十話目 腐った奴ら
案内された家は四人で住むには十分な位に広い二階建ての家だった。風呂トイレ別。個人部屋は人数分あり、中高生の一人部屋程度には広い。リビングもまあまあ広く、ベランダもついている。
「こ、これ、ほんとに家なの?木でできてないじゃん」
「すっご。これ本当に日本建築?こんなの超お金持ちでしか住めないでしょ・・・」
青とフレイヤの評価は一致していなかったが二人とも見たこともないものに対して驚いているという点では同じだった。対して周はこれほど立派ではないにしろ一軒家に住んでいたので然程驚かなかっが、アリスも驚かなかったのは意外だ。
「では、私は帰るので。明日の朝九時にまた迎えに来ます」
女子二人が家の中を探検しているなか、周とアリスは玄関で桃の見送りをしていた。
「九時って、結構遅めなんですね」
「そうですか?私たちの世界では普通ですが。むしろちょっと早いくらいですよ」
九時でちょっと早いなど考えられない。周は高校に行くのに七時半くらいには家を出ないといけなかったので新鮮に感じる。
「すまない。帰る前に聞きたいんだが、僕たちの寝巻や明日のスーツはどうすれば良い?」
「全てあなた方の自室に用意しています。あなた方が召喚された直後、まだ眠っているときに身体検査はしたのでサイズは問題ないと思います」
「・・・そうか、分かった」
体を勝手に触られたのは正直良い気分ではないが、仕方のないことだと割り切りアリスは返事をする。
「では、また明日」
そう一言伝え、桃は四人のもとを去った。
周はそれを最後まで見送り、自室に戻ろうとする。元引きこもり人間にとって長時間の野外活動はなかなか体に堪える。
本でも読みながら寝てやろうと考え踵を返すと、「おい」とアリスに呼び止められた。
「なんだ?ハーレム人間。俺はお前のことをあまり好ましく思っていないからできれば話しかけてほしくないんだが」
周は目の前のイケメンに対して嫌味を向ける。その言葉をアリスは「まだそんな事を言ってるのか」と呆れた顔をしながら受け流す。
そして、組んでいた両腕を解き今度は腰に当てて、周の目を見る。
「少しお前と話したい。良いか?」
「俺と?あの女子二人じゃなく?」
「彼女らは今風呂だ」
さらっと答えたその言葉に、なんでお前がそのことを知ってるんだと問い詰めてやりたかったが、聞いたら羨ましさでどうにかなってしまいそうなのでそれは言わなかった。
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「飲み物はコーヒーで良いよな?コーヒーにするな」
「僕は何も言ってないだろ。ブラックにしろよ」
そんなこと言わなくても周はブラックしか飲めないのでそうするしかないなと思いながら、片方のコップに砂糖を大さじで一杯入れた。
「で、話したい事って何だ?」
コーヒーを作り、リビングの椅子に座るアリスに周は問う。まぁ周としても聞きたいことや話したいことはあったのでこの機会は好都合だ。
「今日町を見てどう感じた?」
「あ~、俺の居た星と同じような風景だなって思ったな。ちょっと古臭い感じはしたが」
「いやそういう事を聞いてるんじゃなくて、おかしな奴ら見なかったか?」
周の目から見ればどいつもこいつもおかしな奴だったが、アリスは多分そう言ったことを聞いてるのではない。
おかしな奴ら。人それぞれ判断基準は違うだろうが、やはり周が今日見た中で一番のそれは、
「ゾンビみたいな、腐った奴らなら見たな」
「お前もか!」
手をテーブルに置き、勢いよく立ち上がるアリス。自分自身もそれに恥ずかしさを覚えたのかすぐに「すまん」と一言だけ言って座りなおした。
恥ずかしがってる姿を見ていじり倒してやろうかと一瞬考えたが、周も同じ男だ。茶化される辛さは良く分かる。結局、周はコーヒーを一口飲むと言ったその場しのぎの行動をとって湧き上がる感情を抑え込んだ。
「あんなの映画でしか見た事ねぇよ」
「あぁ。まるでおとぎ話だ」
映画と言う言葉は伝わってるはずだが、なぜわざわざおとぎ話と言い換えたんだ?
