第十六話「国家魔術師と試験」
俺とヴィルヘルムのさんはいつもの店の隅の席に座り、エールと肉料理を注文した。ゴブレットに入ったエールが運ばれてくると、ヴィルヘルムのさんはゴブレットに氷の魔力を注いでエールの温度を一気に下げた。
「冷やして飲むと美味しいんですか?」
「凍る直前まで冷やして飲むと美味しいんだ。特に夏場は最高だな。このために生きていると言っても過言ではない」
「エールのために生きる人生って……」
「クラウスも試してみるか?」
「そうですね。お願いします」
ヴィルヘルムさんがゴブレットに触れると、エールは一瞬で温度が下がった。冷え切ったエールを飲むと、口の中に豊かな麦の香りを感じた。程良い苦味に軽い口当たり、一気にエールを飲み干すと、俺はエールは冷やして飲んだ方が美味しいと気が付いた。
「クラウスはティファニーの事をどう思う?」
「そうですね。狩りを始めた当初は魔物に恐怖心を抱いていましたが、終盤で率先して魔物に攻撃を仕掛けていましたし、きっとこの調子で魔物を狩り続ければ、ティファニーはすぐに強くなると思います」
「俺も同じ意見だが、今のティファニーはクラウスと俺に守られている訳だから、一人で魔物と戦う状況に陥った時、果たして勇気を振り絞って行動出来るかは疑問だな」
「仲間と力を合わせて戦う事も大切ですが、個人でも魔物と対等以上に渡り合えなければならない……」
「うむ。ダンジョンは人間を仕留めるために無数の罠がある。剣や魔法の技術だけではなく、精神的な強さが無ければ、たちまち命を奪われてしまう」
「そうですね。ヴィルヘルムさんと出会ってから毎日ダンジョンに潜っていますが、何度も死を意識した瞬間がありましたよ」
実際、ダンジョンには侵入者の命を奪うための罠がいくつも仕掛けられている。ダンジョン内で暮らす魔物が、人間を殺して肉を喰らうために作り上げた仕組み。扉を開けた瞬間、室内で火の魔力が炸裂して侵入者を焼く罠。侵入者の魔力を感じ取って自動的に放たれる矢や、落とし穴等。
ダンジョン攻略を始めてから二日目の事、俺は初めての罠に掛かった。石の通路を進んでいた時、ふと足元の感覚が消えた。瞬間、俺の体は下層に落下を始めた。俺は瞬時に体制を整えて着地したが、そこには無数のガーゴイルが待ち構えていた。ガーゴイル群れは一斉に炎を吐き、攻撃を仕掛けてきたが、俺は一気に跳躍して上層に戻った。
跳躍力が低かったら、俺はあの場でガーゴイルの炎を浴びて即死していただろう。魔物も人間から殺されない様にと、生きるために罠を仕掛けているんだ。剣の技術や魔法の強さも大切だが、瞬時に罠の性質を見抜く洞察力や、永遠と続く石の通路を進み、敵を狩り続けられる精神力も大切だ。
ダンジョンに入ると人の本性が分かる。ヴィルヘルムさんはやはり防御魔法を得意とする魔術師だから、俺よりも慎重に通路を進む。ダンジョン内では不意に魔物の襲撃を受ける事も多い。そんな時にもヴィルヘルムさんは俺を信じて、逃げ出す事もなく瞬時に防御魔法と攻撃魔法を使い分けて援護してくれる。
命を預け合う関係になってから、俺達はますますお互いの事を信用する様になった。ヴィルヘルムさんはダンジョン内で仲間に裏切られた過去を持つから、ダンジョン攻略の初日は妙に俺を警戒していた。また置き去りにして逃げられると思ったのだろうか。ヴィルヘルムさんは十五歳の時、剣士に逃げられ、目の前で最愛の人を魔物に殺されたのだ。仲間を疑う気持ちは理解出来る。
「何を考えているんだ?」
「ダンジョンの事ですよ。本当に恐ろしい場所だなと思って」
「確かにな。魔物も必死に生きている。ダンジョンは魔物の家みたいなものだからな。俺達は勝手に家に入り込み、敵を殺して下層を目指しているんだ」
「適切な表現ですが、なんだか俺達が悪者みたいですね」
「うむ。どちらが悪かは分からないが、ダンジョン内の魔物を放置しておけば、たちまちダンジョンから出て人間を襲い出す。そうなる前に敵の数を減らすのが冒険者の役目だ」
「実際に都市を守るのは衛兵や国家魔術師の仕事ですもんね」
「そうだ。冒険者の手に負えない魔物が出現した際には、国家魔術師が衛兵を率いて魔物を討伐する」
「冒険者を極めた者が国家魔術師になれると聞いた事がありますが。やっぱり国家魔術師になるための試験って難しいんですよね?」
「レベル四十の者が千人受験して、合格するのはたった五人。試験は毎年二月一日に王都アドリオンで行われる」
「合格者は五人ですか。エルザもティファニーも合格出来れば良いですけど……」
「ティファニーは今のままでは到底合格は出来ないだろうな。国家魔術師試験は巨大な闘技場で開催されるのだが、俺は一度アドリオンで試験の様子を見た事がある」
俺はエールを一気に飲み干し、サラダとステーキを食べ始めた。分厚いステーキをエールで流し込み、野菜不足を補うためにサラダを食べる。ヴィルヘルムさんは既にエールを四杯も飲んでいる。きっと森での狩りで疲れたのだろう。実力が離れた仲間に合わせて狩りをするのは案外大変だ。
