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絶望的魔人奇譚  作者: 星六
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(二)-2


 玉ねぎとルーは家にあったはずだから、人参、ジャガイモ、牛のこま切れ肉を買ってスーパーを出た。これで今晩のカレーが出来る。外食をする時もあるけど基本は自炊。と言うのも、小学生の時に母を失くし、中学を卒業すると同時に父親が海外へ単身赴任したものだから、父親の知り合いが管理しているアパートで独り暮らしをしているからだ。そりゃ、たまには寂しくなることもあるけど、学校には騒がしいのがたくさんいるし、何よりも勝手気ままに過ごせるのが最大の魅力で今の生活には満足している。食事を作るのだって母さんが死んでからよく作っていたからそんなに苦にならないし。


「おい、貴様」


 足が止まった。だがすぐに歩き出す。


「貴様、聞こえんのか?」


 このご時世、貴様などと言う言葉を使う奴は二人とはいまい。俺は声を振り切るように歩く速度を上げた。


「私を無視するとはいい度胸だな!」


 このパターンには覚えがある。俺は振り向かずに走りだした。


「ほう。学習はするようだな、人間」


 声は背中に張り付いていた。くそっ! 荷物を持っているとは言え、こっちは高二の男子だぞ。その侍魂を持つ高校男児が走りで中坊女子になんぞ負けるはずが無いじゃないか。俺はグングンと速度を上げて、チラリと振り向いてみた。きっと少女は遠く向こうに……、しかし、そこにあったのはブーツの裏! そのソールの形はさっき見たのと一緒だ!


「ぐわぁっ!」


 顔面を蹴られた俺は荷物を放り投げながらごろごろと地面を転がり、電柱に衝突した。歯を食いしばり、涙目で顔を上げれば、予想通りの仮装少女。腕組みして威厳たっぷりだ。


「何すんだよっ!」

「飛び蹴り」


「技名じゃねぇ! 理由を訊いてんだ!」


「理由? 人間の分際で私を無視するからだ。貴様が失礼な態度を取らなければ、私もこのような暴力に訴えることもないのにな。愚かな人間よ」


 ダメだ。こいつに常識は通用しねぇ。強く直観したぞ。


「んで、なんだよ。ペットのヴァモラってのを見つけに行かなきゃなんねーんだろ?」


「ヴァゴスだ。お前の言う方へ行ったが見つけることが出来なかったぞ。どうなっている?」


「そんなの俺が知るかよ。どっか逃げちまったんだろ」


「それは弱った。……仕方ない。今日の所は捜索を諦めて、ゼロになった魔力の回復に努めるとするか」


 は? 魔力? まったくどのアニメの影響を受けてんだってーの。くだらねー。


「では案内しろ」


「案内? どこへだ?」


「貴様の巣に決まっているだろうが」


「俺の巣? 家のこと?」


 こっちが困惑の表情を張り付けて訊いてんのに、仮装少女は「そうだが」と何を当たり前のことを訊くんだ、みたいなきょとん顔をよこしやがる。


「なんで俺の家に?」


「お腹がすいたのだから仕方ないだろう。何か食わせろ。後、寝床も用意しろ」


「ちょいと質問させろ」


「よろしい。許可する」


「お前は腹が減ってんだな?」


「うむ」


「お前は寝床が欲しいんだな?」


「そうだ」


「だったら、今から俺がそれらを解決する魔法の言葉をくれてやる」


「おっ。人間の分際で魔法が使えるのか? ほれ、使ってみろ」


「いますぐ自分の家に帰れ! クソガキ!」


 言ったと同時の金蹴りだ。俺はまたもや悶絶して地面に転がった。


「貴様、私にもう一度、魔界へ戻れと、そう言うのか?」


「ま、魔界?」


「そうだ。私は今朝、魔界とこの世界を隔てる結界を通るのに全ての魔力を使いきってしまったのだ。そんな今の私に魔界へ戻る力などあるはずがなかろう」


 仮装少女は、地べたにへたれ込んでいる俺に近づいてしゃがむと俺のあご先を指でクイッと持ち上げる。目の前には人形のように美しい黄金律で構成された整った顔だ。しかし、その美しさにはどこか妖しさがあって、背中の奥にゾッと痺れが走った。


「そこで、せっかくこちらへやって来たのだから、魔昆虫同然である人間の巣で一夜を過ごすと言う余興を思いついたのよ。私は寛容で好奇心が旺盛だからなぁ。我ながらこんな自分が可愛いよ」


 仮装少女はピンク色の舌で俺の鼻先をペロリとひと舐めすると立ちあがり「さぁ、案内せよ」と薄く笑った。甘い香りがする。同時に危険な匂いもはらんでいる。けど、それでも魔界なんてなぁ。あっ! 家出少女。そうだよ。それなんじゃないか。頭がぶっ飛び過ぎてて自分が魔界の住人だなんて妄想に取りつかれた家出少女。きっとそうに違いない。


 しょうがない。俺も鬼じゃないわけだから今晩の飯ぐらいは食べさせてやろうじゃないか。けれど泊めるのはヤバい。絶対に阻止する。だから飯を食った後に男の欲望をチラつかせてやろう。そうすりゃこいつもビビって帰るだろう。後のことは知ったことじゃない。そこまでの面倒をみる義理もないんだし。


「わかったよ。ついて来い」


「ふふん。最初から素直にそう言っておけば良いものを」


 あーあ、なんて日だ。俺は退屈な日常に満足できるタイプの人間で、イレギュラーを最も嫌うってのに。面倒だ。さっさと飯食わせて追いだすのが一番だ。



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