(二)-1
放課後、一時本降りになった雨は止んだ。天気予報の意地が勝ったに違いない。曇り空の下、学校を後にした俺は濡れたアスファルトを踏んで商店街の中にあるスーパーへ向かった。
それにしても太郎の気持ちもわからないでもないな。五時間目の体育は、雨の都合で体育館で女子たちと一緒にマット運動になったのだが、確かに五十嵐の胸は凄かった。体操服の下で揺れる二つの豊かなふくらみは思春期真っ只中の男の子たちの視線を釘付けにし、血圧をグングンと上昇させた。いやぁ、あの後は、一人ずつ五十嵐に血祭りに上げられたものの、今思い出しても素晴らしい物を見せて頂いた感がハンパない。
「おい。そこの貴様」
明日の体育も雨になったら良いよなぁ。
「貴様。聞こえんのか」
何だ? 俺を呼んでんのか? いやいや聞き間違いだろう。
「私を無視するとはいい度胸だな!」
後ろから風を感じて振り向けば、そこにあったのは何やら靴らしき物のソールだ!
「ぐわぁっ!」
顔面を蹴られてごろごろ地面を転がること五、六回、電柱にぶつかって止まると「何しやがんだよ!」顔を上げる。鼻を中心にジンジンと痛みが広がって涙目になった。
「人間風情が私を無視するとは五千年早いわ」
そこにいたのはハロウインの仮装のような黒いドレスを着こんだ少女。黒い衣装に映える長い金髪をなびかせ、腕組みしている肌は雪のように白い。俺を見下ろすその大きな目の瞳は、日本語が変かも知れないけど燃えるような漆黒だ。ドロドロと黒く燃えている。日本の田舎道にそぐわない光景にしばし沈黙していると、その少女はこちらへ近づいてきた。なんとも威厳のある歩き方で。
「おい、人間」
お前も人間だろう、と眉をしかめると前に仁王立ちだ。恐ろしいほどの威圧感だが、突然顔を蹴られて大人しくしていられるほど俺は出来た人間じゃない。
「なんだよ、人間」
言って立ちあがる。やはりガキんちょ。どうやら生粋の欧米人のようだが、中学生って感じかな。ん? なんだこいつ、頭に二本の鬼の角みたいなアクセサリーなんか付けてやがる。かわいらしいねぇ。
「おい、お前、まだガキだろ? 貴様だとか人間だとか、歳上に対する口のきき方って奴を知らねーのかよ」
「は? ガキ? 私が? あっははははははは!」
少女は豪快に笑うと続ける。
「貴様のような人間ごとき、私に比べれば胎児にも等しい年齢であろうが。あははははははは」
いかに頭がイカれているとは言えムッとした俺はその少女の頭の角アクセサリーを握ってやった。するとしばしの沈黙。
「貴様、何をしている」
「角を掴んでいる。……うぐぅっ!」
股間を蹴りあげられ、俺は団子虫のように屈みこんだ。この状況はなんだ? 俺は何故、股間を押さえて仮装少女の前にひれ伏している?
「貴様の狼藉は目に余るな。本来ならば一撃のもとに塵にしてやるのだが、あいにく今は魔力がゼロに等しい状態。そこで慈悲深い私は今回に限りある問いに答えることで不問としてやろうと思う」
「ある問い?」
「顔を上げるがよい」
俺は股間の痛みに耐えつつ脂汗にまみれた顔を上げた。仮装少女は手に何やら絵が描かれた紙を持っている。
「私はこれを探している。どこかで見なかったか?」
卵のような楕円形から生えた突起物が六つ。その楕円形の中に目と思われるものが三つ。少女の見せる絵はまるで幼稚園児、大目に見ても小学生低学年が描いたと思われるほどにド下手くそな絵で、生き物だということ以外はそれがなんなのかは全く分からなかった。
「何だ、これ?」
「ヴァゴスだ」
「ヴァゴス?」
「そうだ。私のペットだ。見なかったか?」
ペットにヴァゴス? なんつーネーミングセンス。うーん。薄々とは気づいていたもののこの少女は完全に頭がイタい人のようだ。ムカついてまだ仕返しが足りないけど、これ以上関わらないのが得策だと思う。
「そう言えばあっちで見たような。急げばまだ間に合うかもよ」
適当に指して言ってやると、仮装少女は「本当?」と目を輝かせた。その一瞬の表情は不覚にも可愛かった。でも本当に一瞬だ。
「だったらこんなとこで、人間ごときと会話している暇も無い。どけっ! 私の行く手を遮るな!」
手を振ってジェスチャーされると心底ムカついたが大人しく従い、ルンルンとスキップで遠のいて行く少女の金髪が揺れる後ろ姿を睨みつけていた。




