結婚相手「君を1番に愛することはできない」令嬢「解釈一致です!」
「最初に断っておくが、俺は君を1番に愛することはできない」
「解釈一致です!」
目の前にいる最強最高ビジュアルの結婚相手・ベニーに、ルナは満面の笑みで目をきらめかせた。
嫁いだら全部が丸く収まるからと爆速で決まったこの政略結婚。
さっそく嫁いで、初めて顔を合わせて、互いに長めのフルネームを名乗った、その次の会話がこれである。
でも、それでこそ。
それでこそ前世で推したかいがあるというものだ。
本当に良かった。嬉しさで泣きそうだ。
「……その、俺が言うのもなんだが、『解釈』とは?」
「え、声に出ていましたか」
「ばっちりな」
「すみません。想像したとおりの方だなと思って、嬉しくて」
ベニーに惚れ込んでいたオタクとしての自我がつい出てしまった。
どちらかというと夢女子というよりは公式カプ推しなので、わざわざ開口一番に結婚相手にそう言うほど「1番」の人への愛が強いのはむしろ嬉しいことだった。
……それに、単推し人間としての自分の解釈とも一致している。
が、それを本人の前で口にするなんてありえない!
ルナはお口チャックの導入を真剣に検討しつつ、ベニーの顔を拝む。
複雑そうな表情。それですら美しい。
「俺が言うのもなんだが、俺は君に、間違っても誰も喜ばないようなだいぶ酷い言葉を言ったはずだが」
「だって、1番にできないというだけでベニーさまはちゃんと政略結婚なりに愛してくださるでしょうし。少なくとも、『結婚するからにはルナを1番に愛するよ』などと見え透いた嘘を言ってくる方よりは信頼がおけますね」
「……ここらで何か言葉を発したほうが良い気がするが、なんと言うべきか悩むな」
「ええ。たとえばここで『ならよかった』とおっしゃるようなら私からの信頼は地に堕ちます。ここで言葉を間違えないくらいに、息をするように私を慮ってくださる方だろうと想像しておりました」
1番に愛することはできないとわざわざ口にしたのも配慮の結果だろう、とルナは確信していた。
こういう時に真実を言ってほしいかは人によりけりのはず。
私が言ってほしい側の人間であることを調べたうえで言ったのだろう。
言ってほしい側だと知ったうえで、いやでもさすがに結婚相手に愛さないと言われて喜びはしないだろうと悩みに悩んだうえで、言ったのだ。
いかなる状況でも、相手に告げる言葉を間違えない。
ルナは前世から変に口を滑らしがちだったので、そんなベニーはとてつもなく魅力的だった。
「ずいぶんと高く見積もられているような気がするが……。少なくとも君に不自由はさせないと約束しよう。それと、望みがあるならなるべく口に出してほしい。なるべく叶えよう」
「私はベニーさまの幸せを望んでおります」
「いやそういうんじゃなくてだな……」
結婚相手と決まったからには、良き夫として、ベニーはルナに何かをしておきたい――そういうことなのだろうとは理解していた。理解はしていたが、ルナは何よりベニーに幸せになってほしかったのだ。
閃いて、ルナはひとつの提案をする。
「では、欲しいものができたら買ってもよろしいでしょうか」
「た、高すぎなければ」
「たぶん、大丈夫です」
すでに欲しいものはあらかた決まっていて、記憶が正しければ、さほど高くはないはずだった。
ルナはベニーを安心させるように微笑んだ。
◇♪◇
そんなこんなでルナは従者に部屋へと案内される。
人払いをして、ひとりきりになった。
「ふぅ……ヒロインがベニーさま以外の個別エンドを選ぶと、エンディング後にベニーさまはルナとかいう女と結婚するのね」
なぜ人払いをしたかというと、考えごとをするためだ。考えていることを無意識にしゃべって聞かれてしまったら面倒だった。
さっそく声がダダ漏れだし聞かれたらまずい内容しか口走っていない。
この世界が分岐する物語だなんて言ったらよくてやばいやつ認定だろう。
……そう、ルナは前世で乙女ゲームを遊んでいた記憶がある。
この屋敷へくる馬車が強く揺れたとき、急に前世の記憶を取り戻したのだ。
前世でもるなと読む名前だったルナ。
今世の知識や記憶は変わらず持っているものの、人格は前世に寄っていて、逆に前世の知識はそこまでなかった。転生の過程で記憶が失われてしまった、というのもあるが、たぶん前世は今世より学がなかった。
「できることなら現代知識チートしたかった……」
前世ではいわゆる「なろう小説」が好きだった。
無双系も追放系も悪役令嬢転生も婚約破棄系もなんでも。0ポイント作品から累計ランキング上位まで。
それくらいになろうが好きだったので、有名配信者がこぞって実況していたフリーゲーム『なろう系に出てきそうな乙女ゲーム』にも軽い気持ちで手を出し、そして、どハマりした。
「あらすじ! 平民で聖女な女の子がー、王立学園に入学してなんやかんやあって分不相応な人と恋に落ちますがー、聖女としていろんな功績をあげたおかげで釣り合うようになりー、婚約者がいたら彼女は身を引きー、卒業式のあとのパーティーで晴れて結ばれまーす。めでたし!」
――言ってしまえばそれだけの話なのだけど、セリフ回しがうますぎてすべての分岐を見たし、ミニゲームも地味に面白くてやり込んだ。ベニーの顔面が好きすぎて絵も描いた。
さて、このゲームはエンディング後どうなったかの情報が少なかった。
唯一わかるのは婚約者がいる攻略対象の婚約状況だけ。
逆ハーエンドは全員婚約解消or破棄。
友情エンドなら全員婚約通りに結婚。
個別エンドなら選んだキャラのみ婚約解消or破棄。
この世界では、聖女は王太子と結ばれたため、王太子以外の婚約は無事に結婚まで漕ぎ着けている。
では最強騎士ベニーのような作中で婚約者がいない攻略対象はどうなったか?
