの卵焼き、少し減っている給水器の水、乱れた布が敷かれている巣箱と暮らしていた形跡はあった。

 しかし、当人がいない。囚われているはずの彼女がいない。

 小折だけじゃなく、飯島も連れて行ったのか。それとも捨てた? いや、前者はともかく、後者はないと思う。調教してペットにしようとしてたし、捨てたところで飯島はまた私を攫いに来ることを栞は解っているはずだから。じゃあ、私がここまで来ると踏んで持って行った。いや、私一人じゃ何もできないと油断して鳥かごや部屋のドアを開けていた栞がそこまで警戒するだろうか。

 結局色々考えて、可能性が高かったのは言うことを聞かない飯島と小折を調教かお仕置きするためにどこかに連れて行ったという結論だった。結論が出たところで現状が変わるわけではないけど。

 仕方ない、飯島がいないなら一人でもこの家を抜け出さなきゃ。

 外は雨だ。この大きさなら物凄い濡れると思うし、出た後は無計画。行く当てもない。でも、こんなところでペットとして一生飼われる人生よりかはマシだ・・・・・・と決意を新たに自分の頬を両手で思いっきり叩いて振り返った時だった。

 私のこれまでの苦労を全て無に帰す獣の存在がいることに気付いたのは。 

 

 

 黒猫というものから繋がる単語を連想して答えに辿り着いたと同時に罠だと気付いた。しかし、気付いた時にはもう遅い。

 びっくりして針で応戦すら出来なかった私を猫パンチの一撃で戦闘不能にし、捕らえた。

 私を銜えた黒猫はテーブルから飛び降り、キッチンを抜けて別の部屋に入り、その部屋のテーブルの上に獲物(私)を置き、飼い主に見せつけた。

 そう、黒猫といえば魔女、魔女といえば黒猫。その飼い主は私を小さくした金髪少女、魔女(やっぱり居やがった)だった。

 黒猫は獲物(私)をそいつの前に置いて肉球でしっかり押さえつけて(割と痛い)逃がさないようにし、喉を鳴らしている。

 猫も肉球も好きだけど、こんな巨大なものは望んでいない。ってか、肉球ってぷにぷにしてるもんじゃないの!? 今、私を捕まえてる物体は重くてごつくて、ぷにどごろか、ぶにって感じだし、この匂いが結構きついし・・・。

 みっともなく仰向けの状態で腹を肉球で押さえつけられ、しかも下着だけという恥ずかしい姿(即席で作った装甲は脆く、黒猫に糸を口で引っ張られただけでずり落ちた)。更には天敵とも呼べる少女の前でそれを晒している。すごい屈辱だ。

 ほんの数秒前、唯一の望みが消えても諦めずに脱走を図ろうとした私だったけど、この有り様に早くも心が折れそうだった。

『言葉が通じないのに本当にお利口さん。対してそこの小動物は飼い主の言葉を理解できるくせに言うことを全然聞かずに悪さばっかり・・・』

 相変わらず私を見下し、バカにしたように笑う金髪少女。

 今日はいつもの黒ロープではなく、かつての絵本の世界に出てきたTシャツ、短パンという少年みたいな恰好をしていた。普通の人間から見ると小学校低学年くらいの彼女でも今の私には全然敵わない。指一本で簡単にやられてしまう。

