第十七話「剣鬼の修練」
三時間ほど仮眠をとってから深夜に町を出て、ブラックウルフが巣食う森まで一気に駆けた。ティファニーとの戦闘訓練では不完全燃焼だったし、ヴィルヘルムさんも深夜まで魔法の練習をしていた。仲間を率いる前衛職としても、更に力を付けなければならないのだ。
それに、酒場でヴィルヘルムさんから国家魔術師試験について詳しく聞いたから、世界には俺よりも遥かに強い人間が大勢居ると知った。半ば追放される形で故郷を飛び出し、ヴェルナーで剣鬼と呼ばれる様になった。自分には相応しくない二つ名だと思うが、ギルドカード自体も俺の事を剣鬼と認識している。
俺は更に強くならなければならないんだ。一日も早くエルザを救うためにも、忌々しいデーモンを仕留めるためにも。ヴェルナーに来てからヴィルヘルムさんと出会い、洞窟時代の極限の生活を忘れかけていた。彼と居る時間は楽しく、ヴィルヘルムさんは優れた魔術師だから、戦闘の際に怪我をする事も少なくなった。俺はヴィルヘルムさんに甘えていたんだ。彼の強さと優しさに……。
炎の球を作り出し、ブラックウルフの群れを集める様に宙に浮かべた。炎が徐々に夜の闇を晴らすと、無数のブラックウルフが俺を取り囲んでいた。この感覚だ……。ゆっくりと思い出してきた。剣捌き一つ、魔法一つ間違えれば一斉にブラックウルフの爪が全身を切り裂く、圧倒的な恐怖。どんな失敗も許されない極限の状況。冬の洞窟での生活が俺の精神を研ぎ澄まし、冒険者として生きる術を教えてくれた。
ロングソードを抜いてブラックウルフの群れを睨みつける。後方から鋭い魔力の動きを感じた。振り返りざまに水平斬りを放つと、ブラックウルフが放った炎のを球を切り裂き、瞬時に左手を向けて炎の矢を飛ばした。矢がブラックウルフの頭部を貫くと、ブラックウルフの群れは怒り狂って一斉に襲い掛かってきた。
敵の攻撃の順番を一瞬で読み取り、次々と敵を叩き切る。筋肉に心地良い疲労を感じ始めると、枯渇していた魔力が一気に回復した。忌まわしいデーモンの力、魔力強奪の効果だ。敵を倒せば倒すほど魔力が溢れる。心の底から活力が湧き、体温は上昇して頭に血が上る。
本当に悪魔にでもなったかの様に、永遠と敵を切り裂き、ファイアボルトを敵の全身に撃ち込んだ。魔装を纏っていてもブラックウルフの魔法が直撃すれば激しい痛みを感じる。ブラックウルフの鋭い爪が魔装を砕いたが、魔装はまるで生きている様に再生を始める。俺の自身の自己再生の力を良く似ているな……。
ブラックウルフとの戦いに身を置いていると、自然と快感を覚える。これが闇属性を持つ者の習性なのだろうか。敵を殺めた瞬間、爆発的な魔力が体内に流れ込む。魔力が体内に満ちる感覚が心地良いのだ。俺はデーモンを仕留めるために、ヴィルヘルムさんの恋人を奪ったゴブリンロードを討つために強くなる……。
朝を迎えるまでひたすら敵を叩き切り、体力が限界を迎えた頃、遂にブラックウルフを退ける事が出来た。体には無数の傷が出来たが、自己再生の力で既に傷は癒えている。大量の血を流したから気分は悪いが、筋肉は程良い疲労を感じており、この疲労感が何とも心地良い。
牙と魔石を回収してからヴェルナーに戻り、アーセナルで素材を換金した。早朝からブラックウルフの素材を持ち込んだからだろうか、職員達は驚きながらも代金を渡してくれた。それから宿に戻り、朝食を頂いてから部屋戻った。
ブラックウルフの血で汚れた魔装を綺麗に磨き、風呂に入って血と汗を流した。深夜から朝まで動き続けたにもかかわかず、体はまだまだ元気だ。やはり俺はデーモンの血のお陰で悪魔化しているのだろう。通常の人間では考えられない程の速度で体力は回復し、頭は冴え渡っている。
