第三十九話「友情の証」
墓地に入った俺とリーゼロッテさんは、交互にデュラハンに攻撃を仕掛け続けた。リーゼロッテさんの戦い方を知るためにも、俺はデュラハンを倒さない程度の力でリーゼロッテさんを支えながら、永遠と攻防を続けた。途中でファイアゴブリンの群れが墓地に侵入した来たが、俺とデュラハンがほぼ同時に攻撃魔法を放ち、一瞬で敵の群れを殲滅した。
時間にして一秒以下だが、俺とデュラハンが全く同じ行動を取ったのだ。まるでデュラハンは俺達との戦闘を邪魔される事に腹を立てるかの様に、ファイアゴブリンに対して容赦ない雷撃を放ったのだ。
リーゼロッテさんはレイピアでデュラハンに攻撃を仕掛け、デュラハンの攻撃をタワーシールドで防いでいるが、デュラハンの攻撃を受け止めるだけの筋力が無いのか、タワーシールドを落としてしまった。デュラハンはリーゼロッテさんのタワーシールドを叩き潰すと、彼女は眉間に皺を寄せながら、聖属性の魔力を放出した。
デュラハンは闇属性を秘めているのだろう、リーゼロッテさんがホーリーの魔法を使用すると、地面に膝をついて攻撃の手を止めた。瞬間、リーゼロッテさんがデュラハンの胴体にレイピアを突き立てた。それから俺とリーゼロッテさんは永遠とデュラハン相手に攻撃を仕掛け、お互いの強さを確認する様に戦い続けた。
デュラハンは遂に俺達には敵わないと悟ったのか、バスタードソードを地面に突き立てて跪いた。獰猛だったデュラハンは徐々に人間時代の精神を取り戻しつつあるのだろう。リーゼロッテさんがデュラハンの手を取って立たせると、彼は静かに立ち上がって、家族の墓に前に立った。
「剣聖、クラウディウス・シュタイン。私もゲイザーに両親を殺されたの」
「……」
デュラハンはリーゼロッテさんの言葉に狼狽しながらも、静かにリーゼロッテさんに近づいた。もうデュラハンがリーゼロッテさんを襲う事はないだろう。きっと彼は俺達が敵ではないと悟ったのだ。俺はデュラハンの肩に手を置いた。
「俺達に力を貸してくれませんか。力を合わせてゲイザーを仕留めましょう!」
「私は……家族を守れなかった……」
「え……?」
デュラハンの鎧からは穏やかな口調の声が聞こえた。遂に言葉を発したのだ。永遠と剣を交え続けた甲斐があったという訳だ。
「かつては剣聖と呼ばれた私が、今はこうして魔物として生きている……この体が忌々しくて仕方がない。気が狂いそうだった。未練を残したまま命を落とした私は、ゲイザーに復讐するためにデュラハンとして蘇ったのだ。魔物と化した私は人間の心を失った。ただ怒りに任せて、人間や魔物を切り続けた……」
「気持ちはわかりますが、人間を殺すのは間違っていますよ」
「大変な過ちを犯してしまった……」
「クラウディウスさん。あなたは二十五年間もレマルクを守り続けましたね。あなたが命を奪った人間も多いでしょうが、救った命の方が遥かに多いという事も事実です。死して尚、どうしてデュラハンとして蘇ったのか、本来の目的を思い出して下さい。俺達はあなたが居れば必ずゲイザーを仕留める事が出来るんです。共に力を合わせてゲイザーに復讐しましょう」
「ゲイザーに勝てるのか……?」
「はい、ですから俺達に力を貸して下さい。亡くなった家族の仇を討ちましょう!」
「こんな私を誘ってくれるとは……君の容赦ない剣が私の魔物としての精神を打ち砕き、人間としての思考を取り戻すきっかけをくれた。わかった……私は君を信じよう。名前を教えてくれるか……?」
「はい、俺はクラウス・ベルンシュタイン。こちらはレマルクの衛兵のリーゼロッテ・ベーレントさんです」