 私をコケにすることにおいてコイツの右に出るものはいない。

『檻の中で大人しく泣いていれば良かったのに。どうして悪さばっかりするのかな、チビちゃんは』

「親切にドアまで開けてくれていたのに私が逃げないとでも?」

 あえてぬか喜びをさせて絶望の淵に叩き落す。コイツが好きそうなやり方だ。

 そして私はコイツの罠にまんまと嵌ったのだ。

『ププッ、そんな簡単な罠に・・・いや、一匹だけなのによくここまで来れたね。凄い苦労したんでしょ? えらい、えらい』

 案の定、コイツの仕業だった。褒められているのではなく、バカにされていることがはっきりとわかる。

「ふん、私は一人でここまで出来るのよ。この調子なら外でも生きていけるわ」

 いつもの挑発に対して憤慨せずに余裕をもって返す(今の態勢は全然余裕ではないけど)。

 どうせここで憤慨したり、泣き喚いても解放してくれるわけがない。

 そもそも一々リアクションを取るから魔女は面白がって余計に私を虐めるんだ。

 リアクションが薄いといずれ飽きて別の玩具に興味が移る筈。

 自分より見た目年下の少女に何か言われたくらいで腹を立てるのもみっともない。

 私は大人なんだ。子供の悪口くらい笑って受け流さないと。

 体が小さいのだから器くらいは大きくしないと。

 魔女は私にニコリと笑みを向け、目線を上げた。

『ねぇ、アクちゃん。この小動物、まだ自分を人間だと思ってるよ。どう思う?』

「な~に、猫に私の名前付けてんのよ!!! ふざけないでよ!」

 余裕は一瞬にして崩れ去った。

 大人の対応? そんなの知るか!! 私は大人じゃなくて小人だ。

 コイツがいなければ私の生活は安泰だったんだ。

 縮小なんていうふざけた魔法さえなければ。

 小さいから栞に侮られる、魔女に虐められる。

 私のプライドをボロボロにしたコイツは許さない。

 コイツだけは絶対に許さない。

『君は飼い主さんから素敵なお名前をちゃんともらっているでしょ? ねえ、きぃちゃん』

 ワザとらしく猫なで声で名前を呼ぶ魔女に余計に頭に血が上った。

「その名前で呼ぶな!!」

『みゃぁ』

「重い!? 潰れちゃうぅ!」

 飼い主を侮辱した怒りなのか、猫は潰れるくらいに前脚に重心を掛けてきた。

 うぅ、中身が出そう・・・最近何も食べてないのに。

『チビちゃんのこと気に入ったみたいだね。何せこの子、チビちゃんが着ていた服でずっと遊んでいたんだよ。チビちゃんの匂いが大好きみたいね』

「どういう飼い方してんのよ! こんなのに好かれたくないわ」

『こんなのって失礼だよ。チビちゃんよりこの子の方がお利口さんなのに』

「うぅ・・・猫以下って言いたいの・・・・・・どうせ魔法使ったくせに」

『ねえ、アクちゃん。この小動物、全部魔法のせいにしてるよ、どう思う?』

『みゃぁ』

 飼い主の前で可愛く鳴いたつもりでも私にとっては猛獣を彷彿させる鳴き声だった。

『頭の悪いドブネズミらしい考え。でも小さくておバカで可愛い。食べちゃいたいくらいに・・・・・・だって、よかったわね。アクちゃんに気に入られたよ』

 一回鳴いただけでここまで言うのか、この黒猫は。

「嬉しくないわよ、そんなの。ってか、舐めてきたんだけどこの猫、まさか本当に食べる気!?」

『それはそれで面白そう』

「くぅ・・・ひゃん!? くすぐったい! や、やめてぇ!!」

 猫のザラザラした大きな舌は一舐めで頭から足までなぞり、それを何度も繰り返された私は全身唾液塗れ。

 悪臭と気持ち悪さで気絶しそう・・・。

『アクちゃん、そろそろ放してあげて。じゃないとこの子泣いちゃうから』

「もうとっくに涙目よぉ!」

 魔女の一声で猫は舐めるのをやめ、肉球を離した。危うく食われそうだったわ・・・。

 ようやく自由になれたけど、猫に散々舐められたせいで服はびしょびしょ、唾液塗れかつ、悪臭が全身に染みわたっていて、逃げるどころか、立てる気力もなかった。

『ちなみにアクちゃんはまだ仔猫だよ』

「・・・・・・」

 仔猫、という言葉は微妙に心が突き刺さった。

 私は仔猫にすら弄ばれるくらいに弱いから大人しく飼われてろって言いたいの。

「見つからなければいい話でしょ。見つかったとしても対策くらいはあるし・・・」

『対策ってこれのこと?』

 叫んでいると、魔女は私のすぐ近くにあるものを転がした。

 私とほぼ同等の長さのそれは、私が護身用に持ち出した裁縫針だった。

『ダメだよ、小さい子がこんな危ない物を持っちゃ』

 裁縫針。あの猛獣に比べたら全然安全な物だ。

「いい加減、小さい子扱いはやめて!」

『いい加減にするのはチビちゃんの方でしょ。別に今日はチビちゃんで遊ぶためにここに来たわけじゃないんだから』

「・・・あんたの方でしょ・・・何しに来たのよ、私の計画を潰して・・・」

『計画ってな~に? その恥ずかしいお洋服でお外に出ること』

「違うわよ!」

 そもそもこれは下着であって洋服ではない。っていうか、服(と言えるかは怪しいが)を脱がしたのはあんたの黒猫だ。

『じゃあこの新入りちゃんを助けようとでもしたのかな?』

 魔女が短パンのポケットから取り出して見覚えのある少女の形をした物体だった。

「ちょっと!? あんたがどうしてそいつを持っているのよ」

 新入りちゃん、と呼ばれたそれは見覚えのある、フリル付きの赤色のドレスを着て、頭に大きな赤いリボン、そして太ももまでの長さのある白と赤の縞々模様の靴下にリボンのついた赤い靴。

 彼女が身に着けている物は全て私が魔女から与えられたもの。

 依然、ドレスを身に着けていた私に似合ってないと馬鹿にした彼女自身もまた似合っているとは言えなかった。

 しかも彼女の両足首にはメルヘンな格好の彼女には場違いな、鉄球が付いた錠が掛けられていた。そのせいで身体能力が高い彼女でも捕らわれの身になっているに違いない。

 ついでに箪笥がなくなっていた疑問も解決。

 栞ではなく、魔女が持ち出していたんだ。

 改めてテーブルの上から周りを見渡すと床には見覚えのある、洋服やパンツ、靴下が散らばっていた。

『アクちゃんがチビちゃんを持ってくるまで新入りちゃんで遊んでいたの』

 新入りちゃん、と呼ばれた少女、飯島 李可を魔女は自慢の人形のように私に見せつけてきた。

 当の本人は意識がないせいか、目を閉じていて喋らなかった。

『ひょっとしてマキちゃんも大きくなったから私も大きく・・・なんて頭の悪いことを考えてたんじゃない?』

「そうよ、悪い。私だって元の大きさに戻って元の生活に戻りたいのよ」

 どうせ頭の悪い女ですよ、私は。

『無駄なのに・・・。そんなことしてもチビちゃんはチビのまんまなのに』

「騙されないわよ。あんたの言うことなんて信じないんだから」

『解ってないね。そもそもマキちゃんとチビちゃんではちっちゃくした方法が違うんだよ』

「はぁ!? あんた、魔女でしょ? 魔法しか使わないでしょ」

『プププッ・・・ま~だ、解ってないわ、この小動物』

「何よ、また私のことをバカにして」

『じゃあ、教えてあげる。こら、新入りちゃん、早く起きなさい』

 魔女は飯島を握っている手を激しく上下に揺らした。

 気絶していたらしい飯島は微かに目を開けた。

『マキちゃんは魔法でちっちゃくしたの。それを新入りちゃんは何かしらの方法で吸い取って自分に使ったのでしょう。この新入りちゃんは悪魔って自称してるくせに魔は空っぽで魔法は使えないもの。チビちゃんは別のやり方で魔法を使わずにちっちゃくしたの。さ~て、新入りちゃん。この小動物を大きくできるの?』

「・・・・・・」

飯島は青ざめた顔をして、私から視線をそらした。

『そりゃあ、そうだよね。悪魔になって、たかが三年のひよっこちゃんには無理だよね』

「あんたは黙ってぇ!! ・・・ちょっと何か言いなさいよ。あんたは私を元に戻せるんでしょ。菊谷 真規みたいに」

「・・・・・・」

 何も喋らない飯島。

「・・・ウソなんでしょ・・・? コイツの言ってることは全部ウソなんでしょ? 私、元に戻れるのよね?」

「・・・・・・」

 沈黙を続ける飯島は私と目を合わせようとしない。

「まさか、無理なの・・・?」

「・・・・・・」

 飯島は無言で首を縦に振った。


 私、元に戻れないの・・・。

 

 私の中で何かが完全に砕け散った。

『そう悲しんじゃダメだよ。これからはペットという楽しい生活が待ってるのだから』

「・・・・・・・・・」

 楽しそうに語る魔女、なにも返せない。

『可愛がってもらうだけで何にもしなくていいんだから』

「・・・・・・」

 終わったんだ、私の人生。

 いや、終わらされたんだ、コイツに。

『飼い主の前で可愛らしく鳴いてればいいだけなのだから』

「・・・」

 これならまだ虫にされて、踏みつぶされて死ぬほうがマシだ。

 あ~あ、なんで私ばっかりこんな目に・・・。


『ねぇ、いつものように怒ってよぉ、おチビちゃん』


 おチビちゃん、その一言が私の理性を破壊した。

 立ち上がった私は大声で鳴き、全速力でテーブルを走り抜けて、魔女の服にしがみついた。

「あんたさえいなければ!! あんたさえいなければ!!」

 力任せに何度も何度も叩く私。

 なんで私、こんなことしてるんだろう?

 無駄なのに、どうせ効かないのに、この後もっと惨めにされるだけなのに。

 走って逃げた方が少しでも可能性があるのに。

 この家を抜け出そうってさっき決意したばっかりじゃない。

 これじゃあコイツの言う通り溝鼠じゃない。

 結局、私は馬鹿みたいに何度も何度も魔女を叩いた。

 


『あんたさえいなければ、か・・・。それ、ワタシのセリフ』

「きゃぁ」

 しばらく見ているだけだった魔女が突然口を開き、私が掴んでいる服もろとも乱暴に引き千切った。

『気が済んだか? いい加減、現実を受け入れろ、おチビちゃん』

 今まで見せたことがない、鋭い目つきで暗い声でかつ、乱暴な口調で魔女は言った・・・と思ったら視線を仔猫に向けた。

『アク、しばらくこの子で遊んでなさい』

『みゃあ』

 一瞬で優しい目つきになり、穏やかな表情で言い、もう片方の手で握っていた飯島を大人しくしていた仔猫に向かって放り投げた。投げられて、床に横たわっている飯島を仔猫は銜えてどこかに走り去ってしまった。

