奴隷と引き換えに売り渡す物(39話)
今回は視点が変わります。
井ノ口さんとロングビル子爵の話です。
井ノ口は、豪奢なベッドに身を横たえていた。
隣にはベアトリスが、井ノ口に体を寄せて休んでいた。
(本当に、これで大丈夫なのだろうか?)
井ノ口は、漠然とした不安を感じていた。
午後の魔法の訓練が終わると、城に迎えの馬車が来ていた。
井ノ口はベアトリスと馬車に乗り、城から少し離れた邸宅に案内された。
ロングビル達が、井ノ口の為に用意した邸宅である。
邸宅は井ノ口が見た事もない程に広く、使用人は五人、うち一人は執事で、井ノ口を恭しく出迎えた。
「旦那様、お帰りなさいませ。お食事の支度が整っております。」
執事は井ノ口とベアトリスを、大きなテーブルのある部屋へ案内した。
井ノ口が椅子に座ろうとすると、使用人の一人が駆け寄りあわてて椅子を引いた。
食事は豪華で使用人が常に井ノ口に気を配り、井ノ口はついついワインを多めに飲んでしまった。
食後、井ノ口はゆっくりと風呂に入り、ベアトリスを抱いた。
ベアトリストとの余韻と漠然とした不安・・・。
この様な贅沢、この様な厚遇を受けるという事は、それ相応の見返りを、ロングビルが期待している事を、井ノ口はわかっていた。
そのロングビルの期待が何なのか?
井ノ口はそれが不安だった。
井ノ口の部屋のドアが、ノックされた。
執事が控えめな声でドアの外から声を掛けて来た。
「旦那様。お休みのところ、まことに申し訳ございません。ロングビル子爵様がお見えでございます。」
井ノ口はベアトリストに着替えを手伝ってもらい、急いでロングビルに面会した。
ロングビルは、入口のホールで屋敷を見回していた。
「おお!井ノ口殿!なかなか良い屋敷ですな!」
井ノ口は恐縮して頭を下げた。
「これはロングビルさん。今回は本当にお世話になりました。ありがとうございます。」
ロングビルは、胸を反らし、頭を下げる井ノ口を見下ろしながら告げた。
「いやいや!これくらいはお安い御用です。私の仲間は多いですからな。井ノ口殿を支援したいと申すものは、他にもおります。万事お任せください。」
頭を上げた井ノ口は、勝ち誇った様なロングビルの顔を見た。
いつの間にか井ノ口の隣にベアトリスが立って、井ノ口に微笑んでいた。
ロングビルは、井ノ口に近づき話し出した。
「実は・・・。井ノ口殿にお願いしたい事がありましてな。」
「何でしょう?」
井ノ口は、どこかへ逃げたい衝動にかられた。
しかし、ベアトリスが腕を絡めて来た事で、それは叶わない事だと悟った。
ロングビルは続けた。
「我らに合力して頂きたいのです。」
「と言うと?」
「私の叔父ナバール卿とその仲間に、井ノ口殿も入って頂けないかと。」
「・・・。」
井ノ口は迷った。
その程度の頼みなら聞いても良いのではないかと思う一方で、前の世界での職場の派閥争いを思い出してゲンナリした。
そんな井ノ口を見て、ロングビルはゆっくりと低い声で説得を始めた。
「もちろん、タダではありませんぞ。」
「?」
「ベアトリスを差し上げましょう。」
「!」
井ノ口は、ロングビルを見返してしまった。
しまった!
自分の弱い所、急所をさらしてしまったと井ノ口は思ったが、それを見逃すロングビルではなかった。
「井ノ口殿が、我々ナバール卿一門に身を寄せられ、ある計画にご協力頂ければ、ベアトリスを差し上げましょう。」
「・・・。」
「ベアトリスは、私の奴隷ですが、井ノ口殿はお気に入りのご様子。ならば、我らの友情の証に、ベアトリスを進呈いたしましょう。」
井ノ口は、うなだれた。
ロングビルは続けた。
「差し上げたベアトリスをどう扱うかは、井ノ口殿の自由・・・。愛妾として家に置くも良し・・・。」
「妻にする事は出来ますか?」
井ノ口の真剣な目つきに、ロングビルは一瞬たじろいだ。
「も、もちろん、出来ますぞ。ベアトリスを奴隷から解放してやり、妻として娶れば良いのです。ベアトリスを奴隷から解放するも、しないも、所有者になる井ノ口殿の自由ですからな。」
ロングビルは、井ノ口の意外な反応に驚いた。
奴隷から解放してやり、妻に娶るなど酔狂な事だと思った。
井ノ口の立場なら、貴族の娘や豪商の娘を娶る事が出来る。
その事を井ノ口に教えてやろうかとも思った。
だが、ロングビルは教えるのを止めた。
井ノ口が、ベアトリスをそこまで気に入っているのなら、ベアトリスを利用する方が確実に井ノ口を取り込めると判断した。
一方で井ノ口は真剣だった。
井ノ口はベアトリスを好きになってしまっていた。
ベアトリスが手に入るのなら、派閥に属するくらいは構わないと思った。
しかし、ロングビルの言う計画は気になった。
井ノ口は、ロングビルに決意を込めて告げた。
「私がナバール卿の派閥に入れば良いのですね?わかりました、ナバール卿のお世話になりましょう。」
「おお!そうですか!これは素晴らしい!叔父もさぞ喜ぶ事でしょう!」
「しかし、計画とは何ですか?人を殺す様な計画は、お手伝いいたしかねます。」
「いやいや!その様な恐ろしい物ではありませんぞ!騎士の叙任式がありますな?それまでに・・・。」
ロングビルは声を潜めて、井ノ口に計画を話し出した。
ベアトリスは井ノ口の横で微笑み続けていた。
新規ブックマークありがとうございました★
3章の構成に悩んでいましたが、整理が付きました。
順次執筆、公開して参ります。