10. 模倣された殺意
『星の王子さま』
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著/1943年刊
砂漠に不時着した飛行士は、不思議な星からやってきた王子さまと出会う。王子さまとの交流や旅の話を通して、愛することの意味や、本当に大切なものについて考えていく。
──違法改造武器の横行が目立ち始めたのは、約三ヶ月前のことだった。
正確には、その時点で違法改造武器が広く出回っていることを、コード・リーパー側も把握していなかった。
裏社会の動きが活発化し、タカセとグレイが対応に追われていた頃。そこで発見された遺体が、やがて違法改造武器の不正取引へと繋がっていく──。
*
一ヶ月前。不審な遺体が発見されたとの通報を受け、タカセとグレイは現場へ派遣された。
発見された遺体が裏社会の人間だったこと。それは、警察の管轄を越えてコード・リーパーまで派遣された理由の一つに過ぎなかった。
聖都市の外れ、山間部。
閉鎖されていたはずの礼拝堂は、すでに警官たちによってブルーシートで覆われていた。
「──いくら俺らがペーペーだからって、仕事ぐらい選んでもいいよなぁ? タカセ」
「仕方ない。コード・リーパーは五十人しかいないんだ。猟奇事件が起きても、裏社会は待ってくれない。俺たちでこなすしかない」
「あと百人増やしてもいいと思いまーす」
グレイの声に、イノウエは肩をすくめた。
「バカね。そんなに増やしたら、管理できるものもできないでしょう」
タカセはイノウエに視線を移した。
「それにしても、研究員まで駆り出されるとはな」
「そうね。現場に出向くのは、なかなか稀ね」
ブルーシートは、中の惨状も警官たちの姿も隠していた。だが、そこから漏れ出す臭いだけは隠しきれていない。
イノウエが同行しているのは、鑑識のためだった。
礼拝堂の入り口では、警備に立つ警官が三人に気づき、頭を下げた。
「コード・リーパーの方々ですか」
グレイとイノウエに代わり、タカセが口を開く。
「はい。通報書にあった状況と相違ありませんか?」
警官は手元の書類に目を落とし、苦笑した。
「通報書の内容に間違いはありません。……まあ、実際に見たほうがインパクトは強いですが」
三人は手袋をはめ、靴袋を装着して礼拝堂へ足を踏み入れた。
ブルーシートで覆われ、空気の逃げ場を失った礼拝堂内は蒸し暑い。まるで何かの塊を飲み込んだかのような、強烈な悪臭が充満していた。
タカセは思わず顔を歪める。
現場には慣れてきたつもりだったが、この空気には毎度胸が悪くなる。
その時、現場の奥から若い警官が青白い顔で駆けてきた。三人の脇をすり抜けて外へ出ると、そのまま盛大に嘔吐した。
警官の背中を見て、グレイは顔をしかめる。
「……あーあー。俺、行かなきゃダメ?」
「任務でしょ」
少し進んだ先に、例の遺体が転がっていた。
イノウエが目を見開く。
「……これは」
男性の遺体が六体。
どれも腐敗が始まっているのか、皮膚は全体的に緑がかり、血液とは異なる液体が滲み出ている。
しかし、それだけではない。横たわる遺体には、ある共通点があった。
「全員、同じように腹が抉れてるな」
タカセの言葉に、イノウエが頷く。
まるで腹の内側から破裂したかのような損傷。肋骨が剥き出しになり、その傷は下半身にまで及んでいた。
白濁した目と、視線がぶつかる。
見開かれた目。あんぐりと開いた口や鼻からは、黒く変色した液体が乾いてこびりついていた。
──どうしてこんな目に?
