第五十二話「剣鬼の想い」
テーブルには豪華な料理が並び、すっかり酒場へと雰囲気が変わった空間で宴が始まった。俺の隣にはティファニーとレベッカさんが座り、向かいの席にはヴィルヘルムさんとリーゼロッテさんが座っている。レベッカさんはエールが入ったゴブレットを持って立ち上がると、仲間達も立ち上がって見つめ合った。
「冒険者ギルド・ラサラスと、ギルドマスターの誕生に乾杯!」
ゴブレットを合わせてから一気にエールを飲むと、程良いアルコールと若干の辛味を感じた。普段は訓練を行っているから、エールを一杯以上飲む事は許されていない。就寝前に疲れ切った体を癒やすために、レベッカさんの許可を得てから一杯だけ頂くのだ。
レベッカさんの教育は、お酒は筋肉のためにならず、魔物の襲撃を受けた場合、不利な状態で戦闘を始めなければならないから、必要以上には飲むなと言うのだ。俺は元からお酒はあまり飲まない方だから、今の生活にも耐えられるが、ヴィルヘルムさんは毎日お酒を減らしているから、今日はやっと自由にお酒が飲めるので、大量のエールと葡萄酒を次々と飲んでいる。
「クラウス、ギルドの申請では何をしたんだ?」
「申請というよりも、あれは試験ですよ。幻獣のサイクロプスと戦ったんです」
「馬鹿な! ギルドの申請に行ってどうして幻獣と戦闘を行わなければならないんだ?」
俺はギルドマスターの実力を計るためという事と、正しい回答をすれば実際にサイクロプスと戦闘を行う必要は無かったと説明した。申請時に自分自身のレベルを用紙に記入しているので、基本的にはレベル五十以上なら合格出来るのだとか。それでも会長が認めなければ、いかにレベルが高くてもマスターになれる事は出来ない。強さよりも人柄や経験を重視しているのだ。
「多分、クラウスが一度の申請でギルドの設立が出来たのは、魔物の討伐数と将来性が評価されたからだと思う。十五歳でゲイザーとゴブリンロードを討伐し、レッドドラゴンとデーモンに襲われても命を落とさずに冒険者を続けている。アーセナルでの圧倒的な魔物の討伐数もアドリオンでは噂になっていたから。魔物の生息数はアドリオンの方が遥かに多いのに、ヴェルナーの冒険者ギルドがアドリオンの冒険者ギルドよりも魔物の討伐数が多いと、一時期かなり噂になった事があったの」
「確かに、あの時のクラウスは凄かったわ。私とヴィルヘルムさんは殆どクラウスの討伐速度に付いていけなかったから」
「うむ。ヴェルナーでのクラウスは今よりも貪欲に力を求めていたのかもしれないな。三人で狩りに行っても、大半の魔物をクラウスが一人で魔物を倒していたからな」
ヴェルナーでは俺を認めてくれた町の人達や、アーセナルに貢献するために、早朝から魔物を狩り、徹底的に肉体を鍛え、深夜は森に入って魔物の群れを駆逐して回っていた。睡眠時間なんて殆ど無く、永遠と魔物討伐を続けていた。わざと魔物を挑発しておびき寄せ、ファイアボールで蹴散らしたり、ゴブリンの棲家に突撃して殲滅したり。今よりも冒険者として成り上がる事に必死だったのだろう。
何より、居場所が出来た事が嬉しかったから、アーセナルとヴェルナーに恩返しをしたかった。俺が他人に貢献出来るのは魔物討伐ぐらいだから、せめて誰よりも長い時間、魔物討伐に身を置き、徹底的に魔物を狩って地域を安全にしようと奮闘していた。そんな魔物討伐の経歴が評価されて、たった一度の申請でギルド設立を認められたのだとか。
「しかし、ギルドを設立する事は随分難しいんですね? クラウス程の冒険者じゃなければ設立出来ないのですから」
「特にアドリオンは条件が厳しいわね。魔物の討伐経験も殆どなく、レベルだけは条件を満たしていたも、まず審査に通る事はないでしょう。実績と将来性が無ければ、ギルドの設立は絶対に許可されない」
「ギルドを設立すれば他人を教育する立場になるからですか?」
「そうよ、ヴィルヘルム。新たに冒険者ギルドを設立すれば、新米の冒険者を育てる立場になる。魔物討伐の経験が浅く、レベルだけが高いマスターが居たとしたら、とても新人を育てる事は不可能」
