第三十八話「剣鬼と剣聖」
万が一の時のために、懐に忍ばせておいた狂戦士の秘薬を一口飲む。クレイモアを握りしめながら墓地の入り口で暫く精神を集中させていると、体力と魔力が瞬く間に回復を始めた。聖属性を秘めるヒールポーションやマナポーションを飲めば全身に苦痛を感じるが、狂戦士の秘薬や闇属性に属しているからか、一口飲むだけで頭が冴え渡り、自然と精神が研ぎ澄まされ、徐々に気分が高揚する。
万全の状態で墓地に入ると、デュラハンがバスタードソードを振り上げて襲い掛かってきた。一度剣を交えた相手だから、デュラハンの攻撃は容易く予測出来る。デュラハンの攻撃をクレイモアで受け止めると同時に、全力で地面を踏み込んで垂直跳びをする。
遥か上空まで跳躍をしたら、デュラハンに目掛けてファイアボールを連発し、逃げ場すら与えずに徹底的に敵の体を燃やし尽くす。デュラハンは最初の三発までは炎の球を切り裂く事に成功したが、爆発によって体に炎が纏わりつき、全身を火で包まれたデュラハンは、火を消すために地面にのたうち回った。
デュラハンは火に弱い。俺は属性的に有利に戦えるという訳だ。こんな勝ち方をしてもデュラハンの性根を叩き直す事は出来ないから、俺は次回からは魔法を使用しない事にした。デュラハンが剣聖だった頃の心を取り戻さない限り、俺はデュラハンに対する攻撃の手を止めるつもりはない。どんな理由があるかは分からないが、墓地に立ち入る人間を殺める悪質な魔物と化したデュラハンを許すつもりはないのだ。
「次回からは魔法を使いません。剣だけで勝負しましょう! 俺はクラウス・ベルンシュタイン。幻獣のゲイザーを倒すために仲間を探しています」
デュラハンに向かって叫ぶと、彼はゲイザーという単語に反応した。しかし、復讐心によって蘇った魔物は人間と対話する事すら出来ないのか、再びバスタードソードを構えて切りかかってきた。
俺はデュラハンの剣を受けずに瞬時に背後に周り、敵の背中を全力で殴った。それから間髪をいれずにクレイモアで水平斬りを放ち、デュラハンの体を遥か彼方まで吹き飛ばした。
武器を落として戦意喪失したデュラハンは力なく立ち上がり、拳を握りしめて襲い掛かってきた。相手を攻撃する事しか出来ない哀れな魔物。かつての剣聖はどこに行ってしまったのだろうか。
俺はクレイモアを鞘に仕舞い、何十分もデュラハンと殴り合った。デュラハンの一撃を喰らえば、俺の体は一瞬宙に浮かび、全身に激痛が走ったが、それでも俺は敵を殴り続けた。俺が魔物と化したデュラハンの目を覚まさなければならないんだ……。
俺だって魔物に家族を襲われた。デーモンに復讐を誓って己を追い込み、剣と魔法を徹底的に学んだ。復讐心を上手く利用して自分自身を向上させる事は出来るんだ。ヴィルヘルムさんだって、恋人を殺されても、他人に八つ当たりをする事は無かった。リーゼロッテさんも同じだ。両親をゲイザーに殺されたが、自暴自棄にならず、着実に力を付けるために衛兵として魔物との戦闘に身を置いている。
だが、剣聖は殺された事をただ恨み、ひたすら人間や魔物を狩り続けている。俺はそんなデュラハンに無性に腹が立つのだ。かつては剣聖だったからだろう。元々人間を殺める悪人がデュラハンとして蘇ったなら、問答無用で叩き潰したが、俺は剣聖に更生して欲しいと思う。
だから、デュラハンが許しを請う様に怯えて俺を見上げても、殴る手を止めない。まずは殺された者の痛みを知れ。この者は魔物なんだ。言葉で説得しても理解出来ないなら、魔物に上下関係を分からせるまでだ。
デュラハンが無様に逃げ出そうとした時、俺はデュラハンの背中に全力で拳を叩きつけた。デュラハンは意識を失ったのか、地面に倒れると、暫くの間俺はデュラハンのバスタードソードを探しに出た。
