4話 穴があったら突き落とすほどには大切ですわ
その方は私とサクリアス様がお花畑で「次は食べられるものがいいですね」とか、かわいいリクエストしたりしていたところに現れました。
「ご歓談中お邪魔してもよろしいかな」
振り向くとバラがいました。いや背後に満開のバラが見える人というべきでしょうか。思わず目をパチパチさせて見直しましたよ。するとそこにいたのは白のレースたっぷりのお召し物でにこやかな笑みを浮かべた美人さんがいたのでした。どこの王子様だーと。あぁそういえば我が家の王子はベンチでお疲れ寝でした。もう少し寝かせてあげましょう。
「はじめましてカノ姫、私はムイル・ティザーと申します。王よりあなたの教師を任されました」
「お爺様が?そうですか。よろしくおねがいします。それで何をおしえてくださるのですか?」
「私ども鳥獣人は美と芸術を愛する種族でございます。音楽・絵画はもちろん・・・お望みでしたらそれ以外も」
なんですか、その艶かしい視線。獣人と呼ばれる方たちの中では細身でいて長身な外見。髪は青灰色に両サイドが薄ピンク。猛禽類を思わせる金緑の目は鋭く射られそうだけど、柔和な表情とかもしだす空気で怖さはありません。が、幼児にそこまでの色気は無用です。蔓バラがあしらわれた美しいアーチを背後に従えて現れた方は、名以外に含むところが多そうです。
ともあれ今の年齢でできることは多くないだろうから、どうしたものかと考えていると静かに寄ってきたムイル様に抱き上げられた。日常見ているダッシュより高い目線に思わず「ふぉー」と喜色たっぷりの声を示せば、なにかを思いついたように提案してきました。
「ではまず、カノ姫には私にしかできないものをお見せいたしましょう。護衛の方、しばらく姫をお借りしますよ」
返事を聞くまでもなく彼は行動に移した。彼を中心に微風とは言いがたい空気の渦が起こり、その背に青灰色の翼が現れた。背中からあおられた風に浅い眠りだっただろうダッシュが目を覚ました。何事かと振り返ればなによりも大事な姪を抱きかかえている不埒な人物がいた。だれだ、あれは。獣人がなぜここに?
「カノ!・・・!・・・!」
ダッシュが叫んだろう言葉はカノには届かず、見たこともないほどの悲壮感を貼り付けている彼の顔が小さくなる光景を見送った。そう、そういうことなのね。物理的にカノをダッシュから引き離すことができるということは、彼に逆らえなくなるということだ。それにしても、お爺様もお人が悪いこと。今ダッシュに弱点を指摘されるのですね。大切な人を失うのはつらい事。しかも彼より年の若い私を使って疑似体験ですか。・・・帰った後が面倒ですね。思わず洩れたため息に
「おや、心配ではないのですか?」
「・・・おかげさまで良い勉強になります」
「それは光栄だ。あなたは彼を大切に思っているのですね」
「ええ、穴があったら突き落とすほどには大切ですわ」
「ふふ、それはそれは」
ゆかいゆかいという副音声が聞こえる。でもその流し目は笑ってませんよ。私の先生というのはおまけでしょうね。そんな軽口が終るころ、視界は一面の空色の中にいた。眼下に広がる緑豊かなマラストーリス国、振り返れば港街プリークと内海。その向こうにはアトラドス島が見える。王都にある人の営みは豆粒のようで、全身の感覚がそこから離れた。ゆっくりと両手をのばし世界そのものを抱きしめる。そして彼からふわりと離れる。大気はそのままふかふかの布団のように受け止めてくれる。うれしくて万歳しながらコロンコロンと寝返りをうって顔を含めて全身で喜びを示した。いーいきもちー
・・・コホン、ではそろそろ本題に移りましょうか。ムイル様の笑みがさらに増してますよ。麗しいお顔で窺うように首をかしげ
「下は窮屈ですか?」
「まだ始まったばかりですよ?」
「方々の中ではあなたが一番快活ですから、下も騒がしくなるでしょうね」
心外だなぁ、私より二番目の・・・ごほんごほん。うん、どこかで聞いていそうだ。ゆっくりと起き上がり彼と向き合う。だれもいないこの場に満足げにうなずき、今日会って一番の笑みを浮かべながら礼をする。
「改めましてご挨拶を。ダルナが一席を預かるラージャーラより遣わされました。我が名はムイルティザー。あなたの手となり足となりましょう。」
「王伝編集官」から書かない部分がはじき出されたのがこちらの話です。両主人公は現在あちらでニアミス中。会わないのはだれかがそう仕向けています。だれとは言いませんが。