第二十九話 残された傭兵たち
来ないということは、何かしらあるのだろう。
ケイゴたちと竜を倒すための作戦会議を終えたレバンは、泊まっている宿屋には戻らず別の場所へ向かっていた。
レバンは移動中の時間を使って、先ほどまでの作戦会議を頭の中でもう一度吟味する。
――町を守備するための戦力が圧倒敵に足りない。
憂い思うのは死に誘う竜ビガラオが町に攻めてきた時の防衛力。
レバンの中で今回通用すると思われる戦力は――ケイゴ、リチュオン、ファリスの三人だけだ。
人間相手ならともかく竜が相手となると、レバン自身も雑兵レベルの精々足止め程度にしか使えない駒であると認識している。
「少しでも戦力は確保したいところだが――」
レバンは目的地となる宿屋に到着し、中に入ろうとしたところで――足を止めた。
宿屋の向かいの路地裏の方で、音がした。男の罵声が聞こえた。
レバンはその罵声に僅かながら聞き覚えがあり、会いに行くつもりだった人物たちがそこにいるのだろうと確信した。
――酒臭いな。
宿屋から離れ、裏路地の中へ入ってゆく。不快な酒の臭いがレバンの鼻を刺激する。
それである程度の状況を理解し、内心うんざりしながらもレバンは薄汚い路地裏を躊躇ない足取りで進んでゆく。
「おいてめぇ、甘えたこと言ってんじゃねぇぞ!」
その怒鳴り声と共に、大きな体をした男が路地裏の汚い地面に倒れ込んだのが見えた。
その後もう一人の男が、その倒れた男の胸ぐらを掴み更に怒声を飛ばす。
ああ、いたな。
明らかに気まずいその空間にレバンはずかずかと入り込む。
「――どうも、立て込んでいるようだが失礼するよ」
そしてレバンは胸ぐらを掴んでいた男――傭兵団のリーダーであるガイン、そして明らかに酒の臭いを放ちながら泥酔し、胸ぐらを掴まれいる男――傭兵団の副リーダーであるレイバンに挨拶をした。
もっとも、この前の竜との戦闘で彼ら二人以外の傭兵は全員死亡したので、傭兵団の存在やリーダー、副リーダーの肩書きは殆ど意味の無いようなものだった。
「竜退治の内容を決める集まりに来なかったから、様子を見に来たんだが――」
――まあ、来なかった理由は聞くだけ野暮というものだろう。
レバンが内心で呟く。
だがガインの方は腹の虫がおさまらないのか、レバンが聞いてないにも関わらず喋りだした。
「悪ぃな。こいつがどうしても竜殺しには死んでも会いたくねぇって、馬鹿なことを抜かすから。いつまでもガキみてぇに――」
ガインに叱咤されているレイバンは、数日前に見た威勢や自信などをどこかに落としてしまったのか、抜け殻のようになっていた。
あの人を威圧するような大きな巨体にも関わらず、その姿はそこいらで見る辛気くさい酔っ払いとなんら大差ない。
――自業自得とはいえ、ああなる気持ちはわからなくはない。
レバンはケイゴから森での詳しい話を聞いているので、当時のレイバンの行動なども知っている。
自ら仲間を扇動し、竜退治に先走り、ケイゴの忠告を無視――その結果、仲間はほぼ全滅。
そして対抗しようとしていたケイゴに命を救われてしまったのだから、これほどやるせないこともないだろう。
「ううっ、奴だけには、竜殺しの野郎だけには会いたくねぇんだよ――」
レイバンはまるでうわごとのように呟く。
あまりにも弱々しい姿。
いっそのこと、あの森でそのまま竜に殺されていた方が楽だったかもしれない――そう思わせるほどの状態にレイバンは陥っていた。
――まあ、そんなことケイゴ君は意地でも許さないだろう。
レバンはそう思いながらレイバンから視線を外すと、ガインに尋ねた。
「竜との決着は明後日に行うつもりだ。君だけでも参加して貰えると有り難い」
「いや、こいつも使う――」
ガインは手を離し立ちあがると、地面に倒れるレイバンを見た。
「レイバンは図体デカい割に器は小せぇし、性格ひん曲がってるし、どうしようもねぇ奴だが――弓の腕だけは一流だ」
「ほう、そうなのか」
レバンは適当に相づちを打ったが、にわかには信じられなかった。
今のレイバンの姿を見て、弓が一流だと言われても難しい話である。
第一、ガインの言う一流という弓の腕がどの程度の物なのかもわからない。
「普段は弓なんて女々しくて男の使う物じゃねぇとか言って、意地でもこの野郎使わねぇ。だが明日は一日中こいつに弓を打たせて、意地でも実戦で使えるように仕上げさせる」
「――そうか、頼んだよ」
レバンはそれだけ言うと踵を返し、元来た道を引き返そうとする。
現状を見るに、あまり期待できそうにないと彼は察した。
しかしそこで、帰ろうとしたレバンの背中に向けて、ガインが喋りかけた。
「竜は仲間の仇だ。何を使おうと、どんな醜態さらそうと、腕や足がもげても竜は殺したい。絶対にだ。例え死んでも殺したい――」
静かに重く、竜への恨みと憎しみを込めた思いをガインは伝える。
