僕の王国での日々。
ランクDになったナインとニェットは、これまで貯めた金で鎧をワンランク上の物に新調した。
「おぉ…」
「す…素敵………」
「た…確かに、これまでより硬そうな感じがするな…。」
「しかし…色は本当に、そのままで良かったのか!?」
彼等の鎧を作ったオヤジが聞いたが、
「いや、これでいい。」
「私も…」
新調した鎧に、ナインは緑色、ニェットはピンク色の染色を施してもらった。
共和国ではパーソナルカラーへの染色はランクCからという暗黙の規則があったが、
王国では規律が緩やかなのと、そもそも人数がおらず、武器屋の仕事があまり無いという事情と、
王国出身、王国育ちのエース冒険者を手っ取り早く作りたいというギルド側の意思が合致した結果、
彼等にも染色が認められた。
「そうか…分からんもんじゃのぅ…」
ナインの緑色は王国の鎧のデフォルト色-悪あがきで少し明るい緑にしているが-、
ニェットのは突然変異種で体色がピンク色だったため、なのだが…
(いや、あんたの真っ黄色の鎧のセンスをどうにかしろよ…)
ナインは思った。
※ ※ ※
ナインとニェットがランクDになってから半月後…
「「「よろしくお願いします!!」」」
新たに王国の冒険者ギルドの門を叩いたのは、ハーフエルフ2人と、ドワーフ1人…
「フィリップさんとモリガンお姉さまはまた先生役をやるんですよね!?」
「俺たちはあの新兵2人と臨時のパーティー組んでクエストをやってるよ。なぁに、無茶はしねぇ。」
「ワシはまた武器屋に戻るかのぅ…」
ニェットとナイン、そしてオヤジがそう言ってくれたので、フィリップとモリガンはまた、3日かけて彼等の初期講習を行う事にした。
(そろそろ僕たちだけじゃあ人手が足りないな…こっちのギルドにも、手練れが必要だ…)
1日目の講習が終わった後、フィリップは王国のギルドマスターに許可を取り、共和国の冒険者ギルドにテルを送った。
そして…3日が過ぎ、3人の新人にランクEの冒険者タグが与えられると、先に冒険者になっていたハーフエルフとドワーフの2人組と合流、彼等も5人パーティーとなった。
※ ※ ※
それから更に半月後…
「下賤なヒューマンと、ドワーフどもに、エルフの優秀さを教えてやりに来てやったぞ。」
「ああ、そうそう、ハーフエルフもいたな…」
そう言って冒険者ギルドにやって来たのは、2人のエルフの青年。
ふんぞり返ったまま、フィリップを見下していた。
「くっ………!!」
拳を握りしめて立ち上がろうとするナインを、
「兄さん落ち着いて…」
ニェットが窘めた。
「はぁ…それはどうも…入隊志願の様ですが…」
フィリップは相槌を打って、
「…で、戦闘経験はおありですか!?」
「「………」」
2人はかなり長い間黙った上で、更にピンと胸を張って、
「「無い!!!」」
と、答えた。
「弓も魔法も使えん!!」
そう言えば、この2人のうち1人は、以前森で見た木こりのエルフではないか。
「…何でそこでふんぞり返れるんかのぉ…」
オヤジは呆れて言った。
「そこの5人は、最低ランクの冒険者じゃが、もう何匹もゴブリンを倒しとるぞぃ!!」
と、隣のテーブルで談笑していた5人のランクE冒険者を指さした。
話を振られて5人はこちらに向き直る。
「「………」」「「「「「………」」」」」
2人と5人が、睨み合う事しばし…
「「ご指導よろしくお願いいたします!!」」
エルフの方が腰の角度を急転回させて、深々と頭を下げた。
「あー…えるふはみんな、ゆみやまほうがとくいっていうのは、へんけんだよ…なかにはこういうのもいるよ…」
モリガンが言った。そしてにっこりと微笑んで、
「でもあんしんして…あたしたちがちゃあんと、きたえるから…」
「「………ゴクッ…!!」」
2人のエルフは、思わず顔を見合わせた。
それから3日間、彼等は地獄を見る。
見た目は美少女だが中身はどんな獄卒も裸足で逃げ出す鬼教官に、鎧と盾で敵の攻撃を受けつつ、盾越しに槍で突く術をさんざん叩き込まれた。
(とりあえず、彼等はハーフエルフやドワーフ達と、住み分けた方がいいな…)
エルフはエルフどうしでパーティーを組んだ方がいい。フィリップはそう思った。
2人がエルフではない他の冒険者たちに仲間として受け入れられるかどうかは、彼等次第だろう…
しかし…ハーフエルフのためと思ってやっていたが、ドワーフや、一部のエルフにも、冒険者への成り手…現状に不満を持つ者がいるとは、予想外だった…これは思ってた以上の成果になるかも…
※ ※ ※
更に半月後、冒険者ギルド、マスターの執務室…
「何故じゃ!?何故ワシらがランクDに昇格出来んのじゃ!?」
ドワーフの青年、『ハンマー使い』がギルドマスターに食い下がった。
「お…おい…!!」
ハーフエルフの青年、『毒矢使い』はそんな相棒を何とか宥めようとし、ギルドマスターに
