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第六十四話「発明家の男爵」

 商業区の闘技場に向かい、入り口で入場のためのチケットを買うと、温めた葡萄酒や軽食も売っていたので、俺とリーゼロッテさんは葡萄酒を購入して観戦席に進んだ。クラウディウスさんも葡萄酒を飲みたがったが、既に人間の体を失っているから食事を摂る事は出来ない。


 闘技場にはギルドマスター試験の際に一度だけ入った事があるが、今日は客として席に座っているから何だか新鮮だ。闘技場の中央には魔物が入った檻がいくも置かれている。今日はガーディアンを披露し、魔物と戦わせる闘技会を行うらしい。観戦席は円形の闘技場を見下ろす形で設置されており、最大で八万人収容する事が出来るのだとか。


 闘技場には造形の魔法に特化した職員が何人も居るのか、職員達が杖を振ると、そこには小さな町にしか見えない空間が出来上がった。ここが来月、俺達が国家魔術師試験を受ける場所なのだ。観客として闘技場を見渡すと、驚く程巨大な建物だという事に気が付く。


 観客の数も意外と多く、少なくとも五千人以上はキルステン男爵の催し物のために入場している。リーゼロッテさんの説明によると、闘技場では基本的に毎日催し物が行われおり、ギルドマスター試験も観戦出来る仕組みになっているらしい。


 主に冒険者による魔物との戦闘、それから冒険者同士の模擬戦など。有名なギルド同士の模擬戦が開かれる日には、何万人もの観客が観戦に来るのだとか。


「ラサラスにもいつか出場依頼が来るかもね。ギルド同士の模擬戦を行って、アドリオンで最強のギルドを決めてみるのも面白いんじゃない?」

「そうですが、レベッカさんがこちらに居たら相手が気の毒ですよ。試合にすらならない気がします」

「杖一振りで試合が終わるかもしれないわね。私達が今度闘技場に立つのは来月の国家魔術師試験……何だか緊張するわ」

「はい。三週間後にはここで試験を受ける事になるんですね。やはりアドリオンにも多くの冒険者が滞在する事になりますね」

「受験者は大体一週間前にはアドリオンで滞在を始めるみたいね」


 三週間後には国家魔術師試験を受けるのだ。その日にエルザの運命が決まると言っても過言ではない。今の俺は魔力も肉体の状態も極めて最高に近い。今の調子を維持したまま国家魔術師試験に臨めば、確実に合格出来るだろうとレベッカさんは言っている。


 しかし、試験は何が起こるか分からない。実際、毎年多くの受験者が命を落としている。冒険者として最高の実力を持っているという事を証明しなければならないのだ。命を懸けて試験に臨まなければならない。


「そろそろ始まるみたいね……」


 リーゼロッテさんが呟くとすぐに闘技場の門が開き、キルステン男爵と思われる人物が入場してきた。周囲からは乾いた拍手が上がり、俺は葡萄酒を飲んで体を温め、これから披露されるガーディアンの登場に胸を高鳴らせた。


 長身で赤髪、三十代前半程のキルステン男爵が銀のステッキを振り上げると、彼の背後から金属製の魔物が姿を現した。ゴブリンロードをモチーフにしているのだろうか、体の大きな金属製のゴブリンロードがゆっくりと歩いてくると、熱狂的な拍手があがった。


 一体どういう仕組で歩行しているのだろうか。手にはロングソードを持っており、檻の中に居る無数の魔物を挑発すると、魔物達は怒り狂って檻を叩き始めた。


 檻の中にはゴブリンが十体入っており、今からキルステン男爵のガーディアンとゴブリンが戦闘を始める。観客達はどちらが勝つか予測し、賭けを始める者も居る。


 流石にミスリルで作られたガーディアンがゴブリン程度の魔物に負けると考える人は少ないのか、ガーディアンの勝利を予想する人が多い。クラウディウスさんは賭けを始めた人達に近づき、ゴブリンの勝利に千ゴールド賭けた。


 ガーディアンはロングソードを構えて檻を見つめると、ついに檻が開いた。中からはナイフやショートソードを持ったゴブリンの群れが飛び出し、一斉にガーディアンに襲いかかった。


