第十九話 竜に挑む本能
大砲でも着弾したかのような轟音。
地面が炸裂し、ちょっとしたクレーターができあがる。
フォランの繰り出した幻想の腕は見掛け以上の破壊力を生んでいた。
恐らく、竜の三大技能である重量操作をあの青白い腕にのみ作用させている。
特にフォランは重量操作に特化した竜である可能性が高い。
奴は最軽量で振り下ろされた青白い腕は攻撃の当たる瞬間に一気に重量を上げ、異様なまでの速度と重さを乗せた一撃を放ったのだろう。
直撃したならば例え竜殺しであっても死は免れない。
――全員生きているな。
しかし、ここにいる俺を含めた四人の竜殺しはフォランの攻撃が地面に直撃する前に離れたり、跳躍して攻撃から逃れていた。
「姉様、パルムーン様は逃げろとおっしゃってますが良いのですか?」
「そんな、このままじゃせっかくの竜殺しが殺されちゃう。そんなのシャイルも許せないでしょう。大丈夫、私たちは強いから」
更にネクロマンサーであるシャイルも生きていた。
先ほどまで俺が戦っていた姉の首なし死体に抱き抱えられ、俺たち同様に難を逃れていた。
今も彼女は抱えた姉の頭と一人芝居をしているのはやはり頭がおかしいと思う。
「あの竜――強いな。それも、とてつもなく」
竜斬りオーウェンは先ほどまで竜喰らいと殺し合いをしていたはずだが、フォランが現れた途端にそちらへと興味が移っていた。
口から生えた青白い腕をくねらしてこちらの様子を窺う竜を、この槍使いは凝視している。
俺も竜殺しだからわかる。
竜殺しというのは第一にくる本能が竜を殺すことだから。
「真夜中にこんなバチバチやりあってりゃあ余計なのも来るだろうが、またとんでもないのが来やがったなぁ」
竜喰らいガデルは他人事のように言いながら、その左腕には竜の死体が掴まれていた。
カリアンが洗脳して使役していた飛竜だ。
先ほどオーウェンが槍で斬り殺したのを、いつの間にかガデルは拾っていたのだろう。
竜喰らいという名の通り、ガデルはその飛竜の死体をバリバリと汚らしく貪り喰らう。
すると、次第に竜斬りに斬られたはずの右腕が再生していく。
竜を喰らうことによって、栄養補給でもしたということか?
そして、竜騎手カリアンはかつての自分の手駒が喰われていたも気にしない。
彼女もまた、興味が竜へと移っていた。
「あんたの、頭の中はどうなの?」
カリアンは開いて右手を突き出し、竜へと向けた。
その瞬間、フォランは頭を振り一度だけ激痛が走ったような姿を見せる。
だが、それだけだった。
竜は痛みの原因となった竜騎手に気づいたのだろう。
カリアンとフォランの視線が交わる。
「こいつ既に一回操られた後みたいな、なんなの?」
彼女の言葉から察するに竜を洗脳しようとしているのだろうか?
俺も竜騎手の竜殺しがどんな手順で竜を操れるのか知らないから何とも言えないが、そんなに手軽に出来るのか?
