第十七話 狂気の顕現
「ちっ!」
俺と剣の打ち合いをしていた竜騎手カリアンは迫る炎に気づいて舌打ちする。
あの竜喰らいと呼ばれる竜殺しが吐き出す炎は、全てを焼き尽くすかのように広がり始めていた。
迫り来る炎に身を焼かれないためにも俺とカリアンは飛び退く。
「あの竜喰らい、邪魔をするな!」
怒り心頭のカリアンはガデルを睨み付けたまま、左手を口元に持っていく。
親指と中指で輪っかを作ったその手を口に入れ、彼女は甲高い指笛を鳴らした。
夜の街道に響く指笛の音。
その竜騎手の竜殺しに呼応して、新たな竜が異様な速度でこちらに接近する。
「あの野郎、まさかこんなところで出会うとはな」
その竜は見覚えがあった。
獣のように四本の足で地面を駆けている。
全身紫の体表に翼を持たないその姿と対峙するのはこれで確か四度目となる。
――駆ける竜。
この前の戦いで、ファルメル公国のオーゼスが竜使いの杖で使役していた竜だ。
俺が杖を折り洗脳が解除された後も、あの竜は何故か自発的に俺のことを殺しに来た。
当然ながら俺は殺し返そうと応戦する。
奴とは四日近く戦っていたのだが、結局不利を悟った駆ける竜は俺から逃走を図り、そしてまんまと逃げられてしまったのだ。
そこからずっと姿は見ていなかったが――。
「竜を洗脳して使役する竜騎手の駒になってるってことは、あの竜――また洗脳されて使われてんのか」
洗脳する杖から解放されて自由になったはずの竜は、不憫なことに再び同じような境遇に陥っていることになる。
確かに不憫だと思うが、同時に俺とっては都合が良い。
何度も殺し損ねている竜だ。
今度こそ殺す。
「おおっ、なんだぁ?」
ガデルが緊張感のない驚きの声を上げる。
その声とほぼ同時に急接近していた駆ける竜は既に目と鼻の先。
竜の姿をした竜殺しは、獣のような竜に飛び掛かられて地面を転がる。
そのまま知性も欠片も無い、揉みくちゃになるゼロ距離の暴力が始まっていた。
互いに嚙み付き、爪を立て、血が飛び散る。
化け物同士の殺し合いがそこにはあった。
――なんとか割って入って、駆ける竜を殺せないか。
俺はそんなことを悠長に考えていたが、油断も言える愚行だった。
この混戦状態の場で俺はのんびりし過ぎた。
気づいた時にはカリアンの使役している飛竜のうちの一体が、上空から俺に向かって迫っていた。
奇怪な雄叫びと共に脅威が降ってくる。
飛竜の足に備わっている鋭い爪が俺を狙う。
だが、俺が剣でその攻撃を受け止めようとしたところで、その飛竜は真っ二つに裂かれ二つの肉片へと姿を変える。
更にその背後からはたった今、飛竜の体を二分割にした竜殺しの姿。
「邪魔だ」
竜斬りの竜殺しオーウェンは竜を切断したその槍で、今度は俺を一刀両断しようとする。
しかし、俺も黙ってやられる訳にはいかない。
迫る槍をすり抜けて、俺はオーウェンの間合いに踏み込み剣を振るう。
けれど攻撃を読まれていたのか届かない。
奴のコートの端を少しばかり切り裂いただけだ。
だが、それでも奴は嬉しそうに笑っていた。
「竜墓標、動きが良くなっているじゃないか。やはり体が温まってきてからが本番か?」
俺は何も言わずにオーウェンと斬りかかる。
奴はそれに嬉しそうに応戦する。
ただ、まだ互いに様子をしている節があった。
正直、俺は竜斬りの能力がどのようなものなのか詳しくしらない。
先ほど飛竜を真っ二つにしたように、硬い鱗に覆われている竜の皮膚を簡単に切り裂くことのできる能力――それが竜斬りの竜殺しだと聞いている。
そんな曖昧なことしか俺は知らない。
もしかしたら竜以外であっても奴は簡単に斬ることが出来る可能性だってある。
だから、迂闊に奴の懐へと飛び込むことは出来ない。
けど、それはオーウェンも同じだ。
竜墓標の竜殺しである俺が、殺した竜の能力を使えることをこの男も知っているはずなのだ。
ただし、その発動条件などは詳しく知らないだろう。
俺が大掛かりな段階を踏まないと竜墓標の能力を使えないことを奴は知らない。
竜墓標は能力を使うと弱くなることぐらいは知っているはずだが、俺が危機的状況なら使う可能性もあると考慮すると奴も警戒せざるを得ない。
寧ろ何をしてくるのか想像が付かないのは、竜墓標である俺の方がアドバンテージとしてでかいだろう。
「あんた、私の竜を殺したな」
しかし、この戦場に他の要因があまりに多すぎた。
自分の飛竜を殺されたカリアンは、俺とオーウェンのやり合っているところに割って入る。
何かの魔術だろうか?
