01.始まりということは
目が覚めると思ってはいなかったのに、目が覚めたのは二回目だった。刺され具合からして、助かるのはまず無理だと思っていた。
起きたばかりの鮮明ではない頭が、(自分の感覚では) さっきまでいた場所とは違う、何か違和感を感じる。
そもそも自分は刺されたのだから、普通だったら病院という白い部屋にいるはずだ。今、自分がいる部屋は、どう贔屓目に見ても医療施設とは関係がなさそうだ。体も別に痛いところはない。
鮮明ではない頭、違和感。これと同じような感覚を味わったことがある。
そう思い、仰向けのまま恐る恐る自分の手を目の前まで持ってきてみる。
白く、きめ細かく、滑らかで、でもぷくぷくとしている、小さな手。それが、自分の思いの通りに握って、開いてを繰り返している。
「っうあ」
思わず叫びそうになった。衝動的に叫ぶために吸った息を、噛み殺しながら吐く。
前は叫んだ。そしてあやされた。五歳だったから!
今回は、もしかしたらと心積もりしていたので、叫ぶには至らなかった。本当にギリギリのところで、だが。
今叫んで人を呼ぶのは良策じゃない。驚きではっきりした思考を巡らせる。
考える時間が必要だ。
ここはどこだ。調度品を見れば、日本であるようには思えない。自分はまた転生したのか。
あのあと銀行強盗はどうなったのだろうか。喜一はちゃんと助かっただろうか。
なぜ自分が二度も転生しているのか。
自分が死んで、母さんは悲しんでいないだろうか。ご飯はちゃんと食べられるんだろうか。
ここの空気がひどく懐かしい気がする。部屋の内装や調度品に見覚え、が――
とめどない考えが、頭の中をぐるぐると回って、気分が悪くなる。
子どもの体で無理をさせ過ぎると、熱を出すということは前回で実証済みだ。だが、考えないというのも無理な話だ。恐らく後で熱が出るだろう。
肩に掛かる髪を引っ張り視界にいれる。
窓から受ける光で光沢がでる、濃い青。自分はこの色を知っている 。
勿論、日本人として生まれた自分は真っ黒な髪と、染めた安っぽい茶色の髪しか経験したことがない。青色なんて日本人に似合わない色にしたことはなかったし、するつもりもなかった。
……最初のリュシーの色だ。
水色というより、紺に近いほどの濃い青色。
もう一度転生しているのであれば、ここはきっと日本ではない。懐かしすぎる空気、見たことがある調度品。そして、髪の色。
自分が今いるのは、リュシーがいた世界と同じ世界。もしくは、リュシーがいた世界と文化が酷似した世界。どちらなのかは解らないが、恐らくそんなところだろう。
新しい転生先で、黒歴史時代と同じ髪色と言うのは複雑な気持ちだ。
ショートしそうな頭でそこまで考え、布団に潜った。……気持ち悪い。
遠くから、足音が近づいてくる。
この世界の人との初対面。
緊張した気持ちで、寝たふりをしながら足音の人物を待つ。
コンコンコンと、三度のノックがあってから、誰かが部屋に入ってくる。
「お嬢様、お起き下さい」
そういえば、今の身体は女の子だった。リュシーの時は確かに女だったが、日本で19年間男と暮らしていた自分にとっては、複雑な気持ちだ。
老齢な女の人の声がする。言語は、リュシーの世界のものだった。
少しだけ身じろぎする演技をしてから、目をこすり、寝たふりをやめる。
「……お、オネット!?」
声から予想していた通りの老齢の女性。彼女に見覚えがあった。
無いわけが無い。彼女、オネットは自分の……リュシーの乳母である人だったからだ。
「はい? オネットでございますよ、リュシーお嬢様」
黒歴史時代、再・来!
予想の通り、確かにリュシーの世界ではあったが、まさかそれがピンポイントでリュシーとなっているなんて、思いもしなかった。
確かに見た事ある部屋だし、調度品だしとは思ったけど! 一つ一つの調度品に、思い出という名の黒歴史が甦る。黒歴史の封印が解ける! ……やめとこう、今はちょっと黒歴史なことしか考えられない。
これって何。転生っていわなくない!?
布団に潜り直してぶるぶると羞恥に震える自分を、オネットが不思議そうな顔をして見ていた。