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枯れ朽ちる運命

 なんていうかさぁ、とラヴィーナがつぶやく。

「すごく、綺麗なお話よね……紙の上の、文字の世界なら」

 ミィによる、実に甘酸っぱい恋の話が終わってすぐの言葉だった。口直しをするように、一気にお茶を飲み干す。まぁ、気持ちはわかる。ふわふわした夢のような話は、ちょっとわたし達には甘すぎた。そしてまぶしくもあって、わたしは少し目を閉じてその光に耐える。

 彼女は、ミィはわたしとは比べ物にならないほどまっすぐだ。

 折れることを知らない。妥協もしない。だけど、それはある一定の範囲だけ。ここまで、と自分で決めたラインを彼女は超えない。超えない範囲で夢を見る。健全であり歪な行為。

 だけどすがすがしいくらい、ミィはいい笑顔をしている。


 彼女は、幸せなのだろう。

 見ているだけでも、思うだけでも。


 わたしも――そうだった、はずなのに。

「まぁ、それはともかくさぁ……どうするわけよ、これから」

「……どう、って?」

「現状維持なのか。玉の輿狙うのか。愛人ぐらいにはなれるでしょ」

「あ、あい……じ」

 ぽぽぽ、と頬を赤くするミィ。

 怒っているというよりも、愛人でも何でも『深い関係』になることに、照れてしまっている様子だった。普通、そこは怒るところのような気がするけど、まぁ、ミィだから仕方ない。

 しかし、愛人か……。

 ラヴィーナも、思い切ったことを言い出すものだと、わたしは思った。この世界に数多ある職業には、個人個人で得手不得手な要素がある。とわたしは思う。要するにそれは素質であったり才能であったりするけれど、こと愛人という『職業』はミィに一番勤まらない。

 ミィは優しい子だ。

 そういう立場にたったら、きっとそれは彼女の命を喰らう。

 容赦なく、情けもなく、何もかも奪うはずだ。

 優しい彼女はずたずたにされて、きっと……死んでしまうのだろう。肉体的に、あるいは心が砕かれて。友人として、わたしはどうしても彼女がそうなることを許せないと思う。

 ……いや、でも、もしかすると。

「私は、ただ少しでもお傍にいたいなって……。このお仕事が終わったら、もう逢うことはないんだもの。ちょっとでも多く、お話とかしたいの。愛人とか、そんなのダメだよ」

 カディス様に迷惑だよ、と。そういって苦笑するミィなら、もしかすると向いているのかもしれないと、思わないこともない。もちろん友人として、そんなのは断固反対だけど。

 でももし彼女がそういう立場になったら、きっと相手の男性を常に気遣うのだろうと思う。

 そして、それ以上に相手の奥方を大事に思い、自分は日陰の日陰に立とうとする。自分が得るべき幸せよりも、相手の平穏を優先し、望んで。自分の感情は、押さえ込んで。

 そこまで考えてわたしは、やっぱりミィはそんな仕事はしないと思った。

 そもそも、愛人なんて存在がいる時点で、相手の奥方を悲しませるのだから。仮に何かの拍子にうまくいって恋人かそれに近しい関係になっても、ミィはそっと身を引くのだろう。


 相手のために。

 自分を、殺して生きる。


 ――わたしは、ミィのように強くなれない。

 いつか終わりが来ることが決まっている、この生活。そこに付属する接点。ミィが上に行かない限りカディス様と言葉を交わすことはなく、わたし達下っ端が上に行くことは不可能。

 だから、どれだけミィが彼を思っても。

 彼と結ばれようとも。

 終わることが決まっている、小さな夢の話。

 わたしと王さまも、同じようなもの。今のわたしとミィは同じ。すぐに狩れることが決まっている花の種を、大事に大事に抱え込んで育てている。外から見るとこっけいなことだ。

 でも、わたしとミィでは、ぜんぜん違った。

 ミィは枯れてしまってもいいと、そう思っている。

 枯れるまでの、もしかしたら数時間とないかもしれない時間を。たったそれだけでも咲いてくれたらうれしいと、そう思っている。咲かなくてもいいとすら考えている、かもしれない。

 一方のわたしは、わたしも、同じだった。

 同じつもり、だった。

 だけど、最初から身を引くことを前提に、枯らすことを前提に話すミィを見て、わたしの中にとても黒い感情が、こぽり、こぽり、と湧き上がってくるのだ。薄く笑みを浮かべているだけで精一杯なほど、わたしから余裕も理性も奪いつくし、闇に染めるいけない感情が。


 ――枯らしたくない! 王さまと、ずっと一緒にいたい!


 やっと手に入れた時間を、どうして失わなきゃいけないのか。

 どうせわたしは、この世界にとっては紛い物だ。ラキになれないシエラ。シエラにすらなれなかった。そうだそうだ、いっそのこと。いっそ姉と一緒に死んでいればよかったのに。


 ――愛人とか、一時の関係とかじゃ嫌だ!


 叶わない願いと衝動は甘美で、意識を緩めると唇からこぼれ落ちそう。

 今も少し考えをそらすと、唇が少し緩んだ。あぁ、叫びたい。ミィにひどいことを言ってしまいそうな自分が嫌だ。それはどうしようもないほど愚劣な、ただの八つ当たりなのに。


 ――わたしはずっと、王さまと一緒にいたいのに!


 どうして、わたしは同じようになれないのだろう。ミィみたいに、枯れることを素直に受け入れることができないのだろう。それ以外の未来なんてないと、誰よりわかっているのに。

 もしかしたら、結ばれることがあるかもしれないミィとは違う。

 わたしの『本音』が、叶えられることは絶対にない。

 他ならぬわたしこそが、枯れることを笑顔で受け入れなきゃいけない。最初は、確かにそう思っていた。逢えたことだけでいいと、そう思ったのに。

 どうしてわたしは――いつの間に、こんなにも浅ましくなったのだろう。

「……ちょっと、気分が悪いから。お水、飲んでくるね」

「え? あ、ラキ、ちょっと――」

 喉から飛び出しそうな本音を、必死に飲み込んだ。もうおなかいっぱい。だけど声は、次から次へとあふれてくる。苦しくて吐き気すらして、ちょっと、と一声かけてその場を離れた。

 走る。走る。

 心だけが。

 足はいつも通りに、一階へ。

 そして外へ。さらに物陰へと移動する。

 座り込んで――わたしはやっと。

「汚い」

 自分の心を踏みつける言葉を、自らを蔑む音を発し。

 すべてに蓋をした。




 わたしは汚い。

 とても、とても汚い。

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