第六十三話「剣聖との再会と幻獣の素材」
暫く室内でララと他愛のない会話をしていると、朝の稽古を終えたリーゼロッテさんが俺の隣の席に腰を降ろした。ティファニーは俺達が以前討伐した魔物の魔石を研磨している。ゴブリンロード、ゲイザー、ミノタウロスの魔石を丁寧に磨いてカウンターの奥にある棚に置いた。これはラサラスの幻獣討伐の経歴でもある。こうしてギルド内に幻獣の魔石を展示していると、一目でギルドの戦闘力が分かる。
デーモンの魔石は悪魔の魔装の製作に使用し、レッドドラゴンの魔石はロタールさんに買い取って貰った。昨日討伐したミノタウロスの魔石を磨き終えたティファニーは満足気に魔石を見つめて微笑んでいる。やはり幼い頃から魔石屋の仕事を手伝っていたからか、魔石に触れたり研磨したりする事が好きみたいだ。
「クラウスは発明家のキルステン男爵って知っているかしら?」
「キルステン男爵ですか? 一度も聞いた事はありません」
「私も昨日ギルドを訪れた人から聞いたのだけど、キルステン男爵という貴族が金属から魔物を作ろうとしているみたいなの」
「金属から魔物を? 魔物を人工的に作り出すなんて可能なんでしょうか?」
「それが、既に試作品が完成しているみたいなの。強さはまだ不明だけど、今日の昼頃に闘技場で披露するみたいよ。キルステン男爵が作り上げた魔物と本物の魔物を戦わせるんだって」
「それは面白そうですね。是非見に行きましょう!」
「ええ、私も気になっていたから。もし人間の味方をする魔物を作り出せるなら、画期的な発明だからね」
俺は久しぶりにリーゼロッテさんと二人で町に出る事にした。ティファニーとヴィルヘルムさんも誘ったが、今日はフェリックスさんが不在だから、ララと共に受付をしてくれる事になった。それに、二人はあまりキルステン男爵の発明品とやらに興味はないらしい。
早めにギルドを出ると、商業区で朝食を食べ、彼女の買い物に付き合う事にした。普段は二人だけで出歩く事もないから、久しぶりにリーゼロッテさんとゆっくり語り合い、彼女の気が済むまで買い物をして過ごした。やはり町はキルステン男爵の話題で持ち切りになっている様だが、俺の姿を見てミノタウロス討伐を称賛してくれる市民も随分多い。
アドリオン市民の中にはディース出身の人も多いみたいで、故郷を救ってくれてありがとうと、涙を流して感謝する人も居た。市民達には魔族が出現したという情報は解禁されていない様で、昨日の事件は盗賊がディースを襲い、女を誘拐したという事になっているらしい。
魔王、アマンデウス・フロイデンベルグが死んでから五百年もの間、魔族は一度も人間と接触しなかった。人間も魔族が暮らす大森林に入る事は無かった。魔王を討伐した国家魔術師達が生き残りの魔族を探し出して仕留めたが、無数の幻獣や聖獣が巣食う大森林の隅々を捜索する事は不可能だったのだとか。
「クラウス、いくらあなたが強くても、大森林に一人で入る事はお勧めしないわ。古い時代の文献によると、幻獣や聖獣は大森林で生まれたと書かれている。人間が侵入して生きて帰れる場所じゃないの」
「それでも、初めて大森林に入った人間は魔物に受け入れられ、魔族の子を産んだのでしょうね」
「恐らくね。人間の世界を捨てて大森林での生活を選んだ者が魔物と交わって魔族が生まれた。国家魔術師程の実力者でも、一人で大森林に入る事は自殺行為だと言われている」
「魔族が再び大陸を支配しようとしているのなら、魔族が隠れ住んでいる大森林を捜索した方が良さそうですが」
「捜索する戦力があれば勿論そうすると思う。五百年前、魔王が大陸を支配した時、当時は現在よりも国家魔術師の数が多かったみたいなの。冒険者の平均レベルも現在より高かったみたい。それでも魔王との戦闘で多くの冒険者、国家魔術師が命を落とした」
「俺達冒険者は万が一の時に備え、戦力を蓄える事しか出来ませんね」
「そう。だから今日公開されるキルステン男爵の魔物に注目している冒険者が多いの。勿論、市民も人工的に魔物が作れるなら都市の防衛力が上がるから、キルステン公爵には期待しているみたいね」
