第三十話 不快で有難い援軍
南地域を管轄する地区長クラウス・リーゼナーと彼が引き連れてきた多くの騎士たちによる騒がしい夜が明けた。
騎士たちは当初からこのアムバスの町の住人に拒まれることを予測していたのか、クラウスや数人の騎士を除き、町の外で十分に準備の整った野営を行っていた。
俺はよく知らなかったが、彼らはアッフェル騎士団という南地域でもそこそこ名の知れた集団らしい。そして地区長のクラウスが贔屓にしていると、よく噂されている者たちでもあるそうだ。
そして、竜との決戦を前日に控えた今日――俺とレバン、そしてマッゼスを含めた三人はクラウスと彼の連れてきたアッフェル騎士団の団長との話し合いを行った。
「あ、戻って来ましたね」
お昼も過ぎた頃、集会場で待機していたリチュオンは話し合いをしていた俺たち三人の帰りを待ち侘びていたのか、急いでこちらに駆け寄ってきた。
「皆さん、話し合いどうでしたか?」
「最悪だ。私は対談中ずっと苛ついていた」
すると、マッゼスは眼鏡をかけ直しながらリチュオンにそう伝えた。
この男はあのクラウスというお偉いさんがかなり嫌いみたいなので、面と向かっているだけでもストレスが溜まるらしい。
「俺はあのクラウスって男についてはよくわからないが、連れてこられたあちらの団長には結構感心したんだが――」
「ああ、それは私も同感だ。彼は意外に頭が回る」
俺がクラウスと一緒にいたアッフェル騎士団の団長を何気なく褒めると、同じようにレバンが同意した。
そして、嫌悪感丸出しのマッゼスはそんな俺たちを信じられないと言う目で見ていた。
「そういえばファリスはどうした? いないのか? 作戦内容が変更になったから伝えておきたかったんだが、アッフェル騎士団のおかげでファリスの囮役が無しになった」
「ファリスさんなら材料探しに出かけてくるって言って、どっか行っちゃいましたよ?」
「なんだあいつ、まだ耳栓作ろうとしてるのか?」
リチュオンから話を聞いた俺は呆れた。ファリスは死に誘う竜ビガラオの『人を自殺させる声』を防ぐために何やら特殊な耳栓を作ろうとしているらしいのだが、決戦は明日になるのだ。まず、間に合わないだろう。
「ファリスの奴。そんな耳栓なんかなくても、手の平でパーンと耳叩けば鼓膜破れるから大丈夫だろうって俺は言ったのに――」
「何でそれが当たり前みたいに言ってるんですか? 私たちはケイゴさんやファリスさんみたいに、自分に治癒魔術掛けて耳の鼓膜を治すことなんて出来ないんですからね。そんな軽く言わないでください」
まるでリチュオンは俺を常識知らずとでも言いたいのか、少し強めの口調で言ってきた。
「耳の鼓膜だけで命が助かるなら安いもんだと思うんだが――」
「耳が聞こえなくなるだけじゃなくて痛みもあるじゃないですか。私の切り札は集中力がなくなってたり、心が乱れてたりすると上手くいかないんです。なんでそんな乱暴な手段は却下です」
「なるほど、そうなのか――」
それは確かに大変だ。リチュオンの切り札とやらは実物を見ていないが、かなり有用な気配を持っていた。使えないと困る。これはファリスの作業が間に合うことに期待しなければいけない。
そうやってリチュオンが会話をしていると、急にレバンが俺たちの方を向いた。
「そうだリチュオン。君も私たちと一緒に行動したことによって貧乏くじを引かされた身だ。一応、クラウスの想定していたであろう構想を君にも伝えておこう」
ここでレバンが思い出したように、クラウスのことを話に持ち出した。
どうやら今回、レバンたちは思っていたよりも更にあのクラウスとかいう男に利用されていたらしい。
リチュオンは話がよくわかっていないのか目をぱちくりされていた。
レバンはそんなリチュオンに話がわかるように、ゆっくりと解説を始める。
「まず、クラウスは当初から竜を討伐しなければいけないという考えは持っていたと思う。あと、それ以上に竜を討ち取ったという名声も欲しがっていると考えていた節もある。だが、相手は竜だ。生半可な戦力では返り討ちにあうこともあの男は知っていた。その為は戦力を整える為に準備する時間が必要だった。だが、そこで問題が出てくる。その準備している間、竜を完全に放置しておく訳にもいかない。好き勝手にさせていたらどんな被害が起こるかもわからない――」
「そこであんたらの出番って訳だ」
