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《促進能力》の異界獣  作者: やなぎ怜


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(12)

「いたわ」


 岩陰に身を隠した四人は、岩場で鳥をむさぼるワイバーンを見つけ息をのんだ。


「手はず通りに行くわよ」

「気をつけるんだぞ」

「うん。おっさんも気をつけてね。年なんだから」

「うるせー。ひとこと多いよ」


 そんな軽口をたたきつつも、鞠理の心はすっかり緊張しきっていた。


 ワイバーンの全長は五メートルほどであろうか。想像していたよりは小さく、しかし対峙して見るとかなり大きいというのが鞠理の正直な感想である。


 リシャールカの立てた作戦は、あの丸太造りの家で披露した布陣とほぼ同じである。


 まずリシャールカとアムドラルスがワイバーンの注意を引き、テラが張った《結界》のうしろで鞠理が《促進》を使って弱らせる。《促進》が老化の最終段階――つまり死まで以降しないことも考慮し、リシャールカとアムドラルスのふたりがとどめを刺す。大雑把に言うとこんな感じの作戦であった。


 先陣を切ったのはリシャールカだ。硬い岩肌を蹴ってワイバーンの前へとおどり出る。その手には抜き身の細剣があり、もう片方の手にはちょうどよい大きさの石がにぎられていた。


 ふいをつかれて一瞬硬直したワイバーンへリシャールカは手にしていた石を投げつける。石が眉間に直撃したワイバーンは世にも恐ろしいうなり声を上げて悶絶するように長いしっぽをくねられた。


 その隙をついてリシャールカはワイバーンとの間合いを詰め、その巨大な翼を切り裂く。それと同時にワイバーンのほぼ背後からアムドラルスも襲撃をかける。その両刃剣の切っ先が向かうのは、リシャールカが攻撃したのとは反対側の翼。


 傷を負ったワイバーンは翼と脚をばたつかせて身もだえし、その場を転げまわる。


 意外にも早くにまわってきた好機をふたりは見逃さない。


「マリー!」


 その声を合図にリシャールカとアムドラルスはその場から飛びずさる。そして鞠理は両腕を前にかかげ、言葉を口にする。


「――《促進》!」


 温かな潮流が体の芯からわき出て腕の先へと向かう。それは心なしかいつもより熱く感じられた。それと同時にいつもとは違う負荷が鞠理の体を襲った。まるで風船がしぼむかのようになにかが抜け出て行くような感覚。体中から力と言う力が抜けて、ふにゃふにゃになってしまいそうな不安感が鞠理の心に去来する。


 だが、攻撃の手をゆるめるわけにはいかなかった。


 しかし事前にテラが予想していた通り、大容積のワイバーンが相手では《促進》の進度が遅い。それでも傷ついたワイバーンは確実に老いて行っていた。


 つやのあった肌はくすんだ色になり輝きを失い、潤やかな翼は紙のようなざらざらとした表面へと変化する。肉は少なくなり、骨にそのまま皮を貼りつけたような形へと姿が変貌して行く。


