第二十話「絆と宴」
酒場に移動して隅の席に座り、料理とエールを注文する。ヴィルヘルムさんは森での戦闘で疲れているのか、普段よりも元気はない。それでも口元には笑みが浮かんでいる。時折、厳しく相手を叱る事はあるが、ヴィルヘルムさんが森でティファニーやキャサリンを叱っていなかったら、もしかしたら俺達は今頃命を落としてたかもしれない……。
圧倒的な力を持つ敵を前にして動揺する気持ちは分かるが、ヴィルヘルムさんに叱られてからやっと戦闘に参加するのでは遅すぎる。敵の攻撃が一撃で俺の命を奪っていたら。パーティーはたちまち全滅していただろう。洞窟での生活で俺はブラックウルフから何度も攻撃を受けたが、今日のレッサーデーモンの一撃程、強烈な攻撃を受けた事は無かった。
鋭利な爪が胸を切り裂いた時、激痛のあまり死を意識したが、それでも剣士の俺が仲間を守らなければならないと思い、何とか勇気を振り絞って仲間の前に立った。本来なら魔法職が傷ついた前衛職を守り、前衛職の傷が癒えるまでの間、敵を退けておくのが基本だと思うが、あの場で正しい行動をとれたのはヴィルヘルムさんしか居なかった。
やはり経験の差、覚悟の差だろう。幻獣相手に復讐を誓った俺達が、レッサーデーモンに殺される訳にはいかないんだ……。
「どうした……? クラウス。そんなに深刻そうな顔をして。せっかく悪魔を殺せたんだ。今日は盛大に祝おう」
「いや……もしレッサーデーモンの初撃が俺の命を奪っていたらと思いまして」
「確かにその可能性はあったな。だが、クラウス以外にはレッサーデーモンの攻撃を受けられなかった。あの時クラウスがレッサーデーモンの攻撃を受けていなかったら、キャサリンは確実に死んでいただろう」
「あの……クラウス。妹のために敵の攻撃を受けてくれてありがとう。痛かったよね……? 本当にごめんなさい……」
「大丈夫だよ。俺はこうして生きているじゃないか。それに、デーモンを仕留めるまでは絶対に死ぬ訳にはいかないんだ。エルザに呪いを掛け、大勢の村人を殺めた仇を仕留めるまでは……」
「その強烈な復讐心がクラウスを成長させているんだな。俺も負けられない……ローゼを殺したゴブリンロードに復讐しなければならないからな」
ヴィルヘルムさんはエールが入ったゴブレットを俺とティファニーの前に置くと、彼はゴブレットを掲げて嬉しそうにエールを飲み始めた。お酒を飲む時は普段以上に陽気に話し出す。俺はそんなヴィルヘルムさんが好きだ。
ヴェルナーに来てヴィルヘルムさんと出会い、俺の人生は確実に変わり始めた。もし、ヴィルヘルムさんが居なかったら、俺はアーセナルで冒険者登録をする事すら出来なかっただろう。彼が巧みな話術でギルドの職員達を説得してくれたから、俺は契約金と祝い金を貰い、半年間の専属契約を結ぶ事が出来た。
「正直な話。俺はダンジョンで剣士のアレクサンダーに逃げられてから、剣士や戦士等の前衛職は信用出来なくなっていた。しかし、クラウスは仲間を守るために、誰よりも早く敵と剣を交える勇気を持っている。俺はクラウスの様な優秀な剣士、いや、剣鬼に出会えて光栄だと思っている。これからも俺達の剣で居てくれ……」
「当たり前じゃないですか。俺とヴィルヘルムさんで剣と盾。それからティファニーが杖。三人でパーティーなんですから、俺は二人の剣になります」
「私が杖……?」
「そうだ。ティファニーは状況に応じて攻撃魔法を使用し、クラウスが攻撃出来る機会を作る。理想的なパーティーだよ」
「三人でパーティーですか。何だかやっと仲間が出来たみたいで嬉しいです! 私みたいにろくに魔法も使えない魔術師が冒険者になったとしても、仲間なんて出来ないだろうなって思っていたんです。だけど二人は私を認めてくれた……だから私はもっと強くなれる様に頑張ります!」
俺達はゴブレットを合わせてからエールを飲み、肉料理を食べ始めた。ヴィルヘルムさんは酔いが回ったのか、ローゼさんとの出会いを語り、いかに彼女を愛していたかを教えてくれた。
「ローゼも将来は国家魔術師になりたいと言っていた。事実、ローゼはアーセナルで最も使用出来る魔法の種類が多かった。そんなローゼでも、幻獣のゴブリンロードを目にした時、殆ど敵に攻撃を仕掛ける事も出来ずに命を落とした。俺は愛するローゼのために強くなろうと誓った……」
「ヴィルヘルムさんも国家魔術師を目指すんですか?」
「目指していた時期もあったが、まずはゴブリンロードに復讐だよ。あいつを仕留めない限り、俺は前に進めないんだ。俺からローゼを奪った仇を仕留めなければ。俺は冒険者として名を上げ、将来はローゼと結婚するものだと思っていた。きっとローゼもそう思っていただろう。俺達はずっと一緒に居られると思った。一緒に居る事が当たり前だったんだ。何があっても俺達の恋は終わらないと思っていた。まさかローゼが死んで恋が終わるとは考えもしなかったがな……」