「もしかして、洗脳しようとしてるとか? ちなみに、あいつは竜使いの杖とかいうので一度操られているけど――」
「あー、あれね。どうりで耐性が付いてる訳か。くそっ、厄介ね」
俺の話を聞いて、カリアンはフォランを手駒にすることを諦めたようだ。
まあ、ここでフォランを支配下に置かれていたら、それはそれで死ぬほど面倒なことになってはいただろうが――。
「じゃ、殺し合うしかないわね」
カリアンの言葉を合図にするかのように、青白い腕の竜フォランは駆けだした。
洗脳された時の記憶がやはりあるのか、カリアンを危険視したのだろう。
竜は真っ先に竜騎手の竜殺しへとその矛先を向ける。
フォランは跳躍したと思うとその口を開き――青白い腕が一気に伸びる。
人間一人くらいなら簡単に握り潰しそうな大きさの腕、それは空手で見るような抜き手の形になっていた。
恐ろしい程の早さで突き進むその青白い腕は、カリアンを貫こうとしているのが明白だった。
そこで獣の如く咆哮が唸る。
竜騎手の操る駆ける竜がその伸びている青白い腕に横から喰らい付く。
抜き手の狙いがずれ、青白い腕はカリアンの真横へと外れた。
攻撃が防がれたと即座に判断したフォランは、口から伸びていた幻想の腕を消し去った。
消滅は伝播し、駆ける竜の嚙み付いていた青白い腕もまた消える。
跳躍の際に抜き手を放った攻撃は失敗し、竜はそのまま地面へと向かう。
「秘剣――」
しかし、ここで竜斬りオーウェンが待ち構えていた。
その男の持つ槍の先に風のようなものが渦巻いているのが視認できる。
明らかに何かをしようと狙っている姿があった。
「――白空斬」
そして、フォランが着地するタイミングを見計らって放たれた。
それはリチュオンの飛翔斬撃のような技だ。
飛来する斬撃は自然落下する竜を撃ち落とす――かに思えた。
だが、フォランの体がまだ落下しなかった。
竜は一瞬にしてその背中から翼を展開し、体を浮かせたのだ。
しかも重量操作でかなり体を軽くしているのか、こちらの予想を遙かに上回る上昇を見せる。
初めて見せる技を当然のように避けられたオーウェンは思わず笑う。
再び翼を収納しながらも危なげなく地面へと降りるフォランの姿に、もはや感心しているようにも思えた。
それ故に竜殺したちの危機感が募り、連携が勝手に強まる
「おいおい、笑えねぇぞ」
竜喰らいガデルはその竜の顔面から火球を放つ。
落下中を狙ったオーウェンの攻撃は外れたが、今度は着地直後を狙って竜喰らいの火球が襲い掛かる。
しかし、フォランはその口から炎でなければ、腕でも無い――透明な唾液の塊のようなものを勢い良く吐き出した。
それはガデルの火球に真っ正面から衝突し、空中で炎が炸裂した。
こいつ、ことごとく対応してくるな。
俺はその攻撃の隙に既にフォランの近くにまで迫っていた。
奴の目にも剣を携えた俺の姿が映っている。
その直後、フォランは自らの右手首を逆に回すと地面に大きく爪を立て、俺に向かって力強く振り上げた。
竜の腕力によって大量の土が俺に向けって飛んでくる。
――こんなんで俺が、竜殺しが止められる訳がない。
――目眩まし。
俺はまぶたも動かさず視界を隠すように降り注ぐ土を受ける。
その土の向こうからちょうど成人男性ぐらいに付いているような青白い腕が現れ、こちらに向かって伸びてきた。
俺はその青白い腕も持っていた剣で切断する。
一度やり合った相手だからこそ予測できた。
初見の相手ならこうはいかなかっただろう。
だが、青白い腕はその一本だけでは無い。
先ほどまではフォランの口からは一本の太く大きな青い腕が生えていたが、今はその口からイソギンチャクの触手のように青白い腕が何本も蠢いていた。
青白い腕が次々と迫る。
俺はそれを次々と剣で斬り捌いてゆく。
そこへ更にオーウェンとガデルが両サイドから間合いを詰めていた。
三人の竜殺しがまとめて近接戦闘を仕掛ける。
だが、恐ろしいことにそれすらもフォランは対応していた。
俺たちに囲まれないように上手く移動しつつ、複数ある青白い腕を上手いこと使って竜殺し三人の猛攻を捌く。
しかも、俺やオーウェンが青白い腕を懸命に斬り落とすも、かなりの速度でまた生えてきて奴の手数が一向に減る気配も見られない。
「くっ!」
最初に崩されたのは俺だった。
持っていた剣を弾かれた後、鞭のように迫ってきた青白い腕に殴り飛ばされた。
俺がなんとか起き上がろうとした時には、もう既にガデルがフォランの鋭い尻尾による殴打を喰らって倒れる。
残されたオーウェンは猛攻を受けながら、さすがに険しい顔をしていた。
竜斬りの竜殺しは後退しながら槍を振るが、フォランの口から伸びる複数の腕立ちは搦め捕ろうとするかのように迫っていた。
青白い腕の竜フォランは、竜の中でも上位の実力を持っていると見ていい。
幾ら強い武人のような竜斬りであっても、あの竜が相手だと限界がある。
そして、もう少しで青白い腕がオーウェンに届く――というところで、当てにしていなかった援軍が現れる。
ネクロマンサーの使役する無数の死体たちが、フォランの体へと群がり始めた。¥




