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絆されていく

 地下は涼しいけど、少し寒くもある。

 今日のわたしは、地下にある倉庫を少し整理整頓していた。

 何せ、普段使われている感じがしないのに保管されている品の種類だけは豊富で、他にも何か使ってないものがあるんじゃないかという懸念のようなものが出てきたからだ。


「毎日毎日同じようなものばかりじゃ飽きるし、せっかくだからいろいろ挑戦するのもいいんじゃないかしら。せっかく、いつもよりイイモノ食べられるんだし。ねっ」


 と、ラヴィーナが言い出した、とも言うけど。

 確かに、こうしてよくよく見れば、いろいろ変わったものが多い。

 何に使うのかわからないペースト状の、おそらく調味料と思われる何かとか。あとは大きさから言ってウサギなどの野生動物の、干し肉とか。つぼの中に塩で漬け込んで保存できるようにした元野菜らしき物体に、お酢っぽい香りのする色の濃そうな液体など。

 埃とかがそんなにないところからわかっていたけど、やっぱりここ、普段からぼちぼち使われていた場所なんだと思う。……となると、あんまりハデに使い込んだら、後で怒られたりしそうだ。まぁ、使い込みたくても、使う料理とかあんまり知らないという問題があるけど。

 たとえば牛や鳥以外の肉を、どう使えばいいのかわたしは知らない。煮込んだりするものらしいと聞いたことがあるだけで、より美味しく頂くにはどうすればいいのかわからない。

 野生にいる獣の肉は、独特の風味というか臭みがあるというし、料理にするならそれを何とかしなければ食べられないような気がする。適当にして食べられなかったら、もったいない。

 とりあえず、わたしは奥のほうにしまわれていた、チーズなどを引っ張り出した。

 これはちょっとした料理にもよく使うし、薄く切り分けてそのまま食べることもする。大きな塊を一つ二つ、上に持っていってもいいかもしれない。重さもあるから、必要な時にここまで取りに来るというのは、その時の状況にもよるけどちょっとばかり面倒に思えた。

 もってきた袋に、必要なものを押し込んでいく。

 見つけたチーズを二つ。厚みも幅もある、わりと大きなサイズだ。ぐるりと封をするように巻かれた紙には、庶民もよく使う安いがコクがあって美味しい銘柄の名が記されていた。

 それに乾燥させたハーブ類。そして塩と胡椒。これらはみんな手のひらに収まる程度の大きさしかない瓶に入っているので、別に持ってきておいた底が平たい籠の中へ敷き詰めていく。

 籠をチーズなどをいれた袋の上に、そっと乗せて。

「よいしょっと」

 わたしは抱きかかえるように持ち上げると、よろよろと地下を後にした。

 本当は、わたし以外にもう一人来てほしいところだけど、カディス様がいるし、他の掃除とかも考えると自分だけでがんばるしかない。……それに、今はまだ王さまに会えないし。

 だからわたしには、これ以外の仕事はできなかった。

 これ以外は、王さまにうっかり会ってしまう可能性が、わりと高いから。


「やぁ、ラキ」


 一階にある出入り口に背を向け、階段の一段目に足を置いた時、声をかけられる。振り返らずともその声が彼のものであることを、わたしは複雑ながらもよく知っていた。

 彼は、イオ様は、あれから頻繁にわたしのところに来る。

 お仕事とかはどうなっているんだろうと思うほど、毎日やってくる。決まってわたしが一人で一階にいる頃に。王さまを避けることでおきた不具合があるとするならば、彼との遭遇率がぐっと上がったことじゃないかと思う。迷惑ではないけど、ただただ心苦しかった。

 というか、イオ様はどうしてここにくるのだろう。

 昨日、わたしはちゃんとお断りをしたはず。

 あなたと結婚はできないって。他に好きな人がいるからって。はっきり言ったし、向こうも了承していた……と、思ったのだけれど、それはわたしの勘違いだったのかもしれない。そんなことすら思ってしまう。しかし何度もお断りをするのも、何だが申し訳なくもある。

 さらには。

「それ、僕が持とうか?」

「え? あぁ、いえ、大丈夫ですよ」

 なんて気遣われたら、もうごめんなさい勘弁してくださいといいたい気持ちだ。イオ様はすごく優しい人なのはわかった、わかったからこそ、本来あるべき場所に帰ってほしいとわたしは願う。こんなところで、たかが召使の小娘の荷物持ちなんてしているべきじゃないはずだ。

 しかし、断ったにも関わらず、イオ様は颯爽と近寄って荷物を攫う。

 上にもって行けばいいんだよね、と笑って、すたすたと上がっていってしまった。こうなったらもう、おとなしくついていくしかわたしにできることはない。幸いにもラヴィーナなどに遭遇することもなく、どうにか台所までたどり着く。ほんの数秒の階段が、長く感じた。

「とりあえず、ここにおいておくね」

 イオ様は台所にあるテーブルに、持ってきたものを置いた。

 上に重ねてある籠を、はずすことも忘れない。倒れたら割れてしまうことが、ちゃんとわかっている証拠だ。これが意外とわからない召使が多く、侍従長が烈火のごとく怒りの声を上げていることが時々ある。主に新人の、お世話される身分の子女が多い。つまり、女官にはなれない程度の家柄、というか財力のお嬢様というヤツだ。花嫁修業の一環なのか知らないけどあまりにも『何もできなさすぎ』てジャマなので、できれば別のところに出してほしいと思う。

「あの、イオ様」

 荷物を運び終えて、でも帰ろうとしないイオ様。さすがに見られると面倒なので、できれば早く帰ってほしいと思う。わたしより、むしろ身分あるイオ様の方が、このことが明るみになった時の問題は大きくなるだろう。身分の高さは利点も多いが、万が一の痛みも激しい。

「大丈夫だよ、僕は。それより君の方が心配だ」

「え、いや……わたしは、平気です、けど」

「そうかな。少し元気がないように思うけど。もっと君は、明るく笑う子だったはずだ」

 などといい、イオ様はわたしの頭を撫でてくる。

 こうして、わたしは今日もイオ様にごまかされてしまうわけだ。

 彼は、ゆっくりとわたしの世界に入り込んでくる。

 絆されたりは、したくない。それは、今のわたしにとっては逃げることと同じ。イオ様がすばらしくそして優しい人であればあるほどに、逃げる先にしてはいけないと改めて思う。



 わたしは、彼に逃げることはしない。

 他ならぬイオ様が、それを望むそぶりを見せていても。

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