無性に悲しさがこみ上げてきた。二十五年間もレマルクを守り続けてきた聖人を徹底的に殴りつけたのだ。それも、かなり一方的に。鎧の体として蘇ったデュラハンより、悪魔と化した俺の方が身体能力が遥かに高い。魔力はデュラハンの方が高いが、ファイアボールを連発すれば簡単に倒す事が出来る。これでは触手が無限に再生するゲイザーを倒す事は難しいだろう。
しかし、いかなる攻撃を受けても命を落とさないデュラハンは無敵の存在ともいえる。きっとデュラハンを仕留めるには鎧自体を破壊するか、ホーリーの魔法で存在そのものを消し去るしかない。
それから俺はデュラハンにバスタードソードを渡し、俺自身もクレイモアを抜いて本気で打ち合った。何度もデュラハンの剣を喰らい、この強烈な剣がかつてはレマルクを守っていたのかと思うと、自然と涙が溢れた。人間を守るために鍛えた剣を、今は人間を殺すために使っているのだ。何が何でも更生させてみせる……。
俺は体力が尽きるまで、永遠とデュラハンを叩きのめした。暫くすると朝を迎えたので、今日もリーゼロッテさんに会うために、レマルクの正門に向かった。デュラハンを相手に永遠と戦っていたから、猛烈な空腹を感じる。肉体を酷使しすぎたのだろう。自己再生の力があるとしても、栄養が圧倒的に足りないのだ。
ボロ雑巾の様な体を引きずって正門に行くと、今日も衛兵長が俺を怪訝そうに見つめた。それからリーゼロッテさんが正門から出てくると、彼女は俺を見つめて愕然とした表情を浮かべた。
「クラウス……? 一体その体はどうしたの?」
「ここでは話せません。森に入りましょう」
「わかったわ……」
俺を町に入れる事すら許可しない衛兵長に対してはいかなる情報も与えたくないので、俺は今日もリーゼロッテさんと森に入り、美しい湖の畔に腰を下ろした。俺はデュラハンを仲間にする事を決めたと伝えると、彼女は唖然とした表情を浮かべながらも、目に涙を浮かべ、嬉しそうに俺の手を握った。朝日が彼女の艶のある髪に反射して幻想的に輝き、涙が浮かぶ紫水晶の様な美しい瞳に心が高鳴った。なんと綺麗な人なのだろうか。
瞬間、俺の脳裏にティファニーの笑顔が浮かんだ。どんな劣悪な状況でも俺を信じて命を懸けてくれるティファニーこそ、俺の理想の女性なんだ。長い間一緒に居るからか、彼女の魅力にすっかり魅了されているのだろう。
俺は将来、ティファニーと交際したいと思っている。女性と付き合った事すらない、人間ですら無い俺が、美しいティファニーと交際出来るかは分からないが、いつかこの気持をティファニーに告白をしよう。
「ゲイザーに殺された剣聖、クラウディウス・シュタイン。デュラハンと化して墓地で市民を襲っているのはレマルクに住む者なら誰でも知っている事だわ。しかし、いまだかつてデュラハンを仲間にしようと試みた者は居なかった」
「そうですか。俺はいつかデュラハンが更生してくれると思っています。本来は民を守る剣聖なのですから。今は少し道を踏み外しているだけ、怒りに任せて生きているだけだと思います」
「クラウスはデュラハンをも圧倒する力を持っていたとは。だけど、本当に傷だらけになったわね……」
「はい。流石に一日中デュラハンととやりあっていたから、かなり多くの血を流してしまいました。暫く休まなければ動けそうにもありません……」
「そう……実は、今日はクラウスのために料理を作ってきたの。食べてくれる?」
「本当ですか? ありがとうございます! わざわざ俺のために料理を作って下さって。是非食べさせて下さい!」
「あらあら。そんなに喜んでくれて嬉しいわ」
