【#6】お風呂に入ってみた
「それじゃ早速クエスト達成出来ているか確認してみますか」
「ポイントもクエストもよくわからないけどクリアしてるといいな!」
そういえばコイツは出発前も深く聞いて来なかったな。眷属だからか? どちらにせよ最初から選択肢なんてないって態度だ。まぁ、深く考えても仕方ないか。とりあえず報酬だ。
一応過程にも興味を持つべきだろう、とすぐに販売ウィンドウは開かずに配信リザルトを開いた。
「うお…2000人も見てたみたいだぞ」
「それって多いの?」
多いなんてもんじゃない。元居た世界で同接2000なんて有名人のようだ。俺のような無名の無職ニートがおいそれと達成できる数字じゃない。そういえばこのダンジョン転移は失踪事件だとか言っていたな。世間的にそこそこ注目度が高いのかもしれない。あとは他のプレイヤーがいかに精力的かどうかだ。
まぁなんだかんだ言って初日だしな。確かに比較が出来るような数字ではないだろう。
「わからん。まぁでも俺が2000人いると想像してみてくれ」
無職のオタク2000人くらい。大体ペルソナとして大きな間違いはないだろう。
「うげぇ……すごい混沌だ」
「ははっよくそんな難しい言葉知っているな」
レオのリアクションを軽く受け流しリザルトを読み込む。ふむふむ。どうやら今回の探索では10000ptものポイントを稼いだようだ。一気にお金持ちの気分である。販売されているものの物価についてはまだ研究していないので、お金持ちなのか確かではないが数時間前と比べると大きな違いだろう。
数分眺めたが結局半分くらいが投げ銭という事しか分からなかった。コメントのログから推理すると1000円投げたら100pt、10000円投げたら1000pt溜まる計算。つまり5万円もの金額があの時集まったのだろう。残りは視聴時間やコメントやらのポイントだ。大体2時間した配信の中で視聴数の増減もあるので正確な計算をするのは少し億劫だ。
気を取り直して購入ウィンドウから施設拡張のタブを開く。分かり易いUIだな。何々? む。5000ptで風呂が購入出来る。浴槽付きだ。
スキルだとかも気になるし勿論冒険の命綱であることは理解しているが、最後の投げ銭については狙って稼いだものでもない。レオも頑張った事だし今回のポイントは生活の見直しに充てるか。
「まぁ、身体壊したら稼げなくなるしな」
ポチポチと施設拡張の項目からバスルームとトイレを購入する。そう。トイレである。初動での混乱もあるだろうが一番といっていいソレを忘れていたので、水洗の洋式便所を1000ptで購入した。
「なぁレオ、犬族って普通のトイレでいいのか?」
「なんで俺に聞くの? 俺ヴァンパイアなんだけど」
そういやそんな設定だった。うっかり勘違いだ。まぁ使えるって事でよかった。どちらにせよ買った後なんだが。
残り4000pt、これは一旦保留である。と思った瞬間ピコンと操作しているノートパソコンのモニタにクエスト達成のポップアップが表示された。同時にゴゴゴと地響きに合わせて2つの扉が現れる。
「おぉ……」
「っ! 悠真いつも前置きとか無いからすげぇ驚く……」
「それはそうか。すまん」
臨戦態勢といった感じで立ち上がりかけのレオが胡乱気な目で何かを訴えかけてくる。一方で俺は胡坐をかきながら、悪びれる様子もなく謝罪を述べた。脳内モノローグで悪びれる様子もなくって言ってしまうのは本当に悪びれてないよな。まぁいいや。と立ち上がり扉の前に立つ。
「お前も来いよ」
「あ、うん分かった」
といって出現した扉のうち一番手近にあった扉——ダンジョン入口を背にして丁度左手側の扉を開いた。
「洗面所……だな」
「洗面所? なんだそれ」
「顔を洗う所ですよ王子」
「なんか嫌だな。その呼び方をこのタイミングでしてくるの」
洗面所には当然ながら洗面台とその真後ろには風呂場と思わしき扉がある。そして突き当たりには木製のこれまた扉だ。恐らくトイレなのだろう。洗面所は購入したつもりなかったが、セット特典か何かか? あるいは風呂やトイレの付属品だとか。まぁお手洗いって言うしな。と勝手に納得する。