 二人だけになると一転、さっきの表情が消えた。

 視線は再び鋭くなっていた。

 さっきの優しい目をみたせいか、さっきより一層怖く感じる。

 見ただけで背筋がゾッとする。

 それはかつての小折と同様、殺す目、だった。

『お前のような薄汚い溝鼠を可愛らしいお姫様にしてあげたのだから喜べよ』

「そんなの、望んでないわよ・・・。私が望むのは元の大きさに戻ることだけよ」

『人がお人形の望みを聞くと思うのか?』

「知らないわよ。そもそもあんたは人じゃなくて魔女でしょ? この悪魔・・・」

『まだ、そんな減らず口を叩く余裕があるのか。厄介な身体にしたもんだ』

「何よ、それ。どういうことよ」

 この体は誰でもない、私のよ。

『さっきはあれだけ取り乱していたのにもう落ち着いている。どうしてだと思う?』

「あんたが小さくしてくれたおかげで慣れてしまったのよ」

『慣れた・・・か。やっぱり嫌いだ、この溝鼠』

「あんたに別に好かれたくは・・・いやぁああああ」

 突然、魔女が強く握った。今までのとは比べ物にならないほど強く。

『もっと痛めつけて大人しくさせようか』

 鉄骨を砕くほどの握力は多少頑丈の体になっている私でさえ耐えられなかった。

 ピキッ、ピキッ、と骨の軋む音と私の悲鳴が不協和音を奏でていた。

 全身が裂けるように痛い。

 しかし、これでもまだ私の意識は飛ばなかった。

「あんた・・・一体、私に何の恨みがあるのよ」

『やっぱり忘れてる』

「グッ!?」

 忘れてる? 何を・・・ダメだ、痛みで思考が回らない。

『まだ意識があるのか? 思いの外、強くなっているね、この溝鼠』

 ようやく魔女は力を緩めた、と思った矢先、今度は右足首を親指と人差し指で抓まれて逆さに持ち上げられて、振り子のようにブラブラ揺らし始めた。

 激痛で体が動かない上に頭に血が上ってるし、気分も悪くなってきた。

 最悪、本当に吐きそう・・・一体、何の恨みが・・・。

 私がコイツに初めて遭ったのは小さくされる前。それから一方的にコイツに痛めつけられてる私がコイツを恨む道理はあるけど、その逆はあり得ない。

『・・・なるほど、それが理由・・・。どんなに痛めつけても、プライドを汚してもお前に気力があるのは・・・』

「な、なによ」

 何かを察して、勝手に納得している魔女。私にはさっぱり分からない。

『その体。菊谷 真規とは違うものだけど、共通していることもある。お前には分からないだろうけど』

「・・・知るわけないでしょ」

『欲望。それがお前たち小動物の動力源。お前が意識を保ち続けているのはそれのおかげだ』

「欲望・・・? 意味が解んないわ! それと意識がどう関係あるのよ」

『ククッ・・・理解できなくて当然。お前にも解るように言ってやる。お前たち小動物が欲を無くすと人形になるのさ。自分で体を動かすことが出来なくなるお人形にね』

「・・・」

『心当たりがあるだろ。絶望して気絶したこと、あまりの羞恥に放心状態になったこととか。それはね、人形になる予兆だよ』

「人形になる予兆・・・?」

 今までを振り返ってみると確かにそういう風な状態に心当たりがあった。

 巨人の小折に見つかって、逃げようとして床に飛び降りたはいいものの、小折を見上げた時にその大きさに圧倒され、更に巨大な足に踏み潰されそうになったとき。その後、大事な髪を小折に切られたとき。そして飯島が栞に捕まって握りつぶされ、更に五寸釘で体を貫かれたとき。共通点は私は取り乱して泣いて最終的には意識を失うという、オチだった。そして目が覚めたときにはある程度落ち着きを取り戻している。

 あれで目が覚めなかったら私は人形になってた、と思うとゾッとした。いや、意識が戻らないだけましかもしれない。

『少しハズレだ。人形になっても意識と感触は残る』

 勝手に心を読んだらしい魔女が勝手に答えた。

 迷惑な話だ。いつでも読んでいるわけではないと思うけど。

「はぁ!? それじゃあ・・・」

『ご想像の通り』

 人形になっても待っているのは生き地獄。

 人形になるか、人間のままか。

 私は絶望や放心する度にそんな危ない綱渡りをしていたの?

『外に出たらこれまでよりもっと大きな絶望がお前を襲うだろう。ククッ、お前はいつまで生き物としていられるかな?』

 魔女はからかうように指で私の胸を何度も小突く。

 きっと怖がらせてこの家に留まらせようとしているだけ。

 ・・・でも、きっと外は私の思うよりずっと怖い場所。

 私はこのちっぽけな体で外を歩いたことがない。

 栞の部屋の窓から外を俯瞰していただけ。

 そんな私が・・・・・・ってなに弱気になっているのよ、私。ここに居ても待っているのはペットという屈辱な生活なのよ。

 逆さに移る巨大な顔を睨んだ。

『ククッ、反抗的で可愛いらしい。もっと虐めたくなってきた』

「ひぃ!? 何すんのよ!」

 ザラザラして湿ったピンク色の物体が無防備な私の体をなぞったのだ。

 ただでさえ仔猫に一舐めされていて、その上コイツに一舐めされた。

 コイツの大きな舌は猫よりも強烈で一舐めで唾液の悪臭が全身に染まった。

 ただでさえ悪臭で吐きそうだったのに、更なる悪臭で逆さの状態・・・。

 もう我慢出来ない!!

『チッ、吐きやがった、この溝鼠。おまけに泣いてるし・・・』

 最悪、コイツの前で吐くなんて。恥ずかしくて悔しくて・・・憎い。

 でも、未だに全身が砕けるように痛くて動けない。

 これから私はコイツにお仕置きされるだろう。

 今まで以上に屈辱で、今まで以上に残酷な・・・。

 魔女は嗤っていた。無邪気な少女のようで、妖しく。

『ククク・・・最期に教えてやる。お前が気力を保っていられるのは元に戻りたいとか、飼い主に愛されたいとか、そんな欲望じゃない。お前が持っているのは復讐だ。自分をこんな目に遭わせたワタシや、自分のプライドをズタズタにした飼い主に対しての。溝鼠らしい醜い感情ね』

 そうだ、その通りだ。

 私が元の大きさに戻りたいのはあくまで過程。一番の理由は魔女や栞に対しての報復。

 私の人生を狂わせた魔女を許せない、私をあの手、この手で惨めにした栞を許せない。

 報復でもしないと私の気が治まらない、満たされない。

 栞がどんなに私に好意を寄せたり、世話をしてくれても心の奥底に暗い感情があった。

「・・・その余裕、絶対に崩してやる」

 巨大な顔に思いっきり唾を引っ掛けた。今できる精一杯の抵抗だった。

 その行為に魔女は私の唾なんか気にも掛けず、狂ったように嗤い出した。

『クククッ、溝鼠ごときが魔女様に逆らったらどうなるか思い知らせてやる』

 こうして魔女のお遊び(拷問)が始まった。


 舞台(遊び場)はキッチンのテーブルの上だった。

『眠らない方が身のためだよ。いつ、お人形になってもおかしくないのだから。ま、ワタシとしてはすぐ眠ってもらっても困るのだけど』

 工程をすべて終えた魔女は乱暴な口調からいつもの口調に戻り、私の視線の先にある椅子に座り、両手で頬杖を突いて、私を見下していた。

「・・・このぐらいで私が気絶するとでも? ただ拘束されてるだけじゃないの」

 縦横大体二十センチぐらいの正方形のピンク色の堅い紙の上の中央に仰向けに倒され、両手を横に水平に、両足をきっちりくっ付けられた、十字型の状態で拘束されている(拘束道具はセロハンテープ)。更には食事に使うスプーン、フォーク、ナイフが目の前に丁寧に陳列されていた。その鈍く光る銀食器は私にとってはただの凶器でしかなかった。

 髪型も何故かポニテールから三つ編みに変えられて、頭の左右に伸びた長い髪は画鋲で留められていて首も動かせず、上から私を見下し、観察する巨大な顔から目を逸らせなかった。少し痛みは引いたけど、未だに動ける状態じゃない。それにも関わらず、こんな丁寧(?)な拘束をして・・・標本にでもする気なのか。

 ちなみに服装も一新され(服を脱がされ、体を手作業で洗われたうえ、着替えも魔女の手作業)、子供向けのアニメに出てくる魔法少女が着てそうなピンクのヒラヒラしたドレスに変えられていた。

