(七)-2
魂が北西へ向かっているんだからヴァゴスもきっと北西だ。時たま空を仰ぎ見ながら自転車をこいだ。賑やかな空に対し、地上には命の熱がない。エンジンがかかったままの車が電柱や民家や店に衝突していたり、または田んぼに落ちていたり、たまに人も倒れている。牛木町と違うのは救急車が来ないこと。パトカーのサイレンも無い。ただ静か。天の川のような光が街を照らしている。やりきれない。
「くそっ!」ペダルをこぐ足に力がこもった。
しばらく行くと辺りが見慣れた風景に変わる。俺の高校の近くだ。卒業までずっと通うのが当たり前だと思っていた高校も、今となっては感慨深いものがある。急に胸が詰まり、悲しくなってきて、校門の前を通る時に自転車を停めた。無視できなかった。
寝静まった校舎は暗くひっそりとしていて、ただ窓が空に漂う光の川を鮮明に映していた。
「ははははははははは!」
予期せぬ何者かの笑い声に体がビクンの震える。
「ははははははははは!」
声から察するに男だ。ミズルじゃない。まだ無事な人がいたんだ! 俺は自転車から降りて、校門をくぐった。どうやら声の主はグラウンドの方らしい。急いで向かって野球部のために張られたネット越しにグラウンドを見る。と、朝礼台の上に腰掛ける人影を見つけた。誰だ?
「すいませんっ!」
声をかけながらネットの継ぎ目からグラウンドへ入った。朝礼台にいた人物は急に声をかけられ驚いたらしく、体をすくめると、朝礼台から下りて恐る恐るこちらへ振り向いた。
高宮先生。高宮先生だ! この人智を超えた最悪の事態の中、知った顔に出会える安心感がこれほどのものだとは。そしていつもは鬱陶しい先生の高いテンションは、この状況下ではかえって心強い。
「先生! 俺だよ、久瀬!」
本当なら走り寄って抱き締めたかった。でもちょっとした安堵感が理性を働かせて、そうなると羞恥心が湧いて、頭をかきながら歩み寄る程度に抑えられた。だけど顔には自然と笑みが浮かぶ。
「久瀬? 本当に久瀬なのか?」
「うん」
「久瀬、お、お前は何ともないのか?」
先生も独りでまいっていたようだ。俺の登場が信じられないみたい。
「この通り、ピンピンしてるって!」
おどけた顔で力こぶを作って見せたが、これでも先生から驚きの表情がとれることはなかった。確かに笑っていられる状況じゃないか。だいたいの事情を知っている俺とは違って先生はこの超現象については何も知らないんだから。
「それより先生。逃げた方が良いよ。ここは危険だ。」
「ここは危険?」
「魂を吸う化け物が向こうにいるんだ。だから化け物から離れないと……」
そこで先生は笑顔を見せた。しかしそれは気色悪い歪んだ笑顔で。
「くくくくくく。ここは危険か。そうかそうか、あっははははははは!」
「高宮先生、気を確かに持ってくれよ! 大丈夫、遠くまで逃げればきっと助かるから!」
「助からねーよ。バーカ」
「え?」
先生……何言ってんだ?
「助かるワケねーだろぉ? 頭悪いねぇ。大丈夫ですかぁ?」
「……あ、諦めちゃダメだって。まだ何とかなるから……」
「ウゼー」
先生は苛立ったように後頭部をボリボリとかくと「久瀬、お前はマジでウゼーな」と吐き捨てた。そして冷めた目つきでのろのろとやって来ると、鍛えられた腕で俺の胸ぐらを掴む。いつもの良い意味でのバカさがない。朗らかな様子が表情のどこにも無い。
「てめー、いつもため口だよなぁ? 俺をナメてんだろ?」
目がすわっている。刺すような敵意を隠すことなくぶつけてくる。恐怖ってのはこうも人間を変えちまうのか?
「そ、そんな事は……」
「こっちはずっと我慢してやってたんだよ。ゴミとは言え生徒に手を出したら大問題だからな」
そこで俺は地面に叩きつけられるように解放された。