「ヴィルヘルムさん、だいぶ酔ってますね」
「ああ……酔わずにローゼの話が出来るか……」
それからヴィルヘルムさんが気持ち良さそうにエールを一気に飲むと、俺もゴブレットに口を付けた。豊かな麦の風味が口に広がり、爽やかな喉越しが疲れきった精神を癒やす。
「俺はもう恋はしたくないんだ。今度最愛の相手に死なれたら、もう二度と立ち直れないだろうからな」
「それなら、どんな魔物にも負けない様な人と付き合えばいいじゃないですか」
「国家魔術師級の力を持った人間以外に居ないだろうな……まぁ俺の恋の話はいい。ティファニーは恋人は居るのか?」
「え……? 私はまだ一度も恋人が出来た事はありません。本当に恥ずかしい話ですけど……」
「そんなに恥ずかしい事でもないさ。どんな男が好みなんだ?」
「好みですか……やっぱり頼れる人が好きです。私よりも強くて、年齢も近くて……」
「それならクラウスなんていいんじゃないか。これ以上頼れる男なんて、この町には町長かバラックさん以外に居ないぞ」
俺はヴィルヘルムさんの言葉を聞いて、恥ずかしさの余り俯いた。それから恥ずかしさを隠す様にエールを一気に飲むと、ティファニーが俺を見つめている事に気がついた。
「そうですね……凄く頼れる人だと思います。初めて見た時は野蛮そうだなと思いましたが……」
「え? そんな事思っていたの?」
「当たり前だろうが。俺も初めてクラウスを見た時は、どこかの部族の者かと思ったぞ。大量の牙の首飾りに毛皮。体は汚れきってるし。その割には目に強い力を感じた。一体どんな男なのか、気になって仕方がなかったよ」
「やっぱり俺の服装っておかしかったんですね……本当に恥ずかしいです……」
「でも、私は個性的で凄いなって思ったよ」
「ありがとう、ティファニー。褒め言葉として受け取るね」
「だが、首飾りが討伐したブラックウルフの物だと知った時は驚いたよ。俺の氷の壁を破壊した瞬間から、俺はクラウスに惚れていたのかもしれんな……」
「え? ヴィルヘルムさんって男の人が好きなんですか?」
「馬鹿な! そういう意味ではないぞ! ティファニー!」
ヴィルヘルムさんは赤面しながらティファニーを叱ると、ティファニーは楽しそうに微笑んだ。ティファニーも冗談を言える程、俺達と親しくなりつつある。もっと彼女の事を知りたいし、パーティーとしての連携も身に付けたい。明日からはダンジョンで狩りを行おう。それから今月の十日まで鍛錬を続け、初めてのクエストを受ける。
「クエストの内容って、一体どんな感じなんでしょうね」
「それは俺には分からないが、専属契約を結んでいるのだから、通常の冒険者では達成出来ない高難易度なクエストである事は間違いないだろう。命を懸けなければ到底成功させる事も出来ない様なクエストだ」
「そんな難しそうなクエスト、ギルドで話を聞いた事もありませんが……」
「まぁ、全ての討伐対象の情報をギルドメンバーに教えている訳ではないからな。本当に悪質な犯罪者の討伐などは、情報が拡散されない様に、討伐の直前まではメンバーに存在すら伝えない事もある。腕利きのメンバーと町の衛兵、それからマスターがパーティーを組んで犯罪者を仕留める事もある」
「せめて人間ではなく、魔物の討伐だったらいいですけど……」
「それはそうだな。しかし、基本的に冒険者は民を守るための戦力だから、犯罪者集団を相手にする事もある。俺も十七歳の頃に、盗賊の砦の襲撃をした事がある」
「え? 盗賊を襲撃したんですか?」
「うむ。ヴェルナーの近辺で行商人や旅の冒険者を襲う盗賊団が現れた時だ。確かシルバーフォックスとか言ったかな。アーセナルの冒険者十五人とバラックさん、それから衛兵が二十人。三十六人のパーティーで盗賊の砦を落としたんだ」
「という事は、ヴィルヘルムさんはアーセナルで上位十五人の内に入っているんですね」
「多分な……」
やはりヴィルヘルムさんはアーセナルでも戦闘力が高い方なのだろう。人生で初めてのクエストが魔物討伐であります様にと祈る事しか出来ない。兎に角、今は限られた時間内で剣と魔法を学び、三人でパーティーとして魔物を狩れる様に訓練を積む事だ。
それから俺達は二時間ほど語り合い、明日の朝からダンジョンに入り、魔物討伐をする事に決めた。ティファニーを魔石屋まで送ってからヴィルヘルムさんと共に宿に戻った。
最近は睡眠時間が少なかったから、今日はゆっくり休む事にしよう。風呂に入って体を温め、ベッドに倒れ込んだ。また体に傷を増やしてしまったが、生きているだけありがたい……。
悪魔の力が無かったら、俺はレッサーデーモンの攻撃を受けた時に死んでいただろう。驚異的な速度で怪我が回復するのは喜ばしいが、市販のヒールポーションやマナポーションは一切使用出来ない。どちらも聖属性の力を持つ物だから、怪我をしても自力で治す以外に方法は無い。
暫く目を瞑っていると、俺はいつの間にか眠りに落ちていた……。