 この羞恥な格好を魔女は手鏡を目の前に置いて私に見せつけていた。

『その格好、可愛いぃ。ドブネズミでもひょっとしたら魔法が使えるんじゃないかなぁ? 試しに言ってみたらちちんぷいぷいのぷい~ってぇ』

 魔女は私の胸付近でフォークをくるくる回した。服装程度で魔法が使えるならとっくに使ってる。それにそんな幼稚な呪文で・・・。

「あぁあああああああああ!!!!!」

 突然、フォークの矛先から青光りした何かが私の全身を包んだ。

 鏡に映った私は服が少し裂けて、随所に焦げ跡が見えていた。しかも熱くて、痺れて・・・痛い・・・。

『あ~、ごめ~ん。ワタシが魔法使っちゃったぁ。でも、こんなよわっちぃ攻撃でとっても痛がるなんてちっちゃいってホント可愛い』

「・・・・・・」

 引きかけた痛みがまた深くなった。危うく意識を失うところだった。

『ククッ、その不遜な目、生意気で可愛い。次はどうかなぁ。さっきの電撃、熱くて喉が渇いたよねぇ?』

 別に渇いてない。渇く余裕もない。

「・・・何する気?」

『これな~んだ?』

 魔女が取り出したのは先端におしゃぶりが付いた縦長い容器。当然、私より遥かに大きい。

「ほ、哺乳瓶・・・」

『やっぱり小さい子に飲ませるならこれだよねぇ』

「・・・」

 それは小さい子ではなく、赤ん坊に飲ませるものだ。

 しかも、丁寧にミルクまで入っている。

『だいじょ~ぶだよぉ。チビちゃんでもお腹壊さないようにちゃんと温めてあるからさぁ』

「そんな問題じゃないわよ」

 この歳(十四歳)で哺乳瓶。これは精神的にキツイ・・・。精神、物理ときて、また精神。私の理性がどれくらい保てるか・・・。いっそ気絶して楽になりたい。けど、人形になってしまうのは嫌だ。耐えろ、耐えるんだ、私。

『あっ、そうかぁ。お口が小さすぎて噛めないんだぁ。じゃあ合わせてあげる』

「そういう問題でもない!!」

 更なる追撃で赤ん坊扱い。とことんプライドをへし折るつもりだ。パンツをオムツに変えられてないだけまだマシかもしれないが。

 魔女は勿論、私を大きくするなんてことはなく、哺乳瓶を小さくしただけだった。

 いとも簡単に、しかもあっという間に哺乳瓶を小さくした魔女に改めて驚愕してしまった。

「・・・・・・」

 そして、それを是が非でも私に飲ませる気だ。

 当然、今の私に拒否権はない。出来ることはただ耐えるだけ。

 観念して口を開くと魔女は素早くそれを押し込めてきた。

「うぷっ」

 このまま喉の奥までおしゃぶりを突っ込まれることを恐れた私は観念しておしゃぶりを思いっきり噛んだ。

 生暖かい液体が口内中に広まる。

 栄養も水分も必要のない私にとって久しぶりの水分摂取。

 味は少し温めた程度の普通のミルクで、少しだけ甘かった。

 きっとコイツのことだからミルクの中に何か細工をしているだろう。かつてのスポーツドリンクみたいに。

「・・・ただのミルク? 赤ちゃんごっこしたいだけじゃない」

 試しに挑発してみる。

『フフッ、もちろん前と同様媚薬入りだよ』

 同じ手か。魔女にしては芸がない。でも、思い返すとやっぱり恥ずかしい。

『もしそのままの状態で副作用が起こったらどんな泣き顔を見せてくれるのかな? お前の言う通り赤ちゃんごっこになるね』

 次はナイフの先端を私の下半身に向けた。その仕草で副作用を察してしまった。前回と同じだ、最悪なことに。

 しかもさりげなく言ったけど、コイツは副作用が出るまでずっと私をこのままにするつもりだ。

 そっちの方もなんか嫌だ。でも、今は耐えなければ・・・唯一の脱出方法に掛けて。

 問題は魔女が私の心を読まないか、どうか。

 さっき心の中にオムツという、コイツの好みそうな単語を呟いたけど聞こえてないみたいだ。

 やっぱりコイツは常に心を読んでいるわけではない。

 特にこういう私という玩具を虐めて悦に浸っているときは。

「・・・まさか、それでお漏らししたらオムツを穿かせるんじゃないでしょうね」

『・・・ああ、その手があった。チビちゃんがあまりに可愛く鳴くもんだから忘れちゃってたよ。自分でアイディアを提供してくれるなんて、ホント好きなんだ、こういうの』

「嫌に決まってるじゃない!! やめて、それだけはやめて。私の威厳が・・・」

 最早威厳なんてない。

『その惨めな姿で威厳も何もないよね。 威厳があるならお漏らしなんて幼児みたいなことしないよね』

「うぅ・・・」

 耐えろ、耐えるんだ。

 追撃は更に続き、ナイフをスプーンに持ち替えた魔女はそれで上半身を掬うようになぞった。

『この可愛いお胸もあるんだかないんだかわかんないしね。ククッ』

「失礼ね、私だって人並みにあるわよ!!」

 体が小さいせいで分からないだけだからね。

『中途半端で残念だったね。それじゃちっちゃな体ではあるのもないのも同じだよ。ワタシはそんな可愛らしい服を着たチビちゃんが六歳くらいにも見えるんだもん。あれから全然変わってない証拠だね』

『ぐえっ!?』

 言い終えると同時にスプーンの丸みの部分で胸辺りを二回叩いた。魔女にとっては軽~くポンポン程度のつもりだろうけど、私にとってはボンボンだ。しかも痛い、吐きそう。

「・・・何が六歳くらいに見えるよ! 私は十四歳だ! 弱いものを一方的に虐めてへらへら嗤ってるあんたこそ・・・ぎゃぁあああ!?」

 辛うじて出た反撃が魔女の癪に障ったのか、言い終える前に彼女は胸部から太ももの部分までナイフで一太刀。服は裂けて、露になった肌と身に着けている物全てに血が染みついた。

 銀食器をここまでいやらしく使ってくるとは・・・。

 もう元に戻っても銀食器を見ただけでこのことを思い出して使えなさそう。

 唯一、私が出来るのは魔女の行為に悲鳴を上げ、コイツを夢中にさせること。

「・・・以前まで私はずっと独りぼっちだったのに小さくなってからどいつもこいつも私に擦り寄ってくる。私を憎んでいるはずのあんたでさえ、今私に夢中になってる・・・。不思議よね?」

 気力を振り絞り、挑発的な言動をぶつける。

『急に自分語り? もう何もかも諦めて走馬燈が見えているのかな? 大丈夫だよ、死ぬんじゃなくて人形になるだけだから。それと夢中になるのはお前が滑稽な存在だからだよ。おチビちゃん?』

「そうよ。滑稽だから皆私に夢中になる。身の程知らずで生意気だから皆私を苛めたくなる」

『何それ。虐められて嬉しい発言? マゾヒストちゃん』

 呼び名がチビちゃんからマゾヒストちゃんに変わった(すぐに飽きそうな呼び名だ)。どっちもムカつくことには変わりない。

「違うわ。でも、あんたからしたら何も反応しない人形を苛めるよりは、一々可愛い悲鳴をあげる私を苛めた方が楽しいでしょ?」

『さすが! よくわかってるじゃない。正直新入りちゃんを虐めても全然楽しくなかったしね。じゃあ、何? やっぱりお前は虐めてほしいから悲鳴をあげるマゾヒストちゃん?』

 それは絶対に認めたくない! 