「という事はもう一つの扉はクエスト報酬のキッチンか」
「おぉ…! やっとご飯! めっちゃお腹すいてたんだ」
「だが、いいのか? レオよ、この泥と異臭にまみれた俺たちは今から食事をして」
「ぐぬ……よくない!」
これまた備え付けのようにバスタオルやフェイスタオルは洗面台の近くに用意されていた。使ったらどうすればいいんだろコレ。まぁいいか一旦風呂に入ろう。
いや、まて着替えとかどうしよう。いま着ている服装は俺は上下スウェットのここに来たまま、レオはフォーマルなシャツとベストと短パン。クラシカルな七五三風短パン小僧だ。
「致しかたない。服も購入するか」
風呂はせっかくだし沸かしたいと思っていたので、丁度よく時間が出来た。給湯スイッチを入れ、ささっと部屋に戻りパソコンを操作する。服は1セット200ptをまぁ、大体3セットずつの計6セットで1200ptである。残2800pt、予定外の出費だ。
二人とも1セットは部屋着としてのラフなものと、残り2セットは冒険を意識した動きやすい服装である。俺はファンタジーの冒険者ぽい麻のような生地の上下、レオは専用眷属服セットで、今着てるものの2Pカラーみたいなカラバリが出てきた。
今後はこの辺もバリエーションが出せるだろうし、もしかしたら服装とかも配信の人気などに影響があるかもしれない。頭の片隅に置いておこう。
さてさて、そんな事より風呂だが……。
テテロンテテトントテテッテン、テテロントテテントンテ~ン(テンテレトンテテン)
オフロガ、ワキマシタ
なんで人形の夢と目覚めだよ。NO〇ITZってダンジョンにも給湯器提供してんの? まぁいいや、丁度風呂が沸いたみたいだ。
「お前風呂の使い方わかる?」
「わかんない!」
仕方ない。犬を拾ったと思ってコイツも一緒に入れるか。俺は服を脱ぎ、一旦洗面台脇の謎スペース(多分洗濯機とか今後拡張するんだろう場所)に置く。近くの棚にあった手ぬぐいを一枚とり風呂場に入る。
「同じようにして入ってこい」
と、レオに告げながらシャワーの栓をひねり湯を指す。どうやら問題なく出るようだ。
レオは脱ぎにくそうな服を着ていたし、その隙に頭や身体を洗っていく。どうやらシャンプーやボディーソープは備え付いているようで遠慮なく使わせてもらう。初回サービスで無くなったら購入のパターンでも、無限に出るパターンでも今考える事じゃない。
「悠真、これでいいか?」
どうやら、丁度いいタイミングでレオも入って来たようだ。身体に付着した泡を流すように再度頭からシャワーの湯を浴び先ほど沸かした湯舟に足を入れる。
本心を言えばゆっくり入りたかったし、頭はなんならもう一度洗いたかったが、片方が子供ととはいえ二人でわちゃわちゃするには手狭だ。あとでゆっくり入ればいいや。
「まずはその栓をひねって身体を流すんだ。俺は王室のお手伝い経験なんてないから何とか覚えてくれ」
もっといえば、同性で子供で眷属とは言え他人だ。毎回一緒に風呂に入るのは嫌だし、俺は子供が苦手なのである。どう扱えばいいか分からないし、かといって突き放せない。
「王子って言ってもそうだったという記憶しかないからお手伝いさんだったりとかもよくわかんない。でも悠真には迷惑かけないようにするよ」
「ふーんそうか。ま、わからんかったらまた一緒に裸の付き合いだな!」
な? 面倒見がいいんだ俺は。どっちが本心なのか自分でも分からなくなる。
「な、なんか変な言い方だぞそれ!」
「ばっ! ちげーよ! あるんだよ俺の元居た世界にはそういうのが」
まったく子供は嫌いだ。
——数分後——
「ここがキッチンか。見事に何もないな」
先ほど現れたもう一つの扉の向こうには一般的なL型キッチンが広がっていた。腰ほどの高さの作業台とシンク。そして幾つかの収納と有り難い事に冷蔵庫やコンロは別購入ではなく備え付けだった。
「ここでご飯が食べられるのか?」
さっぱりした出で立ちで俺の後ろをついてきたレオが、お腹を押さえながら聞いてきた。そういやずっと動きっぱなしで何も食ってなかったな。
「あぁ、でも食材がないんだよな……」