自分達の基準では弱い魔物も、ティファニーからすれば強敵なのだから、危険が無い様にと、普段以上に注意を払い、ティファニーを傷つけない様に、全ての攻撃を剣で受けた。
「どんな感じだったんですか? 国家魔術師試験は」
「幻獣クラスの魔物が出たよ。一つ目の巨人、サイクロプス。一撃で受験者を二十人程仕留めた」
「え? 仕留めたって、受験者が死んだんですか?」
「そうだ。試験の最中に命を落とす者も多かった。途中で魔物に怯えて逃げ出す者も居たが、それでも合格者の五人は試験開始時から他の受験者を圧倒する程の力を持っていた」
「やっぱり国家魔術師になるのって大変なんですね」
「大変もなにも、合格すれば王国の最高戦力になるのだからな。国家魔術師試験を受けて死なずに生還出来るだけでも相当の実力者だが、合格者は幻獣と同等、もしくはそれ以上の力を持つ者達だった」
「一年で五人ですか。限りなく狭き門ですね」
「俺もいつか国家魔術師を受けてみようと思うが、今のままでは一次試験すら合格出来ないだろう。一次試験で半数以上の受験者が落脱し、二次試験で更に大半の者が落脱。最終試験では決闘を行い、生き延びた上位五名が国家魔術師になれる」
果たしてエルザは幻獣を仕留める程の魔術師になれるのだろうか。十分に力を付けてから試験に臨んだ方が良いだろう。一次試験は受験者の洞察力、戦闘力、適応力を計り、二次試験は無数の魔物を永遠と狩り続け、戦闘力が高い者、上位十名が最終試験に進む。最終試験では一対一の決闘を行い、生き残った五名が国家魔術師の称号を得る。
受験者は毎年千人以上。受験のための条件はレベル四十を超えている事。二月一日には大陸中から腕に覚えのある冒険者が集まり、試験を受ける。
「クラウスが出場したとしても、一次試験を突破する事も不可能だろうな。今年の国家魔術師試験の合格者の平均レベルは八十。今の俺達では到底合格する事は出来ない」
「平均レベルが八十ですか。確かギルドマスターのレベルが五十五でしたよね……」
「うむ。だから、合格者の全員がバラックさんを一撃で倒す力を持っているという訳だ」
「国家魔術師ですか……圧倒的な強さが無ければ到底務まらないんですね」
「そうだ。半端な者は一次試験で全て落とされる。二次試験は命を賭けて国家魔術師を目指す者達が、一斉に無数の魔物と対決する。会場には幻獣クラスの魔物も多く配置されており、討伐した魔物の強さによって得点が決まるんだ。得点の上位十名が最終試験に進む事が出来る」
「恐ろしい試験ですね。幻獣が複数体配置されているとは。命がいくつあっても足りませんよ」
「そうだろうな……」
それから俺達は国家魔術師試験について語り合い、二時間程エールと肉料理に舌鼓を打った。宿に戻って風呂に入り、ゆっくりと筋肉を揉んで疲れを癒やす。就寝前に武具に手入れをしてから、実家に手紙を送っていない事を思い出した。きっと両親は俺の事を心配しているだろう。近況を連絡するための手紙を書こうか。
俺はロビーに降りて羊皮紙と羽根ペンを借り、レーヴェを出てからの生活を綴った。村を出てから冬の洞窟で一ヶ月間暮らし、魔物の肉を喰らって生き長らえた事。無一文でヴェルナーでの生活を始め、ヴィルヘルムさんと出会った事や、アーセナルで冒険者登録をした事。それからティファニーとの出会い等を書くと、フェアリーという郵便物を届けてくれる妖精に手紙を渡した。
フェアリーは人間と共存する神聖な魔物で、体内に聖属性を秘めている。強力な防御魔法の使い手で、容姿は人間に良く似ているが、身長は三十センチ程だ。宿にはこうしたフェアリーが住んでおり、宿泊客の郵便物を配送したり、武具の手入れ等をしながら暮らしている。一般的に、フェアリーが居る宿はサービスが行き届いている良質な宿だと認知されている。
背中から美しい虹色の羽根が生えたフェアリーに手紙を渡し、お金を幾らか払うと、明日にはレーヴェに向かって出発すると言ってくれた。幼い少女の様なフェアリーにお礼を言うと、彼女は可愛らしい笑みを浮かべて俺に手を振った。
手紙も書いた事だし、今日はそろそろ休む事にしよう。部屋に向かう途中でヴィルヘルムさんの部屋の前を通り過ぎた。室内からは氷の魔力が流れ出し、木製の扉を凍らせている。きっと極限まで魔力を使い、魔法の習得に励んでいるのだろう。俺も負けられないな……。
部屋に戻り、魔力が尽きるまで新たな魔法の練習をする事にした。火属性の攻撃魔法、ファイアボルトだ。新たに購入した魔石を左手で握り、右手から魔力を放出する。目の前の空間には小さな炎の矢が生まれた。暫く魔力を込めて炎の矢をより強靭なものに作り上げると、窓を開けて空に矢を放った。強烈な火の魔力が炸裂し、高速で空を裂いて姿を消した。なかなか攻撃速度も早いから使い勝手も良さそうだ。
それから俺は魔力が尽きるまで、永遠とファイアボルトの練習を続けた……。




