第五十一話「祝福と至福」
アドリオンの到着と、国家魔術師との本気の戦闘。それからグラーフェ会長やロタールさんとの出会いと、サイクロプスとの戦闘。今日は人生で最も濃い一日だったかもしれない。俺の人生で最も過酷だった日は、レーヴェを出て冬の洞窟で生活を始めた日だった。急に昔の事が懐かしくなり、口元には自然と笑みが浮かんだ。
あの時の俺は未熟で、魔物との戦い方も知らなかった。住む場所もお金も無かったから、人を避ける様に洞窟で暮らしていたのだ。ブラックウルフを狩って牙を抜き、首飾りを作ったり、乾燥肉を作ったりして暮らしていた。洞窟での一ヶ月間が俺を鍛えてくれた。圧倒的な孤独と絶望を毎日味わった。帰る場所すらなく、自分自身は人間ですらないと実感した時だった。
だが、今では最高の仲間に囲まれて、ギルドマスターとしての生活が始まろうとしている。仲間達が豊かに暮らせる様に奮闘しよう。俺を信じてここまで付いてきてくれたヴィルヘルムさん、ティファニー、リーゼロッテさん、クラウディウスさん。それから師匠のレベッカさん。仲間が誇れる最高の冒険者になろう……。
「何を考えているの?」
「仲間との出会いですよ。昔は孤独だったなと思いまして」
「だけど、今では愛する仲間に囲まれている。勿論私も含めて……」
「はい。故郷を襲撃されて、俺は生きる場所を失いましたが、最近では得たものの大きさに気付ける様になったので、前向きに考える事にしています。レーヴェを襲われて良かったとは思えませんが、冒険者を始めた事は正解でした」
「そうね。クラウスは自分自身に合った職業を見つけ、尚且つ誰よりも努力してギルドマスターまで上り詰めた。これからも活躍に期待しているからね」
「はい! レベッカさんが誇れる弟子になります!」
「もう十分誇りに思っているけど、国家魔術師試験に合格するまでは、これまで通り訓練を続けるからね。さぁ宴のために食材を選びましょうか」
「はい。これからも宜しくお願いします。レベッカさん!」
それから俺とレベッカさんは商業区を回って宴のための食材を購入した。ギルドで受付と雑用を担当してくれる人が居れば良いのだが、どうやって新たな仲間を探せば良いのかも分からない。クラウディウスさんはモーセルで若者の指導を終えたら、俺達と合流してくれると言ったが、若い村人を冒険者に育て上げるにはかなり時間を要するだろう。
「ファントムナイトの様な神聖な魔物が力を貸してくれれば良いのだけど」
「そうですね。受付と雑用等をこなしてくれる人が居たら、俺達がクエストを受けて魔物討伐に向かう事も出来ますし。今のままでは、パーティーで魔物討伐に向かえば、その間はギルドを閉める事になりますから」
「それも問題なのよね。かと言って、仲間を置いて狩りに出ても戦力が低下するだけだから。早めに職員を雇った方が良さそうね。まぁ、剣鬼が職員を募集していると知れば、アドリオン中から希望者が殺到すると思うけど」
「本当ですか?」
「ええ。だってギルド協会の会長や、ロタールさんもクラウスの事を知っていたのよ。既にアドリオンの市民なら全員知っていると思って良いわ」
知名度があればクエストの依頼等が増えるからギルド的には嬉しいが、クエストを失敗すればすぐに悪評が広がるだろうから、慎重にクエストを受けなければならない……。
「何だか恥ずかしいですね……」
「それだけ皆クラウスには期待しているのよ。勿論他の仲間達もね。クラウスを支えながらゴブリンロードを仕留めたヴィルヘルムとティファニーもかなり知名度が高いわ。リーゼロッテは途中からパーティーに加わったからでしょう、三人に比べて知名度は低いみたいね。あまりリーゼロッテの噂を聞いた事はないわ」
「そうだったんですね。俺みたいな駆け出しの冒険者が注目して貰えるなんて、本当に光栄です。皆さんの期待を裏切らない様にも、必ずラサラスを最高の冒険者ギルドにします!」
「ええ。それから、良かったら私もギルドに入れて貰えないかな……何だか皆の事が好きになってしまったの」
「レベッカさんも加入して頂けるんですか? 勿論大歓迎です! これからもよろしくお願いします、レベッカ師匠!」
「ありがとう。何だかやっと居場所が見つかったみたいで嬉しいわ! 私を勧誘してくれるギルドも多かったのだけど、やっぱり私は弱すぎる冒険者に力を貸せないの。私の人柄ではなく、私の戦力だけを頼りに勧誘するギルドが多くて。だけど、クラウス達は私に頼る事も無く、自分自身の力で人生を切り開こうとしている。だから好きになれたのかもしれない」
「ありがとうございます。これからも俺達と一緒に居て下さいね」
レベッカさんが微笑みながら俺の頭を撫でると、俺はなんだか急に恥ずかしくなってしまった。それから市場で食材を購入し、葡萄酒やエール等を大量に買い込むと、フェアリーの集団が俺達に近づいてきた。俺達のギルドを掃除してくれたフェアリー達だ。フェアリーのリーダーらしき人物が近づいてくると、俺を見上げてじっと目を合わせた。
「冒険者さん。また私達がお手伝い出来る事はありませんか?」
「そうですね、今は特にありませんが……」
「そうですか? 宴を開くなら料理も手伝いますし、宴の後片付けやギルドの雑用なんかもお手伝い出来ますよ」
「それでも大した人数は必要ないので、皆さんを一度に雇う事は出来ません」
「そうですか。私達は十人のパーティーで仕事をしているので、もし私達の力が必要なら、妖精の館にお越し下さい」