「まずい!」


 両腕に力を集中させていた鞠理はすぐには反応できなかった。ワイバーンが力を振り絞って翼を広げ、鞠理の方へと滑空して来たのだ。


「《結界》!」


 テラの声が響き渡り、同時になにかが強烈にぶつかる音とガラスが割れるような音が鼓膜を打つ。


「《結界》が一撃で……!」


 テラがあせったような様子でもう一度腕に力をこめるよりも、ワイバーンがその老いた体を起こすのが先だった。そして太く長い尾がテラと鞠理に向かって飛んでくる。


 鞠理はこのときになってようやくワイバーンが《促進》の範囲外へ出てしまったことを悟った。しかしそのときには尾が眼前まで迫っていたのだ。


 痛みを覚悟し、反射的に目をつむり身構える。尾がなにかを捉えたような音が響き渡るも、しかし鞠理の体はいまだそこに立ちすくんだままであった。


「ラル!」

「ラルさん!」


 リシャールカとテラの声に鞠理は目を開ける。鞠理のすぐ右手の側には岩場へと叩きつけられたアムドラルスの姿があった。


「おっさん!」


 鞠理はとっさに《促進》を使おうとしたがこの距離ではアムドラルスを巻き込んでしまう。


 そうちゅうちょしているあいだに、勝負は一瞬で終わった。


 期せずしてワイバーンの懐へと入り込んだアムドラルスはためらうことなく両刃剣を閃かせる。その刃はワイバーンの喉から入り頭頂部を突き抜けていた。


 アムドラルスがワイバーンの体に足をやって剣を抜けば、ワイバーンの巨体が音を立てて地面にくず折れる。


 アムドラルスの勝利であった。


「おっさん!」


 鞠理がそう声をかけるのと同時にアムドラルスはその場へ腰を下ろしてしまう。打ちどころが悪かったのかと心配する鞠理の胸は、痛いほどにしめつけられた。


 もっと自分がうまくやれれば、アムドラルスが傷つくことはなかった。そう考えるとどうしてもやりきれない気持ちになる。


「おっさん! だいじょうぶ?!」

「へーきへーき。老いたワイバーンの一撃じゃ、骨も折れねえよ」


 そうは言うものの、アムドラルスの肩は先ほどから大きく揺れ、荒い呼吸を繰り返していた。おまけにその場に座って休んでいるというよりは、単に立てないためにそうしているようにも見える。


 鞠理の中の不安がひときわ大きくなったところで、リシャールカの声がした。


「体力がないから立てなくなるのよ……」

「おいおい、おっさんの年を考えてくれよ?! 現役引退してこれだけ動けるんだからじゅうぶんだろう?」

「おっさん、疲れたの?」

「つ、疲れてねえよ」


 しかしアムドラルスはその場から立てない。だが怪我をしたせいではないと知って鞠理は安堵した。


 いまいちしまらないアムドラルスであったが、なにはともあれ四人はワイバーンの討伐を成功させたのである。



 リシャールカとテラはふたりに礼を言って、その日のうちにアムドラルスの家を発った。依頼斡旋所への報告はリシャールカがしてくれるらしい。報酬はあとで送ると言づけて嵐のようなリシャールカ一行は去っていったのである。



「おっさんはどう思う? 満夜祭のこと」


 その晩、夕食の席でワイバーンの肉に舌鼓を打つアムドラルスへ鞠理はそんなことを聞いた。


「その話か。見たいなら連れて行ってやるぜ」

「うーん……」


 鞠理は考える。元の世界での生活を。


 あそこでの鞠理は機械とほとんど同じだった。毎日同じことを繰り返して、人からは無関心な扱いを受け、そうでなければ嘲笑される。もしかしたら機械よりもひどい扱いだったかもしれない。そんな中で鞠理に優しさを示してくれる人間はいなかった。


 だけど、アムドラルスは違った。たしかに鞠理の身柄を引き受けたことには打算があったかもしれない。フィビロンのように鞠理を利用してやろうと心のうちでは思っているかもしれない。


 しかし根本的に、アムドラルスは鞠理に優しい。だからたとえそんなことを彼が考えていたとしてもいいと、鞠理は思ってしまった。


 二つの世界での生活を考える。そうしてどちらを続けて行きたいと自分が望んでいるのか。


 鞠理の答えは、すぐに出た。


「ううん、やっぱり行かなくていいや」

「いいのか?」

「いいの」

「そうか」


 短い言葉であったが、それを聞いたアムドラルスはどこか安堵したようなうれしそうな顔をする。


 もしかしたらアムドラルスにはアムドラルスなりの悩みや不安があったのかも知れない。それを聞き出せるほどふたりはまだ親しくはない。けれどもこの関係はこれからゆっくり育てて行けばいいと、素直にそう思えた。


「おっさん」

「ん?」

「これからもよろしくね」

「急にどうしたんだー?」

「言っておいた方がいいと思って」

「言わなくてもちゃんと最後まで面倒は見てやるって」

「うん」


 まだまだアムドラルスについて知らないことはたくさんある。アムドラルスだけではない。この世界のこと、人間関係、自分のこと……。鞠理にはまだまだ知らないことがたくさんあるのだ。


 それをこれから知って行けるのだと思うと、鞠理は明日が少しだけ楽しみになった。

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