今日はティファニーの大切な日だ。俺が彼女を支えなければならない。自分の夢を応援してくれない家族が居ないなら、せめて俺とヴィルヘルムさんはティファニーを応援したい。
再び魔装を纏い、ロングソードを背負ってから部屋を出た。それからロビーでヴィルヘルムさんを待つと、彼は充血した目で俺を見つめ、柔和な笑みを浮かべながら朝の挨拶をした。
「随分眠たそうですね」
「ああ。新たな魔法の練習をしていたんだ。氷属性の攻撃魔法、アイスジャベリン」
「アイスショットよりも威力は高いんでしょうね?」
「そうだろうな。実践で使用した事は無いが、試してみるか?」
「いいですね。俺も新たな魔法を覚えましたから」
ヴィルヘルムさんはガントレットを握り締めて微笑むと、冗談半分で表に出ろと言った。普段は優しい笑みを浮かべているが、魔法を使用する時には人が変わった様に表情が険しくなる。俺は彼の本気の表情が好きだ。一撃の魔法に人生を賭けるかのごとく、本気で魔法を使用する。
ヴィルヘルムさんが両手を俺に向けると、市民達は何事かと集まってきた。俺は左手をヴィルヘルムさんに向けると、火の魔力を集めて炎の矢を作り上げた。ヴィルヘルムさんが俺の魔法に合わせるように魔法を唱えると、百二十センチ程の大きな氷の槍で生まれた。魔法の生成速度、槍から感じる魔力の強さ。既に自分自身の技術として定着しているのだろう。決して付け焼き刃といった感じではない。
ブラックウルフのファイアボール等は比較にならない程の力強い攻撃魔法を目にしているからか、自然と口元には笑みが溢れる。流石、俺が安心して命を預けられる唯一の魔術師。ヴィルヘルムさんと出会えた事は本当に運が良かった……。こんなに強力な魔法を作り上げても顔色一つ変えずに俺を見つめているのだ。彼が勝負で手を抜く事は無い。
全力で炎の矢を飛ばすと、ヴィルヘルムさんが氷の槍を飛ばした。魔法は空中で激突し、炎の矢が氷の槍を粉砕してヴィルヘルムさんに襲い掛かった。彼は既に二つ目の魔法を使用していたのか、目の前の空間には小さな氷の盾が浮いている。炎の矢が氷の盾に激突すると、盾はいとも簡単に魔法を防いだ。あの盾は小さな見た目とは裏腹に、非常に強い防御力を持っているのだろう。昨日習得したばかりのファイアボルトでは破壊できそうにないな……。
「全く、ヴィルヘルムには敵いませんよ。一体どれだけ新たな魔法の練習に時間を費やしたんですか」
「実は、殆ど寝ていないんだ。新しい魔法の練習があまりにも楽しくてな」
「アイスジャベリンはまだ威力が低いみたいですが、アイスシールドは防御力が高いですね」
「うむ。俺は防御魔法の方が得意だからな。しかし、アイスジャベリンも使い続ければ強力な攻撃魔法になるだろう。今はまだ上手く制御出来ないが……」
「たった一日でここまで上達するなんて。やっぱりヴィルヘルムは優れた魔術師です」
「クラウスの魔法も見事だった。炎の矢を作り上げる速度、攻撃の威力、的確に槍を砕く命中率。かなりの回数をこなさなければここまで上達する事は出来ない筈だが……」
「俺もヴィルヘルムさんと同じですよ」
「やはりな……俺達はとことん魔法が好きなのだろう。さて、ティファニーを迎えに行くとするか」
それから二人で朝の市場を歩き、ダンジョン攻略のための食料を買い込んだ。ティファニーの実力なら、魔物を百体討伐するまでに何日かダンジョンに泊まり込む事になるだろう。ヴェルナーからダンジョンまでは徒歩で二時間程。移動の時間すら勿体無いので、ダンジョンで過ごした方がより多くの魔物を狩れる。
俺とヴィルヘルムさんだけなら、何日でもダンジョンで過ごす事が出来るが、ティファニーは魔物との戦闘にも慣れてないから、一週間の間に二日は家に帰れる日を作ろうと思う。そこまで討伐の速度に余裕があればの話だが……。
