今日から僕らは歩み始める
「では、まず未来を教えてください」
「そ、それは」
あれが夢、とは思えない。鮮明すぎるからだ。
「まずは6月の中旬頃から始まったんだ……殺世級の上位の寄生型の異形が、学校の生徒を侵食した」
梅雨のジメジメとした湿度とともに、その異形の侵食は始まっていたんだ。
侵食された側にも気付かれないほどの微小な異形の存在に俺も気づくことは出来なかった。
それは逆に寄生されるだけではなんの害もないとも言えた。
「7月に入る頃には過半数の生徒の脳には異形が巣食っている状況だった。そして、異形の存在密度が高くなったこの学校は……入れ替わり始めた」
「何にですか?」
「もう1つの世界、異形が普段存在している世界と、だ」
異形が力を増す夜だけでなく、昼間から実態化したり、夜には校舎そのものが異形に置き換えられていることまであった。
「そうなってから俺たちは動き始めたんだ。毎晩学校を守るために異形と戦い続け、日中は生徒の脳内の異形の排除に奔走した」
俺たちはよくやっていた。
ーーーーそう錯覚していた。
「そして、23日と24日が来てしまった。23日は寄生されている生徒の爆破と、寄生されていない生徒への再寄生。24日は再寄生された生徒の爆破だ」
目の前で脳漿を撒き散らしながら形を崩壊させて死んで逝った同級生
異変を察知して俺のところまで走ってきて、泣き顔を内側から爆発されて死んだ三坂
「俺は、死ぬべきだろ。あの戦争から何も学んでいなかった。何も気付かず、知った時には全て終わり」
後悔しながら、殺された
「親玉だった【悩悩幽鬼】に、一緒に挑んだんだ。奥の手まで使っても勝てなかった。泣き叫ぶルイーズを最期に、俺は殺された」
今でも後悔は積み重なる。
なぜ、気づかなかった。
なぜ、救えなかった。
なぜ、動かなかった。
血に沈んだ声に耳を傾けても、何も聞こえない。
いつもお節介を、いや、俺に何かを与えてくれていた彼女の頭部はなく、骸を揺らせば揺らすほど、崩壊した体の内臓や骨が傷の断面から溢れ出した。
俺の涙なんて、なんの価値もない。
泣いたところで救えるものなんてなく、後悔の涙は虚無感を紛らわせるための自慰行為だ。
「俺は、殺されるべきなんだ!!」
「凱くん、落ち着いてください」
ただ、今感じている後悔と絶望は、過去なのか未来なのか、それが分からない。
「凱くんはタイムマシンを信じますか?」
「た、タイムマシン?? 何を言ってるんだ? そんなの漫画とかアニメとか、想像の中だけだろ?」
そんな都合のいいものがあるなら、誰も不幸になんてならない。
「そうです。そんなものは理論上不可能でしょう。……ただ、記憶継承ーータイムリープをできる人がいるんです」
「タイムリープ? それはタイムマシンと何が違うんだ?」
「タイムマシンは時間旅行と考えてください。タイムリープはあくまで内的世界での時間遡行です」
頭が追いつかない。
タイムマシンとタイムリープに大きな差があるのか、それが俺とあの未来とどんな関係があるのか分からない。
「ふふっ、わからないって顔ですね。世界には残念ながら、決まった結末、因果というものがあります」
部室に備え付けられたホワイトボードに1本の線を引きながら、ルイーズは話を続ける。
「これは異形がいる世界もこの世界も一緒です。異形の存在もこの1本の線に含まれています」
小鬼のキュートなイラストを付け足しながら、ルイーズの話は続く。
「なら、俺が経験したのは未来のことなのか? 変えることは出来ないんじゃないか??」
「ええ、凱くんが死ぬという因果は変わりません」
「じゃあ、無理じゃないか」
「凱くん、【死ニ還ル】の原理を知っていますか?」
「……いや、俺の陽力の特性で使える術ってことしか」
「凱くんの【死ニ還ル】は、因果までの過程の事象を陽力で術式に作り換えるもの。そして、いつも大量の陰力を吸収して回復し、死という因果を先延ばしにしています」
