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勘違いでも構わないの

「今夜、聖女は女神の力を解放する。暴食王の目覚めと引き換えに」

 その言葉を、彼女は今も覚えている。


 ――首に、ナイフを当てたみたい。


 されたこともないのに、そんなイメージを後からつけるほど。時々、遠くに見かけることがあったその青年から告げられた言葉は、彼女の心をえぐり、深く傷をつけていった。

 暴食王。

 ミィ・ミュエル・ミリアンという名の、十六歳の少女にとって。その存在は意識を手放してしまうほど恐ろしくて、初めて『辞めたい』と口に出してしまうほどの衝撃だった。

 彼女は、祖父母の代から城で召使をしている家系だ。

 今、働いているのは彼女だけ。彼女の両親――かつては侍女をしていた母は、父と一緒に聖都から離れた小さな町で暮らしている。父がしている仕事の、手伝いだ。

 本来ならミィが、わざわざ城で働く理由はなかった。

 働くなら実家の手伝いをすればいいし、それとなく縁談の話もあったからだ。

 しかし幼馴染が城に働きに行くと聞き、せっかくだから一緒に行こうとミィは思った。かつては母が勤めていた場所として、憧れのようなものもあった。

 幼い頃から、繰り返し聞かされた華やかな都。

 両親は仕事が忙しく、ミィは聖都に行った記憶がなかった。だからこそ、母が城で侍女をしていた頃の思い出話に心引かれ、それとなく引き止める親の手を振り払ってしまって。


 どうして……こうなったんだろう。


 見知らぬ場所のベッドの上、ミィはそんなことを思った。

 親の言うことを、聞かなかった罰なのだろうか。母は『お城は怖いところよ』といい、出発間際まで思いとどまるように言っていた。父と結婚しミィを授かり、それで侍女の仕事をやめたのだろうと彼女は思っていたが、もしかすると何かよくないことがあったのかもしれない。

 母は美人だ。娘から見ても。伴侶にはできずとも一夜の相手として、見目のいい侍女を時に実力を伴う説得と口説きで手に入れる。そんな貴族は多く、もしかしたらと考えた。

 結局、母は父に説得されて諦めていた。そんな父も、『何かあったら逃げてきなさい』と告げて見送ったが。何とも、一人娘とはいえ過保護すぎる、とミィは思い。

「……気がつかれましたか?」

 思わず笑みをこぼしたところで、声をかけられた。

 すぐに身体が動かず、視線を向けた先には白い装束を身に着けた女性。

 服装の装飾から、彼女が大聖堂に身を置く神官だとわかった。

 彼女はテキパキとミィの身体を調べると、ほっとしたように笑みを浮かべた。どうやら自分は意識を失って倒れ、ここに運ばれたらしい……と、ミィはぼんやりした頭で考える。

 幸い、特に問題はないようで、ミィはすぐに仕事に戻ろうとした。

 どんなことをさせられるのか知らないが、自分だけ休んでいるわけにはいかない。けれどもうしばらく休むように、といわれて、一人でこの部屋に残されるとどうにもならなかった。

 仕方なく、ミィはもう一度横たわる。

 役立たずだなぁ。

 誰ともなくつぶやいて、ゆっくり目を閉じた。

 寝入ってはいけないと思いつつ、意識がだんだんぼやけていく。そこに、誰かが部屋に入ってきたような気配があった。しかし意識をほとんど手放したミィには、目を開けて相手を確認するだけの力もない。だけど、ここは大聖堂だから、危険な人物ではないと思った。

「……眠っているのか」

 ぽつり、とこぼれた声に、思わず目を開く。

 視界の中に、自分を覗き込む赤毛の青年がいた。

 カディス様だ、とミィは思う。

 城の召使――侍女なら誰でも知っている憧れの人。彼は、ミィが目を覚ましたと気づくと嬉しそうに目を細める。その、どこか幼く見える笑みに、心のどこかがぴくりとはねた。

 わかっている。

 彼がミィを気遣ってくれるのは、自分の言葉が一人の少女を倒れさせたから。真面目さに定評のある彼は、そこに罪悪感のようなものを抱き、だからミィをそれとなく見ていてくれる。

 特別なものなど何もない、あるはずがない。

 だけど。


 恋をしたのだ。

 してしまったのだ。


「……茨道に、進むわねぇ」

 友人がぽつりと漏らすつぶやきを、ミィはそっと受け止める。

 わかっていたことだ。そんなことは承知の上だ。それでも、仕方がなかった。彼の姿を思い浮かべるたびに高鳴る胸や、赤くなっているだろう頬は嘘をつかない。

 ――私はカディス様が好き。

 この思いは決して口にしてはいけないとわかっていても、きっと尋ねられたら。ミィは相手をじっと見据えて答えるだろう。彼が好きなのだと。ごまかしを使わず、まっすぐに。




 ミィ・ミュエル・ミリアンは正直者である。

 愚かなほどに偽りの味を知らず、嘘を受け入れない娘であった。

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