「わかりました」
フェアリー達は俺達に頭を下げると、美しい虹色の翼を広げて飛び去った。レベッカさんの説明によると、妖精の館ではフェアリー達が集団で生活をしているらしく、ギルドの雑用なども積極的に受けてくれるらしい。
「受付を兼ねた雑用としてフェアリーを一人だけ雇うのも良いかもしれないわね。まぁ、この事については明日考えましょうか。今日はすぐに宴の準備を始めましょう」
「そうですね」
大量の荷物を担いでギルドに戻ると、室内にはテーブルと椅子が綺麗に並んでおり、天井付近には火属性の魔力を秘める魔石が浮かんでいる。これはティファニーが魔石屋で安く購入した魔石を使って、室内を照らす照明にしたものなのだとか。
魔石の優しい光が古ぼけた木製のカウンターや使い込まれた家具を照らし、何ともいえない暖かな空間を作り出している。
「おかえりなさい! クラウス!」
「ただいま。ティファニー」
「それで、ギルドの申請はどうだったの?」
「合格だよ。今日からここは冒険者ギルド・ラサラス。それから、レベッカさんがギルドに加入してくれる事に決まったよ」
「本当! それは嬉しいわ! ラサラス……遂に私達のギルドが誕生したのね!」
「この日をずっと待っていた! クラウス、よくやったぞ! 今日は宴だ! リーゼロッテ、すぐに支度をしよう!」
「ええ。わかったわ」
ティファニーは誰よりもギルドの設立を喜び、眼鏡を外して涙を拭い、満面の笑みを浮かべながら俺を見つめた。魔石の光が彼女の艶のある黒髪を照らして美しく反射し、紫水晶の様な澄んだ瞳には涙が浮かんでいる。思わず触れたくなる程の美貌に見とれ、俺は暫くティファニーと手を握り合い、ギルドの設立を喜びあった。
ティファニーが喜んでくれるなら何でもしたいと思う。やはり俺はティファニーの事を心から愛しているのだろう。それからティファニーは涙を拭って眼鏡を掛け、リーゼロッテさんと共に料理を始めた。ギルド協会での戦闘ですっかり力を使い果たした俺は、広い室内を眺めながらエールを一口飲んだ。
レベッカさんは俺の隣に座ると、彼女もエールを飲んでゆっくりと室内を見渡した。そういえば、やっと居場所を見つけたと言っていたな。ロタールさんもレベッカさんの事を天才的な魔術師だと言っていた。この美貌に明るい性格、十五歳にして国家魔術師の称号を得て、爵位まで持っているのだ。レベッカさんを欲しがらないギルドは存在しないだろう。誰もが力を借りたい存在なのは間違いない。
「私、国家魔術師試験に合格してから、ほとんど一人で活動していたの」
「それはどうしてですか?」
「単純に、私の魔法のレベルに付いて来られる人が居なかったし、格下の冒険者と狩りに出れば、結局冒険者達は私の力を頼るから、基本的にずっと一人で活動をしていたんだ」
「そうだったんですね」
「ええ。お金を貯めて建てた大きな屋敷に一人で暮らし、恋人も作らずに魔法の練習だけ続けていたの。国家魔術師が出動しなければならない程の強敵が現れた時は魔物討伐に出掛け、すぐにアドリオンに戻る。そんな生活を十年も続けていたら、魔物討伐の功績が認められて、ファステンバーグ国王陛下から騎士の称号を頂いたの。準貴族になった私にはますます冒険者が近づいてきたわ。私の力や立場を利用しようとする人間は本当に多いの。だけど、ここに居る皆は違う。だから私は皆の事が好きなのかもしれない……」
レベッカさんが自分の事を語ってくれる事は少ない。あまり他人に心を許さない人なのだろう。お酒を飲んだ時に少しだけ過去の話をしてくれるが、基本的にはいつも聞き役に徹している。
「俺もレベッカさんの事が好きです。最高の師匠に出会えたと確信していますよ」
「私も、最高の弟子を取れて幸せよ。初めて町でクラウスの事を聞いた時は本当に驚いたわ。戦う力の無い村人がデーモンを前にして逃げ出さす、妹を守るために敵に噛み付いた。それから村を追放される形で出て、たった一ヶ月でアーセナルで専属契約を結ぶ最高の冒険者になったのだから」
「あの時は生きる事に必死でした。魔物を殺さなければたちまち命を落とす状況でしたからね……」
「そうね。アドリオンで安全に暮らしていた私とは大違いだと思ったの。それからクラウスの快進撃を聞く事が楽しみで仕方がなかった。クラウスの噂はアドリオンに居てもはっきりと私の元に届いた。若干十五歳の冒険者がゴブリンロードを仕留め、剣聖と共にゲイザーを討伐したと。そんなクラウスが窮地に陥っているからと、アドリオンに救助の要請が来た時、私はすぐにアドリオンを飛び出しモーセルに向かった」
「レッドドラゴンが出現した時の事ですね」
「ええ。だけど私がモーセルに到着した時には、既にレッドドラゴンは居なかった。ヴィルヘルムとリーゼロッテは村人達の保護をし、剣聖とティファニーがモーセルの周囲に潜んでいた魔物を徹底的に駆逐した。意識を失っているクラウスを除いた四人が、それぞれ冒険者として地域を守りながら奮闘していたと知り、私は心の底から感動したわ。報酬すら受け取らず、地域のためといって国家魔術師が到着するまでの間、モーセルを守り抜いたのだから」
「本当に俺は最高の仲間と出会えて、毎日喜びを感じていますよ。そんな仲間達が誇れるギルドマスターになりたいです」
珍しくレベッカさんがゆっくりと自分の思いを語り、エールを飲みながら彼女の話を聞いて居ると、三人は宴の料理を作り終えたので、早速宴を始める事にした……。