デュラハンは自分の行いを後悔しながらも、俺達の前に跪いた。遂に心を開いてくれたのだ! かつての剣聖が仲間になってくれるのなら、ゲイザーだって倒せるに違いない。
「剣聖、クラウディウス・シュタインがクラウスに仕える召喚獣になろう。私と契約を結んでくれ。私がまた道を誤った時、私を正気に戻せるのはクラウス、君しか居ない」
「分かりました。それでは俺の召喚獣として第二の人生を歩んで下さい。絶対に後悔はさせません。再び冒険者として、俺達の剣でレマルクの民を、戦う力を持たぬ者を守りながら暮らしましょう!」
「うむ。よろしく頼む……」
俺は以前母から教わった、契約のための魔法陣を地面に書いた。クラウディウスさんが魔法陣の中に入ると、彼の体は美しく輝き、契約が完了した。契約を結んだ召喚獣は、魔法陣を書けばいつでも召喚する事が出来る。
「まさか、剣聖を召喚獣にしてしまうなんて! さすがは剣鬼だわ……」
「クラウディウスさんが正気に戻ってくれたからですよ」
「クラウスが私を徹底的に打ちのめしてくれたからだ。しかし、デュラハンと化した私を倒せる程の冒険者が居たとは。全く驚異的な力を持っているのだな。私ではクラウスを倒す事は出来ないと悟った時、私の意思を制御していた魔物としての力が解除された様に感じた」
「やはり自分の意思で人間を殺していた訳では無かったという訳ですね」
「勿論。魔物と化した自分自身を制御する事が出来なかったのだ。こんな私を本気で止めようとしてくれる者も、私を止める力を持つ者も存在しなかった。随分長い間、私は自分を失っていたよ。誠に恥ずかしい限りだ……」
「さっきも言いましたが、俺達は冒険者として生きるんです。ゲイザーはクラウディウスさんの死後もレマルクの市民を脅かしています。皆で力を合わせて、忌々しいゲイザーを仕留めましょう」
「クラウスが居ればゲイザーをも倒せるかもしれんな。私は既に人間ではない、クラウスの召喚獣だ。私は主の決定に従うまで……」
クラウディウスさんが再び跪くと、俺はバスタードソードを彼に渡した。やはりクラウディウスさんは正しい心を持つ冒険者だった。ただ、長い間自分を失っていただけなんだ。これからは俺が側に居て、彼が生き方を間違えそうになった時は全力で制止しよう。
「クラウディウスさん。レマルクの近くまで行ってみませんか。俺の仲間を紹介します」
「クラウスには仲間が居るのか?」
「はい。共にゴブリンロードを仕留めた頼れる魔術師が二人居ます。俺達は国家魔術師を目指しているんです」
「その若さで幻獣の討伐経験があるのか! それにしても、国家魔術師か。懐かしい響きだ。私も以前、国家魔術師試験を受けた事がある。最終試験で敗退して合格を逃したが、クラウスならきっと合格出来るだろう……」
「最終試験まで勝ち残る事が出来たんですね」
「うむ。当時の最終試験は決闘。二次試験合格者の十名が決闘を行い、生き残った五名が国家魔術師の称号を得る事が出来た。私の決闘相手が若い娘でな、私は若者相手に本気で剣を振る事が出来ずに合格を逃してしまった」
森を歩きながらクラウディウスさんは昔話をし、リーゼロッテさんは最近のレマルクについて俺達に教えてくれた。俺は二人にレーヴェで生まれた事や、これまでの人生をすっかり話した。心から信頼するためには、やはり自分自身の全てを語るのが良いと思ったからだ。
ゆっくりと森進むと、すっかりと日が暮れてしまったので、今日は森で野営をする事にした。ヴィルヘルムさんとティファニーには明日再会する事になっている。明日正門で会った時に、クラウディウスさんやリーゼロッテさんを紹介すれば良いだろう。きっと二人ならゲイザー討伐に賛成してくれる筈だからな。
