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第十九話「愚者の処罰」

 ヴェルナーに戻ると、正門にティファニーの母が立っていた。どうやらキャサリンは店の倉庫に保管してあったレッサーデーモンの召喚書を盗んだらしく、ティファニーの母がキャサリンの頬を何度も叩いた。


「一体何を考えているの! ちょっと魔法が使えるからって、レッサーデーモンに勝てるとでも思ったの?」

「ごめんなさい……」

「全く、どうして私の娘はこうも愚かなのかしら。父に似て勇敢な魔術師に育つと思ったら、私が甘やかせ過ぎたかしら。兎に角、すぐにアーセナルと町長に謝罪に行くわよ」

「はい……」


 俺達はティファニーの母と共にアーセナルに入ると、町長とギルドマスター、完全装備をした冒険者集団、それから二人の少年の両親と、町の衛兵が集まっていた。レッサーデーモンの召喚書が一つ無くなっただけで、町の実力者がギルドに集結している。


 キャサリンはレッサーデーモンの力を甘く見すぎた。召喚した悪魔を手懐けて魔物討伐でも行おうとしたのだろう。しかし、悪魔は人間に手を貸す様な種族ではない。人間の肉を好んで喰らい、村や町を壊滅させる凶悪な魔物だ。


「一体これはどういう事ですかな? ブライトナーさん!」

「大変申し訳ありません……! 先程も申し上げました通り、国家魔術師のベル・ブライトナーが保管していたレッサーデーモンの召喚書が盗まれ、犯人は我が娘のキャサリン・ブライトナーでした……」

「娘が今は亡き夫の召喚書を盗み出し、レッサーデーモンを召喚したと……?」

「私は現場に居なかったので分かりませんが、おそらくは……」


 ブライトナーさんは青ざめた表情でバラックさんを見上げている。バラックさんの隣には五十代程の町長らしき人物が立っている。手には美しい木製の杖を持ち、白髪を綺麗に纏め、白いマントを身に着けている。ひと目見て高レベルの魔術師だと分かる。体から感じる魔力がバラックさんを遥かに上回っているのだ。


「森での出来事を説明して貰えるかな。ヴィルヘルム」

「かしこまりました。ガイザー様。私、ヴィルヘルム・カーフェンとクラウス・ベルンシュタイン、それから魔石屋のティファニー・ブライトナーが迷いのダンジョンを目指してヴェルナーの西の森を進んでいた時、前方から強烈な魔力を感じました。只ならぬ魔力の強さに、慌てて魔力の源を探して森を進むと、そこではレッサーデーモンが三人の子供達を襲っていました」

「何故子供がたった三人で森に入っていたかは、先程ブライトナーさんから説明を受けた。それからどうしたんだ?」

「はい。一人は上腕から血を流し、キャサリンともう一人の少年はレッサーデーモンを前にして身動きがとれずに居たので、私達三人が加勢して敵を仕留める事にしました。クラウスの剣と私の氷の魔法、ティファニーの風の魔法で何とかレッサーデーモンを仕留める事が出来ましたが、クラウスは戦闘の際に大きな怪我を負いました……」

「本当か? クラウス」

「はい。敵の攻撃があまりにも鋭く、胸部に一撃を受けてしまいました」

「しかし、顔色は良いな。傷跡を見せてくれるか」


 俺が魔装を脱いで傷跡を見せると、ブライトナーさんは泣き崩れ、キャサリンは力なく床にしゃがみ込んだ。俺の胸部には癒えたばかりの生々しい爪痕が残っている。ナイフの様な五本の爪で胸を切り裂かれたのだ。町長は俺の傷跡を見つめ、目に涙を浮かべると、俺の頬に手を触れた。何と暖かい魔力だろうか。自己再生の力で怪我は直ちに癒えるが、それでも傷跡は残る。


 それからバラックさんは剣の柄を握り締めながら、怒りを堪えてキャサリンを睨みつけた。


「キャサリン・ブライトナー! お前は国家魔術師、ベル・ブライトナーの娘だからといって、何か勘違いをしているのではないか? 自分がレッサーデーモン程の強力な魔物を従魔に出来るとでも思ったのか?」

「……」

「何とか言ったらどうだ! 我がギルドのクラウスとヴィルヘルムがお前のせいでレッサーデーモンと剣を交えたのだぞ! 二人が居なければお前達三人は命を落としただろう! それに、お前達が死ぬだけではなく、レッサーデーモンは魔物を集めてヴェルナーを襲撃していた可能性もあった! クラウスとヴィルヘルムが命を懸けてお前達を守っていなかったら、一体ヴェルナーで何人の人間が殺されていたか!」

「ごめんなさい……」

「馬鹿者が! 英雄的な国家魔術師の娘が、市民に危害を加える可能性すら考慮出来ずに、悪魔を召喚するとは! ブライトナーさん! あなたは一体どういう教育をしているのですかな? 娘がベル・ブライトナーの血を引いているからといって、ダンジョンで二人の剣士を守りながら魔物を討伐出来るとでも思いましたか? 冒険者登録すらしていない三人が、いまこうして生きている事自体奇跡なんですよ!」


 それからバラックさんは鬼の様な形相を浮かべて、三人とブライトナーさんを叱ると、町長が三人に対する処罰を決めた。ヴェルナーから程近い森で悪魔を召喚したキャサリンは、成人を迎えるまで魔法の使用が禁止され、二人の少年は悪魔の召喚を止めなかったとして、三ヶ月間の奉仕活動を行う事になった。