「だから違うって言ってるでしょ。私ってこうも人を引き寄せる存在だったのか、と思っただけよ。モテモテは辛いわ、疲れるわ・・・何故か女にしかモテないけどね」

 自分で言ってて恥ずかしくなるほどウザい発言だった。

『お馬鹿だね。私を虐めてって言ってるようじゃモノじゃないそれ。いいわ。お前が失神するまでたっぷり遊んであげるよ、おチビちゃん』

「ひぃ・・・」

 大きなフォークを喉元に突き付けてきた。

 怯える表情の私を見て、満足と言わんばかりに魔女は笑っていた。同時に私も内心笑った。コイツも私の術中に掛かったのだ。私以外何も気にならなくなるくらい。

 触手のようにくねくねした指が私に迫る。

 動けない全身に力を入れる・・・・・・しかし、その必要はなくなった。

 見えたのは魔女の背後に見覚えのある小さな人影。

 魔女が私だけに夢中になった瞬間。

 それはコイツに初めて私が勝った瞬間だった。



 バタンと大きな大音が部屋中に響いて、辺りはは微かに揺れた。

 さっきまで私を甚振っていた奴が前のめりに倒れて、思いっ切り額をテーブルにぶつけた音だった。

 悲鳴を上げることなく倒れたということは単純に痛くなかったか、それとも気付かないくらい私に夢中になっていたかだろう。

「・・・あんた、遅いわよ。もうちょっとで失神するところだったんだからね」

 一息ついて、魔女に向かって声を出した。当たり前だけど、話し相手は魔女じゃない。

 ソイツは倒れている金髪幼女の頭上からひょこっと顔を出した。

「無理言わないで。仔猫でも私たちからすれば怪物なんだから」

 言うなり、ジャンプして一気に私に近づいた飯島 李可。

 相変わらずの眠たそうな顔に青白い肌、それに加え、破れた赤いドレス、体中に引っ掻き傷やら噛まれた跡が生々しく残っている。随分な激戦があったようで・・・。

「あんた、本当に生きてるの? まさか幽霊だったり・・・」

「失礼ね、ちゃんと生きてる・・・」

 そう言って、勢いよく足に貼られていたセロハンテープを剥がす飯島。

「きゃっ!? もっと優しくしてよ。痛い」

「丈夫なのだから文句言わない」

「ひぃ! ひゃ!」

 続けて間を置かず左右の手に貼られたテープを剥がし、髪に刺された画鋲も抜いてもらいようやく私は解放された。しかし、出血は止まったものの、ヘロヘロの私は立つ気力もなく、その場にうつ伏せに倒れてしまった。

「ありがとね。あんたが来なかったら本当の終わりだったわ」

「いや、こうなったのも元はと言えば私のせい。むしろ今まで役立たずでこちらが申し訳ないくらい」

「それにしてもあんたが仔猫相手にそんなに苦戦するなんてね。栞相手には一方的に有利だったのに」

 コイツの身体能力の高さは間近で見てるし、実感もしている。まさか猫相手にそこまで苦戦するとは思っていなかった(ちなみに私、まず勝てません)。

「魔女に拘束具を付けられていたし、何着も洋服を着せ替えされて精神的に参っていた。それに猫に銜えられた状態からの始まりだったから」

 凄いハンデを背負った勝負だった。勝てたのが不思議なくらい。

「あぁ、私が悪かったわ。よく勝てたわね。拘束具も外れているし・・・」

「うん、外すのも結構苦労した・・・」

 飯島の足を見る。穿いている靴下は所々破れ、足首は剥き出し。そしてその足首には鎖の跡が当然残っていた。それでもコイツはぴんぴんしている。羨ましい・・・なんてのろけてる場合じゃない! 事はまだ終わってない!! 

「魔女がいつ目を覚ますか分からないわ。でも、ごめん。早く逃げたいけど、動けないの」

 視線を魔女の方へ移す。

 コイツがあれぐらいで・・・ってあれ? 魔女の姿が・・・。

「魔女はどこ行ったの!! まさか、もう目を覚まして何処かに——――」

「彼女はまだ眠っている」

「えっ?」

 彼女は落ち着いた様子で言いながら、私を抱えた。でも・・・。

「なんでお姫様抱っこ?」

「細かいことは気にしない」

「いや、私が気にするんだけど・・・」

 でもこの態勢、案外悪くないかも。何故か落ち着くし・・・。

 うぅ・・・やっぱり私もいつの間にかそっち側になってきてる・・・これも飼い主の影響か・・・。

 早く純愛小説を何冊も読んでこの毒気をどうにかしなきゃ。その前に元に戻らなきゃ。

 唸っている間に飯島は足を止めた。そこは魔女がいたテーブルの縁。

「ほら、下を見て」

 言われるがまま、視線を下す。

「ウソッ!?」

 見た瞬間、びっくりして転げ落ちそうになった。抱いているのが飯島で幸いだった。

 魔女が座っていた椅子の上は彼女が着ていた洋服で山が出来ていた。

 その頂上には見覚えのある金髪少女が寝そべっていた。私たちと同じくらいのサイズで。

「保っていた魔力が消えて魔女は元に戻った」

「元に戻ったって・・・これがコイツの本来の姿・・・っていうか大きさなの?」

 飯島は頷いた。

 あれだけ小さくなった私をバカにして虐めていた魔女の正体が小人・・・。

 まさかの事実に拍子抜けし、全身が脱力してしまった。


 数分しか経ってないのに全身の痛みは引いていた。潰されたり、切られた体も信じられないくらい綺麗な反面、相変わらず怖い。

 あれからずっと私を抱きっぱなしだった飯島に降ろしてもらい、着替えを受け取った。

 私の通っていた学校の制服と無地のブラとパンツ。

 制服は飯島サイズのもので腹は少し見えていたけど、許容範囲。ヒラヒラドレスより何十倍もマシ。

「はぁ、久しぶりにまともなものを着た気がする・・・」

 出来ればジャージとかが良かったけど、贅沢は言うまい。そういえば飯島はボロボロなのに着替えないのかなぁ、と思いながら髪を縛っていたゴムを外す。

 ふと視線をむけると飯島は私が着ていた服を魔女に着せていた。いくら敵とはいえ、さすがに裸のままにしておくわけにもいかないという彼女なりの気配りかな(私の血で汚れ、ナイフで裂けた服を着せるのが気配りと呼べるものかは怪しいけど)・・・と思っていたら輪ゴムで魔女の両手足を拘束。抜かりないな。

「これで条件は揃った。あとは彼女が来るのを待つだけ」

「彼女って・・・?」

「白いアイツよ!!」

 答えたのは飯島ではなく、目を覚ました魔女だった。

「まさか、アイツにワタシを引き渡す気? この悪魔!! ワタシとあいつがどういう関係かお前知ってるんでしょ!!」

 必死に体を動かして暴れている。コイツが取り乱している姿を見るのは初めてかもしれない。

 どう見てもいつもの魔女じゃない。いつもの威勢は消え、小さくなった反動で声も可愛らしくなっている。私は思わず笑ってしまった。

「こうでもしないとあの子は返せない。等価交換」

「羽虫とワタシが同等? ふざけないで!! ワタシの価値の方が遥かに上よ!! あんな飛べるだけでワタシを見下すような下等生物と一緒にしないで!!」

 何かのスイッチが入ったらしい魔女は怒鳴って、飯島をギョッと睨んだ。

 羽虫(たぶん妖精)と同格に扱われることが彼女にとって凄い屈辱であることが分かる。

「あの子は見下したりしない。彼女が欲しているのはあなた。あの子はあなたの代わりに玩具になっているだけ。あなたがあの子を騙して身代わりにしたんでしょ」

 話を聞く限り、他にも魔女は暗躍していたらしい。その当人は突然笑い出した。

「いい気味だわ。ワタシの罠に掛かるバカな羽虫が悪い。そんなバカのためにこんな大きさになったお前もバ・・・イタッ」

 高笑いした魔女の顔を容赦なく飯島は蹴った。彼女が怒りの感情を見せるのは珍しい。そして、思いっ切り蹴られて軽い悲鳴で済んでいてかつ、ケロッとしている魔女に腹が立った。