野営の準備を始めると、懐かしい魔物が近づいてきた。魔獣のブラックウルフだ。レマルクの付近にもブラックウルフが生息しているのだな。それからブラックウルフと共にトロルが七体姿を現すと、俺はクラウディウスさんと顔を見合わせて静かに頷いた。
瞬間、俺はクレイモアを抜刀してトロルの体を切り裂いた。最速で剣を抜いた筈が、クラウディウスさんは既に二体ものトロルを仕留めている事に気がついた。やはり冒険者を二十五年も続けた歴戦の剣士には敵わないな。剣聖と共に魔物を狩れる事を喜びながらも、俺達は数秒で全ての魔物を狩り尽くした。
「二人共強すぎるわ……! トロルの群れとブラックウルフをたった数秒で狩るなんて……」
「トロルなど私の敵ではない。目を瞑っていても一撃で命を刈れる」
「流石クラウディウスさん。これからも頼りにしていますね」
それから暫くすると、リーゼロッテさんが夕食の用意をしてくれた。デュラハンであるクラウディウスさんは食事を摂る事は出来ないが、俺達が食事をしている姿を楽しそうに眺めている。勿論、デュラハンには首がないから表情や顔の動きは分からないが、なんとなく俺達を見つめている事は分かる。
「クラウディウスさん。私、何度考えても理解出来ない事があるんですが」
「どんな事だ?」
「クラウディウスさん達を殺したゲイザーがどこから現れたかです。幻獣程の強力な魔物が、突如レマルクに現れた事自体が不思議なんですが」
「確かにな。一体ゲイザーがどこから現れたのか。もしかすると何者かが魔物を放ったのかもしれん。レマルクを襲うためにゲイザーを森で召喚し、私の妻と娘を殺した。そんな可能性もある」
「それに、私はレマルクで十八年間も暮らしていますが、この森にはブラックウルフが生息しなかったと思いましたが」
「最近の事は分からないが、私がレマルクで暮らしていた時も、この森にはブラックウルフは居なかった。都市を襲うために魔物を召喚する者が居るのかもしれん。二人共、十分に気を付ける様に……」
俺はふと、ティファニーの妹がヴェルナーの付近でレッサーデーモンを召喚した事を思い出した。自分なら魔物を手懐けられると思い、森で魔物を召喚したは良いが、自分の力では手懐ける事が出来ずに逃げ出した。ゲイザーももしかすると誰かがレマルクの付近で召喚して野に放ったものなのかもしれない。
召喚魔法には、契約によって魔物を召喚する契約召喚と、召喚書に封じ込めた魔物を召喚する無契約召喚がある。魔物を封じ込めるための魔法陣を地面に書き、魔物が魔法陣に足を踏み入れた瞬間に、召喚書に魔物を封印するのが後者である。
俺とクラウディウスさんの様に、双方の合意の元に契約を結んだ魔物は基本的に契約者に従順である。反対に、無契約召喚は無理矢理召喚書に封じ込める形になるので、召喚書から姿を現した魔物が術者を襲う可能性が高い。
極稀に、契約は結ばないが、封印される事には合意する魔物が居る。そういった賢い魔物は召喚書に封印されても、召喚された際に術者を襲う可能性は低い。勿論、自分を召喚するに値しない者が召喚したとなれば、怒って何処かに逃げてしまう可能性もある。
「今日の森はいつもと違う……何だか胸騒ぎがするわ」
「俺が朝まで起きていますから、リーゼロッテさんは休んで下さい」
「ありがとう。それじゃ任せたわね。クラウス、クラウディウスさん」
「うむ。ゆっくり眠ると良い」
リーゼロッテさんが眠りに就いてから、俺とクラウディウスさんは交代で森を探索し、森の闇に姿を潜めるトロルとブラックウルフを徹底的に駆逐した。あまりにも魔物の数が多すぎる。何者かがレマルクを襲撃しようとしているのではないだろうか……。