 少年達の両親は何度も俺とヴィルヘルムさんにお礼を述べた。それからブライトナーさんが近づいてくると、俺とヴィルヘルムさんに深々と頭を下げた。


「娘を守ってくれてありがとうございました……お二人が居なかったら私の娘は命を落としていたでしょう……」

「お礼は結構です。俺達は民を守る冒険者ですから。悪質な魔物が居れば狩るまでです」

「ブライトナーさん。クラウスは今回の事件で大きな傷を負いました。二度とこの様な愚かな真似はしない様に、しっかりと娘を躾けて下さい」

「はい……申し訳ありませんでした……」

「顔を上げて下さい、ブライトナーさん。俺達は今回の事件でティファニーの実力を知りました。やはり彼女は俺達に必要な魔術師です。良かったらこれからもティファニーさんを俺達の魔術師として魔物討伐を行う事を許可して貰えませんか? 彼女は怯えながらも、レッサーデーモンの前に立ち、キャサリンを守り抜いたのです」


 俺がティファニーの活躍をブライトナーさんに伝えると、ティファニーは恥ずかしそうに俺を見つめた。


「ティファニー。今までお前の実力を認めなかった事は謝るよ。だけど、よくキャサリンを守ってくれたね。私はお前に冒険者として生きる事の厳しさを知って欲しかったから、十分に実力が付くまでは冒険者になる事を禁止していたんだ」

「お母さん……」

「ティファニーや。お前はもうすっかり他人を守れる魔術師になったんだね。ベルが生前、『ティファニーは他人を守る時に最大の力を発揮する』と言っていた事を思い出したよ。お父さんの様に民を守る偉大な魔術師なりなさい。もう魔石屋で働かなくてもいいわ。冒険者になって、クラウスさんとヴィルヘルムさんと共に地域を守りなさい」

「はい……お母さん……」


 ブライトナーさんが大粒の涙を流しながらティファニーを抱きしめると、ティファニーは暫くブライトナーさんの胸で泣き続けた。バラックさんはそんなやり取りを満足気に見つめながら、職員にメンバー登録の準備をと伝えた。


「アーセナルはティファニー・ブライトナーの冒険者登録を認める。さぁ、石版に魔力を注ぎ、己の力を証明するのだ」

「はい……!」


 バラックさんがティファニーに微笑みかけると、ティファニーは銀の杖を握り、魔力を杖に集中させた。杖の先端から強烈な魔力の塊が飛ぶと、石版はティファニーの魔法を受けて輝いた。石版の上には小さな銀色のギルドカードが置かれている。


 ティファニーはギルドカードを持つと、嬉しそうにバラックさんを見つめた。それからブライトナーさんが俺とヴィルヘルムさんに娘を頼むと言うと、俺達はティファニーをパーティーに加入させる事をバラックさんに伝えた。


 バラックさんは新たなパーティーの誕生を祝福し、処罰を受ける三人は町長の屋敷へと向かった。


「クラウス、ヴィルヘルム。魔物と戦う力を持たない市民を守り抜いてくれてありがとう。しかし、レッサーデーモンを仕留めるとは、二人はどこまも強くなれるのだな……」

「私達は幻獣に復讐するために訓練を積んでいます。魔獣クラスの魔物に負ける訳にはいきません」

「そうですね、俺もヴィルヘルムさんと同じ考えです。どんな相手だろうが、俺達の前に立ちはだかる魔物は仕留めるまでです。それが大陸に住む民のためになる事は確かですから」

「そうだ。冒険者とは民を守る力だ。力があれば愛する者を守る事が出来る。これからも冒険者達の模範となりながら魔物討伐に励む様に」

「かしこまりました」


 バラックさんは優しい笑みを浮かべながら俺とヴィルヘルムさんの肩に手を置くと、やっとマスターが俺の事を認めてくれたと実感出来た。正直、マスターと剣を交えた時に、手を抜かれたからか、バラックさんを心から信じ切る事は出来なかったが、キャサリン達を本気で怒り、民を守る事の重要性を力説した時、俺はバラックさんを心から信頼出来るギルドマスターだと思った。


「しかしクラウスよ。随分力を付けたんだな。ロングソードではクラウスの力を出し切る事は出来ないのではないか? 私が思うに、クラウスの筋力ならクレイモアやバスタードソードが合っていると思うんだが」

「そうですね、最近は随分武器が軽く感じます。そろそろ自分の筋力に合った物を用意した方が良いかもしれません。これは父のために作られた剣ですから」

「うむ。今回の事件を解決してくれたお礼として、アーセナルは三人に装備を贈ろうと思う。我がギルドの冒険者が更に力を付ければ、ヴェルナーの防衛力も上がり、市民達も安全に暮らせる様になるのだからな。欲しい装備があれば言ってくれ。すぐに用意しよう」

「バラックさん、それでは私は氷の属性を持つ杖を」

「うむ。用意しよう。クラウスは剣で良いか?」

「はい。火の魔力を高める剣を頂けたら嬉しいです」

「ティファニーはどうする? 属性を強める指環か? 首飾りか?」

「私も頂いて宜しいですのか?」

「勿論だ。三人で協力してレッサーデーモンを仕留めてくれたのだからな」

「それでは風の魔力を高める装飾品を……」

「分かった。用意しておこう」


 こうして今回のレッサーデーモン召喚事件の報酬が決まると、俺達はティファニーの冒険者登録を祝うために宴を開く事にした……。

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