竜騎手カリアンの持つ剣には炎が宿っていた。
彼女がその剣を振るうとその炎は延長する刃のように大きくなり、二人の竜殺しを同時に焼き斬ろうとする。
俺は巻き込まれまいと回避行動に移る。
オーウェンはその竜騎手の繰り出す炎の刃に、無謀にも槍一本で対抗しようとする。
何の変哲もない竜斬りの振るう槍。
本来ならば燃えさかる炎に対抗する術はない。
だが、竜斬りの槍は――その炎を切り裂き、霧散させる。
先ほど飛竜の体を斬ったのと同じように、いとも簡単に斬り払う。
それでも対峙する竜騎手もまた冷静だった。
彼女は続けざまに左腕突き出すと、無詠唱と思われる魔術を行使――轟音と共に爆発がオーウェンを襲う。
――その筈だった。
しかし、そのカリアンの起こした爆発は左右に分散される。
直撃するはずの場所には槍を振るった竜斬りの姿。
あのオーウェンという男は爆風でさえも両断していた。
「爆発を斬るとかどうなってんの? なんであんた、竜以外も斬れるのよ」
「竜を斬ろうにもその前に奴らの繰り出す炎をなんとかしなければ、私の刃は竜に届かない。ならば、必然的に障害となる炎を斬ろうとするのは当然のことだろう? 竜斬りには必要な技術だ」
呆れ顔のカリアンに対して、オーウェンはさも当然だろうという態度で答える。
予想通り竜斬りであるオーウェンの能力は未知数、まだまだ隠していることはあるだろう。
いや、それを言うなら他の竜騎手と竜喰らいにも同じ事を言えるだろう。
「このクソ犬がぁ、舐めやがって!」
そこでちょうど竜喰らいガデルは駆ける竜をぶん投げていた。
ただ、獣のような竜は直ぐに起き上がり唸り声を出しガデルを威嚇する。
あちらも勝負は全くついていないようだ。
だが、ガデルの興味はあの竜から既に別のものへと移っている。
「おまえらだけで楽しんでると、俺が嫉妬しちまうぜ? 竜斬りの旦那ぁ、どうせだったら俺の炎を斬ってみてくれてよ?」
「構わんよ。おまえの炎を斬り裂いた後に、その首も飛ばしてやろう」
もうガデルは駆ける竜を無視して、オーウェンとやり合う気でいた。
オーウェンもその挑発に真っ正面から応じ、槍を構える。
一触即発とも言えるその空気の中、静寂を打ち破るように――彼女は口を開く。
「いいなぁ、お姉さんのその銀色の髪――いいなぁ、欲しいなぁ」
魔術師と思われる姉妹。
その姉であるシャニアは唐突に姿を現していた。
今までどこに隠れていたのかわからない。
ツインテールの金髪を持ち、失った手足を死体で補っている彼女は他の竜殺したちと同じように未知数だった。
ただ、急に現れた彼女はこともあろうに、竜騎手であるカリアンの背後に突然現れたかと思うとその銀色の髪をうらやむように優しく触る。
そして、その直後――僅かな一瞬でシャニアの首は飛んでいた。
「失せろ、気持ち悪い」
本当に気持ち悪かったのだろう。
恐らく、今繰り出したカリアンの剣筋は本気に近いものだろう。
まあ突然現れた知らない誰かに髪を触られて、欲しいと言われればその嫌悪感は凄まじいものだろう。
それ故に彼女は本気で斬った。
だが、殺すほどのことではなかったのでは?