溢れるほどの殺意が、どうしても殺したいという意思が、レイバンにもよくわかるほど伝わった。
ガインはどうしても竜が殺したいのだ。
「――だから俺は駒に徹する。どうせ今の半分暴走しているような頭じゃ考えてもどうせ駄目だ。それに俺自身の実力なんてたいしたことねぇ。だから俺自身の手で仕留めたいなんて思わねぇ。どんな雑用でも何でもやる。囮が必要と言われればやるし、特攻する必要があるならやってやる。それで仲間の仇を殺せるならば、俺はどんな手を尽くしても――竜を殺したい」
ガインは竜を殺すためならば――怒りも憎しみも、自尊心も、自分の命も要らないと言った。
どうしても竜を殺したいガインは、暴走して自分勝手に動いたところでどうせ竜には勝てないと理解している。
その冷静で強烈な殺意が、ガインの持つ竜への怒りや憎しみを抑えていた。
とにかくガインは最善を用いて竜を殺したい――ただ、それだけなのだ。
冷静な復讐者の言葉はレバンに届いた。
そして、彼は振り返ることもせずガインに一言――。
「悪いけど捨て駒は無理だね。ケイゴくんが怒るし。まあ――みんなで勝ちに行こう」
レバンはそれだけ言うと、ガインの反応も待たずに表で出た。
薄暗い町の中を歩きつづけ、彷徨うように右へ左へと進んでゆく。
何者からか逃げるように早足で移動する。
そして急に足を止めて立ち止まるとレバンは――自己嫌悪で死にたくなった。
「みんなで勝ちに行こうって――柄じゃないなぁ。ケイゴ君に毒され過ぎたかな」
若干疲れたようにレバンは再び歩きだした。
自分の泊まっている宿屋に帰ろうとするが、その途中で何やら辺りが騒がしくなってきていることに気がつく。
「正門の方か。まさか竜の襲撃じゃないだろうな?」
なんにせよ確かめる必要があると、レバンは正門へ向かう。
どうやら正門の所で、町の者たちが何やら言い争いをしているようだった。
レバンはもう少し近づいて正門の状況を確かめようとしたところで、呼び止められた。
「おお、レバンちょうど良かった。今探そうとしてたところだ」
「うん? ケイゴ君? こんなところで、そうか君も正門の状況を見に来たのかい?」
レバンを呼び止めたのは騒ぎに気づいて先に到着していたであろう竜殺しのケイゴだった。
ケイゴは真面目な顔をしながらレバンに言った。
「町の正門にどこの奴らかは知らないが――三十人近くの騎士が来ている。それも結構鍛錬の積まれた連中だ」
「騎士?」
「加えて魔術師の姿も二、三人見えました――」
レバンが怪訝な顔をすると、続けて魔術師のファリスが姿を現した。
「同行している魔術師は私と同じ戦闘屋ですね。気配も悪くないですし、たぶんそれなりに優秀です。ただ私とは違って直接戦闘するようには見えません。たぶん後方支援が専門の人たちですね」
レバンはファリスの言葉を聞いて、思わず眉をひそめた。
そしてケイゴはそのレバンの顔を見てとりあえず納得する。
「その顔、あんたも知らないみたいだな。今、外の騎士連中はこの真夜中に大人数で町の中に押しかけようとして、町の住人と揉めに揉めてる」
「これ以上この町の住人に油を追加するのは止めて貰いたいものだ。一体何だ? それだけの人員を集めて、これの町に来るとしたら私たちと同じように竜が目的か? そんな人物――いや、まて」
そこでレバンは思わず、言葉を止めた。
レバンは今の騒動の原因となる人物がわかってしまたのだ。
そして同時に――してやられたと、奥歯を噛みしめた。
「なるほど、いいように使われた訳か――」
そうしてレバンが正門の方を見ると集まった住民たちを押しのけて、騎士たちは町の中へ侵入してきた。
そしてその屈強な騎士たちに守られながらひょろっとした一人の男が姿を現した。
男はこの町の住民たちには一生縁のないような高そうな服に身を包み、血行の悪そうな白い肌、そして獲物を狙う蛇のように貪欲そうな目をしていた。
「やはり平民風情に竜退治は無理だったか――まあ、貴様の尻ぬぐいは特別にこの私が受け持ってやろう。感謝することだな――老いぼれ」
男は明らかに上から物言う喋り方で、レバンを見ていた。
ケイゴはこの突然現れた男がレバンの知り合いだと察したのか、小声で尋ねてきた。
「この男、何者だ?」
「クラウス・リーゼナー。今回の竜退治を僕やマッゼスに押しつけた男だよ」
「ああ、例のマッゼスが怒って語ってたお偉いさんか? でもなんでその男がこの町に騎士を連れて来たんだ? もしかして、無理矢理押しつけたのを悪く思って手助けをしに来た――ようには見えないな」
「もしあれが善意を持って現れたのなら、明日にはこの辺りで未曾有の天変地異が起こって、この国は竜もろとも完全に滅んでいるよ」
レバンという人間には珍しく、本気で嫌悪する目でクラウスの姿を見ていた。




