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絶望的魔人奇譚  作者: 星六
21/24

(八)-3


 ん! 俺は足を滑らせながら走りを止めた。


「どうした?」


 ミズルが後ろから訊いた。俺は答えなかった。ただ目の前にいる人影を強く睨んだ。


「く、久瀬? お前、どうして……」


 訝しげな顔でこちらを見ているのは高宮。


「悪いな、元担任。俺はこうして生きてるぜ」


 高宮は次第に歪んだ笑みを向けて「なんだよ。久瀬は人間じゃなかったのかよ。バケモンが」


「バケモンはたかが仕事が辛いって理由でこの状況を作り出したてめぇだろ。教師が嫌なら辞めりゃ良かっただけじゃんかよ」


「ガキだなぁ。そんな単純な話じゃないっしょ。親の期待や周りの目、人間ってのはそんなに簡単にひょいひょいと逃げられないんだよ。自分の事しか考えない腐った奴じゃあるまいし」


「だから、お前がその腐った奴なんじゃねーか! 自分勝手にこの世を滅ぼそうとしてんだからさぁっ!」


「それはお褒めの言葉かな? お前が何者だろうともうどうにもならねーよ。この世はもう終わったんだ。ざーんねん」


「高宮、てめぇもう一発殴らせろ」


 一歩前に出ると、ミズルが俺の腕を取った。


「こいつこそが人間だ。醜くて汚い」


 ミズルが俺の前に出ると、高宮はまたナイフを出した。


「ほお。この間の女か……。こいつもお前同様人間じゃないのかなぁ?」


「おい、人間。貴様はこの世界を終わらせたいんだな?」


「そうだよ、お嬢ちゃん」


「お前一人が残ってどうするつもりだ? たった独りの世界に何の価値がある?」


「価値なんかないね。だから全てが済んだら俺も逝く」


「それがお前の願いか?」


「だったら何か?」


「くくくくく」


 ミズルは最初は小さく。だが次第に大きく笑い始めた。


「あはははははははははは!」


「何がおかしい!」


 ミズルはこちらを向くと「行くぞ」と俺を促して興奮した様子の高宮の横を悠々とした態度で通り過ぎた。俺はまだ高宮に対して強い怒りを感じていたが、ミズルが堤防の先からヴァゴスの体へ飛びたつのを見ると、その後を追ったんだ。



 飛び乗ったヴァゴスの肌は海水に濡れていて岩のように硬くゴツゴツとしていた。その肌の凹凸を蹴って、山のように盛り上がった背中の頂上を目指す。


「ちくしょう! あの野郎、マジでムカつくぜ」


「ふふふふ。可愛いではないか」


「どこがだよ!」


「ああいう可愛い輩を見ると、どうもイジメたくなってしまうな」


「だったらイジメてくれて良かったんだよ」


「イジメてやるさ」


「は? どうやって」


「奴の願いを阻止する。この世界を終わらせない。そしたらあいつはどうなる? 大嫌いなこの世界で生きていかねばならんだろう?」


「あっ!」


「ははははははははははっ! 殺すのは簡単よ。しかし終わりを望む者には終わることのない生き地獄を味わわせてやらねばなぁ」


 ミズルは嬉々として目を黒く輝かせ、俺はミズルの底意地の悪さに冷たい物を感じ、高い高いヴァゴスの背中を上りきった。下とは違い、風がかなり強い。


「うう。寒い」


 Tシャツの裾や襟もとから入って来る風はひんやりとして身震いするほどだった。ミズルは全く平気のようで、長い髪をなびかせながらヴァゴスの首の付け根を見下ろすと坂を駆けるように下り始めた。俺もすぐにそれに続く。


 俺たちは一気にヴァゴスの背中を下ると、今度は背中よりも高く空へ伸びる首を駆け上がる。見上げた先にはヴァゴスの頭があって、空に渦巻いた魂がその頭へ落ちてきていた。


「やるぞ、人間。くれてやった力を見せてみよ!」


「おっしゃあああっ!」


 気合いと共に体の奥から力が湧きあがって来る。いったい俺の体にはどれほどの力があるんだろう。目の前を走るミズルにぐんぐんと近づいて、ミズルの体を抱きかかえた。それでも速度は落ちない。風のように首を駆け上るとヴァゴスの後頭部がすぐそこにまで迫った。


「頼むぞ、ミズル」


「私を誰だと思っている?」


「そうだった。大悪魔様だったよなぁ!」


 ヴァゴスの頭に到達したと同時、俺は抱きかかえていたミズルを全力で空へと放り投げた。ミズルの小さな体は弾丸のように空へ消える。



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