「よくもやってくれたわね! お前なんか踏み潰してバラバラにして猫の餌にしてやるんだから!!」

 この状況でも物騒な単語を平然と呟く魔女。しかし、飯島は平然としていた。

「出来るなら御自由に。でも、もうあなたは大きくなれないし、その猫も逃げ出してこの家にはいない」

「・・・こんなひよっこの小娘に・・・」

「油断したあなたが悪い。縞さんが堂々と自分に夢中になってるって喋ってたのに、縞さんを虐めるのに夢中になってたし」

「クッ・・・」

 私を睨む魔女。でも、縛られて動けない小さな少女に睨まれても別に怖くない。

「いい気味だわ。私を虐めたツケが今返ってきたのね」

「なに勝ち誇ってんのよ、チビ虫。ワタシを無力化してもお前の状況は何一つ変わらないわ。むしろ悪化しているのよ。お前は大きくなれないし、お前の飼い主はもう・・・グッ」

 可憐な金髪少女の腹を容赦なく蹴った。誰がチビだ。チビはあんただ。今までの怒りを力に・・・ってほどではないけど、今まで一方的に虐められた仕返しだ。無論、これだけで私の復讐心は消えない。それより気になる単語が・・・。

「飼い主って・・・栞のこと。あんた・・・やっぱり栞になんかしたのね」

「ご名答。よく気付いたわね。頭悪いのに」

 一々余計な一言を挟むな。

「最近の栞の行動がおかしかったのよ。あんたが栞にさせたんでしょ」

「それはいつまで経っても懐かないペットにイラついてたんじゃないの?」

 思いっ切り私のことを言っている。

「この期に及んで誤魔化すな! あの時の栞の瞳は紅くなってた。絶対あんたがなんかしたに決まってる」

「ククッ、ペットの度が過ぎた悪戯にストレスで目が充血・・・」

「そこまでおかしくなった原因を私にしたいか」

「だって事実だもん」

「はぁ?」

 心外だ。私が栞におかしくされた(毒された)ことはあっても、私が栞をおかしくした覚えはない。

「お前がシオリちゃんを裏切った。現に今も言いつけを守らずここにいるし。それで傷ついて弱ったシオリちゃんの心をワタシの与えた眼が慰めて(そそのかして)力を貸した(乗っ取った)んだよ。シオリちゃんが本来持っていたどす黒い欲望に背中を押してあげたの。美しい話でしょ」

 やってることは腹黒いのに、無理矢理美談にしやがりました。

「どこが? 結局あんたのせいじゃない!! しかも乗っ取ったってどういうことよ。栞は今どうなってるのよ、言わないとまた蹴るからね」

「さあね。乗っ取られて小さくされてダサいポシェットに入れられて近所の公園に捨てられたまでは知ってるけど、どっかの小悪魔に不意打ち喰らったせいでもうわかんなくなった。それよりこの裂けたダサい服どうにかして。アイツが来るし、ワタシ、スカート嫌いなんだけど」

「そのダサい服を私に着せたのはあんた、破いたのもあんただし・・・ってさりげなくとんでもないこと言ってるじゃない。栞を小さくして捨てた?」

「・・・よかったわね。散々酷いことをしたシオリちゃんが小さくなったんだからお前の大好きな復讐が出来るじゃない」

「別に好きじゃない」

 まさか栞まで小さくするとは。私を栞に渡したのも栞の体を乗っ取るため。でも、当人はここにいるし、じゃあ今栞の体に入っているのは・・・。

「早くここから出た方がいいんじゃない? その小さな体で出られたらの話だけど。お前に対する復讐心をたーっぷり込めた眼をした大きな栞ちゃんが帰ってくるよ」

「・・・っ」

 そういうことか。

 あの紅い目をした栞がここに来る。何故か知らないけど私に復讐心を持った栞(魔女)が。

「縞さんはどうする?」

「なにを?」

 飯島の唐突な質問に首を傾げる。

「ここに残って私と魔女と一緒に回収されるか、ここから出るか」

 うん、全然解らん。

「え~っと・・・誰に、どこへ回収されるの? そしてされたらそうなるの?」

「魔女が言ってた白い彼女に玩具箱へ。仮に縞さんが連れていかれたら二度と帰れないと思う」

 玩具箱、帰れない・・・まだよく解らないけど、不吉な単語が出る辺り、ここにいない方がいいのかも。

「確かにお前じゃ無理ね。だからワタシの身代わり二号にしようと思ったのに」

 って、なにあんたまで会話に参加してるのよ。しかも、とんでもないこといってるし。

「そう。だから私も初めはあなたじゃなくて縞さんを利用するつもりだった」

 飯島 李可、お前もかい! つまり魔女がいなければ私が縛られてたの!?

「よかったわね。ワタシがいなければお前がこんな風になってたのよ。感謝しなさい」

「誰がするか」

 恨むことはあれど、感謝することなんてない。

 飯島に関してはまぁ、やって欲しいことがある的なことは言ってたし(ただし詳細は不明だった)、それを条件に外に出して大きくしてもらう予定(本当に大きくする気はあったかは謎)だったし。もう既に色々破綻しているけど。

「とりあえず私がここに居たら危険ということね。でも、外に行くのはいいとして、どうやって出てば・・・ってきゃあ!?」

 突然、飯島が私と魔女を抱え上げ、凄い速さで走り出した。

 キッチンを抜け出して、廊下を掛け、入った部屋はさっき私が魔女に弄られてた部屋。よく見ると窓ガラスが割れていた。

「え~っとまさかと思うけど、私を投げ飛ばしてあの割れた窓ガラスから外に出そうとしているんじゃ・・・」

 飯島は頷いた。マジですか、飯島さん。

「魔女の話が本当なら百合ガキがいる公園はこの家から出て右に歩いていれば辿り着くから。大丈夫、そう遠くないから小人の足でもそんなにかからない」

「あの・・・なんで私、栞に会いに行く前提なの?」

「他にないだろ。菊谷 真規にお願いしようと思ったけど、彼女とは連絡が取れない」

「ああ、そういうことね」

 そもそも私の存在が周りに忘れられているせいで行く当てなんてある筈がない。そう、今ここでみっともなく縛られている奴のせいで。睨んでいるとそいつは笑いながら口を開いた。

「そんなお前達に朗報よ。マキちゃん、ちっちゃくなってシオリちゃんと一緒にいるわ。ククッ、滑稽よね。なんにもできない癖にわざわざ歯向かって折角元の大きさに戻ったのにま~たちっちゃくなって更に電池切れでもう動いてないわ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 私と飯島は言葉を失った。

 朗報ではなく、悲報だった。同時に私の目的地が決まった瞬間でもあった。

  


 外は水たまりが点在するほど雨が強くなっていた。

 大雨ではないにしても、小さい私には豪雨にも等しく、外に出て間もなく全身がびしょ濡れになり、寒くて溜まらない。当然、傘やカッパなどの雨具はない。もし、風が吹いたら私は飛ばされて、位置を見失い、詰んでしまうだろう。かつて普通に歩いていたアスファルトは凸凹した歩きにくい地形と化し、手を伸ばしたら届いていた塀ももう遥か上の場所にあり、踏みつぶしていた雑草は今や私の背丈以上、片足しか入らなかった溝もこの大きさで落ちてしまえば一貫の終わり。何もかもが大きく目に映り、何もかもが怖かった。これが外の世界、小さな私には大きすぎる世界。


 真下の排水溝は勢いよく水が流れ、それが雨音を少しだけ掻き消していた。

 歩き慣れてないせいか、それともさっきまで魔女に散々痛めつけられたせいか、体力の限界は早かった。植木鉢と植木鉢の隙間という、丁度いい隠れ場所を見つけ腰を下ろしていた。

 幸い、人通りは無いに等しい。これが雨の唯一の利点かも。

 魔女と飯島はあのまま家に残って私だけが割れた窓から脱出した。

 そもそも飯島は魔女の云う『白いアイツ』に回収されるために私を利用しようとしたわけで、それが魔女という格別な餌が手に入ったから私は用済みに。当然、栞の元まで連れて行ってくれる、という上手い話になるわけもない。まぁ、そのおかげで私は得体のしれない奴に回収されずに済んだのでよかったかも。しかし・・・。

