6話 たべてもおいしくありませんよ
「じゃぁ後は頼んだぞーだぞーだぞぉ・・・」
華やかなりし、笑み一つ残し「転移門」から消えた。マラストーリス現国王フェルダー、いや本人はすでに元だと思ってるし。そして対照的であった彼の腕に抱かれていたカノアリィ。どこか投げやりで呆けた顔だった。無表情が崩れていたらしい。近親者は悟った、笑えないのではなく笑わなかったのだと。ともかく、悠久の歴史をもつ国の元王とその孫は、お供2名を伴い何処へと旅立った。・・・行き先くらい言えよ。全てを押し付けられた息子セドリック王子は空を見上げ、早朝の晴ればれとした青さにさえ文句を言いたい気分になった。
元はといえば、フェルダーの思い付きが原因だった。彼が考えるときのくせなのだろうか。今はもうない髭をなでつけるようなしぐさをする。カノはそれを色々な角度から眺めている。デザートのゼリーがなぜかおしゃれなカクテルグラスに盛られていたので仕様なのはわかっていた。わかってはいたが、まさか全員のひざの上で回し「あーん」されるとは。まっさきに乗せられたのは祖父の膝。私のいないところで痛恨の叫びがあったそうです。なんでも
「ダーシュハルトが近頃うれしそうに自慢しよる。授乳と離乳食は女性陣に譲った!わしもやりたいぞー」
彼にとって授乳も譲る事案だったのか。それはお気の毒な。主に周囲の方々と彼の持論ですよ。そうして二口三口とさわやかオレンジゼリーが自動で口に運ばれ、「はい次」と移動し最後に祖母アウローラのお膝の上で終点となった。そこで祖父は「ふむ」と一段落した思考を周囲に披露した。
「アウローラ。あれの進み具合はどうなっておる。前倒しできるか?」
「そうですわねぇ。最短で4年てとこかしら。いちおう10年はみてましたけど」
「よし、4年でやってくれ。セドリック」
「前倒し」という言葉にセドリックとメドヴィルの両名が眉を寄せた。しかし問いただしたい疑問は封じた。なぜなら愚問だからだ。フェルダーはさも今思いついたかのごとく発せられた言葉に関する書類を目の前に出したからだ。金の縁取りのある仰々しいそれ。
「これが譲位申請書じゃ。わしとアウローラのサインは済ましてある。あとはお前の分だけじゃ」
[三大陸会議]に提出用の公式文書はとても5分で用意できるものではない。体内の空気を全て吐き出すようなため息とともにサインするのはよい息子。こうしてカノに一言も聞くこともなく話はまとまり、翌日ダーシュハルトが目覚めるまえにとっとと出発となったのでした。
「でも、あなた。3年で戻ってくださいね。カノは学院がありますもの。まさか通わせないおつもりで?」
と、いまだ孫がいる年には全然見えない祖母に凄まれたのでちゃんと帰れると思うのですが。え?3年帰れないの????
―――――「転移門」。それは各地にある大樹を繋ぎだれでも使用できる通路ですが、すべての大樹に門が作られていません。理由は「まだ」という言葉で説明できます。門のない大樹は一度訪れて大樹に触れないと行き来ができず、そのためあまりにへき地だったり陸路や航路で行けない場所の大樹には門が設置されてません。この世界には「人」「物」あらゆるものが不足しているのです。でもそれは正確な表現でもないですね。「未開」、今はそう記しておきましょう。
ぎゅっと目を閉じ転移が終るのを待つ。開けていてもいいけれど、人によっては酔うらしいのです。「早朝」「空腹」「寝起き」という三重奏ではきっと、いえさっぱり自信がありませんね。転移の時間は一瞬のようでもあり、そうでもないようでもあり、ふむ、ちっともわかりません。頬にふわっと風を感じたので深呼吸してから目を開けようとしたのがまちがいで。吸い込んだ空気はそれまで感じたことのない清涼でさわやかな・・・・あぁ、ねむ・・・・くぅ・・・・・・
「ん?眠ったか。まぁいい」
「フェルダー様、迎えの馬車がきております」
移動の馬車の音も閉め出し二度寝し、どこに着いたのか知らないままわたくしカノアリィはしばらく後に《知らない天井》を初体験するのでした。
(静かに、起きるまで待つんだ)
(わぁ、かわいいねぇ、エドにいさま)
(ふわふわなかみ、おいしそ)
(あ、ジェノ、たべちゃだめだよ)
あの・・・たべてもおいしくありませんよ
次回より「王伝編集官」に登場する方々の若かりし頃の様子がでます。
予定では数話のちに3才編が終わります。すぐに6才学院編に進めるかはまだ未定です。
少し不穏な情報がでてきたので、うろたえてます。ほのぼのしたいのに