「…す、すみません…彼にはちゃんと言い聞かせますから…」
「困ったねぇ…人事査定は公正にやってるつもりなんだけど…」
人数が増えたおかげで、以前の何倍にも増えた事務仕事を中断させられたギルドマスターは眉をしかめて言った。
ハーフエルフでありながら、ランクDに昇格出来たナインとニェット…
彼等の姿は、他の冒険者たちに、自身の明るい未来を夢見させるに十分だった。
が…自分たちもそこにたどり着けれるかどうかは別問題だった。
「ワシは…ワシは…」
『ハンマー使い』は言った。
「ランクDになってオークどもを倒すクエストが受けれれば、村を守る事が出来るのに…」
「え…じゃ…じゃあ、君が冒険者になったのって…カッコいいとか言ってたけど、本当は、村を守るため!?」
そう言うギルドマスターに、ドワーフの青年は髭の下の顔を赤くしていた。
軽薄そうな彼の、意外な一面を見たマスターだったが…
「だとしたら彼はどうなるのかな…!?」
「あ…!?」
マスターにそう言われて、『ハンマー使い』は隣にいる『毒矢使い』の方を向いた。
自身に目的があった様に、彼にも冒険者になった目的があるはずなのだ。
もし相棒の目的が、王都近傍では果たせない物だったら…
「………いいよ。」
ハーフエルフの青年は、そう答えた。
「…僕には故郷と呼べる場所が無いからね…冒険者になったのも、食うに困らなくて済むためだから…君の夢につきあうよ。」
「お主…」
『ハンマー使い』の瞳が涙で潤んだ。
「すまぬ………そうだ!たった今から、あのドワーフの村が、お前の故郷じゃ!!」
「こ…故郷…」
今度は『毒矢使い』が瞳を潤ませた。
「ありがとう…ありがとう………!!」
それから2人は、肩を組んで、わんわん泣きながら、『酒場』に戻って言った。
それを見た、事情を知らないフィリップが、何事かとマスターの執務室に駆け込んで来た。
彼等が念願の昇格を果たすのはいつの日か…
「………いい加減に仕事をさせて欲しいんだけど…」
マスターはそうぼやいた。
※ ※ ※
更に半月後、王都の近くの、ナインとニェットが元住んでいた村…
「ご依頼の、村の近くに巣くっているオークは退治しましたよ…」
フィリップはそう言ったが、村長はフィリップと、その後ろにいるナインとニェットに冷たい一瞥をくれると、
「ご苦労様。」
と、素っ気なく言い、自分の家へ引き上げて行こうとした。
「………」
相変わらず、共和国での扱いとは天地の違いのある対応に呆然とするフィリップ。
その気配に気づいたのか、村長は振り返り、
「まだ何か用ですか!?報酬ならギルドとやらに振り込みましたよ。」
さっさと帰れ、とでも言いたげに付け加える。
他の家からも、村人のエルフたちが、明らかに歓迎していない冷たい目でこちらを見つめている。
「あ…ああ…はい…」
そう返事して、去って行こうとするフィリップ。後ろで村長が、ギリギリ聞こえる声でつぶやいた。
「………全く…あのお方からのお話が無ければ、あんな奴らに…」
「………行こう、みんな…」
「あ…あぁ…」
フィリップに促され、4人は村を後にする。が…
「………ナイン…ニェット…」
村はずれの家から、1人のエルフの女性が、フラフラと出て来る。
「ね…姉さん…」
ナインとニェットはそれに気づき、彼女に駆け寄る。
『姉さん』と呼んでいたが、恐らく血縁者では無いだろう。
「ごめんなさい…ごめんなさい…何もしてあげられなくて…」
エルフの女性は涙ながらにそう言った。どうやら彼等がここに住んでいた時に、陰ながら助けてくれた人らしい。
「姉さん…心配しないで…俺たち、2人でちゃんと生きて行けるから…」
「良い人たちに巡り合えて、生きて行ける術を身に着けたから…」
3人はいつまでも肩を抱き合っていた。
※ ※ ※
更に半月後、冒険者ギルド…
「冒険者になるために、ここに来ました。」
そう言ったのは、あの騎士エルフだった。
「はぁ…騎士団はどうしたんですか!?」
そう聞いたフィリップに、騎士エルフは、
「国を憂い、民を守る事は、冒険者としてでも出来ます。」
と、言った。
「…ところでその言葉遣い、何!?」
以前とは異なる丁寧さだ。
「これからはあなたが上官なんでしょう!?」
彼はそう言った………思ってたより世渡りの出来る奴らしい。
「…分かりました。軍経験者という事で、ランクDから始めていただきます。」
本音を言うと、彼は大歓迎だ。即戦力になる。
「そうですか…ところで、冒険者になったら、共和国にも自由に行けるというのは本当ですか!?」
「え…ええ…共和国側のパーティーに入れば、更に向こうでの行動の自由が効くと思いますよ…」
やはりエルフにも未知なる物への好奇心はあるのだろう…
「………そうですか…」
騎士エルフの口元がニヤリとわずかに上がったのに、フィリップは気づかなかった。




