(五)-2
午前九時に下校するなんて変な気分だ。道には車が行き交って、遠くから電車の音が聞こえて、コンビニに人の姿を確認すれば、いつもと変わらない街で、とても裏で深刻な事態が起きているとは考えにくい。だけど、それが返って怖い。脅威が確かに身近にある事を実感した今、目に見えない事が恐怖を何倍にも膨らませる。
俺はまだ準備中のショッピングモール前のベンチに座ってケータイを取り出す。太郎の声が聞きたくなったんだ。コール音は結構長く、後でかけ直そうかとした時にようやく繋がった。
「もしもーし」
努めて明るい口調で呼びかける。
「おう、修介。なんか用か?」
太郎の声に抑揚はなく、低く沈んでいる。
「あ、ああ。今日、学校に来なかったからさ、どうしたのかなって」
「昨日の夜、母ちゃんが仕事帰りに車で事故ってさ、夜中まで手術してて、そのまま入院って事になったんだ。父ちゃんはどうしても抜けられない仕事があるってんで俺が入院の用意をして今からまた病院に行かなきゃならなくて、学校どころじゃねーんだよ」
「そうだったのか……。お母さんは……その……」
「大丈夫だ。命に別状はないってよ」
「それは良かったな」
「でも、意識が無い。脳を調べてもどこにも異常が無いのに目を覚まさないんだよ」
受話器越しにでも感じ取れる太郎の顔は悲しみに歪んでいる。苦しみに震える涙声。
「医者や父ちゃんは、そもそも事故った原因が意識喪失事件にあるんじゃないかって……」
太郎の声が胸に痛い。小学生の頃、母さんを失くした時の悲しみが甦って、太郎に深く同情した。
「修介、これって何なんだよぉ? いったいこの街で何が起きてんだよ。ちくしょうっ!」
太郎との冗談の無い会話は記憶にない。太郎のこんな悲痛な声を聞いた事は一度も無い。探さなきゃ、ヴァゴスを早く探し出してなんとかしないと!
「太郎、こっちからかけておいて何だけどさ、ちょっと用事が出来たから……」
「うぅっ!」
何の前触れも無く受話器の向こうで太郎がくぐもった声を上げた。そして続くドタンという鈍い音、さらにカラカラとプラスチックが硬い床を転がるような音……。
「太郎?」
返事が無い。
「太郎? 何があった?」
息を殺して返事を待つがケータイは沈黙し続ける。
「おいっ! 冗談はやめろよっ!」
どれだけ怒鳴っても太郎からは何の応答もなく、初めは混乱していた俺の頭にある事象が明確な姿を現す。
『意識喪失事件』
背中に冷たい物を感じたがジッとなんかしてられない。俺はすぐさま自転車に飛び乗って太郎の家がある牛木町を目指した。