というと、その情報は一切なし。
今世で初めて、少なくとも王太子エンドであればルナとかいう人を妻とするらしいとわかった。
それがわかったとき――つまり前世の記憶を取り戻したときは本当に動揺した。この屋敷へくる馬車の中でのことだから、結婚の経緯は把握していて、政略結婚であることはわかっていたのだが、ベニーがルナに惚れたから外堀を埋めた可能性はゼロではないと思ったのだ。
だってこの政略結婚、あまりにルナの実家にとって都合が良くもはや詐欺を疑うレベルだった。
何かの間違いで、屋敷に入った瞬間から溺愛が始まり、『政略結婚のはずでしたが、最強騎士に囚われています』的なタイトルで連載されてそうな生活が待ち受けているかもしれない。
そうでなくとも、だんだんと心を通わせて恋に発展する可能性だってある。
――もしそうなったら最悪だった。
だって完全なる聖女からのNTRである。どういう選択を選んでもベニーは主人公の聖女に惚れるはずで、だったらエンディングを迎えた後であるこの世界ではベニーは聖女に惚れている。
なのにルナに惚れる!?!?
不安だったけれど、ベニーと顔を合わせてすぐ、それらが杞憂だとわかった。
『俺は君を1番に愛することはできない』
この言葉でルナは救われたのだ。
やはり聖女が好きで、そして言葉を間違えない。
そんなベニーがルナは好きだ。
まさかご尊顔を至近距離で拝み、「ベニー様」と本人の前で呼べる日が来るなんて思ってもみなかった。
……そして、ここからが重要なのだが。
「エンディング後、なのよね」
現代知識チートもできないというのに物語知ってるチートも使えない。何が起こるかわからないので、とんでもない厄災が襲い掛かって来る可能性もゼロではない。
ということで、せめてもの足掻きに、やり込み要素のレベル上げやら何やらをこなそうと思う。
ミニゲームとしてあった、ポーション作り。
ゲームでは、一度エンディングを見た後に解禁される最終段階まで極めると、難易度に見合うシナリオぶっ壊れポーションが作れるようになった。
効果が高すぎるがあまり、先回りして渡せば、1周目では戦死・病死した重要キャラが生存し、話がはちゃめちゃになってトンチキエンドを迎えるのだ。
実は聖女補正があって今の私にはポーションは作れない、という結末を迎えるかもしれないけれど、やってみたい。一番嫌なのは、実は作れたのにやらずにいて、ベニーが亡くなってしまうことだ。
彼は最強の騎士と名高い人物。
頻繁に戦いに出るし、狙われたっておかしくない。
ポーション作りに必要なアイテムを思い出す。
割と金欠だった聖女にすら揃えられた材料だ。作れるかも不明だから最初は少ししか買わないし、そこまで財政を圧迫することはない、はず。
「とにかく、ベニー様が健やかに生きていく未来は私が守る!」
ルナ以外誰もいない部屋で、ひとり立ち上がり、拳を突き上げた。
◇◇♪◇◇
結婚してからそれなりに経ったある日。
ベニーは眼前にあるものを受け止めきれないでいた。
いつも通り見送りに来た嫁が、今日は変なものを持っている。
ベニーにはそうとしか形容できなかった。
「あえて問おう。ルナ、その握りしめている小瓶の中身は何なんだ?」
「私がベニー様のために作ったポーションですよ? これはたった今できあがった『デバフ無効ポーション』です。聖女様のお力がないと作れないかと一瞬思ったんですけど、幸い聖女補正抜きに自力でフレーム単位で時間を合わせれば作れるみたいで、私でも1000回に1回くらいは成功するようです」
ツッコミどころが多すぎる。
なぜ聖女様という言葉が出てくるのかは一旦置いておくにしても多すぎる。
たしかにルナが握っている無色透明の小瓶はポーション用。ルナが今までも頻繁に自作ポーションを押し付けてきたことを鑑みれば、中身もポーションである可能性が一番高いのだが……。
ポーションとはこういうものだっただろうか?