キルステン男爵が五年前から制作している魔物の名前はガーディアンと言うらしく、実在の魔物をモデルにして、様々な魔物の姿をした試作品を作り続けているらしい。金属で魔物の形を作り、魔石を動力にして動く事が出来るのだとか。魔石の強さによってガーディアンの魔力、知能が決定されるらしく、強い力を秘める魔石を日夜探し続けているのだとか。
ガーディアンの制作方法は公開されていないが、素材はミスリルを使用しているらしく、希少な金属を買い集めるために、自身の屋敷を売って研究を続けているのだとか。現在は僅かなお金と、試作品のガーディアンと共に、中央区にある小さな馬小屋で生活をしているらしい。
今回の研究発表でついに全財産を使い果たして仕舞ったから、発表の場で研究を続けるための出資者が見つからなければ開発を中断し、冒険者として一から出直す考えを持っているらしい。
幸い、俺達パーティーは高頻度で幻獣を討伐し、討伐報酬と素材を売って作った資産がある。現在は百二十万ゴールド以上、自由に使えるお金があるのだ。昨日、俺が緊急クエストを受けてミノタウロスを討伐し、村の人達を救出した事による報酬も間もなく頂けるだろう。
使い切れない程のお金を一年足らずで集める事が出来たが、特にこれといってお金を使う事もない。仲間の装備が必要な時はその都度必要に応じて購入している。
ギルドの新規加入者にも特典として無償で武具を贈る事に決めている。勿論、武具を買い換える必要がある者に限るが、稼いだお金はなるべく仲間達のために使いたいのだ。自分自身の装備は、悪魔の魔装とデーモンイーターという最高級の武具を揃える事が出来たから、暫く新たな装備は必要ないだろう。
つい最近だが、ロタールさんが俺の専属の鍛冶職人になってくれた。俺が魔物討伐で希少な素材を得たら、ロタールさんに格安で提供する約束をしている。その代わり、新たな武具をいつでも必要に応じて鍛えてくれるのだ。
ゼクレス大陸で最高の鍛冶職人と専属で契約を結んでいるのは俺と国王陛下以外に居ない。俺はそれだけロタールさんから期待されているのだ。なんと光栄な事だろうか。
ミノタウロスの素材を持ち帰る事が出来たらロタールさんに提供したかったのだが、大急ぎでアドリオンに戻らなければならなかったから、ミノタウロスの体内から魔石を引き抜き、残りの素材は捨てておいた。クラウディウスさんが素材を持って移動をしている可能性もある。幻獣の素材を使いもせずに捨てておく事は非常に勿体無いからだ。
「闘技場に向かう前にクラウディウスさんを召喚しましょうか」
「そうね。召喚魔法を使用する場合は、事前に衛兵の許可を得なければならないのよね」
「確かそうでしたね。町で召喚をする際には、まず衛兵の前で召喚獣を披露し、人間に危害を加える可能性が無いと認められなければ、アドリオンに入る事は出来ない決まりになっていると聞いた事があります」
俺とリーゼロッテさんは正門を守る衛兵の元に行き、ギルドカードを提示して身分を証明した。衛兵はすぐにクラウディウスさんの召喚を許可してくれた。それからギルドカードに幻獣のデュラハン、すなわち剣聖、クラウディウス・シュタインを必要に応じていつでも召喚して良いと書き込んでくれた。
クラウディウスさんがモーセルで冒険者の教育をしているという事は、アドリオンで国防に携わる者なら誰もが知っている。衛兵の中には剣聖に憧れている者も居るので、許可は簡単に降りた。それからクラウディウスさんを召喚すると、彼はミノタウロスの角を二本抱えたまま魔法陣から出てきた。
「ここはアドリオンか! 移動の手間が省けたよ、ありがとう。素材を捨てるのが勿体なかったから、角だけでもと思って回収したのだ。その他の部位はディースの村人達に分けたぞ。今回の魔族の襲撃で家族を失った者も居るからな。幻獣の素材を売れば暫く食っていけるだろうからな……」
「ありがとうございます。俺は急いでいたのでそこまで気が回りませんでした。ミノタウロス角はロタールさんの店に運ぶ事にします」
「うむ。私は町で一日滞在したらモーセルに戻る事にする」
