楓の剣術とディープキス(19話)
俺は楓と兵士の戦いが始まるのを、ドキドキしながら待っていた。
楓に怪我をしないで欲しい。
もし、負けたら今夜優しく慰めてげよう。
そんな事を考えていた。
はじめの合図がかかった。
兵士は剣士タイプで、楓に対して左はすに構え、両手でロングソードを頭の横で地面と水平に構えた。
外国映画で見るような構えだ。
身長差があるので、小柄な楓を大きい構えで威圧し、高い位置からの攻撃で圧倒する気だろう。はすに構えたことで、楓から見ると正面の攻撃する面積が少ない。リーチの短い楓に対して理にかなった構えだ。
そして、楓に目を向けた瞬間、俺は固まった。
あり得ないものをそこに見た。
その構えを見た時、俺は思わず声に出してしまった。
「天然理心流・・・・。」
ウソだろう!
なんでこっちの世界に幕末の剣術があるんだ?
正眼、つまり中段に構えたところから、切っ先を少し下げる平青眼の構え。
それも左肩を引いて、ややハスに構えるのは、幕末最強、喧嘩上等の新選組の沖田総司の構えじゃねえか。
ヒーロー研究会の殺陣の時間でやったから覚えている。
「ご存知の構えですか?」
執事が聞いてきた。
「実戦最強と言われた剣術の構えですね・・・。」
「ほう、颯真様のお国の剣術ですか。」
「いや、さすがに偶然でしょう。たまたま構えが同じなだけでしょう。」
そうだ。偶然だろう。
しかし、楓の背中からは只者ならぬオーラというか、雰囲気を感じる。
両者が睨み合う。
昼休みが近いせいか城内の騒がしい音が聞こえるが、二人の間だけピンとした静寂した空気に変わっている。
楓の相手の兵士も、楓に何か感じたらしく、うかつに動けないでいる。
沖田総司なら、平青眼から電光石火の三段突きを繰り出すが、果たして彼女は?
空気が重い。
動いた!
瞬間、二人がすれ違った。
楓の相手の兵士が血を噴いてぶっ倒れた。
何が起こったか全く見えなかった。
回復係があわてて駆け寄り、回復魔法を倒れた兵士にかける。
兵士の怪我はすぐ治ったが、兵士も何があったか良く理解していないようで、ポカンとした顔をしている。
楓は何事もなかった様に、血振りをして、刀をしずかに鞘に収めた。
リナも凄かったが、楓も尋常じゃない。
執事が解説してくれた。
「兵士が前へ出ながら、上から最短距離で突きに行きました。上から片手突きです。彼女はやや右に体を進めながら、剣の裏側で兵士の剣をそらせて、前へ進む勢いを使って首を斬りつけました。」
「・・・。」
「あのいなし技と上からの攻撃を臆しない度胸も凄いですが、兵士の首を刎ねずに、殺さない様に加減して首を斬る、刀をコントロールする技術が素晴らしい。一瞬でそれら一連の動きをこなすのですから、いやはや底が知れませんな。」
「・・・。」
「さすがは東の武士団の・・・。といった所ですかな?颯真様が従者を追加するのを渋った理由がわかりました。楓さんと組むには、生半な腕では務まりませんからな。」
「そ、そうなんだよ。」
もう、そういう事にしておこう。
うん。
「いや~さすがは颯真様!素晴らしい従者を雇いましたな。彼女達二人なら、兵士20人でもかないますまい。」
「そうでしょう。そうでしょう!はは、ははははは。」
もう、そうでも言うしかないでしょう。
楓がこんなに強いなんて思わなかった。
楓も絶対怒らせてはいけない。
「ふーん、結構やるんだ・・・。」
俺の右側で楓の試合を見ていたリナがボソッっと、普段と違う口調で呟いた。
チラッと見ると、おっかない顔!
獲物を見る目ってこの事かよ!
そうだよな、豹も猛獣、肉食獣だもんな。
こっちが本来のリナの姿かもしれない。
「ご主人様!」
楓が俺に抱き着いて来た。
俺が抱き返すと、俺の頭をグッとつかんで引き寄せて、キスをして来た。
えっ?!ここで?!
楓の舌が俺の唇を割って来て、俺の舌を求めて来る。
楓が鼻を鳴らして催促する。
楓のこんな激しいキスは初めてだ。
俺は楓の気持ちを受け入れ舌を絡め、激しく出し入れした。
しばらくして満足したのか、楓は唇を離した。
絡み合った唾液が糸を引いた。
楓は俺の左横に体をつける様に立ち、頭を俺の左腕にのせ体重を預けてきた。
俺の右側のリナは、それを見て腕を絡めて来た。
傍から見たら、超美人を両手に花でうらやましい光景だろう。
あくまで彼女たちの実力を知らなければ・・・。
俺は生きた心地がしない。
訓練場の向こうにいる対戦相手の兵士達も、ひきつった顔でこちらを見ている。
猛獣に襲われたインパラに見えてるんだろうな・・・。
「では最後の対戦、前へ」
執事の声が響き渡った。
※血振り 戦いの後、刀に突いた血を刀を振って払う動作の事。
※鞘 日本刀を収納するケースの事