と、呟きながら一応冷蔵庫の前まで進む。すると、冷蔵庫には元の世界では見たことがない液晶がついていた。13インチ程のタブレットサイズでモニターの中には様々な食材の名前とポイントが書かれている。
なるほどな。ここで食材を購入する事で冷蔵庫や収納に物が現れるワケか。久しぶりに俺はニートオタク脳で創作ロジックを基に推理する。ポイントが2種類書いてあるのは買い切り定期補充ポイントと単発購入で別れているらしい。
「ここまで色々奮発しちまったしな……ちぇっ先にキッチン見ておけばよかったな」
とりあえず今回は単発購入にしておくか、定期補充購入は少し背伸び価格だ。一旦そうだな……と炊飯器のモニターから米を100ptで購入する。今俺は米の気分なのである。てかこれ便利だな。炊けた米が補充されるのか。まぁ、パンも焼けて出てくるしそういう事もあるか。
続いて冷蔵庫でいくつかの材料を購入し、キッチンを物色する。どうやら調理器具などは用意されているらしい事を収納を探った時に見つけた。
「よし、レオお前は向こうで待ってろ。飯作って持ってってやるから」
「おう! 早くしてな! オレもうお腹ペコペコ」
「あぁ、俺も腹減ったしな」
————
——
数十分後、俺は出来た料理を皿に盛り、卓袱台の部屋に運んだ。皿と食器も収納にあったので使わせてもらった。少し心もとなく最低限だったので余裕がある時に追加で購入しよう。
「うぉぉお! なんだその料理!」
「ふっふっふ、これはだな」
俺は卓袱台に皿を並べる。俺が作った料理はレオのようなお子様から俺のような紳士まで大好きな洋食の入口、オムライスだ。起源を辿れば胃の弱い常連に具材の入ったケチャップライスを薄焼き卵で包んだ事という説があるが、食性が分からん眷属と久しぶりに動いたナマケモノの1品目にしては良いチョイスだろう。
「この料理には種類が2つほどあって、今回はこの源流とも言える薄焼きスタイルだ。この食器ですくって食べるといい」
そう言って俺はレオにスプーンを渡す。そういやコイツ銀食器は大丈夫なのか? ヴァンパイアって銀は神聖な金属で苦手って、アレは心臓を弾丸で撃たれた時だっけ? あれ、杭か? まぁどっちでもいい。そんなもの心臓にぶち込まれたら吸血鬼でなくても死ぬ。我が家では食事でも銀の弾丸でも好き嫌いは許さない方針とする。
「いただきます!」
「なんだ? それ」
「あー、食前の祈りみたいなもんだ。命を頂きますってな。血肉になる食材に感謝をしたりするらしい。作ってくれた人への礼儀としての意味もあるのかもな。詳しくは知らん」
「ふーん、じゃあ俺も! いただきます!」
レオは俺の真似をして手を揃え挨拶をすると、勢いよくスプーンでオムライスを掘りあげ口に運ぶ。
「ッ!?!?!」
一瞬目を大きく見開き、身体を硬直させたかと思うとレオは無言で勢いよくオムライスを掻き込む。どうやら口にあったみたいだな。
俺もレオに負けじとスプーンをオムライスに突き立てた。薄皮で出来た黄色の膜は、まるでクレープやスイーツの生地を彷彿させるようにふわりと破けた。隙間から漏れ出る湯気に、トマトの匂いが乗って鼻腔をくすぐる。
スプーンを口元まで運ぶと、香りが豊かに変化した。これは鶏肉とバターだろうか。
舌の上に乗せた瞬間、しっとりとした米の食感とケチャップのほのかな酸味。そして後から少し覗くバジルの風味。
なーんてね。
癖になったモノローグで、慣れない食レポなんてしてみたけど普通に美味い。この一言に尽きる。
「美味い!」
「うん……うん! もうないのか?」
「焦るなって。俺も多分もう一杯いけるから二人でお代わりしよう。ポイントもまだ少し余ってるしな」
流石にこの多幸感には抗えない。本当は少しポイントを取っておこうなんて考えはアッサリ捨てて、俺は残りのオムライスを掻き込むのだった。
働いた後の飯なんていつぶりだろう。当時は味のしない粘土を食っている気分だったハズだ。有意義な働きや精神衛生が保たれた労働の飯はこんなにも美味いのか。
あるいは一緒に食うヤツがいるお陰なのだろうか。いや、こんな推論は俺らしくないな。
今はこの幸せを享受するだけで、それだけでいい。俺たちはもう暫くこの幸せな食事の時間に感謝して過ごすのであった。