「ああっ、姉様! シャニア姉様、なんてことなの!」
胴体は倒れ、その頭は地面を転がる。
その様子を見た妹は悲壮感溢れる顔をしていた。
どこからか現れた妹のシャイルが地面に転がった姉の頭を追って行く。
俺も目の前で人が死んでしまったことで気が動転し始める。
確かに相手は殺しにきた魔術師で、極悪人かもしれない。
でも、死んでも良い人間なんていない。
俺はカリアンに詰め寄る。
「あんた、確かにその子は助けようがないぐらい頭おかしそうだけど、殺すほどじゃ――」
だが、俺はカリアンの様子がおかしいことに気がついた。
竜騎手の竜殺しは本気で険しい顔をしている。
その顔はゴキブリの大群でも間近に見ているかのような、凄まじい嫌悪が見て取れた。
「なんなのこの女? 気色悪い。本気で気持ち悪い。どんな精神構造してるの?」
カリアンは信じられないものでも見たような反応だった。
先ほどまで俺に向けていた憎悪を忘れるほどの嫌悪。
だからこそ、彼女は普通に俺へと質問したのだろう。
「ちょっと、こいつ一体何なの?」
「急に俺を殺しに来た魔術師姉妹みたいで」
「は? あんた気づいてないの? 死体使って姉妹ごっこなんて、頭がおかしいとしか言えないでしょ」
俺は彼女が何を言っているのかわからなかった。
カリアンは何に気づいた。
姉妹ごっこ? 何のことだ?
だが、既にその答えは目の前に存在していることに気づく。
普通なら有り得ない光景がそこにはあった。
「ああっ、姉様っ。私の姉様っ! 大丈夫? 痛くない?」
「泣かないで私の可愛いシャイル、私の可愛い妹。大丈夫よ、必ず私が守るから」
「姉様、姉様、私、姉様がいないと――」
「だから大丈夫よ。お姉ちゃんはとっても強いんだから、それにどんなに傷付いても、壊れても、きっとシャイルが直してくれる。だから、私は何も心配して無いんだから」
妹のシャイルな泣きながら、頭だけになった姉のシャニアと会話していた。
普通人間は胴体から頭が離れたら、動かなくなるものだろう。
だが、あのシャイルの抱えているシャニアの頭は一切意識の途切れる様子が見えない。
「あ? あれだって――っ!」
そこで俺は体に異変を感じた。
俺は自分の口から血の味がした。
少量だが吐血しているのが自分でわかる。
振り返るとそこには頭部を無くしたシャニアの体が存在していた。
傷口から一切出血を見せないその体は立ち上がると、死体で作った異形の右腕から棘のように骨を露出させ、背後から俺の脇腹辺りを突き刺したのだろう。
――こいつ、マジか。
俺はそこで初めて理解した。
敵は死体を使う魔術師、ネクロマンサーという奴だ。
敵の扱う魔術の規模から推測して双子のネクロマンサーだと思っていた。
だが、違ったのだ。
この場にいる死体を操るネクロマンサーはただ一人。
そしてシャニアとかいう姉は死体で、あの妹であるシャイルがこの場にいる唯一の魔術師。
だから、俺は今ならカリアンの言っていた姉妹ごっこの意味が理解出来た。
彼女が冷静さを失うのも納得いった。
そして、魔術師に関する散々聞いた忠告を思い出す。
――頭のおかしい魔術師ほど気を付けろ。