全てはティファニーの覚悟次第だ。俺達ではどうする事も出来ない。俺はただ敵の攻撃を受けて、ティファニーが攻撃出来る機会を作るまで。それ以上の事はしてあげられない。あくまでもティファニーが自分の力で魔物を狩らなければならないからだ。
それから暫く歩くと魔石屋に到着した。ティファニーの妹、キャサリンは同世代の仲間を見つけたのか、剣士風の男の子を二人連れている。片方は革の鎧にショートソード。もう片方は普段着にロングソード。冒険者に憧れているのだろうか。あまりにも軽装だから心配になってきた。
ティファニーが店から出てくると、キャサリンは仲間をティファニーに自慢し、勝利宣言をすると、三人は颯爽と町を出た。ティファニーは今日も深紫色のローブを着ており、手には銀の杖を持っている。
「おはようございます。ヴィルヘルムさん、クラウス」
「おはよう、ティファニー。早速出発だ」
朝からティファニーに会えるだけで、何だか気分が高揚する。ティファニーは大きな鞄を背負っており、中には着替えやポーションが入っているのだとか。怪我を癒すヒールポーションと、魔力を回復させるマナポーション。どちらも聖属性の魔力を秘めるアイテムだから、体内に闇属性を秘める俺は使用出来ない。
「キャサリンは仲間を見つけたんだね」
「そうね……今日から三人でダンジョンに入るんだって。わざわざ私達と同じダンジョンで魔物を狩るみたいなの」
「剣士風の少年達は随分軽装だったが、あんな装備で大丈夫か?」
「ヴィルヘルムさん、それは俺も心配でした。冒険者に憧れているのでしょうか」
「まぁ、キャサリンが居たら大丈夫だと思うけど……」
「剣士が二人に魔術師が一人か。キャサリンがいくら強かったとしても、ダンジョンはそう甘くない。人間を殺めるための罠がいくつも仕掛けられているのだからな。ダンジョン攻略で最も大切な力は洞察力だと思っている」
「洞察力ですか? 私、ダンジョンは初めてなのでどう動いたら良いのかも分かりません」
「基本的にはクラウスが先導する。クラウスが歩いた場所を追う様に進むんだ。スイッチや宝箱等は勝手に触らない様に。触れると罠が発動する場合もあるからな」
「恐ろしいですね……」
ティファニーが怯えた様な表情でヴィルヘルムさんを見上げた。国家魔術師を目指しているのなら、魔獣クラスの中でも比較的弱い魔物が湧くダンジョンを恐れていてはいけない。魔物は人間の恐怖心に敏感だ。ゴブリンやガーゴイルは、パーティー内で最も動きが鈍い者や、怯える者を見つけ出して執拗に狙う。俺とヴィルヘルムが二人で狩りをしている時でさえ、俺を狙わずにヴィルヘルムさんを襲う魔物も多い。
「大丈夫だよ。俺とヴィルヘルムさんが守るから」
「うん……ありがとう」
ティファニーは紫色の澄んだ瞳を輝かせながら微笑んだ。やはりティファニーは美しいな……。俺はこういう容姿の女の子が好きなのだろう。人生で一度も恋愛をした事がないし、村には同世代の女の子もほとんど居なかった。どんな女性が好みなのかは分からないが、ティファニーは間違いなく魅力的だ。
「キャサリン達に負けない様に頑張ろうか」
「そうですね。アーセナルで専属契約をしている冒険者としても、この勝負に負ける訳にはいきません」
「そうね。キャサリンには絶対に負けたくないから」
「そろそろ森に入る、杖を抜いておく様に」
「はい、ヴィルヘルムさん」
町を出て森に入り、ロングソードを右手に持つ。いつでも遠距離魔法が使用出来る様に、左手には炎を作り上げておく。俺の後方にはティファニーが待機しており、ヴィルヘルムさんは最後尾だ。防御力が最も高いヴィルヘルムさんにティファニーの護衛を任せる事にする。
暫く森を歩くと、森の先から悲鳴が聞こえた……。