「服はなるべく傷つけないで。壊れた玩具と勘違いされて彼女を呼び出してしまうから。縞さんは魔女の匂いも含んでいるから尚更」

 と、割れた窓ガラスに向かって投げ飛ばされる直前、私を餌に利用しようとしていた当人から有難くも恐ろしい忠告を受けてしまった。だから飯島はボロボロのまま着替えることなく、魔女にも裂けたドレスを着せていたというわけか。回収されるために。

 そして、魔女からは・・・。

「媚薬の効果はそろそろかもね。もうすぐシオリちゃんのことしか考えられなくなってしまうね。それとシオリちゃんにくっ付いていないと落ち着かなくなったら危険信号。お前の寿命が近いという意味だから。じゃあね、チビ虫、大きなシオリちゃんに見つかってまたここに返ってくることを祈っているわ。クククッ」

 と、アドバイスなのか、嫌味なのかよくわからないものを受けた。もうあの二人は回収されているのかな。白いアイツって奴に。

 色々気になるけど、今は頭の隅に置いて、栞のもとへ向かうことだけを考えることにする。

 栞、今どうしてるのかなぁ。バッグの中で一人泣いてたりしてね。それとも私や小折にしたことを悔いているのかなぁ。魔女は背中を押しただけって言った。つまり元々栞には私を支配したいとか、苛めたいとかそんなこと思っていたのかも。いや、当初、栞は私に有り余るくらいの好意を抱いていた。・・・原因は・・・・・・。

 

  いつまで経っても懐かないペットにイラついてたんじゃないの?


 魔女の言葉が今更突き刺さった。

 心当たりはなくはない。

 同性の恋愛、ペットと人間の恋愛・・・栞のしようとしていることを私は頭ごなしに否定して受け入れなかった。勿論、今も受け入れるつもりはないけど・・・懐かないってのはそういうことなのかなぁ。それが栞を傷つけたんなら・・・挙句に私は飯島の誘いに乗って逃亡を図ろうとしたり、今も『檻の中で大人しくしてて』という栞の言いつけを守らなかった。栞のしたことは許せないけど、私にも落ち度がある。栞が謝ったら私も謝ろう・・・。

 大丈夫、まだ媚薬の効果は感じない。暑くもないし・・・・・・副作用も————。

「・・・きゃっ!?」

 突然の大音にびくついた。

 きっと足音だ。震える手で口を塞いで息を殺した。

 次第に地響きと共に水飛沫と足音の音量も大きくなって体の震えも止まらなくなった。

 気付かれずに通り過ぎますように・・・と必死に願う。


『あ~あ、寄り道してたら遅くなっちゃった。せっかく手に入れた念願の体だもんね。仕方ないよね』


「!?」

 声を聞いた瞬間、震えが増し、同時に寒気が加わった。

 紛れもない栞の声、だった。でも、彼女は栞じゃない。


『きぃちゃん、ちゃんと待ってくれているかなぁ。もし逃げ出していたら・・・どうしようかぁ・・・う~ん、家に居るはずのアイツとも何故か連絡取れなくなったのよね。なにか、あったのかなぁ? ・・・まさかないとは思うけど、アイツを倒してお外に逃げていたりしてね。例えば・・・・・・そこにいっぱいある植木鉢の何処かに隠れていたり・・・とかね』


「っ!!?」

 心臓が止まりそうになった。物凄く視線を感じる。

 見つかったら何もかも終わりだ。お願い、どっかいってぇ・・・。


『な~んてねぇ。一匹じゃな~んにも出来ない憶病で泣き虫でお漏らしをするきぃちゃんがお外に出るわけないもんね。さて、早く帰らなきゃ、あんまり待たせるときぃちゃんが泣いちゃうからね』

  

 彼女は私に散々毒を吐いてバシャバシャと水飛沫と怪獣並みの足音を出しながら走っていった。

「・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・・」

 彼女が視界から消えたのを確認して安堵の溜息を吐く。

 危なかったぁ。殺されるかと思った。心臓が未だにバクバクしているし。

 気付けば、服を脱ぎたいくらいに体が暑くなっていた。雨のせいで水を被り、さっきまで寒くて風邪引きそうなくらいだったのに。この感覚は間違いない。媚薬の影響だ。思ったよりも早い。さっきまでいた巨人は魔女が乗っ取ったとはいえ、体は栞そのもの。距離が近づいたことにより、効果が早まったとかかな。

 とりあえず急がないと、もたもたしていたら栞(魔女)が私の逃亡に気が付いて探しに来るかもしれない。未だ震えている体を無理矢理動かして立ち上がり、植木鉢を飛び出した。


 幸いなことにそれから脅威に遭遇することなく、ついでに媚薬の副作用(なるべく口に出したくない)も道中で発生して、無事にすまして(ただし媚薬の効果は未だ残っている)日が暮れる前になんとか無事に公園に辿り着いた。

 栞のバッグ、というかポシェットも家に居た時、幾度か見ていたのでどういうのかは知っており、発見はそう難しくはなく、大きな草むらの中を適当に剥ぐっていると発見できた。

 中には本当に小さくされた栞がいた。

 弱気になっていた栞は私に謝った。小さくされて気付いたのか、これまでした所業に罪悪感を抱いていたみたいだ。勿論、許す気はないけど、反省はしているみたいだしあまり強くは責めなかった。原因は少なからず私にもあるので、私も謝った。


 栞と言葉を交わしている内にこれまでの疲れがピークに達したのか、急に眠くなった。人形になってしまう恐れもあったけど、結局、眠気には勝てなかった。今は栞にくっ付いているから大丈夫だと思うけど。

 栞は頬を赤くしてドキドキしていた。きっとこれじゃあまともに眠れないだろう。

 彼女には本当に申し訳ないと思っている。

 彼女の左腕を私は全身で抱き着いている。

 こうでもしないと落ち着かなくなっていた。

 これは好意や信頼、ましてや愛情なんかではない。

 ただの延命措置、もしくは依存。

 一つ解せないことは栞が私よりも一回り体が大きいことだった。

 今みたいに全身を使って腕に抱きつけるくらい。ただ、栞は小さくされただけ。私のように体が頑丈でも、飯島のように身体能力が高いわけでも、魔女のように魔法が使えるわけでもない。要は普通の人間。彼女が一番脆く、死にやすくて、食事も水分も必要。彼女をなるべく外に出さないようにするのが私の延命措置。幸いここは草陰に隠れていて発見されにくい。そしてこの公園自体あまり人が来ない。問題は食料くらいかな、水は何とかなるとして。

 話は変わってすぐ先で転がっている菊谷 真規だった人形。魔女の言った通り彼女はもう既に動かなくなっていた。ちなみに彼女は栞よりも更に体が大きく、私の倍以上は間違いなくある。

 人形になった彼女を見た時、底知れない恐怖に襲われた。体は人肌のように柔らかいが冷たく、目はパチリと開いたまま。でも、意識も感覚も残っているらしい。喋れない、動けないだけで。

 近いうちに私もこうなってしまう。人肌に触れていないと落ち着かないのは危険信号だと魔女は言った。媚薬の作用なのかは分からないけど、今の私は栞にくっ付いていないと落ち着かなくなっている。マキ、小折が私にスキンシップを求めてきたように私も栞に求めていた。

 人形になるくらいなら死ぬ。小さい体のままで生きるくらいなら死ぬ。

 でも、結局死ねなかった。潰されても死なない体だけど、死ぬ方法はある。

 猫か犬、それか蛇にでも飲み込まれて胃袋で溶かされるか、巨人に首を絞められて窒息死か・・・思いつくのはそれくらい。前者、後者共々ここに向かう途中、いくらでも機会はあった。最悪、今ここにいる一回り大きい栞に殺してもらうことも可能。でも、結局しなかった。