そう訴えかけられているようで、タカセは思わず目を背けた。
イノウエは静かに黙祷を捧げると、改めて遺体に向き直った。
「……腐敗が進み、組織の液状化や崩壊が始まれば、腐敗ガスで膨張した体が破裂することもある。けれど……彼らの遺体は、長く見積もっても死後一週間。時系列から考えても、あり得ないわ」
グレイはしつこくまとわりつく蠅を片手で追い払いながら、辺りを見渡した。
「なぁなぁ。銃も人数分転がってるぞ?……コイツら、デスゲームでもしてたわけ?」
「バカ」
イノウエは即座に切り捨てると、遺体のそばに屈み込み、観察を続けた。
「銃創が見当たらない。射殺ではなさそうね。刺し傷や殴打の痕跡もない」
その声に、タカセが口を挟む。
「服毒は?」
「可能性は低いわね。口の周りに異常が見られない」
「注射器を使った場合もあるだろ」
「注射痕が見当たらない」
二人がそんなやり取りを続けていると、ベテラン警官が間に入った。
「──そうなんです。死因がわからない。実は、腹部に損傷のある遺体は、これだけでは無いんです」
タカセが眉をひそめる。
「……と、いうと?」
「腹部損傷の遺体は今回で三件目。前二件の被害者数は九人……。どれも、裏社会の人間です」
ベテラン警官は、一度ため息を吐いた。肩には、やるせなさが滲んでいる。
「いくら裏社会の人間だからといって、無惨すぎる。警察組織の鑑識では死因が特定できませんでした。なので今回は、ラボにも協力を依頼させていただきました」
イノウエは黙って話を聞いていた。
やがて、わずかに眉を寄せる。理不尽に命を奪われた人間がいる。その事実を前に、彼女の表情から静けさが消えた。
イノウエは警官を真っ直ぐに見据える。
「──前二件のデータはありますか?」
*
ラボ。
礼拝堂から戻った三人は、それぞれシャワーを済ませ、イノウエの部屋に集まった。
グレイはまだ湿った髪をかき上げ、首元を気にしている。
「やっべぇ。まだ臭う気がすんだけど。なぁ、タカセ。俺のこと嗅いでよ」
「お前はもう少し真面目にやれ」
「大真面目だって。俺たち相棒じゃん」
「だとしても、嗅ぐのは今じゃない。もっとマシな時だ」
「お前、本気で言ってる?」
タカセとグレイが相変わらずの調子で言い合う横で、イノウエは濡れた髪にタオルを押し当て、わしゃわしゃと拭きながらタブレットを起動させた。
「そこのじゃれ合いコンビ〜。データが送られてきたわよ」
イノウエはタオルを肩に掛けたまま、タブレットをスクロールしていく。
画面に映し出されたのは、先ほど見た遺体とよく似た状態の写真だった。腹部が大きく損傷し、その影響は下半身にまで及んでいる。
「全員、男だな」
「──死んだマフィアの顔ぶれも、有名どころばっかりじゃん」
「そうなのか?」
「うん。あんま表立って活動してなかったから、観察対象に入ってたんだけど。一体、何が起きてんだ?」
グレイの言葉を受け、イノウエが補足する。
「彼らはコード・リーパーの目を恐れていたからね。組の崩壊を避けるために、大胆な行動は控えていたの。せいぜい勢力争いくらい。なかなかの慎重派よ」
「──そんな慎重派のマフィアたちが、揃って事件に巻き込まれているのか?」
「とにかく、死因を特定しないと始まらないわね」
「あ。ちょっと待った」
グレイはイノウエの手元を覗き込み、彼女が持つタブレットの画面を、断りもなく指先でスクロールした。そして──。
「なぁ。どの現場写真にも、銃が転がってる」
イノウエはモニターに目を向けたまま、首を傾げる。
「……マフィアなんだから、それくらい持ってるんじゃないの?」
「ちげーよ。さっきの現場にあった銃も、写真に写ってる銃も同じ系統だ。どれもJフレーム系の小型リボルバーに似てるけど、型番は違う」
タカセもモニターに目を向け、写真を確認する。
「確かに。同じように見えるな」
「──共通点は、この武器ってこと?」
「心当たりならあるぞ」
声のした方へ、三人の視線が向く。
いつの間にそこにいたのか、レインが静かに椅子へ腰を下ろしていた。
グレイが呆れたように声をかける。
「……お前、いつからいたんだよ」
レインは気にする様子もなく答えた。
「──武器の製造はライセンス制だ。コード・リーパーほど厳格ではないがな。国家の許可なく火器を製造することはできない」
レインは続ける。
「俺が扱っているのは、ラボの規格パーツと独自開発したパーツを組み合わせた武器だ」
端末を操作すると、画面にいくつかの武器構造データが表示された。
「だが最近、その規格パーツを使用していると謳う武器が、裏で流通しているという噂を聞いた」
画面に、見慣れない型番が表示される。
「本来ならラボで管理される高出力制御パーツだ。一般市場に出回るものじゃない」
グレイが眉を上げた。
「その噂を鵜呑みにするのは、まだ早くね? ラボのパーツが流出してるってことになるぞ」
「違う」
レインは即座に否定した。
「そこが問題なんだ。そもそも、その規格パーツ自体が偽物である可能性がある」
「偽物?」
タカセが聞き返す。
「ああ。送られたデータ画像で見た限りだからなんとも言えんが、ラボの規格を模倣しているだけで、実際には別物だ」
「……つまり、ラボのパーツが流出したわけじゃないってことか」
「現段階では断定できない。だが、少なくとも俺が扱っている正規品とは違う」
レインは画面に表示された構造データを指先でなぞった。
「問題は、誰がこれを製造し、何の目的で流通させているかだ」
「……なら、出所を追うしかないな」
タカセはモニターを見つめた。
違法な武器が流通している。
そして、その武器を手にした人間が、次々と不可解な死を遂げている。
偶然で片付けるには、あまりにも共通点が多すぎた。