俺がそう言うとレバンは頷いた。
そして、マッゼスは物凄く嫌そうな顔をしていた。
レバンはそんなマッゼスの反応に気づいていても普通に話を続ける。
「彼にとって私たちは随分と都合良く動いてくれたことだろう。準備が整うまで竜の対応をしてくれるだけでなく、竜の詳細な情報まで調べてくれていたのだから。しかも自分のところから失う物は何もないと――」
「あのクラウスとかいう男、俺たちと対話の席につくなり開口一番で『君たちの知っている竜の情報を全て話してもらおう』ときたもんだ。まあ、図々しいわな」
レバンに続いて俺が喋ると、ますますマッゼスの顔が強張ってゆく。
人に苦労させるだけ苦労させて、美味しい所をかっ攫おうとするクラウスのやり方を見れば当然と言えば当然だろう。
しかし、それにしてもマッゼスの奴、イライラが募ってゆくのが目に見えて判りやすい。
「竜についてはこちらも大きな犠牲を払って得た情報だというのに、二人はペラペラと簡単に喋りすぎる――」
「あ、レバンさんとケイゴさんは普通に竜についての情報を喋ったんですね」
リチュオンは機嫌の悪いマッゼスを見た後、まるで見比べるように俺とレバンを見た。
「そりゃあ、俺はそんなつまんない意地張って余計な死人を増やしたくはないからな。少々気に入らないからって、生死に関わる必要な情報は伏せないさ」
俺はそれだけをリチュオンに伝えた。
人の命に比べれば、本当につまんない意地だ。伝えない理由がない。
「まあ、僕としても彼らにも全力で竜退治をしてもらいたいから情報を伝えるのは当然だ。それにどうせ大まかな情報自体は彼らにも伝わっているはず。クラウスの使いか何かがこの町に潜伏して私たちの行動を監視していただろうしね」
レバンがそう言うとリチュオンが驚いた様子はないものの、首を傾げた。
「え、そうなんですか?」
「でなければこの町に現れたタイミングがあまりに出来すぎている。準備も万端のようだしね。恐らく私たちが竜退治を失敗するだろうと予想していたのだろう。そして、あの三十人近くの騎士たちは近くの町か何かに待機させ、我々の失敗が伝わったと同時にこのアムバスの町へ向かう手筈になっていたはずだ」
本当に改めて聞くと面白くない話ではあると思う。
特に苦労しているであろうレバンやマッゼスには同情する。
ただ、それでも、俺としてはこの増援は有り難い。
不快であるが有難い援軍なのだ。
レバンも恐らく俺と同じ気持ちのはずだ。
それにアッフェル騎士団の今回行おうとしている魔術師の支援を交えた作戦は、実によく考えられている。
アッフェル騎士団の団長は俺たちの意見を聞きたかったのか、丁寧に作戦内容を説明してくれたのだ。
狙撃する竜の放つ白い槍は時間を掛けて準備しただけあって対応されているのは勿論のこと、ビガラオの相手を自殺させる声についても既に対策は練ってあるらしい。
手筈通りなら『音潰し』と呼ばれる魔術を使える魔術師が今日の夕刻辺りには到着する予定とのことだ。
ビガラオの能力が開示されたのはレバンたちがこの町の住人へ説明会を行った時だ。
下手なことを言って住民の恐怖心を煽る心配もあったが、避難の重要性を伝えるためにきちんとした説明をしているのだ。
ここからクラウスの手の者が情報を持ち帰り、アッフェル騎士団に伝えたと考えるのが妥当だろう。
それから今日まで日数はかなり限られているはずだが、アッフェル騎士団の団長は対策を考え、適切な人材を探し出している。
俺やレバンがこの団長を有能だと判断しているのは、ここら辺が理由になる。
恐らく彼らの作戦が上手くいった場合は、リチュオンたちの出番は無いだろう。
決戦はいよいよ、明日の早朝――。
こちらの戦力は竜殺しの俺と――剣士リチュオン、魔術師ファリス。
そしてちらっと聞いたが傭兵のガインとレイバンも参加するらしい。
また、レバンも『クラウスがいるのなら僕が頭役で残る必要はないだろう』と言って戦闘への参加を表明した。
加えて、アッフェル騎士団の騎士が三十二名、更に支援する魔術師が四名。
総勢四十二名が竜を相手する戦力だ。
対して敵は二体の竜。
――死に誘う竜ビガラオ。
――狙撃する竜オルトロッド。
数だけなら四十の差がある。
これで戦力差があるのか、均等なのかは俺にもわからない。
ただ人と竜、どちらが勝つかは――明日決まる。