 やっぱり死ぬのが怖いのと、この体でも生きていたいという思いが心の何処かにあったかもしれない。

 だから栞に抱きついて少しでも長く自分を保とうとしていた。


 結局、私はこんな状況でも自分のことしか考えられない最低な女だった。 

 


 体が滅茶苦茶重くて、温もりが消えていた。

 手探りで当たってみても温もりを感じ取ることはできなかった。

 違和感を抱いてようやく重い瞼を開けた。

 隣にいたはずの栞がいなくなっている。

 その事実に気付いた瞬間、重い手足がビクビク震え始めた。

「どこ・・・どこにいったの・・・」

 自分でも信じられないほど焦っていた。

 栞にくっ付きたい、触りたいという衝動が私を襲っていた。

 きっと魔女が言っていた危険信号だ。

 小折が私に依存していたように、私も栞に依存してしまっていた。

 しかし、その依存が私の重たい体を動かしていた。

 脱いだ制服を羽織って、赤い靴を履いてポシェットから外へ抜け出していた。

 栞は簡単に発見した、というかすぐに目に付いた。

 ベンチ付近で巨人の少女に捕まっていた。

 普段の私なら慌ててポシェットの中に戻っていたと思う。

 しかし、体が言うことを聞かなかった。

 怖いとか近づきたくないとか思う以前に身体がまるで憑かれたように走り出していた。

 巨人の少女に向かって。

 

 

 巨人の少女に自分の存在を気付かせる。もし、栞を連れて行くなら自分も連れて行ってもらう。

 前者は成功し、後者は失敗した。

『よーせいさんはよわっちぃですねぇ。ちょっとにぎっただけでねてしまいましたぁ。これからはてーねーにあつかわないと』

 少女は栞を握った手を縦に振って、栞が完全に気絶していることを確認するとリュックサックに彼女を入れた。

 少女の手に捕まっている私はその光景をただ見ていることしか出来なかった。

 栞にくっ付きたい・・・とうとうその願いは叶わなかった。

 少女は私を飼う気はなく、栞だけを飼うのだから。

 つまり、私たちを引き離すつもりだった。それは今の私にとって死刑宣告と同等だ。

 冗談じゃない・・・けど私一人でどうこう出来るわけがなかった。

 私を飼わないことに反発した栞は握られて気絶して、少女に回収された。

 もう私は栞と顔を合わせることは無いと思う。

 これで永遠のお別れ・・・悔しい、我ながら情けない。

 少女は私を見下ろし、クスリと嗤う。

『だいじょ~ぶですよ~。メスどーしでコイビトごっこよりも~っとたのしいことをシオリちゃんにはた~っぷりとおしえてあげますからねぇ』

「・・・・・・」

 そして未だに私は巨人に握られたまま。少女程度の力でも相手は巨人。小人の私の力は少女に遥かに劣るり、当然敵わない。噛みつくという手もあるけど、既に栞にされて学習済みなのか、私が下を向けないように喉元に親指を置いていた。辛うじて喋れるけど、噛みつきはできない。

『いけないアソビはネズミさんがシオリちゃんにおしえたんですかぁ?』

「・・・知らないわよ」

 やけくそ気味に答える。

『しらない? あぁ~、そうかぁ。ネズミさん、アソビをしらないんですねぇ。かわいそうにぃ・・・』

 栞をリュックに入れたため、空いたもう一方の手が迫り、私の頭をなでなでしてきた。凄く癪に障る。

「遊びくらい知ってるわよ。同情するなら私も連れて帰って」

 無駄と判っていてもさりげなく嘆願してみる。しかし・・・。

『かわいそうなネズミさんのためにちょっとだけあそんであげます』

 話を聞いちゃいなかった。 しかも遊ぶって・・・・・・嫌な予感しかない。

 巨人は左右のぶっとい人差し指と親指で私の腕をそれぞれ抓んだ。

 まるでバンザイみたいな格好で宙に浮いている私に巨人は微笑。

『な~にふるえているんですかぁ? あぁ、ワクワクしてるんですねぇ。これからボロぞーきんのようにされるのをたのしみでしかたないのですねぇ?』

「そんなわけないでしょ!! ボロ雑巾って何よ!! また意味解ってない言葉使っているでしょ」

 もうこっちは心身共々とっくにボロ雑巾だ!

『わかってるも~ん』

 瞬間、私は悲鳴を上げた。

 思いっきり抓まれて手に激痛が走る。普通なら手が千切れている。

『こーゆーふーにしてうごけなくなるまでネズミさんでアソブっていみですよねぇ』

 コイツ・・・。

『つぎはブランコしてあげるぅ。ネズミさんはちーさすぎてブランコなんかであそんだことないでしょ』

「ひぃ!?」

 私の手を抓んでいる、左右の人差指と親指を器用に同じタイミングで揺らしてきた。ワザとらしく派手に大きく私が一回転してしまうくらいに・・・。

『ほ~ら、たのしいでしょ。ネズミさん』

 少女にとってはただの遊びでも小さい私からすると軽く一山は超えそうな高さから体をブランブランと揺らされている危険な状況だ。

「楽しいわけないでしょ、こんな拷問!! さっさとやめなさい!!」

『むぅ・・・うるさいですねぇ・・・せっかくあそんであげているのに。ワルい子にはこーします』

「いやぁああああああああああ!!!!!!」

 大きな、でも少女にとっては小さな水音を立てた。

 コイツ、ワザと勢いを付けて放しやがった。

 ぶっ飛んだ私は、運悪く水たまりに落下。

 一瞬で全身が泥だらけになった。うぅ、体がべとべとで気持ち悪い・・・。せめて、逃げてしばらくどこかに隠れなきゃ・・・と動こうとしたとき、突然、空が真っ黒になった。いや、私の頭上だけが暗――――。


 悲鳴は水音と地響きで掻き消された。

 理解が追い付かなかった。

 暗くなった途端に凄い重力に襲われ、泥水が血で赤く染まり、体が裂けるような激痛と共に泥の中に沈められた。

 飲みたくもない泥水を口に含み、泥を更に被り、下半身が泥に埋まってしまった。

 空が真っ黒になって、この状態になるまで五秒も経ってない。

 一体・・・何が起こ————。

「・・・っ!?」

 すべて理解してしまった。

 右足を上げ、醜態を見て笑っている少女と目が合った瞬間。  

 踏み潰されたのだ。泥の付いた靴で容赦なく、思いっ切り。

『ふん、いいきみですっ。チビのくせにちょーしにのるからそーなるんです。じゃあね~、シオリちゃんはちゃんとそだてますからねぇ~』

 ドシン、ドシン、と大きな足音を立てながら去っていく巨人。

 魔女よりも幼い少女に散々弄ばれた上に宣言通りボロ雑巾のように捨てられた。

 私が得たものはその少女一人によって全部奪われてしまった。

 たったの数分の出来事だった。

 気が付けば泣いていた。

 屈辱、怒り、悲しみ、悔しさ、憎しみで私の全てを壊してしまうくらいに。

 やっぱり小人は弱くて何もできない、惨めで情けない生き物だ。

 頭で解っていても認めなくなかった。

 そんなの残り少ない私のプライドが許せなかった。

 でも、これが現実だった。

 栞は連れていかれ、私は泥に埋もれたまま。

 少女を追いかける云々以前に身体がもう言うことを聞かなかった。

 埋まった下半身を泥から出すことすらも今の私には出来なかった。

 所謂電池切れ。

 辛うじて口が動くも、泣いている私には嗚咽を漏らすことで精一杯だった。

 はぁ、なんでいつも上手くいかないんだろう。

 昨日はあれだけ雨が降ってたのに、なんで今日は晴れてるんだろう。

 雨だったらこんな汚い泥、払い落としてくれるのに。

 

 


 


読んで頂きありがとうございます。 

バッドエンドっぽいですがまだ続きます。

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