リーゼロッテさんは久しぶりにクラウディウスさんと再会したので、二人は熱い抱擁を交わした。それからクラウディウスさんはリーゼロッテさんの魔力を感じ取ったのか、彼女の成長を褒め称えた。
「既に私が知っているリーゼロッテではないな。随分魔力を鍛えたのだな」
「はい、クラウディウスさん。毎日魔法の訓練を積んでいるんです」
「それは良い事だ。それで、ヴィルヘルムとの関係は進展があったのか?」
「いいえ、何もありません。もしかしたら私は嫌われているのではないでしょうか」
「馬鹿な。それだけはないぞ。ヴィルヘルムは確かにリーゼロッテの事を好いている。そうだな? クラウス」
「はい、ヴィルヘルムさんはリーゼロッテさんの事が好きですよ。ただ、未だにローゼさんの事が忘れられないんです……」
「私は彼の気が変わるまで気長に待つとするわ」
「リーゼロッテさんの様な美しい方に待って頂けるなんて、ヴィルヘルムさんは幸せ者ですね」
「ありがとう、クラウス」
リーゼロッテさんは満面の笑みを浮かべ、俺を抱き締めてくれた。彼女の強い聖属性の魔力は体内に闇属性を持つ俺とは相性が悪いが、それでもリーゼロッテさんの心地良い暖かさを感じる。
体が触れ合っている時に最も心地良さを感じるのはララだ。彼女は闇属性を秘めるダークフェアリーだからか、最も魔力の波長が近い。その次はクラウディウスさんとレベッカさんだろうか。
クラウディウスさんは墓地で出会った時には禍々しい闇の魔力を秘めていたが、最近では殆ど闇属性を感じる事もない。改心してからのクラウディウスさんはすっかり人が変わったようだ。体からは僅かな闇属性と強い雷属性を感じる。
「クラウス、国家魔術師試験は合格出来そうなんだろうな?」
「はい、必ず合格してみせます」
「私も可能ならもう一度国家魔術師試験に挑戦したい。だが、私はクラウスの召喚獣だから自分の意志で国家魔術師になるかどうか、選択する事は出来ない」
「それなら、クラウディウスさんも国家魔術師試験を受けましょう! 五人で一緒に合格するんです」
「本当か? 前回の試験では最終試験で敗退したから、それだけが心残りだったのだ。また今回も女の受験者と決闘をする事にならなければ良いが」
クラウディウスさんが前回、国家魔術師試験を受験した時は、最終試験の決闘まで進み、女性の受験者と剣を交えた。クラウディウスさんは自分の決闘相手が女性だったからか、本気で攻撃を仕掛ける事が出来ずに敗退した。
クラウディウスさんの代わりに合格した女性は二ヶ月後に幻獣との戦いで命を落とした。最終試験まで生き残る力がある冒険者だった事は間違いないが、合格者としては経験と戦闘力が低かったのだろう。
それ以外の四人の国家魔術師も全て一年以内に魔物に殺害された。国家魔術師とは誠に短命な職業で、あらゆる魔物を退ける力が無い者はたちまち命を落とす。エルザが将来国家魔術師になるのは少々心配だ。彼女が望むなら、ラサラスに加入して貰って一緒に魔物討伐等を行って実力を付けて貰いたい。
国家魔術師試験が開催される日、すなわち二月一日はエルザの誕生日だ。俺が試験で一位合格が出来れば、すぐにフェニックスの召喚に挑戦してエルザに掛けられた呪いを解除しよう。間もなくエルザと再会出来るのだと思うと何だか無性に嬉しくなる。俺はエルザのためにも絶対に国家魔術師試験に合格してみせる。それも、一位で合格を決めるのだ。
俺とクラウディウスさんはミノタウロスの巨大な角を一本ずつ担いで町を歩き始めると、冒険者達は歓喜の声を上げた、市民達も俺がミノタウロスを討伐した事を知っているから、地域を守ってくれてありがとうとお礼を言ってくれた。
ロタールさんの店に素材を運び入れると、彼は剣聖であるクラウディウスさんとの出会いを喜んだ。それからロタールさんは夕方にギルドに遊びに来ると言うと、忙しそうに仕事を再開した。
現在は国王陛下が訓練のために使用する魔剣を制作しているらしい。魔剣は聖獣の魔石を金属に溶かして作る国宝級の武器だ。俺もいつか聖獣を討伐したらロタールさんに魔剣の制作を依頼したい。
それから俺達はロタールさんの店を出ると、キルステン男爵がガーディアンの試作品を披露する闘技場に向かって歩き始めた……。