 ガーディアンの攻撃力は非常に高く、剣一振りでゴブリンを真っ二つに切り裂いた。闘技場がガーディアンの戦いぶりに歓喜の声を上げたが、次の瞬間、仲間を殺されたゴブリンがガーディアンの腹部に土の塊を飛ばして攻撃を仕掛けた。


 魔物は基本的に全ての種族が魔法を使用する事が出来る。ファイアゴブリンなら火属性の魔法、ゴブリンなら地属性の魔法。中でもゴブリンは土の魔法に特化しており、土を作り出す事を得意としている。ゴブリンは森で人間を待ち伏せ、遠距離から土の塊を飛ばして奇襲する。単純な魔法だから、駆け出しの冒険者でもなければゴブリンの魔法を直撃する事は無いが、ガーディアンは戦闘経験が少ないのか、ゴブリンの魔法を腹部に受けて倒れた。


 それからはゴブリンの一方的な攻撃が始まった。九体のゴブリンがガーディアンを囲んで次々と攻撃を放ち、ミスリル製の腕や足を強引に引きちぎった。ゴブリン達は激昂してガーディアンを袋叩きにすると、ガーディアンは遂に命を落としたのか、黒い煙を上げて小さく爆発した。


 ミスリルの様な非常に高価な素材を用いて作られたガーディアンがゴブリンを一体しか倒せなかったからか、会場からはキルステン男爵に対して罵声が浴びせられた。


 勝負の結果を予測していたクラウディウスさんは掛け金を受け取ると、満足げに懐に仕舞った。ちなみに彼は普段殆どお金を使う事が無い。自分のためにはお金を使わず、浮浪者や孤児などにお金を配っているのだ。


 クラウディウスさんはモーセルで冒険者の教育を行っているから、彼は毎月モーセルから三万ゴールドの報酬を受け取っている。お金を受け取っても貧しい村人や、自分が教育している冒険者に武具を買ってあげるので、モーセルの冒険者達は日増しに力を付けている。


 勿論、武具を揃えれば強く慣れるという訳ではないが、切れ味の良い剣や丈夫な防具は冒険者としての生活を向上させてくれる事は間違いない。


「あのガーディアンは腕力は強いみたいだが知能が低い。きっと安い魔石でも使っているのだろう」

「魔石の能力によって魔力と知能が決まるらしいですからね」

「うむ。ミスリルの体を持っていても、実践を積まなければ魔物相手に上手く立ち回る事は出来ない。キルステン男爵は貴族だから、冒険者の動きをガーディアンに教え込む事は出来ないのだろう。私がガーディアンに教育でもすれば、あの金属の塊はもう少しまともな動きが出来たと思うのだが……」


 キルステン男爵はガーディアンがゴブリン相手に敗北した事を悔しがったが、不敵な笑みを浮かべ、再びステッキを振り上げた。選手入場口からはガーゴイルをモチーフにした二メートル近い金属製のガーディアンがゆっくりと入場してきた。


 青白く光るミスリルの光沢が美しく、目には大粒のルビーが嵌っており、手にはスピアとラウンドシールドを持っている。胸部に魔石が嵌っているのか、胸のパーツの隙間から僅かに小さな魔石の輝きが見える。


 ガーゴイルの姿をしたガーディアンが入場口からキルステン男爵を目指して歩くと、魔石の力が切れたのか、黒い煙を上げて力なく倒れた。まさかこんな結末は誰も予測していなかっただろう。観客は入場料を返せとキルステン男爵に対して怒りの声を上げ、会場に来ていた貴族達も失望して席を立った。


 ゴブリン達は力なく倒れているガーディアンを何度も殴りつけると、キルステン男爵は涙を流しながらガーディアンを抱きしめた。


「魔石さえあればこいつは幻獣だって倒せるんだ! いいや、剣鬼だって倒せるに違いない! 誰か、私に魔石を恵んでくれ……!」


 観客は呆れながらも男爵に罵声を浴びせたが、俺は何だかキルステン男爵が可愛そうになったので、観客席から飛び上がってキルステン男爵の隣に着地した。剣鬼だって倒せると言っていたキルステン男爵は俺を見ると愕然とした表情を浮かべた。