「しかし、魔物と戦闘を行わずに、レベル、すなわち魔力を鍛え続ける事は可能なのでしょうか」
リーゼロッテさんがレベッカさんに訪ねると、レベッカさんはエールを飲み干してから、柔和な笑みを浮かべた。
「勿論。自宅で魔法の訓練を積み、魔力を強化し続ける事は可能よ。過去の私みたいにね。私は殆ど魔物との戦闘を行わず、国家魔術師試験に挑んだからかなり苦労したけど。経験が浅くてもレベルだけは高いという人間は結構居るの。幼い頃から英才教育を受けている貴族とかは大抵そんな人間ばかりよ」
「クラウスがマスターなら、冒険者の気持ちが分かるから安心ね」
「ありがとう、ティファニー。どうやって冒険者達を指導すれば良いかは分からないけど、ラサラスに加入して良かったと思って貰えるギルドにするつもりだよ」
「剣鬼に憧れている若い冒険者も多いみたいだから、明日には大量の冒険者が押し寄せるかもしれないわね」
「メンバーが増えたとしたも、受注して貰うクエストが無いのですが……」
「その点は問題ないわ。まもなくギルド協会からクエストの依頼が来る筈だから。勿論、新設ギルドは難易度の低い討伐クエストしか受けられないけど、実績を積めばより高難易度のクエストを回して貰えるの」
「地道に魔物討伐を繰り返していれば、徐々に難易度の高いクエストを頂けるという訳ですね」
「そういう事」
エールを飲んでから、ティファニーが作ってくれた肉料理とサラダを頂く。彼女が作る料理はいつも美味しく、やはり将来は料理が上手な女性と結婚したいと思う。というよりも、可能ならティファニーと結婚したいと思う。そのためにはまず国家魔術師試験に合格し、自分自身の気持ちを告白しなければならない。
これからはギルドの運営と、冒険者の教育、それから自分自身の鍛錬と、レッドドラゴン、デーモンに関する情報収集をしなければならない。やらなければならない事は多いが、信頼出来る仲間達とならどんな障害でも乗り越えられるだろう。
「みなさん。今まで俺を信じて付いてきてくれて、ありがとうございます。皆が誇れるマスターになりますから、どうかこれからも俺を支えて下さい……」
「当たり前だろう。俺がお前を支えてやる」
「私も。早くクラウスに追い付ける様に努力しながら、クラウスと共に生きるつもりよ」
「クラウスは両親の仇を討ってくれた。皆にも本当に感謝しているわ。私は戦闘は得意じゃないけど、回復魔法の使い手として皆を癒やし続けるわ」
「ありがとうございます。皆さん」
「クラウス、国家魔術師試験に合格すれば弟子は卒業だけど、私はあなたのギルドのメンバーなのだから、私があなたを支えてあげるわ。過去の自分を見ているみたいで放っておけないの」
「ありがとうございます、レベッカさん。これからもよろしくお願いします。みんな……本当に大好きです……」
瞳からは自然と涙がこぼれ、仲間達が俺を強く抱き締めてくれた。今日より幸せを感じた日はないかもしれない。一介の村人として、レーヴェで暮らしていた日々も幸せだったが、自分自身が死ぬほど努力をして手に入れた仲間と地位、それから居場所。努力よって手に入れた今の仲間や環境の方が、生まれた時から持っていた豊かな生活や環境よりもより大切だと思う。
十五歳で居場所を失ってから、何を心の拠り所にすれば良いのかも分からなかった。デーモンの力に頼らなければ、悪魔と化したこの肉体に頼らなければ、到底生き延びる事が出来なかった過酷な洞窟での生活。それからヴィルヘルムさんと出会い、バラックさん、ティファニーと出会った。リーゼロッテさんやクラウディウスさん、レベッカさんと出会い、遂にギルドまで設立出来た。大切な仲間達と、この最高の環境を守りながら暮らそう……。
「クラウス、二人で涼みにいかない? お酒を飲みすぎてしまったわ」
「そうだね」