呪骸が消滅する前に【邪邪幽鬼】の力を借りて陰力で生命を繋いでいる。それをしなければ死ぬことは知っていた。
「決められた因果っていうのはなんなんだ?」
どこまでが決められているのかが分からない。
「寿命ですよ。命は終わる、それが因果です。それだけの話ですよ。凱くんもいつか死にます、それが因果です」
「何だよ、結局どういう事なんだ!?」
「命の始まりと終わりの連続、それが因果であり、陰陽とも言い換えられます。ここから、1番大事です。陽力と陰力の融合によって、陰陽力という新たなエネルギーを生成できる。凱くんが救世主として可能性を託されたのは、陰陽力を生成できるからです」
「陰陽力か、それがあの力。だけど……俺は扱いきれない」
全力を出せば【邪邪幽鬼】ともに爆ぜて死ぬ。
その制約がなくても
「俺はその力を使っても【悩悩幽鬼】には勝てなかった」
「【悩悩幽鬼】も陰陽力を使えるということでしょう。そして負けたということは、【悩悩幽鬼】の我術によるものか、地力に差があったということでしょう。それは私にも凱くんにも多分分かりません」
死んだ理由は【悩悩幽鬼】の速度の方が上だったからなのか、我術によって殺られたのか理解も出来なかった。
「難しい話はここまでです」
「なっ!? 結局、何も分かってねぇ!」
「結論はまだ残っています。陰陽力を元に使用した【死ニ還リ】の力はーーーータイムリープです。ここからは推測ですが、普段よりも注がれる力が増した【死ニ還リ】は凱くん以外の死因も術式に組み込んで、それを覆すために、過去の自分に記憶を送る、そんな術式を構築したのでしょう」
「そ、それがタイムリープ?」
「はい。過去、現在、未来は全て同時に存在しているとされています。タイムパラドックスが起きる以上、未来の事象にしか干渉できない。だから、タイムリープのような術式が構築されるのでしょう」
……正直、半分も理解できていない。
自分の力のことも、時間軸の詳しい知識も、俺には足りない。
ただ、ルイーズの顔に絶望なんてものは見えない。
普段のような小生意気な笑顔を顔に浮かべ、期待の眼差しで俺を見ている。
見知った顔が、跡形もなくなるのを何度も見た。
ここが地獄かと理解してしまうほどの凄惨な光景が脳裏に焼き付いている。阿鼻叫喚、地獄絵図、そんな未来を経験した俺に残っているのは後悔と絶望だけ。得たものは何も無い。
「俺はさ、周りが大事なんだ。自分なんてなんでもいい」
「ええ、凱くんは優しいですから」
譲れなかった自分の死に際を捧げたくなるほどの罪の意識が俺を押し潰していた。
「でも気づいたんだ……承認欲求に」
「承認欲求ですか?」
「周りが大事なのは、周りの人に俺を認めて評価してほしいから。自己中だろ? それが自分のエゴだった」
「凱くん?」
こんなに気持ち悪いエゴが根幹にあるとは思ってもいなかった。
他人の為に復讐を誓ったフリをして、実際は自分を高く評価してくれる採点者を奪われたことに怒っていただけだった。
「反吐が出るよな」
ーーーーそれでも
「救いたいんだよっ……!!」
他人を採点者としか見ていない。
「こんな俺に出来ることは全てしたい、あんな未来は認めないっ! 俺より先に周りが死ぬ因果なんて、俺は望まない」
「凱くん!」
因果っていうのが決められているっていうのなら、変えられないというのなら……俺は足掻く。
足掻いて、足掻いて、足掻き続けて、因果までの未来を構築してみせる!!
「立ち上がらせてくれ、俺は救世主になるまで足掻き続ける!!」
絶望なんてしない。
絶望するのはまだ早い。
救世主として、俺が死ぬまでーーーー足掻いてみせる
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