それからリーゼロッテさんは大きな器に入ったスパゲッティとチーズの塊、果実を絞って作ったジュースを出してくれると、俺は無我夢中で料理を頂いた。濃厚なトマトソースのスパゲッティが絶妙に美味しく、口の周りが汚れても気にせずに一心不乱に食べ続けた。それからチーズの塊を小さく割いて口に放り込み、美しい赤い色をしたジュースで流し込んだ。
栄養が枯渇しきっていた肉体はたちまち回復を始め、徐々に全身に力が溢れ、栄養不足で回転が遅くなっていた頭は冴え渡り、活力がみなぎった。流石に長時間デュラハンと剣を交えるのは無理があったのだろう。それから三十分程仮眠すると、リーゼロッテさんが俺を起こしてくれた。
「リーゼロッテさんのお陰で完璧に回復しました。やっぱり栄養が無いと動けないんですね。たとえ悪魔だとしても……」
「豪快に食べてくれたから何だか嬉しかったわ。いつでも作ってあげるからね」
「ありがとうございます! リーゼロッテさんの料理なら毎日でも頂きたいです。本当に料理がお上手なんですね!」
リーゼロッテさんは俺の言葉が嬉しかったのか、可愛らしい笑みを浮かべると、俺は彼女の笑顔に幸せを感じた。リーゼロッテさんは一緒に居るだけで周囲の人を和ませる魅力がある。こんな人がパーティーに加入してくれたら、俺達のパーティーもより強く、より雰囲気が良くなるのだが……。
「今日も訓練に付き合ってくれる?」
「そうですね。それでは今日は趣向を変えて、二人でデュラハンと打ち合ってみましょうか」
「まさか! 私も一緒に?」
「はい! 将来、デュラハンが仲間になってくれた時、戦い方の傾向を知っていると有利に戦えますから。俺は昨日の時点で殆どデュラハンの実力を知る事が出来ました」
「本当に凄いわね。剣鬼と剣聖が組んだら、ゲイザーだって倒せるに違いないわ! それに、クラウスの本気も見てみたいし、私もデュラハンと戦ってみたい……!」
「やっぱりリーゼロッテさんならそう言ってくれると思いました。早速墓地に向かいましょう」
「だけど、ここから墓地まで移動したらかなり時間が掛かるんじゃない? 徒歩でも二日は掛かる筈だけど」
「走ればすぐですよ。体力を付けるためにも、俺の速度に付いて来て下さいね」
それから俺はリーゼロッテさんの体力を計るために、かなりの速度で森を走り出した。流石に日常的に森で狩りをしている衛兵だからか、ヴィルヘルムさんやティファニーよりも遥かに体力がある。細い体は見た目よりも筋肉があり、息を切らしながらも必死に俺を追いかけている。
ティファニーは自分自身の体に風を纏わせる事が出来るから、一時的に移動速度を爆発的に強化出来るが、魔力を大量に消耗するので、長距離の移動には向かない。瞬間的に攻撃速度と移動速度を高め、戦場を駆け回って敵を切り裂くのだ。普段は柔和な表情を浮かべているティファニーが、戦闘になった瞬間にナイフを引き抜き、物音すら立てずに敵の首を突く瞬間は感動すら覚える。
ヴィルヘルムさんは防御魔法を得意とする魔術師だが、最近は無数の氷柱を降らせる、レッサーデーモンの攻撃魔法、アイシクルレインを極限までに強化し、杖を上空に振り上げただけで大量の氷柱を地面に落とせるレベルまで己の魔法技術を昇華させた。
昨日仲間と別れたばかりなのに、俺の頭はヴィルヘルムさんとティファニーの事でいっぱいだ。どれだけ俺が二人の事を好きなのか、離れている時間に再確認出来た。
それからリーゼロッテさんが疲れ果てて地面に座り込んでしまったので、俺は彼女を背負い、いつも通り宙を飛んで高速で移動を続けた。リーゼロッテさんは俺の背中から森を見渡し、普段見る事が出来ない上空からのレマルクを見て涙を流した。
墓地の手前に着地し、リーゼロッテさんの体力が戻るまで暫く休憩をしてから、俺達は武器を構えて墓地に入った……。