 ゴブリン達はガーディアンを守るキルステン男爵に攻撃を始めたので、俺はゴブリンを蹴飛ばして檻に戻した。キルステン男爵は急いで涙を拭うと、俺の手を握って覚悟を決めた表情で俺を見つめた。


「剣鬼、クラウス・ベルンシュタイン! どうか私に魔石を恵んでくれないか! いいや、一時間だけ貸してくれるだけで良いんだ! 私のガーディアンは魔石さえあればゴブリンに負ける事はない!」

「さっきは幻獣や剣鬼にも負けないと言っていましたが、その言葉は本当ですか?」

「すまない! つい興奮して剣鬼にも勝てると言ったが、冷静に考えれば君には勝てないだろう。しかし、魔獣クラスの魔物に負ける事は絶対にない! 幻獣の魔石さえあれば、こいつはもっと強くなれるんだ……! 私は全ての財産を手放してこいつを作り上げた! どうかこいつの強さを証明するためにも、魔石を貸してくれ!」

「わかりました。男爵様、俺はこれから魔石を取りに戻りますから、それまで観客を帰さないようにして下さい」

「ありがとう……ベルンシュタイン殿! 恩に着るよ!」


 観客達は俺が闘技場に入ったからか、すぐに席に戻り、闘技場に集まっていた貴族達も再び席に戻った。昨日幻獣を討伐したばかりだから、町が俺に注目しているのだろう。俺は大急ぎでギルドに向かって走り、カウンターの奥に並ぶミノタウロスの魔石を取ると、すぐに闘技場に戻った。


 俺が戻ると観客は更に増えており、貴族達が座る貴賓席には更に多くの貴族が押しかけていた。どうやら、キルステン男爵と俺が共同でガーディアンの開発を始めたと噂になっているみたいだ。


 俺はただ魔石を一時的に貸すと言っただけなのだが、観客が適当な噂を広めたのだろう、今では一万人以上もの市民が駆け付けている。俺がキルステン男爵の隣に立った瞬間、市民達は熱狂的な歓声を上げた。


「キルステン男爵様。これはミノタウロスの魔石です、これでガーディアンの強さを皆さんに証明して下さい。俺は男爵様の研究を応援しています。人工的に作り上げた魔物が地域を守る事が出来れば、冒険者の負担は減り、衛兵もより安全に働けると思いますから」

「ミノタウロスの魔石! こんなに高価な魔石を私に貸してくれるとは……! 本当にありがとう……! 剣鬼ベルンシュタイン!」


 俺はキルステン男爵に魔石を渡すと、彼はガーディアンの胸部を開いてミノタウロスの魔石を嵌めた。瞬間、魔石から爆発的な炎が上がり、ガーディアンの体を包み込んだ。


 対になった翼を大きく開くと、上空に向けて大きく口を開き、強烈な炎を吐いた。ガーディアンが放った炎はヴィルヘルムさんのアイスウォールを一撃で破壊出来る程の威力だった。これがミノタウロスの魔石の力を得たガーディアンの強さなのか。


 強すぎる魔法の威力に鳥肌が立ち、心臓が高鳴り始めた。人工的に作り上げた魔物が熟練の魔術師をも上回る炎を作り上げたのだ。それからガーディアンはスピアを持ち、ラウンドシールドを構えると、再び檻が開いてゴブリンの群れが飛び出した。


 ガーディアンは翼を開いて上空に飛び上がり、地上のゴブリンに向けてスピアを投げて一撃で敵の命を仕留め、炎を吐いて敵の群れを燃やし尽くした。僅か二発の攻撃で九体のゴブリンを仕留めたのだ。これは間違いなく歴史を変える研究だ。貴族が作り上げた金属の塊が、自分の意思で魔物に攻撃を仕掛けたのだ。


 知能が低ければ観客に攻撃を仕掛ける可能性もあるが、やはり幻獣の魔石を体内に秘めているからか、キルステン男爵の命令を聞いてゴブリンの群れを一瞬で殲滅した。圧倒的なガーディアンの戦闘力に、会場全体から大きな拍手が上がった……。

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