ちょっとしたことだが、周は会話の中に違和感を感じる。まぁ今更そんなことをいちいち考えるのも阿保らしいが。
「で、そのゾンビのことを話したいのか?まぁ気になるってのは分かるけどさ。正直、異世界でそんなこと考えても仕方なくね?」
異世界なのだからそう言う奴らがいても何ら不思議ではない。周が見てきた話は、たまたま獣人やエルフと言ったやつらだっただけで、中にはゾンビがいてもおかしくない。第一、見ただけだ。そいつらがまだ人に襲い掛かるような奴らかは分からない。
「悪い奴じゃないかもしれないじゃん」
「では何故そのゾンビたちはこの家周辺に集まってきてるんだ?」
「は?」
周が口からそうこぼした瞬間、玄関の方から扉を叩く音がした。その音は不規則なリズムで鳴り響き、周たちに不気味な音を送り続ける。
周とアリスは立ち上がり、玄関に向かう。周は台所から調理用の包丁を一本手に取り慎重に向かう。右手に逆手持ちで持ち、左手を包丁の柄尻部分に添える。
対してアリスは何の武器も持たず素手で向かうが、正直今それに何か声をかけてやれるほど周は気楽な状態ではない。
リビングの扉を開け、廊下を歩き玄関のカギを開ける。一呼吸してから慎重に扉の取っ手に手を置き、勢いよく開ける。
「あぁーあ~あぁあー」
扉を叩いていたであろう女は一気に開いた扉で頭部を強く打つ。扉の開いた方向に女も少しずれたのを確認し、周は素早く外に出て女を視認する。
目が完全に充血しており、視認出来る皮膚はいたるところに血管が浮き出ている。歯も所々欠けていて、爪も剝がれている。
周は一目見て理解した。目の前の相手はここで殺さなくてはならない相手だと。
(見た通りこいつはもう助からない。ここで殺らなければこっちが殺られる。こいつがアリスの言うようにゾンビだとしたら、狙うは頭部!)
女の頭部めがけて真横から突き刺す。包丁は見事脳みその位置に突き刺さり、女の体は勢いのまま壁に打ちつけられた。
悲鳴一つ上げずに叩きつけられた女は死亡・・・したのだろうか。あまりにもあっけない最後にアリスは疑う。
「あ゙ぁ~殺っちまった。最悪だクソが・・・」
アリスが女の死体を観察していると、周が包丁を両手に持ちしゃがみながら濁声を発した。
攻撃していなければ周が殺られたとはいえ、人を殺した感触と言うのは最悪なものだ。アリスが隣にいなければ周は全然ゲロっていた。ただ、自分を知らない人の前ではカッコをつけたいという考えが周にはあるため、全力で我慢したが。
「なぁ。これ俺、逮捕案件?俺の異世界生活これで終了?」
「この星の法律なんて知らないが、少なくとも始末書は書くんじゃないか?」
「・・・人殺してそれなら安いほうか」
「まぁ今のこの人が人としての扱いを受けれるかは分からないがな」
懸念点は他にもある。彼女がゾンビなら、一体だけと言うのはありえるのだろうか。少なくとも周が今までやってきたゾンビゲームでは一体しか出現しないなんてことはありえなかった。
(こんなのが何体もいるかもしれないなんて、この星かなり治安終わってないか?)
周は数々の異世界ものの小説を読んできたがここまで絶望感を感じたのは初めての事だった。大抵の異世界ものは治安こそ終わってるのもが多いが、まだ魔法や剣術などが主人公サイドに備わっていることが多いからかそこまでの絶望感はなかった。
だが、この世界は魔法もなければ、剣術も周が元居た世界と同程度レベル。勿論、周が肌で味わっていることが絶望感の足しになってるのはあるだろうが。
「——なあアリス」
「なんだ?」
「お前身体能力凄いんだよな?」
「少なくとも君より遥かにね」
なんでけんか腰の言い方をするんだよ。目を細めながらそう言いたくなったが、それよりも先に周は聞きたいことがあった。
「今みたいなゾンビが何百体と現れたら、お前は対処できるのか?」
「・・・難しい質問だな」
意外だ。アリスの強さは今まで筋トレくらいしかやってこなかった素人目の周ですら、見ただけで分かるほどに強い。正直倒せると即答するかと思ったのだが。
「百対一くらいなら体力が削れてない限り余裕だと思うが、何百はなぁ」
謙遜するアリスの発言に「それでもすげぇよ」と周は擁護する。
「そもそも僕が戦闘において輝くのは一対一の時だ。多対一の状況になったら相手の小賢しい手でやられる可能性が高まる。・・・と言うか何故そんな事を聞くんだ?」
「ゾンビが一体だけなわけねぇだろ?絶対複数いる」
「そんなことは分かっている。僕が聞きたいのは何故お前がそんな事を気にするんだと言うことだ」
アリスのその言葉に周は心底不思議そうな顔をして答える。
「異世界に来たらその世界をピンチから守るのは当然の事だろ?」
「いや、知らねぇよ」
この様子から察するに、アリスの世界には異世界ものの小説がそもそもないのだろう。伝わらないというのは難儀なものだ。
周が手を横にしてやれやれと言った態度をとっていると、家の中から周でもアリスでもない声が二人の耳に入った。
「二人とも、何してるの?お風呂あがったから入っていいよ?」
目をやるとそこには、二人の胸元程度の身長しかないパジャマ姿の金髪少女が立っていた。
「おっ。丁度いいところに。フレイヤちゃん、明日からゾンビ狩りだぞ」
「——は?」
周が言った突然の言葉を理解できていないのか、フレイヤは二人の男をあぜんとした顔で見て固まった。




