(八)-2
海沿いの道を西へ向かうとヴァゴスの姿が近づいてきた。魂の光に浮かび上がるその姿はまさに怪獣。亀の甲羅のような体から伸びた太い首、頭には天を刺そうかというような三本の角。青く鈍く輝く三つの光は目だろう。大きく裂けた口が鳴くたびに辺りの空気がビリビリと震えた。
美津島海水浴場の看板を見つけて幅の狭い小道へ入る。潮の香が強くなった。
「ほう。こんなにも大きく攻撃的な姿になるか。魔界ではありえんな。本で読むのと実際に見るのとは大違いだ」
ミズルの声を背中に聞きながら砂浜の手前で自転車を急停止した。チェーンが千切れてはじけ飛ぶ。
「何事も経験だな」
ミズルは嬉しそうに自転車から降りて、手でひさしを作りながらヴァゴスを見上げた。ヴァゴスは電柱を数千本も集めたような太い足を海へと突き立てている。こちらから確認できる足の数は三本だけれど、バランスを考えればミズルが俺に見せた絵のように向こう側にはもう三本の足があるんだろう。
「弱点とかないのか?」
「力でねじふせるしかないのう」
「あれを力でかよ」
「まぁ、貴様にはたいした期待はしておらん」
「ああ?」
自転車を捨て、口をとがらせてミズルの横に並び、一緒にヴァゴスを見上げる。
「私がやると言っている。ペットのしつけはご主人様の仕事だろう?」
「やるって、お前はもう魔力がほとんどないんだろ? 空を見ても魂だらけ、その向こうもきっと厚い雲に覆われて月なんて見えないし。どうすんだよ?」
「私もバカじゃない。考えぐらいあるわ」
そしてミズルは作戦を語った。とは言え、それは作戦と呼ぶにはあまりにも単純な物で、けれどもミズルが語ることでとても確実性のある唯一無二の作戦のようにも思える。
「お前が言うならそれに賭けるよ」
「賭け? 勝ち負けの決した賭けごとなど、もはや賭けごとではあるまい」
ミズルの余裕の笑みは心強い。まだ出会って数日なのに、こいつなら信じられる気がした。
「だったら奴がこれ以上大きくなる前にやっちまおうぜ」
「大きさなんてものは私の前ではなんの意味もなさんが。心配性の貴様のためにさっさと済ますとするか」
俺は無言で頷いて、海にいるヴァゴスへ飛び移れる場所を探した。そこで見つけたのが海に突き出している堤防。魔力を使った今の俺の脚力なら先端からヴァゴスの体まで飛べるだろう。
「いくぞ、ミズル」
「うむ」
砂浜を迂回して堤防に入る。さすがは悪魔と言うべきだ。魔力がほとんど無いとはいえミズルは俺の走りに涼しい顔で付いてきている。身体的能力は人間を大きく超えているらしい。