ティファニーは普段よりも随分多くお酒を飲んだから、白い肌に赤みがさしている。外に出ると、十二月の肌寒い夜気が火照った体を冷まし、何ともいえない心地良さを感じた。普段なら寒いと感じる風が妙に気持ち良く、ティファニーと二人で居られる事に幸せを感じるのだ。
「私はクラウスが居なかったら冒険者になる事も出来ずに、今も魔石屋で魔石を売っていたと思う。クラウスと出会えて、ヴィルヘルムさんと出会えて私の人生は大きく動き始めた。馬車で森を移動している時も、野営をしている時も、常に私達を守ってくれるクラウスが居たからこそ、私は今まで生きてこられた」
「……」
「ダンジョンでグロックさんに騙されて縦穴に突き落とされた時、咄嗟に私を守ってくれたよね。本当に嬉しかった……本当に大切にして貰えているんだなって思ったの。だから、私はクラウスを守るために強くなると誓った。これからもずっとクラウスの傍に居たい。仲間としてではなく、恋人として……私はクラウスを愛しているの……」
ティファニーが涙を流しながら俺を見つめると、俺はティファニーを抱きしめた。初めて強く彼女の体を抱き寄せ、彼女の頭を撫でると、ティファニーは大粒の涙を流しながら俺を見つめた。それから静かに目を瞑ると、俺はティファニーの唇に唇を重ねた。
「俺もティファニーの事が好きだよ。国家魔術師試験に合格したら付き合おう! 俺から告白するつもりだったのに……まさか先を越されてしまうとは……」
「クラウスも……私の事が好きだったの?」
「実は、初めて会った時から素敵な人だなって思っていたんだ。あの時の俺はかなり奇妙な格好をしていたにもかかわらず、ティファニーは俺に歩み寄ってくれた。それから徐々にティファニーの魅力に気が付いて、将来は必ずティファニーと付き合いたいと思ったんだよ……俺もティファニーの事を愛している……」
「クラウス……」
俺はそれから暫くティファニーを抱き締め、何度も唇を重ね、お互いの愛を語り合った。レベッカさんとの約束を破る訳にはいかないから、交際はせずに、今まで通りの関係を続けるつもりだ。来年の二月一日、国家魔術師試験に合格した日にティファニーとの交際を始める。
「中に戻ろうか」
「そうね……ずっと二人で居られたらいいけど……」
俺はティファニーの手を握り、室内に戻った。仲間達は俺達の変化に気がついたのか、ヴィルヘルムさんは楽しそうに片目を瞑って合図し、リーゼロッテさんはティファニーを抱き締め、レベッカさんは頬を膨らませながら、俺の頭を撫でてくれた。
「私との約束は守るんだからね」
「勿論です、レベッカさん。明日からも徹底的に俺を鍛えて下さい!」
「ええ。もう試験まで時間もないから、更に厳しく鍛えるからね」
それから深夜までお酒を飲み、レベッカさんを屋敷まで送ってから、俺達はそれぞれの部屋を使う事にした。広々とした湯船に浸かって体の疲れをとりながら、ティファニーとの口づけを思い出して、恥ずかしさと喜びがこみ上げてきた。ついに自分の気持を伝えられたんだ。今まで何ヶ月も一緒に居て、好きだという言葉すら言えなかった。だけど、ティファニーも同じ気持ちだったんだ。
柔らかな唇と、抱きしめた時に俺の体に触れた豊かな胸の感覚。彼女との僅かな時間を思い出すだけでも嬉しくなり、ますます活力が湧いてきて、強い興奮を覚えた。しかし、ローブの上からでも胸の大きさはある程度分かっていたが、俺の胸板に触れた彼女の胸の大きさはかなりのものだった。予想以上にスタイルが良いのかもしれないな。長い睫毛に大きな瞳。雪の様に透き通る白い肌に、しなやかな髪。全てが俺の理想だ。
早くティファニーと交際を始めたいが、まずは国家魔術師試験に合格しなければならない。高ぶった気持ちを抑えるために部屋の中央に座り、火の魔力から球を作り出して浮かべた。永遠と魔法を制御しながら精神を統一し、明日からのレベッカさんとの訓練に備えて気持ちを切り替えた。今は浮かれていて良い時期ではないんだ……。
俺は強くならなければならない。エルザを救うためにも……。




