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予想しない未来

 あなたが、きっと好きです。

 わたしはあなたが、好きになったのだと思います。

 あなた以外は、どうでもいいと思います。だから結婚なんて、きっとできません。たった一つしかいらないのに、どうして他で妥協しなきゃいけないのかわかりません。

 それは相手にも失礼です。

 わたしは、あなたが好きなんです。

 きっと好きです。

 だから、だから――。


「……はぁ」

 そんなことを、言ったのはいつだったやら。そういえば、まだ昨日の話だった。部屋のベッドに突っ伏したまま、わたしは何度目かもわからないため息のような息を吐き出している。

 時刻はまだ、朝も遠い時間帯。だから、昨日というより一昨日かもしれない。どっちにしろわたしは言いたいことだけを言って、そして王さまの前から逃げ出した。

 無様、だと思う。

 王さまは驚いた顔をしていた。当たり前だ。門出を祝福していた相手が、いきなり壊れたように自分に告白して、そして逃げ出したのだから。いくらあの人でも、驚かないわけがない。

 それから、適当に理由をつけて王さまには会っていない。

 まだ昨日――いや一昨日の話なのに、ずいぶん昔のことのように感じる。

 いっそ、そうだったらいいんだろうけど、それはそれで嫌だ。少しでも長く一緒にいたいと思っている。のに、逃げているのだから、わたしは臆病だし矛盾しているしダメダメだ。

 イオ様の求婚から、わたしは逃げていたものを見ざるをえなくなっている。

 衝動を理由に見ないことにしていた、未来。

 わたしは、王さまがいなくなった後どう生きればいいのだろう。

 聖都に来たのは、衝動がそうしろと命じたからだ。誰かに逢いたくて、その誰かを探しに行こうと思った。それだけが、わたしを生かし続けていて――そして、王さまに出会った。

 探しに故郷を出た、といえば聞こえはいいけど、実際は出逢える可能性に期待していたわけじゃない。結局はそれを理由に、居心地の悪いところから逃げ出しただけ。あの衝動は背中を押すのに最適な動機で、きっとそれ以上でもそれ以下でも、それ以外でもなかった。

 だって、普通に考えたらバカみたいじゃないか。

 どこの誰かもわからない『誰か』に、逢いたい……なんて。

 見つかるわけがない。きっとわたしはどこかでそう思っていた。だから、聖都に来てもそんなに積極的に探そうともしなかった。生活が忙しい、とか適当に理由をつけて。目先の目的を失ったらどうなるのか、わたしは無意識にわかっていたのだろうと、今は思える。

 自分でも、そう思っていた。

 あの衝動だけが、この紛い物の命を永らえさせていたと。

 それは、見つからないことが前提の延命だった。だけど『誰か』は見つかり、そして近い将来に必ず失うことが決まっている。想定外の未来が、わたしの目前に迫っていた。


 嬉しい。

 だけど嬉しくない。


 わたしは、わがままだ。

「……本当に、どうしようもないなぁ」

 ごろん、と仰向けになりながらつぶやく。自嘲の声。

 わたしは本当に、どうしようもないヤツだった。この期に及んで、まだうだうだ、どうでもいいことを悩んでは逃げようとする。わかっているのに、わたしにはそれしかできることがないのだから虚しい。わたしには王さまを奪う武力も、権力も……何も、ないのだから。

 薄暗い室内。

 しばらく天井をじっと見ていたけど、さすがに飽きたというか。

「喉……渇いた、かな」

 誰に言うでもなくつぶやいて、ゆっくりと身体を起こす。机の上にある水差しは、残りがほとんどなかった。そういえば、寝る前に何度も飲んでいたような、そんな気がしている。

 一口分ぐらいならまだあるけれど、これじゃ今の乾きは満たされそうになかった。

 わたしは水差しを抱えて、部屋を出る。

 台所の水瓶の中は、夕方の時点であふれんばかりに満たされていた。あれから多少使った可能性があったとしても、枯渇しているということはない。外まで汲みにいくのは面倒だし、移動距離が増えるとそれだけ物音が立つ。なら、近い場所でまかなうのが一番。

 一歩外に出ると、驚くほどの静寂が身体を包み込んだ。

 召使としてずっと使ってきた部屋も、外に出ればこんなものだった、けど。ここは場所が場所だからなのか、静寂がより強く感じられる。静か過ぎて、いっそ冷たさににた痛みすら肌に感じた。小さすぎるほど小さい窓から入り込むささやかな光が、とても暖かい。

 できるだけ物音を立てないように、階段を下りる。今日も双子は、よく眠っているみたいだった。ミィも、物音がしなかったことから考えて、ぐっすり眠っているのだろう。

 わたしも水を汲んだら、もう一眠りしようか――と、思いつつ、台所に入ったところで。

「……っ」

 からん、と音がした。

 台所の奥の方、水瓶の傍に人影が立っていた。わたしと同じような寝巻きを着た、ふわりとした癖のついた長い髪。その誰かが手にしていたのだろう、水瓶の蓋に乗せてあった柄のついた小さい手桶が床に落ちた音が、さっき聞こえたものの正体のようだ。

 誰だろう、と思いながら近づくと。

「あ……ラキちゃん、おはよう?」

 そこには、息を切らした様子のミィがいた。

 時間が時間だから、誰かが起きてくるとは思わなかったのだろう。彼女はわたしを見る前に肩をびくんと震わせて、驚きを隠さない様子を見せた。なるべく足音を立てないように移動したことがあだになったようで、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。

 よほど怖かったのか、ミィの目はほんのりと赤く潤んでいた。

 泣かせてしまった――わけでは、ないようだけど。

「あ、あのね……そのお水、水、飲みに来たの。ラキちゃんは?」

「わたしも」

「そ、そっか」

 はい、とミィはコップを戸棚からだして、わたしに渡してくる。受け取る時、その指がかすかに震えていることに気づいたけど、きっと驚きが抜け切れていないせいだろうと思った。



 水は――水面は微動もせず、どこまでも澄んでいる。

 わたしの心も、未来も、これくらい見通しがよければよかったのに。

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