「フレーム単位(?)で時間を合わせる」なんて工程はあっただろうか?
ベニーの頭は疑問符で埋め尽くされかけていた。
今までルナが押し付けてきたポーションは、ベニーの知識の範囲内のものだった。
ベニーの知識では、ポーションとは、「回復ポーション」の略称。即座に回復したいが治癒魔法を連発するのが魔力的に厳しいときに、代わりに軽い傷を治せる色付きの液体だ。
間違っても眼前にある液体のようにキラキラと自ら光り輝いてはいない。
それに。
「デバフ無効とはなんだ?」
「悪い状態変化を無効にします。飲んだら即座に今かかっている酔いや毒などが治り、一定時間はたとえ毒ガスを吸っていてもそれが人体に悪影響を及ぼすことはないはずです。さすがに検証できなかったので確実とは言えませんが……」
「はあ……」
言葉の意味はわかるが、わからない。
「ま。とにかく、貴重ですが1本限定とかでは無いので! やばそうだったらケチらず飲んでください! たかがポーション、今まで渡してきた回復ポーションと同じただの液体ですから! 絶対ですからね! 私はベニー様の生還と幸せを願ってるんです!」
「……」
ルナの言動は、初対面のときからずっと、少し変だ。
「はい、受け取って。さあ、いってらっしゃい!」
「…………ありがとう、行ってくる」
けれど、想われていることが隅々から感じられて、悪い気はしなかった。
◇♪◇
……あのキラキラな液体の出番など一生来ないのではないかと思っていたが、受け取ってからさほど経たないある日、危機は訪れた。
「まずい…………っ!」
騎士の1人が絞り出すように言った。誰の声かはわからなかったが、誰もが同じことを思っていた。
森に発生した、大規模な魔獣の群れ。森になるべく影響を出さないため、魔獣に効きやすい火炎魔法は使わせてもらえない。そんな環境下でも、騎士団ならば、騎士団がいつも通りに動けていれば、余裕で一掃できるはずだった。
はずだったのだが。
未知の霧状の毒だろう、と回らない頭でベニーは当たりをつける。
思考力低下、動く速度の低下、意識の遠のき、その他もろもろ。
突然霧のようなものが視界を占めていき、横にいるはずの騎士が見えないほど見通しを悪くしたその直後から、こうして苦戦を強いられている。
「……ふっ!」
いつもは一撃で複数倒せる弱い敵を、やっとの思いで無力化する。
が、目の前の一体を何とか切り伏せられたところで、魔獣の一掃にはほど遠い。
むしろ数で押され、騎士団が一掃されてしまう可能性すらあった。
絶対に食い止めねばならない。
戦いのたびに苦しそうにしていた聖女様と、彼女が重荷が下りたときに浮かべていた安堵の笑みを思い出す。彼女が再び戦場に立たなくてもいいように、国ごと守るために、ベニーは王国の騎士であり続けるのだ。
足掻け。
抗え。
剣を振れ。
傷を与えろ。
言い聞かせることで多少は動けたものの、少しずつ、少しずつ動きが鈍っていく。
「く……ふぅ……っ!」
呼吸が苦しい。
唇を噛み締めたそのとき――、
『やばそうだったらケチらず飲んでください!』
ポーションを差し出すルナの必死な表情が脳裏に浮かび、ベニーはわずかに思考力を取り戻した。
そうだ、ベニーは今「デバフ無効ポーション」を持っている。
ルナの言った通りの効果が本当にあるならば、うってつけだった。本当に効果があるかはわからないが、少なくとも、ルナに害意がないことだけはわかっている。
信じよう。
意を決して、黒い瓶を取り出した。
キラキラ輝くのは目立ちすぎると黒い瓶に入れたそれを、喉に流し込む。
瞬間、嘘のように視界がひらけた。
「……は?」
思わず呆けた声が出る。
息の苦しさも、思考のモヤも、動きにくさも。
さっきまでベニーを苦しめていたものが、すべて無くなったかのように感じられた。
視界がクリアになっていたから、周りの騎士がまだ苦しんでいることもわかる。思考がクリアになっているから、これがポーションの効果であることもわかるし、この効果がいつか切れることも思い出せた。
『一定時間はたとえ毒ガスを吸っていてもそれが人体に悪影響を及ぼすことはないはずです』
ルナが言っていた「一定時間」というのがどれほどかはわからないが、短いと見積もるべきだ。
その短い時間でどうするのが最も有効か?
短時間で現状を打開する策は?
冴え渡っていた思考は、すぐに答えを導き出した。
勝利の確信を持って、ベニーは軽やかに駆け出す。
にこやかに勝利をねぎらう聖女の姿と、オーバーなくらいに帰還を喜ぶルナの姿を隅に思い浮かべながら、油断はしないままに少しだけ口元を緩めた。
◇◇♪◇◇
「え、つまりデバフ無効ポーションがベニー様の役に立ったと……!?」
帰還したベニーから詳細を聞いたルナは目を丸くした。
まさか本当にベニーの命の危機を助けられるなんて。そのために頑張ってきたとはいえ、いつも通り傷ひとつないベニーをまじまじと見たところで実感が湧くはずもなかった。
確かにポーションは無くなっているし、嘘をつくはずがないので本当のことなんだろうけど。
助けられたこと自体はすごく嬉しい。
が、そもそも危機が迫っているというだけで許し難い。
感情をどう持っていけばいいのかわからず固まっていると、ベニーは微笑んだ。
「君はまず喜んだ方がいい。俺は君のおかげで今こうして生還している。……ほら、さっきまでの幸せそうな笑顔はどうした」
でも……と動きそうになる唇を全力で止め、ルナは口端を持ち上げて笑った。ベニーがそれを望んでいるなら選択肢はない。
そうだ、ルナは望み通りベニーの命を救えたのだ。
「そのうえで、未来の話をしよう」
「!」
「専門家の見立てによれば、これは何者かによって引き起こされた人災とのことだ。今後再び同じような緊急事態が起こる可能性は低くなく、そのような事態が発生した際に君が作るポーションが必要になる可能性は高い。いまだに聖女のことが好きなくせに君の好意を利用するようで心苦しいが……その分の埋め合わせは必ずする」
「え、あの、私が好きでやってることなので……」
あたふたと手を振るが、食い気味に「それでもだ」と言われてぴたりと固まってしまう。
「それに、単にポーションがあったから助かったのではなく、君が作ったポーションだったからこそこうして生還できた可能性が高いんだ」
「え?」
「思考力の低下があって、すぐにはポーションの存在を思い出せなかったんだ。記憶が曖昧だが、最終的に思い出せたのは、ポーションを差し出す君の姿が強く記憶に刻まれていたから……だと思う。だからよければ、これからも、今まで通り見送りをお願いしたい」
表情に罪悪感をたたえて申し出てくるベニー。
何を頼まれるのかと思ったら、「見送り」なんて。
ルナとしては、たとえ嫌がられても一生やりたいくらいの内容だ。いやもし嫌がられたら理性をフル稼働して止めるけど、それくらい見送りはやりたいのだ。
むしろ自分ばかりが幸せすぎて、ベニーはどう思っているのかたまに不安だった。
でも、喜ばれていたと、お願いされるくらい喜ばれていたと、それが今わかって、本当に嬉しい。
ああもう、どうして、この人はいつも言葉を間違えないのだろう。
ルナが一番欲している言葉をくれるのだろう。
「……っ、解釈一致です」
泣きそうなのを誤魔化すように小さく呟いて、それからルナは笑う。
「お安い御用ですよ! 初めは私ばっかり幸せで申し訳なさがあったんですけど、Win-Winなら堂々と幸せを噛み締められます!」
ふわりと微笑み返された。
「……引き受けてくれて、ありがとう」
「こ、こちらこそです!」
ベニーの自然な笑顔が他でもない自分の言動によって引き出されている。
その事実だけで胸がいっぱいになったルナは、しみじみと夢のような幸福を噛み締めた。
ルナの幸せには、ベニーが幸せに生きていることが必要で。
そのベニーの生還には、ルナの作るポーションが必要だという。
ベニーは聖女が好きなままで、ルナを適切に慮ってくれる。
――そう、互いが互いを必要としていて、互いを慮ることができる。
そんな今の生活は、きっとこれからも続いていく。
とはいえ、未来のことなんてわからない。ベニーがルナを必要としなくなったら、ルナは大号泣しながら受け入れるだろう。
けれど、どんな危機が訪れても、戦死エンドだけは絶対に認めてなるものか。
眼前の微笑むベニーを目に焼き付けて心のフォルダに収めながら、まだ手が回っていないゲームのやり込み要素を思い浮かべながら、ルナは決意を新たにした。
恋じゃないけど愛、みたいな。
よければリアクションなどいただけると励みになります。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
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